VS"放浪侍"八雲②
思わず視線が吸い込まれてしまうような、美しい夜桜を彷彿とさせる滑らかな刀身。
繊細な細工が施された丸鍔。
柄には帯状の紐が巻かれており、桜模様の鈴のストラップが頭に取り付けられていた。
八雲が刀を構えると、澄んだ鈴の音がリンと響き空気を引き締める。
直後、八雲の姿が掻き消えた。
────ギィイインッ!!
空気を切り裂く、甲高い金属音。
凄まじい反射神経でいち早く反応した魔王が、八雲の繰り出した斬撃を即行で潰したのだ。
鍔迫り合いの状態で至近距離で睨み合う二人。
魔王は苦々しげな表情を浮かべ、一方で八雲は僅かな驚きを面に浮かべていた。
ギィンッ!と金属音が響き、互いに弾かれる。
今度は魔王の方から攻めた。
地面に亀裂を生む程の踏み込みで一気に離れかけた距離を詰め、鋭い斬撃をお見舞いする。
「なんと洗練された……。"剛"の剣技でありながら、ここまで正確無比でござるか」
壮絶な斬撃の嵐がこれでもかと飛び交う。
魔王の剣技はまさに、余計なものを全て切り落としたかのような正確無比。
しかしそうでありながら、八雲ですら感心する程の力強さも兼ね備えている。
一見すると荒々しさが目立つ乱雑な動きに見えるが、その実は的確に八雲の斬撃を捌き、そして的確に彼女の嫌がる斬撃を繰り出し続けている。
戦いの中で見出された、"勝つため"の技術。
それが魔王の剣技には宿っていた。
何度目かの鍔迫り合いの末。
見事に全ての攻撃をいなした八雲は、魔王の刀が振り払われる勢いに乗っかり自ら後退した。
「むむっ」
足の裏が地面に接する直前、上空からうねり狂った極太の竜巻が降り注いだ。
一瞬にして八雲の姿が渦巻く暴風の中に呑み込まれる。
ところが……。
突如として、竜巻の腹がパックリと斜めに両断されてしまった。
いとも簡単に暴風の塊は千切れ飛び、荒々しい余韻を四方八方に撒き散らす。
円形に抉れたその中央では、刀を振り払った低い体勢で脚をたわませている八雲の姿が。
彼女が何か行動を起こす前に潰さなくては。
竜巻を囮に接近していた八咫烏ちゃんとイナズマが、それぞれ別方向から刀を振るう。
「うっ……!」
「……なるほど、これが"無刀"とやらか」
しかし、二人して凝縮した"気"の発露である無刀───見えざる刀によって弾かれてしまった。
鈍い金属音と火花が飛び散る。
空中で体勢を崩してしまった八咫烏ちゃんとは対照的に、前傾姿勢でザザッ!と後ずさったイナズマの身体から微量の稲妻がスパーク。
初速から最高速度である雷速を叩き出し、不規則な動きで八雲の懐に潜り込んだ。
速度の緩急が上手く不意を突いたようで、指向性を定めなければならない無刀では防げなかったようだ。
パリッ!と稲妻の迸る斬撃が八雲の脇腹に吸い込まれる。
「───ッ!」
だが驚くべきことに、寸前で身を引いた八雲が刀を返し、切っ先で軽々とイナズマの刀を跳ね上げてしまった。
その流麗さは雷速にも引けを取らない。
動体視力と反射神経がずば抜けているのだろう。
懐に潜り込まれた瞬間には瞳に驚きを滲ませておきながら、即座に残心で間合いから半歩抜け出し、完璧に受け流して見せた。
無刀とは似て非なる剣気がイナズマの胸に叩き付けられる。
「イナズマ、避けろっ!」
言われるまでもない。
イナズマが後退したのと入れ替わりで、凄まじい密度の光が石畳を砕きつつ八雲を呑み込んだ。
勢いよく砂煙が舞い上がる。
「"神羅天翔"!!」
極光をその身に纏った聖剣が力強く振り下ろされる。
凝縮した光を切っ先に集中させ、斬撃の威力・攻撃範囲共に拡張した勇者の必殺技だ。
砂煙が左右に押し退けられて八雲の姿が露わになる。
彼女は無傷だった。
イナズマも居たため多少抑えめだったとは言え、勇者の光をモロに喰らって無傷とは。
ユウキは戦慄しつつ、確かに目撃した。
自らの腕がスローモーションで振り下ろされる中、何故か八雲の動きだけが、流れ落ちる流水のように滑らかで淀みない。
まるで舞を眺めているかのようだった。
結果的に、"神羅天翔"は完全に解き放たれる前に八雲によって砕かれてしまった。
バキィンッ!!と切り刻まれた光の欠片が儚く宙を舞う。
それをユウキが認識した時には、既に八雲が眼前に迫っていた。
「ボサっとすんな!」
「ぐえっ!?」
間一髪。
魔王がユウキの鎧を掴んで後ろに引っ張ったことで、刀の切っ先は彼の前髪を僅かに切り落として空振った。
鎧のネック部分を後ろから引っ張られたおかげで、首が絞まりユウキは呻いているが、切り伏せられるよりはマシだろう。
魔王は気にすることなく勇者を投げ捨てて刀を振るう。
再度の鍔迫り合いだ。
しかし、魔王が闇を展開し魔神フォルムになったことで、パワー面において圧倒的優位に。
ズンと一気に増した腕力で八雲を弾き飛ばす。
「凄い圧迫感でござる……。これが"魔王"と呼ばれる所以でござるか」
軽いステップで勢いを殺し、体勢を立て直した八雲。
全身から闇を迸らせ迫る魔王を前に、慌てることなくゆるりとした動作で刀を収めた。
もちろん観念したのではない。
左右に大きく足を広げ、逆半身で柄に手を添える。
いわゆる抜刀術の構えだ。
ズシンと重くのしかかるようにして八雲の剣気が増幅。
親指で鯉口を切った、その直後のことだ。
妖しい輝きを帯びた刀身が僅かに見えたかと思えば、八雲の腕ごと霞んで消えてしまった。
再び露わになったのは、ガギィイインッ!!と鼓膜を劈く金属音が響いた瞬間。
抜刀から、コンマ数秒?
もはや数えることすら叶わぬ一瞬の間に、魔王の刀と衝突したのだ。
結果は僅かにだが八雲優勢。
しかし魔王も負けておらず、刹那の静寂を挟んで目にも止まらぬ速度の斬り合いが繰り広げられる。
「むっ!やるでござるな……!」
魔王と切り結ぶ傍ら、八雲がチラリと視線を向けた先では、漆黒の翼をはためかせた八咫烏ちゃんが無刀を砕いて迫っていた。
反対側では、こちらも既に無刀を躱したイナズマも間合いに入り込んでいる。
敵ながらその成長に関心したのか、八雲は薄っすらと口角を上げた。
イナズマの斬撃を刀で受け、逸らし、切り上げ。
視線を向けぬまま足運びのみで八咫烏ちゃんの斬撃を避け、受け流し、切り払う。
どちらも一瞬の出来事だ。
しかも魔王を相手取りながら。
「……ちぃっ!!」
地を踏み砕いた魔王の一撃は、残念ながら八雲の着物の袖を切り落としたのみ。
これも躱されるのかと、魔王から思わず舌打ちが漏れる。
同時に、目にも止まらぬ速度の横薙ぎによって、魔王の胸に真一文字の深い切り傷が刻まれた。
かなり傷が深いようで、ブシッ……!と鮮血が溢れ出す。
だがしかし。
この程度で魔王の動きは止まらない。
「ま、マジでござるか……」
八雲の頬が僅かに引き攣る。
それは、上体を後ろに逸らして血をダラダラ流しているにも関わらず、魔王の手が自分の袴の襟を掴んで離さないからだ。
それはもうガッシリと。
万力の力で握っており、ちょっとやそっとじゃ逃げられる気がしない。
どうやら魔王はダメージを受ける前提で、初めからこれが目的だったらしい。
ここに来てやっと、八雲のビビる顔を見た気がする。
「わわっ!?」
魔王はグイッと八雲の体を引き寄せつつ、至近距離で"消滅"の効果を持つ闇を押し付ける。
刀のように形を定義していない、深淵に潜む闇をそのままぶつけた。
通常ならば、闇に押し負けた部分がゴリゴリと存在ごと抹消されるえげつない技だ。
……もはや"技"と呼べるかも怪しい代物だが。
とにかく、物理的に対抗出来るものではない。
確かな手応えと共に袴の一部が消滅。
このままゴリ押す───。
魔王の脳裏にその思考が浮かび上がった刹那。
突如として体が支えを失ったかのように前に倒れた。
ほぼ同時に、真っ赤な液体が視界を塗り潰す。
血だ。
魔王の胸に新たに刻まれた縦の傷から、湯水のように溢れている。
よく見ると袴を掴んでいたはずの左腕も無かった。
切り落とされたらしい。
(マジかよっ……!)
魔王は内心で愚痴を零した。
が、共に口角を逆さ三日月のように吊り上げた。
吹き出る血と闇の隙間からこれを垣間見た八雲は、怪訝そうに眉を寄せる。
何かを狙っている……?
彼女が身構えた直後。
「うええっ!?」
八雲が素っ頓狂な声を上げた。
それも仕方あるまい。
だって、無くなったはずの魔王の左腕が急に生えてきたのだから。
骨が構築され、筋肉と血管が断面から伸び、そして肌色の皮を被った。
ほんの一瞬の出来事だ。
さらに修復された左腕を闇が覆い、獣のような三本指の鋭い鉤爪を作り上げた。
「はあああっ!!」
かろうじて体の前に刀を滑り込ませた。
しかし八雲の体を貫いた衝撃はその程度ものともせず、存分にダメージを与えた末にぶっ飛ばした。
「いてて……。ほ、本当に人間でござるか!?」
「それはこっちのセリフだ!」
平然と砂煙の中から飛び出してバックステップを取る八雲に、魔王から鋭いツッコミが入る。
未だに平然としている八雲もそうだが、いつの間にか胸の傷も綺麗さっぱり消えていた魔王は、本当に普通の人間なのか怪しいところだ。
もはや無刀すら意に返さず粉砕。
闇で肥大化した拳が敷き詰められた砂利にめり込み、凄まじい衝撃波と共に細かな石の礫を周囲に撒き散らす。
「出力全開!」
拳の叩き付けを頭上で受けていた八雲は、刀がカタカタと震える音を聞きながら、魔王の背後で起こる異様な光景に危機感を覚えていた。
八咫烏ちゃんが構えた八卦炉。
その中心に凝縮されたエネルギーの塊は、今まで見てきた竜巻の規模とは比較にならない。
体を切り返して拳を受け流し、魔王を切り捨て身構える。
八卦炉が解放されたのはその直後のことであった。
「【グランド・テンペスト】ッ!!」
放出された圧倒的風圧の暴力。
凝縮された竜巻と太陽光が混ざり合い、予期せぬ凄まじい破壊力を発揮して世界を染め上げる。
驚くべきことに、八雲が選択したのは逃げではなかった。
なんと八雲は、その最高出力の竜巻に自ら向かって行ったのだ。
「九重流・伍式───」
カチャッと刀を返す八雲の視線は、渦巻くエネルギーのその向こう。
八咫烏ちゃんにまで届いていた。
「───"清流凩"」
時が止まったと、そう錯覚しても仕方がない光景が目の前で起こった。
さながら神楽でも踊るかのように。
怖いくらいに滑らかで、一人だけ全く性質の違う空間にいるのかと錯覚させる流麗な動き。
気付いた時には、八雲は凝縮された竜巻をぶつ切りにして、八咫烏ちゃんの眼前に迫っていた。
「っ!」
溶解した八卦炉が縦に両断された。
未だ二度の使用は出来ないので切り捨てられても問題は無いのだが、いかんせん今の出来事が衝撃的過ぎて八咫烏ちゃんは動くに動けなかった。
しかし咄嗟の判断で繰り出した羽の弾幕が良い牽制なったようで、何とか距離を取ることに成功。
ドキドキと高速で脈打つ心臓を落ち着けるように胸に手を添える。
「今のはヒヤリとしたでござるよ……。これまた、恐ろしい物を作る御仁が居るのでござるなぁ」
乾いた笑みで八雲はそう言った。
どこぞのマッドサイエンティストさんが実に良い笑顔を浮かべた気がした。
「イナズマ、僕らも負けてられないな!」
「喋るよりも手を動かせ!」
三英傑コンビが、羽の弾幕を避けて後退した八雲に攻撃を仕掛ける。
既に二人共が無刀を捌く方法を各々に編み出しており、苦戦しながらも何とか食らいつく事が出来ていた。
「"ブレイブスラッシュ"!」
無刀を砕き、大きく聖剣を振り上げたユウキが技名を叫ぶ。
言うなれば単に勇者の光を纏っただけの斬撃なのだが、彼の思い込みによって洒落にならない強化が施されており、その威力は凄まじいものだった。
「疾ッ!」
八雲が反射的に首の横に構えた刀に、ギャリンッ!!と何かが衝突して耳障りな音を奏でる。
イナズマの刀と衝突した音なのだが、それが響く頃にはイナズマ本人は既に背後にて蹴りを構えていた。
だが、残念ながら回し蹴りは空を切る。
恐ろしいことに、八雲は段々とこの雷速に慣れてきていた。
見惚れるような刀さばきでユウキとイナズマを退け、八雲は刀を振り払う。
「いやはや……楽しくなってきたでござるなぁ」
顎に手を当てて、ワクワクを面に出す八雲。
この状況を楽しめるメンタルは尊敬しつつも、見事に足止めされ時間を稼がれている魔王は苦虫を噛み潰したような表情で後頭部を搔く。
強い。
とにかく強い。
刀を極めた人間なだけあって、シンプルに強いのだ。
小細工などが無い分、至ってシンプルに実力差が浮き彫りになる。
(こりゃあ、簡単に抜けられそうにないな……)
時間と死力を尽くせば、きっと勝てはするだろう。
だがそれでは本来の目的である、"九尾への加勢"が実質的に不可能になってしまう。
それでは困るのだ。
だが、勝たない限り通してはくれまい。
足止めされ続けていれば相手の思うつぼ。
八方塞がりとは言わずとも中々に不味い状況だ。
「さて、どうしたもんかな……」
闇で武装しつつ、頭を悩ませる魔王だった。
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