こんな状況じゃなかったら喜べたのに……
暗雲で閉ざされた世界に流れる、純白の流星群。
凄まじい密度を誇るエネルギーの弾幕が次々と尾を引き、地上へと降り注ぐ。
一発一発が命中すれば軽々と地面を砕く威力を持っていた。
立て続けに瓦礫が散乱し砂煙が巻き上げられる中、しかし九尾はお構い無しに全速力で駆け抜ける。
時には速度で振り切り、時には走幅跳びのようにジャンプで躱し、時には流星の絶妙なラグを利用して左右にスライドしたり。
ほぼスピードを緩めることなく一気にエルムとの距離を詰める。
対してミューラ。
彼女は蝙蝠のような漆黒の翼をはためかせ、自由自在に飛び回りながら、圧倒的機動力で流星群のど真ん中を踊っている。
時には邪魔な弾を血鎌で粉砕するなどして、決して立ち止まる気配は見られない。
両者共に方法は違えど、エルムが放った弾幕を意にも介していなかった。
あっという間に、まず先行して飛び出した九尾がエルムの元にたどり着いた。
左腕で純白のエネルギー弾をまとめて振り払いつつ、握り締めた右の拳にボッ!と紫の炎が宿る。
「では、あなたの得意で勝負して差し上げましょう♪」
そう言うや否や、エルムは片手剣を持った右腕を後方で構えた。
狂気的に歪んだ二つの瞳が交差し、示し合わせたようなタイミングで拳と剣による渾身の一撃が繰り出される。
「"震天"ッ!!」
「"神祇・滅撃"」
拳と剣が衝突した瞬間、尋常ではない衝撃波が辺りに撒き散らされた。
周囲の弾幕は一瞬にして消え去り、二人を中心に空間そのものが悲鳴を上げるかのごとく軋む。
しかし何よりも最も鮮明に聞こえたのは、バキバキッ……!!と薄氷を砕くかのように響き渡ったヒビ割れの音だった。
その異様な光景は、きっと一度見たら二度と忘れられないだろう。
亀裂が入っていたのだ。
拳と剣。
二つが衝突したまさにその位置に、四方八方に走った無数の亀裂。
まるで空というキャンパスに描いた絵のようであるが、実際は空間そのものに作用するという、イカれた技の衝突で刻まれた視覚的な効果だ。
片や、物理的な威力が高すぎて概念を超越してしまったが故に。
もう片や、その性質を持つ斬撃であるが故に。
空間を砕く打撃VS空間を裂く斬撃。
どちらも圧倒的破壊力を持つ一撃が真正面からぶつかり合い、我こそが勝っているのだと激しくせめぎ合う。
競り合いは互角だった。
互いに一歩も譲ることはない。
二人の笑みが一層深まり、さらに力を込めようとしたその時。
「隙ありなのだーっ!!」
余波で巻き上げられた砂煙をボバッ!と割いて姿を現したのは、数秒遅れて残りの弾幕を突っ切って来たミューラであった。
彼女の手に握られていた血の茨こと"薔薇の棘"が素早く蠢き、瞬きする間に九尾とエルムを拘束。
動きを封じた。
角度的にまだ何が起こっているかイマイチ把握していない九尾を置いてけぼりに、ミューラは"薔薇の棘"を引き寄せて自分自身の体を加速。
無防備な九尾の背中に強力なドロップキックをぶち込んだ。
「ぐええっ!?」
「このっ……!」
もちろん、至近距離で拘束されていたエルムも巻き添えである。
体を逆くの字に曲げて蹴り飛ばされた九尾の道連れで、二人仲良く地上に着弾。
ガリガリと地面を削り激しく砂煙を巻き上げる。
「ぐぬぅ……!こぉんの小娘がっ!やりおるのぅ!!」
九尾は上体を起こしつつ、口角を吊り上げてお褒めの言葉を口にする。
ところが上機嫌で居られるのもここまでだった。
のんびりと横目で上空のミューラを睨んでいた九尾の頬が、砂煙の下からヌッと現れた手に無理やり押し退けられる。
結構強めだったので、首がグキッとなった。
グキッと。
「……いつまで人の体の上に乗っているおつもりで?重いので、さっさと退いていただけるとありがたいのですが♡」
ニコッと笑顔ではあるものの、目の奥が笑ってない激おこモードで丁重にお願いするエルムさん。
平然と己の上に乗ったまま動く気配の無い九尾に、かなりイラついているらしい。
全てはドロップキックを喰らった際の位置関係が不味かった。
巻き込まれたエルムを押し倒す形で、九尾が寝っ転がっている。
当然ながら二つのご立派な双丘が押し付け合うことになり、ムギュムギュと実に素晴らしい変化をもたらしている訳で。
"乳合わせ"とでも言うべきか。
もちろん、真剣な戦いの最中なのでボス以外にそこに着目する輩は存在しないのだが、エルムはどうもこの需要の無い体勢で居ることが気に食わないようで。
「やかましいのぅ。妾よりも小さいからと僻むのは関心せんぞ」
「……これはこれは、品の無い脂肪の塊が自慢というのも考えものでございますね♡」
地面に手を付いて、わざわざ見せつけるようにギュムッと胸を押し付ける九尾。
エルムがピキった。
「……はて、腹回りにも脂肪の塊が……。おや失敬、こちらは正真正銘の駄肉でございました♪少し見ない間に太ったのでは?」
「あ゛ぁん?」
今度は九尾がピキった。
ヤクザみたいな面で頬を引き攣らせると、九尾は首だけ傾けて自分の方を向いていたエルムの顔面をわし掴みにして、地面に押し付ける。
そしてほっそりとしたエルムの腹回りに腕を回し、ガニ股で一気に持ち上げた。
勢いのまま、ぐらりと中腰だった九尾の体が後ろに倒れる。
抱き合う形でのバックドロップである。
エルムは顔面から地面にダイブした。
ドゴォンッ!!と結構シャレにならない轟音が鳴り響く。
ミニスカなので、パンツが丸見えだ。
弾け飛んだ残骸に混じって、白のレースという割と際どい寄りのパンツが丸見えである。
ちなみに九尾もパンツ丸出しだった。
本気モードになったせいで着物の一部が焼け落ちており、普段ならば絶対に見えないであろう黒のエロティックな下着が、スリットの隙間からひょっこりこんにちは。
こんな状況じゃなかったら素直に喜べたのに……。
byボス
物理的な仕返しをして満足気な表情の九尾だったが、真上から降ってきたミューラが手に持っている物を目撃した瞬間、慌てたようにエルムの体の下から這い出した。
大きく振り被ったミューラの両手には、彼女の血で構築された赤黒い巨大ハンマーが握られていたのだ。
側面に100tと表記されているが、果たしてそれは本当なのだろうか。
「どっかーーんっ!!なのだぁ!!!」
ニッコニコな笑顔で振り下ろされた殺意の塊。
無邪気なミューラの仕草とは裏腹にその破壊力は驚くべきものがあり、たった一撃で地面に小さなクレーターを形成してしまった。
ドゴォオオオンッ!!!と、まるで地雷が爆発したかのような凄まじい衝撃が大地を揺さぶり、土塊が混じったとんでもない大きさの砂煙が立ち昇る。
あんなのに潰されたらひとたまりもない。
危ういところで何とか脱出に成功した九尾は、砂煙をボッ!と割いて後ろ向きに距離を取る。
だがミューラは見逃してくれなかった。
再度の押印で的確に追跡しつつ、振り払ったハンマーでついに九尾を捉えた。
「ぬうっ……!!」
ガードした右腕がギシッと軋む。
凄まじい重さとパワーだ。
難なく九尾を吹っ飛ばし、ハンマーを担いだミューラは自慢げにその薄い胸を張る。
「……おおっ?」
それもつかの間。
純白の流星が五つ、ミューラの元に降り注いだ。
弾幕のような密度こそ無いものの、威力の面で見れば桁違いである。
ハンマーを鎌に変化させて最初の二発を捌くことには成功したが、僅かな時間差で迫った残りの対処が間に合わず、連続して爆発音。
弾き飛ばされたミューラの体が白煙を纏いつつ地面をワンバウンド、一回転してガリガリと地を削りながら何とか体勢を立て直す。
顔を上げて視界に入ってきたのは、追撃としてさらに放たれた一筋の極光だった。
極限まで凝縮された純白のレーザー。
どうやらこれは九尾の方にも放っていたらしく、同時に二箇所で大規模な爆発が巻き起こり、内包されたエネルギーが一気に解き放たれる。
轟音と、空間を軋ませる余波。
吹き荒れる突風に砂煙が攫われる中、飛び出してきたのは燃え盛る紫の炎と乱舞する血の茨だ。
火炎放射器の火力を数十倍に引き上げたかのような業火がエルムを呑み込み、その身を焼く。
これがただの炎ならばエルムとて気にはしない。
しかし、妖狐の……しかも九尾の炎ともなれば、充分に警戒するだけの脅威がある。
エルムが左手を掲げると、手のひらの上にヒビ割れたかのような漆黒の亀裂が生み出された。
そこに波打った紫の炎が渦を巻いて引きずり込まれていく。
まるでブラックホールだ。
メイド服に引火していたものまで全て吸い込むと、漆黒の亀裂は何事も無かったかのように閉じた。
直後、血の茨がエルムの体を貫かんと不規則な動きで蠢く。
鎮火に集中していたせいもあって、残念ながら完全には躱し切れず、左腕に細い切り傷を受けてしまった。
「……はて?」
ゴキゴキッ、バキッ!!
人体から鳴って良いはずのない音が、エルムの左腕から奏でられた。
エルムは首を傾げる。
突如として、彼女の左腕がぐちゃぐちゃにひん曲がってしまったのだ。
専門的な医者の診察を待つまでもなく、複雑骨折しているであろうことが簡単に見て取れる。
「ほうっ!洒落た腕になったではないか!!」
「どうやら、あなたの瞳は二つとも節穴のようで」
太陽フレアを彷彿とさせる業火をその身に宿した九尾が、グングンと迫ってくる。
使い物にならない左腕はさておき、九尾を退けるべくエルムはすぐさま剣を背後に引いた。
一瞬にして純白のエネルギーが集束し、強化パーツとしてドッキング。
流麗なデザインの大剣と化した。
特殊な効果など何も無い。
純粋に技の範囲と威力を底上げするためだけの変化である。
「"万象・滅殺"」
大剣を思いっきり振り払う。
放たれるは、キラキラと天に輝く星々を想起させる煌めきを帯びた純白の斬撃。
膨れ上がった紫の閃光と衝突して世界を二色に満たす。
結果は相殺。
見事なまでに拮抗した威力であった。
だが、今回に限っては勝ろうと思っていないのだから、これで良いのだ。
エルムはお返しをしてやるべく、吹き荒れた突風に身を晒して地上のミューラに接近する。
彼女の元にたどり着くまでの僅かな間、エルムのひん曲がった左腕がゴキッ、メキメキッ……!と聞くだけでも嫌な音を立てて荒ぶった。
決して強風に煽られてブラブラ揺れているのではない。
変形しているのだ。
元の形に。
まるで形状記憶合金のように、何事も無かった平常時の形に逆戻り。
完璧に治った左腕を振り被り放った初っ端の斬撃は、鎌に弾かれてギャリンッ!!と金属音を奏でた。
至近距離で見て分かったが、エルムもまた極光などで受けた傷が瞬きする間に治癒していた。
吸血鬼の特性なのだろうか。
「わははっ!無駄なのだ!!」
数度切り結んだ後、互いに弾かれ後退するミューラとエルム。
先に復帰したのはミューラの方であった。
鎌を引きつつ、素早い踏み込みで一気に距離を詰める。
逆袈裟斬りの要領で振り払われる赤黒い鎌。
しかしそれこそ待っていたと言わんばかりに、エルムは的確な剣捌きで切っ先を滑り込ませる。
このまま行けば、おそらく見事にパリィされた挙句、胴体に深いカウンターを喰らってしまうはずだ。
普通ならば少しでもダメージを少なくするべく動くものだが、ミューラはむしろ前のめりで突っ込んでいく。
振り払われた切っ先が、まさに血の鎌を弾き飛ばすかと思われた刹那───。
「!?」
返ってくるはずの感触は一切感じられなかった。
鎌がドロリと溶けて、赤黒い液体に戻ってしまったからだ。
剣の切っ先は極めて滑らかにエルムの首筋へと吸い込まれる。
……だがしかし。
またしても求めていた感触は無く、至ってスムーズに振り払われただけだった。
切っ先が流麗な動きで純白の軌跡を描く中、エルムは確かに目撃した。
ミューラの体がサラサラと灰のように崩れ、そして一瞬にして赤黒い蝙蝠の群れへと姿を変えたのを。
可愛くデフォルメされた蝙蝠の群れは、バサバサと騒がしく羽ばたいてエルムの背後に抜けていく。
「これは……」
ここでやっと、エルムは剣を振り切った。
背後で蝙蝠の群れが再び結合。
幼女の形に戻り血の鎌を構えた姿を、エルムはかろうじて横目で捉えた。
直後、腹部を重たい衝撃が貫いて激しく吹っ飛ばされた。
エルムの技が全てにおいて物騒。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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