最強と最恐と最凶の三つ巴
ミューラが用意した戦闘フィールド。
そこはまるで終末世界のようであった。
地平線の果てまで立ち込めた暗雲で地上は晴れない闇に閉ざされ、枯れ果てた荒野をからっ風が吹き抜ける。
この風は果たしてどこに向かうのだろう。
この空間に、"終わり"という概念はあるのだろうか。
果てしなく続く代わり映えのない景色に、ボスはゴクリと生唾を飲み込んだ。
力の格が違う。
ボスとて、秘密結社の頭らしく〈コピー&ペースト〉なんて汎用性バツグンのチート能力を有している。
記憶した他者の能力や物体を、そのまま現実にペーストする力だ。
その精度は記憶の鮮明さと理解度に依存するのだが、仮にこの特殊な空間について充分な知識を得たところで、ボスにはこれをこのまんま再現することは不可能と断言出来る。
やってみなきゃ分からないとか、そのような根性論が入り込む隙間も無い。
至ってシンプルにキャパオーバーなのである。
スマホの容量で考えるのが一番分かりやすいだろう。
256Gのストレージを持つスマホがボスだとして、そこに300Gのオープンワールドゲーがぶち込めるとでも?
もちろん現実のゲームにそんな重たい物は無いが、要するにこういう事なのだ。
根本からして不可能。
やろうとしたら、ボスのちっちゃ〜な脳みそでは負荷に耐えられず、あえなく爆散してしまうかもしれない。
そこには越えられない明確な壁がある。
よって、ボスは力の差をヒシヒシと感じざるを得なかった。
「………」
ちなみにシリアス顔をしているが、ボスは未だに簀巻きのままである。
まるでミイラかのように血の縄でグルグルと拘束され、ちょっとオシャレな椅子に縛り付けられている。
しかもオマケにその椅子は空中に浮かんでいた。
一応、ボスの安全を考えてのことらしい。
さすがに縛ったまま戦いに巻き込んだら不味い、という意識はミューラにもあったようで。
宝物を誰にも見つからないようこっそり隠すかのごとく、「待ってるのだぞ!」と実に頼りになる笑みでボスをここに残して行った。
気遣いは嬉しいと思う反面、せめてもうちょっと安全な場所にして……と涙目のボス。
いくら地に足が着いているのと変わらぬ安定感があるとは言え、目を開ければそこは紛うことなき天空。
足場も無ければ、視界を遮る物もない。
絶叫系のアトラクションすら比じゃない高さで絶賛放置プレイである。
新手の拷問かな?
ボスは静かに涙を流した。
「誰か、たしけてぇ〜……」
もちろん、誰一人としてその求めに応じる者は居ない。
おかしな話だ。
ボスを巡る争いのはずだったのに……。
初めからずっと、ボス本人は蚊帳の外。
主人公とは思えない雑な扱いに涙を禁じ得ない。
まぁ積極的に目の前の惨状に混じりたいかと問われれば、それはそれで断固としてお断りなのだが。
ボスが憮然と視線を向けた先では、突如として空気を裂く轟音が鳴り響き、二箇所で巨大な砂煙が勢いよく巻き上がった。
互いにガリガリと大いに地面を削って後退。
拳に凄まじいエネルギーを集中させる。
「くふふっ!吸血鬼の王の力とやらは、所詮この程度かのぅ!!」
「わははっ!いいぞ、お前!ここまで遊べる相手は初めてなのだっ!!」
九尾が放った紫の炎が巨大な狐の形を取り、ミューラを飲み込まんとその炎で構築された口をガパッと開いて突進する。
まさに、か細いその肩に噛み付こうとした瞬間、ミューラが無造作に振り払った爪に裂かれ、炎狐は断末魔を上げて崩壊。
統制されていない気ままな炎海となって激しく波打つ。
その土手っ腹をミューラは突っ切った。
蝙蝠のような漆黒の翼をはためかせ、紫の炎を寄せ付けず一気に九尾との距離を詰める。
引いた右腕には凝固した血のガントレットが。
九尾も右腕に紫の炎を纏わせ迎え撃つ。
交差した二人の視線はどちらも狂気に満ちており、逆さ三日月のように裂けた唇も瓜二つだ。
ドン引きな様子のボスの視線なんぞ露知らず、目前まで迫った二つの拳が、まさに互いの頬にクリティカルヒットする────その、刹那。
ピタッと、これまた示し合わせたかのように、ミューラと九尾は完璧に一致したタイミングで静止した。
拳は紙一重で相手の頬を抉ることなく、尋常ではない衝撃波だけを背後に送る。
ビリビリと大気が振動する中、拳の風圧で髪を揺らしていたミューラと九尾が、一斉にバッ!と視線を上げる。
もちろんその先に居るのは、どちらも求めて止まない秘密結社Xのボスことファントム。
それと───。
「───おや。どうされたので?」
さも当然のように、ミニスカメイドがそこには居た。
ボスの隣に佇み、きょとんと目を瞬かせている。
エメラルドグリーンの長髪はガラスのように透き通っていて、キラキラと複雑な色の煌めきを流星のごとく流れ落とす。
胸元は大胆にオープンされ、零れ落ちんばかりの谷間に首で結んだリボンの細い紐が垂れる。
ミニスカは絶対領域のギリギリ。
黒タイツでシュッとした足のラインと、ありのまま晒された太もものムッチリ具合が非常に素晴らしいコントラストだ。
何をするでもない。
メイド服に合わせたクラシックなブーツで空宙を踏みしめ、ただ粛々とボスの横に控えるのみ。
けれど、ミューラと九尾が動きを止めるには充分すぎた。
「……あれっ、エルム!?なんで!?」
「相も変わらずお元気そうで。マイロードより、ファントム様の保護を命じられました。これより私が誠心誠意お守り致しますので、どうかご安心を」
ニコリと、天女のようにふんわりとした柔らかい微笑で答えた、ミニスカメイドことエルムさん。
恭しくボスの拘束を解いた後、改めて視線を至近距離で拳を振り被ったまま固まる二人に向ける。
「ご覧の通り、ファントム様の身の安全は確保されました。我々外野のことは気にせず、存分に戦ってください」
これは主に九尾に向けられた言葉だ。
ラプラスからの命により、この戦いのキーマンとなるファントムの奪還を行った。
それはミューラの勝率を著しく上昇させるエリクサー(吸血)を封じると共に、ボスが既にこちら側の手にあるという精神的なアドバンテージを獲得することにも繋がる。
後は色々とお痛が過ぎたミューラを、九尾がシバけば一件落着。
少なくともエルムはそのつもりだった。
……もう予想がついた人も居るのではないだろうか。
"少なくとも"と言うことは、確実にそれ以外の考えを抱いた者がこの場に居たという事に他ならない。
まぁ言うまでもなく九尾である。
九尾はギリッと力強く歯軋りし、何を思ったのか巨大な紫の炎弾をエルム向けて放り投げた。
一歩間違えればボスさえ巻き込んでしまいそうな規模だが、そこは愛の成せる業か……。
不気味なほど正確にボスだけを避けて、紫の炎が燃え上がる。
ところが、エルムは手を払うだけで簡単に鎮火。
ちぎれた炎が儚く舞う。
「……何のおつもりで?」
「はんっ!ファントムを助けるのは妾じゃ!余計な邪魔をするでない!」
笑顔のまま、冷めた声色でエルムは疑問を呈した。
内心では確実にピキっているはず。
それでも主人からの命令がある手前、何とか己の感情を一旦押し殺して丁寧に対応したのだ。
しかし九尾から返ってきたのは、自分勝手でしかない感情論。
未だに本気で吊り橋効果大作戦を実行しようとしているらしい。
……まぁ、確かに考えてみれば納得の話だ。
いくら共通の目的があったとしても、天上天下唯我独尊を地で行く九尾が、他者と前向きな協力関係を築くはずがない。
エルムの額に怒りマークが一つ付いた。
「おいっ、お前!我輩からファントムを奪おうとは良い度胸なのだ……!九尾諸共、生涯消えぬ深い絶望を刻み込んでやるのだ!!」
こちらは、純粋に自分の所有物であるファントムを取られたことに対して、怒り心頭のご様子。
もはやツッコムまい。
一体いつからお前の物になったのかと。
九尾よりはマシなものの、こっちはこっちで自分勝手な物言いに、エルムの額に浮かんだ怒りマークが一つ増えた。
微笑んでいるはずなのに、ゴゴゴゴゴッ……!!とラスボスみたいなおっかないオーラを身に纏っているように見える。
きっと気のせいではあるまい。
やっと無様なコ〇キング状態から解放されたのに、ボスは姿勢正しく椅子に座って、そっと視線を逸らすことしか出来ていなかった。
いやだってなんか、入り込める雰囲気じゃないですし……。
巻き込まれるのは御免だ。
変な汗が頬を伝う。
もう嫌な予感しかしなかった。
そしてボスの抱いたこの予感は、続くエルムのセリフによって、爆速で正しかったと証明されることとなった。
「……ふふっ♪やはり程度の低いお馬鹿さんには、力でお教えするのが一番でございますね♡」
エルムがブチギレた。
暗黒微笑から、すっ……と瞼を持ち上げたかと思えば、瞳の幾何学模様が僅かに光を帯びる。
そして自分の胸元に右手を添えた瞬間、驚くべきことが起こった。
バチバチッ……!!と真っ白なエネルギーがスパークし、胸骨の辺りに漆黒の裂け目が刻まれたのだ。
まるでノイズのように歪な形の裂け目に、半開きの細長い指を近付ける。
すると。
「おっ、おっぺぇソードだと……!?」
ボスは戦慄せざるを得なかった。
噂には聞いていたが、実際に見るのは初めて。
そりゃあ興奮を抑えることなんて出来るはずがない。
エルムが掴んだのは、純白のエネルギーに象られた"柄"だ。
ズズズッ……と引き上げると徐々に鍔、剣身とその姿が露わになっていき、そして最後に切っ先が僅かな余韻を残して裂け目から解き放たれる。
その途端に一際強く純白のエネルギーがスパーク。
裂け目のノイズが閉じていくのを尻目に、エルムは抜き放ったそれを振り払う。
───パキンッ……!!
純白のエネルギーで構築された外殻を砕いて姿を現したのは、細身の片手剣であった。
目立った装飾こそされていないものの、鈍い光を反射する剣身は誰がどう見ても凡庸なそれとは訳が違う。
もはや真名すら忘れ去られた神代の遺物。
その実物を目にした九尾は、「くふふっ!」と口角を吊り上げた。
エルムの背に二対四枚の銀翼───翼と言っても鳥のような翼ではなく、とても記号的で光の塊といったイメージ───が展開される。
「くふふっ、面白くなってきたのぅ!!」
闘志を滾らせた九尾が妖気を解放。
凄まじいプレッシャーが重くのしかかると同時に、全身から紫の炎が噴き出し彼女の衣服を一部、焼け落とした。
より露出の割合が多くなるのと引き換えに、常に尻尾や肢体に燃え盛る紫炎を帯びた戦闘形態と化したのだ。
爛々と輝いた瞳の軌跡がカクンッと下がる。
極端な前傾姿勢は、彼女の戦闘意欲が顕著に現れた結果である。
「最強はこの我輩なのだ!!」
ミューラもまた、その小さな体に秘められた尋常ならざるパワーを解き放った。
禍々しい赤黒いオーラが体から噴き出し、暗雲さえ染めて空を自分の色に書き換える。
裂けた唇の隙間からギラリと鋭い犬歯が輝き、血に濡れた深紅の瞳はより深く。
反して靡く白髪は神々しさを感じさせる程に澄んでいく。
手首を鋭い爪で掻き切り、吹き出した血から禍々しい大鎌を構築した。
さながら命を刈り取る死神の鎌のようだ。
それを振り回して、乱暴に構える。
「退屈せぬよう、せいぜい足掻いてくださいませ♡」
「よぉく見ておれ、ファントムよ!勝利を手土産に必ずや、お主を救い出して見せるのじゃ!!」
「ファントム、こいつらを追い返したら式を挙げるのだ!!二人だけの永遠の契りを交わすのだぞ!約束なのだ!!」
ヒートアップした三人は何やら各々にセリフを吐くと、一斉に飛び出して激しく衝突する。
最初からフルスロットル。
前代未聞。
最強と最恐と最凶による、三つ巴の殺し合いが始まってしまった。
「………あの、俺は……?」
たった一人、置いてけぼりなボスはぽつりと呟いた。
ハーレム展開のはずなのにずっと不憫なボス……。いつになったら解放されるんでしょうね。
・コイキング………『ポケットモンスター』シリーズより
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