VS"竜人"アシュトラス②
ズゥウンッ!!と地を砕いて着地したアシュトラスが、重々しい蹴りをウルフちゃんの土手っ腹にぶち込んだ。
僅かな間でクルクルと回した槍を掴み、音を置き去りにするレベルの突き技を繰り出す。
的確に心臓の位置を狙い穿つ殺意の高さだ。
ウルフちゃんはすんでのところで、上体を回転させて半身になることでそれを回避。
剥き身の脇腹に細い切り傷が刻まれた。
あと少しでもズレていれば、彼女のシュッとした腹に大きな風穴が一つ空いていただろう。
ウルフちゃんはすぐさま裏拳で反撃しようとするが、それよりも速く横薙ぎされた槍によって勢いよくぶっ飛ばされてしまった。
遠くで砂煙が巻き起こるのを横目に、アシュトラスは至って平凡な素振りで振り下ろされた大剣を躱す。
まるで知らない人とすれ違うかのように、見向きもせず。
大剣の切っ先が大地を砕くと同時にアシュトラスは着物の襟を掴み、引き寄せつつ強烈な膝蹴り。
槍の柄で剛鬼の頬を殴り、続いて左の拳で思いっきり殴り飛ばした。
ボッ!ボッ……!と幾度となく地面をバウンドして遠ざかっていく。
「……」
それを一瞥だけしたアシュトラスの体を、再び薄紫の膜が覆った。
ラプラスのサイコキネシスによる金縛りだ。
鬱陶しい……と、細めた視線で言外に物語っていたアシュトラスだが、直後に彼女の視界は横向きにブレた。
「……ッ!」
サイコキネシスで強制的にぶっ飛ばされたのだ。
まるで見えない何かに引っ張られているかのごとく。
急激な横向きの負荷がアシュトラスを襲う。
グングンと手のひらを向けるラプラスの姿が遠ざかったかと思えば、突如として後頭部に衝撃が加えられた。
それ自体はどうってことはない。
まるで豆腐のように砕けた物体が、アシュトラスの体にぶつかりながら前方に流れていく。
「………」
砕けた岩石の群れだ。
どうやら自分は巨大な岩壁にでも衝突したらしい。
唯一動く視線を右に向けると、今もなおゴリゴリと削られ谷を広げ続ける岩壁の一端が視界に入った。
高さは5mほど。
それに該当する岩壁があった場所を考えると、いつの間にか少し城の方へと近付いてしまっていたらしい。
脳内で簡潔にそれらの情報を整理し、アシュトラスは四肢に力を込める。
すると、彼女の体を覆っていた薄紫の膜にヒビが走った。
それはどんどんと広がっていき───。
「てぇええいっ!!」
ところが、薄紫の膜が完全に砕け散る前に。
信じられないスピードで突っ込んできたウルフちゃんのジャンプキックが胸に命中し、一気に岩壁をぶち抜いて向こう側に飛び出してしまった。
ズガァンッ!!と土手っ腹に風穴を空けられた巨大な土塊が吐き出した残骸が、雨のように降り注ぐ。
砕け散った岩の礫の中で、拘束が解けたアシュトラスとウルフちゃんは壮絶な肉弾戦を繰り広げる。
互いの拳が乱舞。
クロスカウンターで両者の頬に重々しく突き刺さった。
「「……ッ!!」」
同時に一歩半ずつ後退。
けれど両者共にそれ以上は決して下がらない。
歯を食いしばり、息ピッタリのタイミングで互いに拳を引き絞る。
「"シャイニング・バレット"〜」
示し合わせたかのような踏み込みを妨害したのは、天より降り注いだ輝かしい光の雨だ。
まるで散弾のように弾けたそれがアシュトラスの動きを妨げ、行動をワンテンポ遅らせた。
その隙にウルフちゃんが、ドンッ!!と地面を砕いて懐に潜り込んだ。
「ふんぬぁっ!!」
ちょっと女の子が出しちゃいけないような気合いで、フィジカルモンスターたる所以を遺憾無く発揮した渾身のアッパーが、アシュトラスの腹にぶち込まれた。
尋常ではない衝撃が剥き出しの背中から突き抜け、アシュトラスの細身がくの字に曲がって浮かび上がる。
「……」
だがしかし。
アッパーを繰り出した本人ですらクリーンヒットしたことを確信したにも関わらず、アシュトラスは何の感慨も持たぬままギロリとウルフちゃんを睨み付けた。
いつの間にか握り締められていた手首がミシッと悲鳴を上げる。
飛び退く隙すら与えず、掴んだ右腕を軸に強烈な回し蹴りがウルフちゃんの顔面に叩き込まれた。
ズドンッ!!と人体から放たれたとは到底思えない重厚な衝撃音が響く。
「ぬぎぃっ……!!」
必死さにまみれた、力強くも潰れた声。
驚くべきことに、ウルフちゃんはアシュトラスの蹴りを防いでいたのだ。
左腕を盾代わりにして。
ギシギシと軋む腕の激痛を気合いで我慢し、歯を剥き出しに食いしばる。
アシュトラスの瞳が細められた瞬間、ウルフちゃんは右手で彼女の胸ぐらを、左手でガードしていた脚をがっちりと脇に抱え込んだ。
ふわりとウルフちゃんの体が宙に投げ出される。
「どっっっせぇええいッ!!!」
綺麗に合わさった足裏が、アシュトラスの胸部を激しく打ち抜く。
至近距離からの強烈なドロップキックだ。
まるでプロレスの試合で披露されたかのような、完璧に近い形のドロップキック。
アシュトラスの防御力を持ってしてもかすり傷程度では済まず、ミシミシと肋骨が軋む音という珍しい音色を耳にしながら、気持ち良いくらいに勢いよく吹っ飛ばされた。
「……今のは……ちょっと効いた、かも……」
数回のバウンドを経て起き上がったアシュトラスは、曖昧なコメントを残しつつ槍を構える。
爆速でやって来たウルフちゃんの追撃を、巧みな槍捌きで上手く回避。
今度は意趣返しのようにウルフちゃんの胸ぐらを掴み、全霊を込めた純粋なパワーに体重まで加えて地面に叩きつけた。
さながら地震が起こったかのような振動と共に破片が宙を舞う。
「かはっ……!?」と肺の空気を強制的に吐き出したウルフちゃんが苦しそうに身動ぎする。
その光景を一瞥する間もなく投げ飛ばすと、ビリッ……!と音がして握っていた衣服の部分が破けてしまった。
控えめな色のそれが風に攫われて飛んでいく。
その最中に鋭い斬撃が背中を一閃したはずなのに、アシュトラスは目立った反応を見せようともしない。
前方に着地した剛鬼の大剣を槍で受け流し、続く振り下ろしも腕で受けようとする。
それが間違いだった。
大剣の切っ先が迫る刹那、アシュトラスは敏感に察知した。
剛鬼のパワーが比類なく増していることを。
コンマ数秒で後退を選択し飛び退くとほぼ同時に、剛鬼が振り下ろした大剣がアシュトラスの腕を掠って大地に吸い込まれる。
─────ドゴォオオオオンッ!!!
凄まじい衝撃が巻き起こった。
ただの斬撃とは思えない剣圧が直線上に伸び、そこから左右に広がるようにして砂煙が波を打つ。
よく見てみると、振り下ろした大剣の延長線上には深い溝が刻まれていた。
しかしそればかりに注目しても居られない。
空中に身を踊らせたアシュトラスの元に、太陽光とは違った眩い光が煌々と差す。
「"エトワール・レイ"」
それは、天より邪悪を滅するために遣わされた光柱のようであった。
極限まで圧縮された光の塊がアシュトラスを呑み込み、地に降り注ぐ。
砂煙は余波で簡単に消し飛んだ。
「………ッ!」
極光の中央でアシュトラスは目を眇めた。
あれだけ頑丈だった肌がジュワアアアッ!!と煙を上げている。
痛さはまぁまぁ。
見た目が派手だが、実質的なダメージは許容範囲内だ。
アシュトラスは落下しきる前に極光の柱から飛び出して着地する。
しばらくすると極光は徐々に細くなり、やがて消えてしまった。
天空都市の一端に小さな戦績を残して。
極光が降り注いだ場所は、半径5m程の円を描いてくり抜かれていた。
綺麗さっぱり消滅してしまったのだ。
もしかしたら底まで貫通しているのかもしれない。
一発一発の威力はさほどでもないが、アレを連発されると厄介だ。
個人的な耐久力としても、天空都市自体の機能面を考慮しても。
(………あっちから、潰す……)
背後からちまちまと攻撃されるのは、正直に言ってちょっとウザかった。
なのでアシュトラスは後衛組から先に潰すことを決め、体を前傾姿勢に傾ける。
「させません」
だが、またしても薄紫の膜に覆われ、動きを固定されてしまった。
ラプラスが腕を右に振れば右側に勢いよく吹き飛ばされ、左に振れば左側に。
上に振れば上、下に振れば下。
思うがままに振り回される。
まるで不規則に跳ねるピンボールのように、重力を無視したランダムな動きでシェイクされ続ける。
これ自体は別に痛くもないので問題はない。
……ただ、とにかくウザかった。
何よりも己の行動の一切を制限される事が。
視界が絶え間なく動き続ける中、ついにアシュトラスの額にビキッと青筋が浮かんだ。
「───ッ、ガアアアアアアッ!!」
その時、信じられない事が起こった。
アシュトラスの体を覆っていた薄紫の膜が、凶暴な咆哮と共に砕け散ったのだ。
ガシャアアンッ!!とガラスが砕けるかのごとく。
窮屈な呪縛から解き放たれたアシュトラスは、存分に叫んだ後に、グンッ!と仰け反っていた顔をラプラスの方に向ける。
その瞳は、まるで爬虫類のような縦割れの瞳孔を携えていた。
着地したアシュトラスが、脚をたわませて槍を引き絞る。
比較的ゆっくりに見えるその光景を前にラプラスは危機感を覚え、咄嗟にサイコキネシスの力場を利用したシールドを生成した。
次の瞬間。
────ドンッ!!!
周囲の音の一切が掻き消され、アシュトラスが踏み込んだ際の荒々しい衝撃波だけが響き渡ったかのように錯覚した。
実際はきっとそんな事は無いのだろう。
けれど、この場に居合わせた四人は間違いなくそう感じたのだ。
それ程までに解き放たれた闘気が凄まじかった。
「くっ───!!」
音すら置き去りにしたアシュトラスの一突きが、寸前で展開した薄紫のシールドに突き刺さった。
あまりに絶大な力の衝突にスパークしたエネルギーが唸り声を上げ、余波だけで周囲一体があっさりと吹き飛ぶ。
ウルフちゃんはその凄まじい突風を体に受けながら、目撃した。
ラプラスが展開したシールドとアシュトラスの一突きは拮抗。
譲らないせめぎ合いが続いている────かと、思われた。
────バキッ!バキバキッ……!!
槍の先端が接した場所から、徐々に亀裂が広がり始めた。
ラプラスが思わずと言った様子で目を見開く。
「まさか……!」
亀裂が広がるにつれて、正面に掲げていたラプラスの腕にもそのダメージがフィードバック。
指がねじ曲がり、切り傷が生まれ出血する。
このままでは耐えられない。
ラプラスの額に冷や汗が伝う。
「"シャイニング・バレット"」
「はあっ!!」
しかし、その前にシャイニング・ウィザードと剛鬼が割り込んだ。
落下してきた剛鬼の斬撃を嫌がってやむなくバックステップを取ったアシュトラスの元に、無数の光の散弾が降り注ぐ。
さらに剛鬼が大剣の切っ先を地面に近付けてから思いっきり振り上げると、巻き上げられた地表が小規模の津波となってアシュトラスを呑み込んだ。
「………」
余裕を持って土の津波から脱出したアシュトラスは、チラリと横に視線を向ける。
いつの間にか、周囲を光で構築された長剣に囲まれていたのだ。
それらが一斉に殺到する。
もちろんアシュトラス程の硬さがあればどうってことない。
命中する度に、長剣の方が砕けて無惨な残骸を宙に投げ出す。
だが、本命はここから。
人差し指をタクトのように振るって、シャイニング・ウィザードは呪文を奏でる。
「【光の崩壊】」
砕けた光の欠片が変質、結合。
歪な鎖のように連なって円を作る。
アシュトラスが立った座標を中心に巨大な幾何学模様が地面に浮かび上がり、それは歪な鎖を挟んで上空にも出現した。
パリッ!!と純粋なエネルギーがその間をスパークして迸る。
直後、世界が光で満たされた。
────ギュワアアアアッ!!!
と、聞いたこともない甲高い音が鼓膜を激しく貫く。
制御を外れたエネルギーの奔流は好き勝手に荒れ狂い、スパークして、この世のものとは思えない天変地異を巻き起こした。
膨張した光が収まるまでしばらくかかった。
やっとこさ音と光を取り戻した世界で、シャイニング・ウィザードの隣に降り立ったウルフちゃんは、ケモ耳をペタンと折り畳んで苦々しい表情を浮かべている。
「うぅ〜……耳がキンキンするですぅ……」
「あら、ごめんなさいね〜」
あまり周りのことは考えていなかったらしい。
ウルフちゃんの惨状を見たシャイニング・ウィザードが「てへぺろ☆」と謝罪の言葉を口にする。
「二人とも、油断は禁物だ」
「はいです!」
「……ええ、そうみたいねぇ〜」
足元を通り過ぎる砂煙をかき分けながら現れた剛鬼。
いつの間にか、額の角が僅かに伸びて不思議なオーラを纏っていた。
太ももには何かの花びらを彷彿とさせる紋様が浮かび上がっており、それは左の鎖骨の辺りにも同じものが見られる。
「……」
一方。
シャイニング・ウィザードの必殺技が直撃したアシュトラスもまた、五体満足の状態で姿を露わにした。
衣服も含めて全身ボロボロだが、肝心なのは出血は最低限しか無いことだろう。
グイッと頬の汚れを拭き取ると、アシュトラスは「ペッ」と唾を吐き出した。
よく見ると、傍らの瓦礫に付着した唾には血が混じっていた。
「外だけじゃなくて、中も硬いみたいねぇ〜。ほんと、厄介だわぁ〜」
シャイニング・ウィザードは心底困ったようにため息をつく。
実際問題、自分の必殺技を喰らっておいてこの反応なのだ。
そりゃあ嫌にもなる。
「……ですが、確実にダメージは蓄積しています。いずれ動きにガタが生まれてくるでしょう」
「………あなた、その指大丈夫なの〜?」
「ええ」
腕時計の位置を直すような仕草で手首の異常を確かめていたラプラスの言葉に、シャイニング・ウィザードは微妙そうな視線で聞き返した。
何を隠そう、先程のアシュトラスの刺突を無理に防御したせいで、ラプラスの右人差し指と中指、左薬指があらぬ方向に折れ曲がっていたのだ。
随分と痛そうな折れ方だが、ラプラスは何処吹く風で平然としている。
実際に、あっという間にサイコキネシスで元の形に戻してしまった。
凄く痛そう。
────カランッ……。
その時、不意に乾いた音がした。
ちなみにラプラスの指はサイコキネシスで無理やり元の形に戻しただけなので、中身(骨)は普通に複雑骨折してます。本当ならめっちゃ痛いはずです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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