最凶と最恐の対面〜哀れなボスを添えて〜
各所にて大規模な戦闘が繰り広げられる中。
自力でアーティファクト"無想の賜物"の拘束から抜け出した九尾は、たった一人、ズンズンと石畳が敷かれた道を歩いていた。
左右は背の高い竹林で遮られているものの、その奥で特徴的な時計台がひょっこりと顔を覗かせている。
あれこそ、天空都市エヴァントラスの王が待ち構える城のトレードマーク。
九尾は逸る気持ちをグッと抑えて、ゆるりとした足取りで城へと向かう。
もちろん、決してのんびりしているのではない。
少しでもこうして自分を落ち着かせないと、怒りのあまりちょっと力が入りすぎてしまい、その結果、この天空都市そのものを粉砕してしまう可能性があるからだ。
正直に言って街への被害とかは死ぬほどどうでも良いのだが、愛するファントムがお世話になっているバイト先だったり、好みのカフェだったりとかが軒を連ねている。
そこを破壊してしまったら、どの面下げて彼に合えば良いのか。
もし勢い余って破壊してしまったことがバレて、彼に嫌われてしまったら……。
そんな事を考えるだけで身の毛がよだつ。
しばらく歩いていたら正門らしき場所にたどり着いた。
レンガ造りの塀に簡素な門。
外敵対策を何もしていないのは、ここが天空都市という唯一無二の立地だからか。
「くふふっ。ミューラとやらには、きっちりとこの落とし前は付けてもらわんとのぅ……!」
自分とファントムの関係を引き裂こうとし、挙句の果てには吸血タンクとして傍に置こうとするだぁ……?
そんなの断じて許せるはずがない。
九尾は指をボキボキ鳴らす。
今から人を助けに行くとは思えない凶悪な表情で、九尾は無人の門をぶち破って中に侵入した。
城の中は閑散としていた。
ほとんどのメンバーが侵入者の対処に当たっている上、非戦闘員達も九尾の侵入を予期してか既に避難を済ませたようだ。
行動原理の半分くらいが憂さ晴らしであるとは言え、さすがにその非戦闘員を探し出してまで痛い目に遭わせる趣味は無い。
人目が無いのを良いことに、九尾は壁をぶち抜いたりなど言葉通りの最短距離で目的地を目指す。
歩みを進めるごとに、だんだんと愛しい彼の気配に近づいている。
もうすぐそこだ。
今こうして入った部屋の向かい側に、何やら今までとは違った荘厳な扉が見える。
きっとあの先だろう。
何度も心の中で自分を宥めながら、それでも自然と忙しなく動いてしまう足を止められることはなく、九尾は勢いよくその扉をぶち開けた。
そこは玉座の間だった。
美しいレッドカーペットが中央に通り、左右に燭台の並べられた階段を登ると、ぽつんとシンプルなデザインの玉座が鎮座している。
豪勢でも何でも無いその玉座とは裏腹に、背後にあるステンドグラスはとても美しく、万華鏡を彷彿とさせる色とりどりの光で玉座を彩っていた。
「……ふんっ。お主がミューラとやらか」
その玉座には誰かが座っていた。
足を組み尊大にふんぞり返ったその人物は頬杖をつき、クスリと微笑む。
ちょうどステンドグラスから差し込む光が僅かに動いて露わになったのは、血に濡れた妖しい光を瞳に宿す幼女であった。
「───うむ、いかにも。吾輩こそ天空都市エヴァントラスの王……ミューラ・ローズブラッドなのだ!」
ミューラがゆるりと立ち上がると、今度はその服装が露わになった。
黒と赤で統一されたクラシックなフリル付きワンピースに、薔薇の意匠がなされたオシャレなマント。
薄っすらと裂けた唇からは鋭い犬歯が垣間見え、爛々と輝く深紅の瞳は彼女の狂気を見事に内包している。
もちもちぷにぷにの頬など、もはや気にならない程に様になっていた。
これぞまさに吸血皇帝。
王に相応しい貫禄だ。
心なしかお肌がツヤツヤしているのは、きっと我らがボスの血を大量に吸って元気になったからに違いない。
よく見てみると、ミューラは血の縄のような物を右手に握っていた。
その先を視線で追うと、そこには……。
「うぅ……たしけてぇ〜」
ボスが簀巻きにされていた。
ビチビチと陸に打ち上げられたマグロのように、元気よく跳ねている。
当然、「はねる」のコマンドを選択したところで何か起こるはずもなく……。
虚しくその場で不審な動きを繰り返すことしか出来ない。
滂沱の涙を流すボス。
これが主人公の姿か?
まさか自分が囚われの姫ムーブをかますとは夢にも思っていなかったのだろう。
情けなさとか色んなものが混じった涙で、ボスは頬を濡らす。
「俺、主人公なのに……」と、ものっそいメタい視点から嘆くボス。
確かにこの章に入ってからボスがやったことと言えば、幼女と衝突して「ヤ〇チャしやがって……」したのと、幼女と一緒にブランコで遊んだくらいである。
主人公存続の危機かもしれない。
「それは酷くない!?」
勝手に誘拐させておいて!と物申すボス。
一触即発な雰囲気だった九尾とミューラが、そろって頭上に疑問符を浮かべる。
あ、すんません。
何でもないっす。
「……え〜、こほんっ。とにかく!貴様の傍若無人もここまでじゃ!」
ずびしっ!とミューラを指差して、拳を握りしめた九尾は邪悪に頬を歪める。
どの口が?なんて無粋なツッコミは受け付けない。
「待っておれ、ファントム!この妾が、悪しき吸血鬼からお主を救ってみせるのじゃ!!」
「ファントムは我輩の物なのだ!邪魔する奴は、全員ぶっ飛ばすのだぁ!!」
バチバチと交わした視線で火花を散らし、両者ともに不敵な笑みを浮かべた。
絶対に勝つ。
交差する自信満々な瞳が雄弁に物語っていた。
こんな奴なんかよりも、自分の方がファントムを必要としている……と。
ちなみに本人の意思はガン無視である。
求められているはずのボス本人は、未だに簀巻きで放置されたまま。
実は誘拐されてからというもの、昼夜問わずミューラの遊び相手をしたり吸血に応じなければならなかったものの、割と自由な生活が送れていた。
もちろん天空都市から出ることは許されず、常に幹部からの監視付きではあった。
しかし確実に今よりは自由だったのだ。
待遇も良かったし、より質の良い血を得るためという名目で、なんかよく分からんお高い食材を食べさせられたりもした。
ちょっとした高級ホテルに滞在している気分、というのが正しいのかは定かではないが、とてつもないVIP待遇をされたというのだけは確かだ。
ところが。
急に敵が攻めてきたとかで、逃げられないようがっちり拘束。
ミューラの傍から一時も離れることを許されなくなってしまった。
もちろん皆が助けに来てくれたと知り喜びはしたのだが、この簀巻き状態での再会は凄く嫌だった。
ダサい。
とにかくダサいのだ。
某赤い魚のように「はねる」ことしか出来ず、戦いでは役に立たないどころか敵のエリクサー的アイテムとして大盤振る舞い。
本当に………ほんっっとうに面目ない……。
「さすがにここが壊れたら我輩も困るのだ。という訳で、こっちで白黒はっきりつけるのだ!……まさか、吾輩の強さを前にビビってないだろうな?」
「あ゛ぁん?小娘の分際で随分と大きく出たのぅ……。貴様こそ妾に恐れ慄いた挙句、チビって降伏なんぞつまらん真似はするでないぞ!」
「上等なのだ!」
ガラの悪いヤンキーの喧嘩かな?
二人とも強さの割に言ってることが凄くしょうもない。
て言うか完全にボスが蚊帳の外だ。
さすがにちょっと可哀想。
プロレス前のマウント取りを想起させる言い合いを繰り広げながら、ミューラが指を空中に走らせる。
すると、突如として空間に裂け目が生まれた。
向こう側は紫色で満ちていて何が何だか分からないが、ボスはこれを見たことがあった。
まさにボスが誘拐された際、ミューラ達が通ってきたゲートだ。
これを通り抜けた途端にすぐこの天空都市に着いたので、ラプラスが使う転移と似たような技だと思われる。
ミューラは傍らのボスを抱えてさっさとゲートをくぐり抜けた。
すっかりピキった九尾も即行でその後に続く。
九尾の尻尾の先が呑まれてから数秒後、紫色のゲートは自然と閉じてしまった。
空になった玉座の間には、再び静寂が戻ってきた。
◇◆◇◆◇◆
ミューラと九尾、そしてボスが消えてからしばらくして。
静寂に満たされていた玉座の間に、コツ、コツ……と何者かの足音が響く。
細長いヒールによって奏でられたその音の持ち主は、やがて階段を登り玉座の前で動きを止めた。
キョロキョロと辺りを見回し、はてと首を傾げる。
ここのはずなのだが……。
その人物はじっと玉座を見つめていると、不意にあることに気が付いたらしい。
ポンッと手を合わせて、空中にすっ……と指を走らせる。
すると、驚くべきことに。
空間が裂けたのだ。
まるでヒビ割れたかのように、大小様々な亀裂を生み出して。
「……おや。やはりそうでしたか。また随分と楽しそうな遊戯をしていらっしゃいますね♪」
面白そうに人畜無害そうな笑顔を見せる、ミニスカメイド。
ステンドグラスから入り込んだ色とりどりの光が、彼女のエメラルドグリーンの長髪をさらに輝かせる。
「それでは───お邪魔致します♡」
ミニスカメイドは空間の裂け目に足を踏み入れた。
コツ、コツ……と響いていた足音は、空間の裂け目が閉じると共に完全に聞こえなくなってしまった。
やっと、玉座の間に本当の静寂が戻ってきた。
今度この部屋が騒がしくなるのは、おそらく主人が帰ってきた時だろう。
────そして、誰も知らない……本来あるはずもない異空間では。
人ならざる者達による、尋常ではない狂気の三つ巴が巻き起こっていた。
その中心には、やはりまたしても何も知らない我らがボスが、ごく自然に巻き込まれているのだった……。
ついに章ボスであるミューラとの戦いが幕を開きます!
果たしてどれ程の激闘になるのか……お楽しみに!
・ヤムチャ………『ドラゴンボール』シリーズより
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