VS"黒竜"アシュトラス
カランッ……。
乾いた音がした。
アシュトラスが槍を捨てたのだ。
まさかステゴロで戦うつもりか?
そんな疑問を抱いたのは前衛二人組だけだった。
ラプラスとシャイニング・ウィザードは警戒心を露わにして身構える。
けれど、どちらも無意味な行動に他ならない。
何故なら……。
───ドクンッ。ドクンッ。
地を媒介に、大きな鼓動が伝わってきた。
まるで心臓に直接耳を当てているかのごとく鮮明に、そして力強く。
それがアシュトラスから発せられていることは考えるまでもなかった。
「……」
アシュトラスの瞳孔は再び縦に割れ、獲物を見据えるかのような独特の圧迫感が侵入者達を襲う。
ズズッ……!と彼女の背後で何かが膨らんだかと思えば、それは漆黒の翼であった。
目一杯に広げられた翼がアシュトラスの体を包み込み、漆黒の繭となって空中に浮かび上がる。
鼓動はどんどんと大きくなる。
ドクンッ。ドクンッ。
まるでカウントダウンだ。
そのリミットは待たずともすぐに訪れた。
「────」
繭がゆっくりと動いた。
鼓動と共に少しずつ肥大化していた繭が厳かに、雛を守る漆黒の虚を剥がしていく。
シュル……シュル……と少しずつ漆黒のカーテンが引かれ、そしてついに深淵が垣間見えた。
濁った黄金の瞳。
縦割れの瞳孔は底のない溝のように暗い漆黒を内包していた。
『グルァアアアアアッ!!!』
特大の咆哮がビリビリと大気を震わせる。
幽霊船の帆のようにボロボロでありながら、力強く風を掴む虚の翼。
全身を覆う漆黒の鱗は鈍いツヤを帯びており、がっしりとした太い後ろ足と小回りの効く長い前足には、それぞれ鋭い爪が五本ずつ生えている。
雄叫びのため開いた口の中には鋭利な牙がズラリと並んでいて、もし噛み付かれようものなら一発でお陀仏なのが簡単に見て取れる。
そして何より目を引くのは、やはりあの黄金の瞳だろう。
こちらを睥睨するその瞳には圧倒的強者の風格、吸い込まれるような美しさ、それら全てが詰まっている。
「ど、ドラゴン……」
そう、ウルフちゃんの言う通り。
そこにはドラゴンが居た。
見るもの全てを萎縮させる超常的な存在……。
全長約7m、たった一体で世界を震撼させる黒竜がそこには居たのだ。
『グルルッ……』
黒竜が頭部を軽く仰け反らせた。
よく見ると、顎門には燃え盛る業火が蓄えられている。
「───下がってくださいっ!!」
ラプラスの咄嗟の叫び。
全員が反射的に動き出すと同時に、それは放たれた。
『ゴアアアアアッ!!』
解き放たれた地獄の業火。
ドラゴンのブレスだ。
並大抵の物は呆気なく溶けて蒸発してしまうであろう、圧倒的熱量を含んだ息吹が軽く地を撫でて大空へと消えていく。
少し触れただけなのに、地面はボコボコと沸騰してマグマのように溶けていた。
「とりゃあっ!!」
「はああっ!!」
ボッ!と白煙の中から飛び出したウルフちゃんと剛鬼が、それぞれ自慢の拳と大剣を黒竜に喰らわせる。
ドォンッ!!
ガガッ!!
と重い衝撃が二度。
だがしかし。
『………』
「わわっ!?全然効いてないですぅ!」
「さらに硬くなっているのか……!」
二人して鱗を砕くことすら叶わなかった。
ヒュッ……!と黒竜の姿が霞み、気付けば野太い尻尾が二人の眼前に迫っていた。
凄まじい衝撃を受けて二人が弾き飛ばされる。
一回転して戻ってきた黒竜の巨体を薄紫の膜が覆った。
『……無駄』
しかし、黒竜が少し身動ぎするだけで簡単に砕けてしまった。
もはや拘束は出来ないと考えた方が良いだろう。
苦い顔で手のひらを向けるラプラスを、黒竜が睨む。
黒竜は翼をはためかせて空中に舞い上がると、優雅に大空を駆け巡り旋回。
ラプラスに向けてその顎門をガパッと開いた。
────キュアアアアアンッ!!
先程とは違い、甲高い音を奏でて顎門の奥に輝かしいエネルギーが集束していく。
ラプラスがシールドを展開した直後。
凝縮された"風"が局所的な暴風となって解き放たれた。
「くっ、これは……!!」
かろうじて風のブレスは防げたものの、その威力は絶大だった。
ヒビが入らないことからアシュトラスの全力刺突よりは対処のしようがあるが、とにかく広範囲に被害が及ぶため、近くに居ないと周りの者を守ることは難しい。
「これならどう〜?」
シャイニング・ウィザードが指を振るうと、バスケットボール台の光球が次々と現れ黒竜の元に殺到する。
ふよふよ浮いていたかと思えば、次の瞬間。
一つの光球が爆発し、そして連鎖的に次々と爆発が広がっていく。
『鬱陶、しい……!』
苛立ちを見せた黒竜が大きく翼をはためかせると、爆風に刺激されて一気に全ての光球が爆発。
凄まじい轟音と閃光に呑まれてしまった。
「……あらぁ〜。硬さは天井級ねぇ〜」
頬に手を添えて、シャイニング・ウィザードがあらあらうふふと微笑む。
なんと光と白煙の中から姿を現した黒竜は、胸や肩など一部の鱗にヒビが入っていたものの、全体的に見ればそこまでダメージを受けていないように見えた。
しかも僅かに間を置けば、鱗に入ったヒビくらいは自然治癒してしまう程度の、馬鹿げた回復能力も持っていると来た。
ステータスで殴ってくるタイプのボスの究極系とでも言うべきか……。
本来ならば決定打となり得る必殺技を軽傷で済まされると、絶望感がより跳ね上がる気がする。
「困りましたね……」
シャイニング・ウィザードの援護を受けて、ウルフちゃんと剛鬼がヒットアンドアウェイを繰り返す中。
ラプラスは"千里眼"を発動して他の戦場を盗み見ていた。
メイド長ラミリス。
どちらも決め手に欠けるため、最悪の場合は決着がつかない可能性もある。
巨大怪獣ヴァルガム。
こちらとは違い勝ち筋は見えるが、どうしても耐久戦となるため時間を食う。
執事リュオーン。
キザな言葉遣いや態度でペースを乱されて突破が困難に見える。
執事ガルハラ。
糸を使ったトリッキーな戦闘で耐久に徹しているため、突破は難しい。
侍、八雲。
未だに底が見えないため現状での判断は困難だが、間違いなく余力を残して勝てるような相手ではない。
そして目の前の黒竜アシュトラス。
言わずもがな、耐久面でも攻撃面でも最高峰。
死力を尽くせば突破は可能だが、実質的に九尾への助力は不可能となる。
こちらから打てる手は少なく、詰みに近かった。
「………」
こうなったら呼ぶしかあるまい。
正直な話、あまり気は進まない。
けれど出し惜しみをして肝心のファントムを攫われてしまえば、それこそ大きな損失である。
同じヴィラン連合という組織を形取る長の一人として、それだけは絶対にあってはならないとラプラスは結論付けた。
「────来てください、エルムグラム」
その名を口にした途端。
ラプラスの背後に、何者かの気配がふわりと舞い降りた。
さも初めからずっとそこに居たかのように。
「お呼びでしょうか、マイロード。何なりとご命令を」
片膝をついて跪き、右手を胸の前に添えて主人の命令を伺うのは。
透き通るようなエメラルドグリーンの長髪を持つ、美しいミニスカメイドだった。
細長いアホ毛をゆるりと眼前に垂らし、瞳を閉じて主人の言葉にのみ耳を傾けている。
「ファントム君の保護を命じます。万が一の場合は武力行使も認めましょう」
振り返らずラプラスはそう告げた。
主人のありがたいお言葉をしかと心に刻んだミニスカメイドは、ゆっくりとその細長いまつ毛を震わせて瞼を持ち上げる。
露わになった幾何学模様が浮かぶ黄金の瞳は、歓喜に満ちていた。
「───かしこまりました。このエルムグラムにお任せくださいませ♪」
頭を垂れ、美しい動作で立ち上がったミニスカメイドは、焦点の分かりづらい瞳でじっと奥の城を見つめる。
異変を最初に感じ取ったのは黒竜アシュトラスであった。
そのただならぬ雰囲気を一瞬で見抜き、まさに力比べをしていたウルフちゃんと剛鬼をぶっ飛ばして、すぐさまラプラスとミニスカメイドの元に飛来する。
『お前、は………行かせない!!』
きっと研ぎ澄まされた本能の成せる技なのだろう。
"エルムグラム"という個体の危険性を敏感に察知し、即座に潰すべく灼熱のブレスを吐き出した。
灼熱地獄を彷彿とさせる炎波が荒れ狂い、揺蕩い、波打って火の粉を散らす。
『………ちっ!』
だがしかし。
炎波が消滅した時、そこにミニスカメイドの姿はもう無かった。
ただ薄紫のシールドを張ったラプラスが黒竜を見つめているだけ。
黒竜は無言のまま剣呑とした鋭い瞳でラプラスを睨む。
『鬱陶しい……』
「それはお互い様ですよ」
そう吐き捨てた黒竜アシュトラスに、ラプラスも微笑んで返す。
そうしている間にぶっ飛ばしたはずのウルフちゃんと剛鬼、そしてシャイニング・ウィザードも集結。
それぞれの視点から黒竜と相対している。
『……まぁ、いい。姫様には………誰も、勝てない……』
誰かの強さに確固たる信頼を置いているのは、アシュトラスとて同じ。
むしろ誰よりもこの気持ちは強いと断言出来た。
だからこそ、アシュトラスは主人の勝利を微塵も疑うことなく、苛烈な戦いに身を投じるのだった。
やっぱりドラゴンって良いですよね……。ボスが見たら大興奮間違いなしです。
さて、次回はついに親玉であるミューラとの戦いが始まります!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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