VS"放浪侍"八雲
「……ちっ。マズったな、こりゃ……」
貴族を彷彿とさせる、小綺麗な燕尾服に身を包んだ青年───我らが魔王様は、視界を覆っていた薄紫の光が失せると共にそう呟いた。
ガシガシと乱雑に頭を搔く。
突入に際していつもの格式あるマントは羽織っておらず、高所故に吹く突風が揺らすのは彼の黒髪とスーツの裾のみだ。
魔王が最初に相対したのは、物騒な槍を携えた黒髪の少女であった。
細身ながら、決して油断出来ぬ威圧感を放つ少女を前に魔王は臨戦態勢。
いついかなる時でも反応出来るよう備えていた。
しかし、棒立ちの彼女がポケットから取り出した、謎の薄紫の球体が光を放った途端。
魔王の意志とは裏腹に、反撃の選択肢すら用意させてもらえなかった。
あっという間に視界が光で染め上げられ、気が付けばここに転送されていたのだ。
魔王は改めて周囲を見回す。
ここはかなり中央の城に近い場所にあるようで、正面の竹林の隙間から、突入時に見かけた洒落た時計台が垣間見えた。
前後左右はとても開けており、柵を境に向こう側には青々とした竹林が、この開けたエリアを囲うようにして広がっていた。
また足元には石畳が敷かれていて、竹林の奥へと進むこの道は、人が五人以上横に並んでも余裕で通り抜けられるだろう。
石畳の外側は綺麗な砂利が敷き詰められている。
ところどころにゴツゴツした岩や足場らしき平たい石も見られ、伝統的な日本庭園を彷彿とさせる美しいエリアだ。
もしこのような状況でなければ、嬉々として見て回っていただろう。
「なっ、今のは……!?さっきまで僕は、確かに荒野に居たのに……!」
「……煩いぞ、ユウキ」
後ろから騒がしい声がしたものの、魔王は振り向かない。
何故なら、見ずとも容易に状況が察せるからだ。
凡そ、強制転移に驚かされた勘違い勇者ことユウキが、落ち着きもなく周囲をキョロキョロと見回して騒いでいるのだろう。
隣で呆れた表情を浮かべる迅雷ヒーロー、イナズマの姿もまざまざと想像出来る。
「予想外のメンツっすね……」
「ああ。慣れない相手と組ませて時間稼ぎするつもりか……?」
魔王様が顎に手を当てて思案する。
ヒーローとヴィランが手を組んだとなれば、さすがにエヴァントラスの面々も危機感を覚えるだろう。
全員が相当な手練だと言う話は聞いていたが、全員が全員、この世の天井級に相当する訳では無い。
頭であるミューラを除けば、残りはそれぞれの組織で充分に対処出来る範囲内………というのが、"千里眼"を使用したラプラスの見解だった。
しかしここまで見事にメンバーがシャッフルされたとなると、確実に普段よりも戦いにくくなってしまう。
奴らの狙いは───。
「……魔王さん」
「来たか。おいヒーロー共、喧嘩は後にしろ。敵さんのお出迎えだ」
「む」
ユウキと同類にされたことに対して、イナズマは心底不服そうな顔をしたものの、石畳の道を歩いてやって来る敵を前に、目を少々眇めるだけに留めた。
魔王を筆頭に全員が警戒心を高めつつ、各々の武器に手をかける。
ピリッと張り詰めた空気が場を満たしていた。
そんな中、竹林を抜けたその人物に直射日光が降り注ぐ。
非常にシンプルな配色の袴を着用しており、機能性を重視しているのか長い裾部分には深い切れ目が入っている。
藁の草履は使い古されてボロボロで、焦げ茶の長髪はきちっとポニーテール。
頭上では細長いアホ毛がみょんみょんと歩を進める度に揺れている。
身長はおそらく160cmと少しくらいだろうか。
大胆に開いた胸元からは何重にも巻いたサラシが露出。
こだわりの癖ェを感じる。
実に素晴らしい。
そんな茶髪の少女は右手で日除けをしつつ、グリーンの瞳を細めて招集されたメンツに視線を巡らせる。
左手は腰に差した刀の柄に添えられていた。
「うむむ……。強そうな御仁達でござるなぁ〜」
非常に呑気な、まるで動物園でライオンを見つけた子供のような声色でそう口にした侍少女。
侵入者と相対したという状況にも関わらず、彼女はのほほんと笑っていた。
心なしか楽しそうですらある。
「お前が足止め役か」
鋭い瞳で魔王が問うた。
ジャケットを投げ捨て、ネクタイを緩めて闇の刀を構築する。
少女は「いかにも」と鷹揚に頷いた。
「拙者の名は"八雲"。ミューラ殿に仕える、しがない放浪人でござる」
八雲と名乗った少女は、真っ直ぐと魔王を見つめたまま何かを口にしようとする。
ところが、それが音として発されることは無かった。
ご都合主義により、誰よりも早く突き動かされた勇者君のせいである。
のほほんとした表情にも関わらず、八雲から感じるビリビリとした威圧感。
そして国際指名手配犯という誰から見ても"悪"と断言出来る相手を前にして、あの勇者が黙って居られるはずもない。
まさに先手必勝。
魔王が制止する間もなく、聖剣を手にしたユウキが勇者モードに変身し、一気に八雲の間合いに踏み込んでしまった。
「悪党め!覚悟しろっ!!」
本人は至って真剣な表情だ。
しかし、彼の背中を見つめる同僚の視線は酷く冷たい。
「おおっ」
対して、八雲は興味深そうに目を丸くした。
果たしてユウキの身のこなしに関心したのか、それともあまりに脈絡の無い行動に驚いたのかは定かではない。
流れるように聖剣が振り下ろされるが、八雲は棒立ちのままピクリとも動かなかった。
「動けなかった」と都合良く誤認したのはユウキだけだ。
聖剣の切っ先が八雲の華奢な肩口に吸い込まれる。
ところが。
「なっ───!?」
ユウキは思わず瞠目した。
聖剣が何故、弾かれているのか。
目の前で散った火花の要因すら理解出来ぬまま、ユウキは勢いよく弾き返されてしまった。
石畳を転がったユウキが何とか体勢を立て直す。
頬に冷や汗を垂らしながら改めて八雲を見るが、やはりその場から一歩たりとも動いていなかった。
それどころか姿勢やポーズすら変わっていないように見える。
一体何が……。
さすがに安易に突っ込まなくなったユウキの脳天に、突如として重い衝撃が走った。
「いたっ!?」
「何をしているんだ、まったく……。相手の出方を伺わず考え無しに突撃するんじゃない」
イナズマからお叱りを受けた。
全くもって、おっしゃる通り。
今のゲンコツは自分への戒めとして是非とも心に刻んで欲しいものだ。
ちなみに八咫烏ちゃんと魔王様は後ろで、「またやってるっす……」、「な。俺、あいつ苦手なんだよ……」とヒソヒソ話を繰り広げていた。
魔王様の嫌悪感満載の表情は"ガチ"だ。
本気でユウキが苦手ならしい。
……だがしかし、ここで味方内で争っていれば、それこそ相手側の思うツボ。
色々と言ってやりたいことはあるが、ここは抑えなければ。
未だに納得がいってない様子のユウキはさておき、今度は魔王と八咫烏ちゃんが前に出る。
「イナズマ、ちょっと見てろ」
「ん?……なんだ、お前はもう見当がついているのか」
魔王の意図を察して、イナズマは目を瞬かせる。
先程、ユウキが訳も分からず弾き返された原因。
それを魔王は一度見ただけで看破したらしい。
これに関しては本人の実力と言うよりも、仲間に同じような力を使う者が居たというのが大きかった。
ともかく。
魔王の合図で、八咫烏ちゃんは黒翼を展開。
漆黒の刃を携えた二人は一斉に八雲との距離を詰めた。
魔王は闇の刀で逆袈裟斬りを繰り出すべく、懐に深く踏み込み半身で構え、右肩を通して八雲を睨む。
一方、八咫烏ちゃんは漆黒の羽で構築した刀を振り上げ、空中で逆半身の構えを取った。
直後、ほとんど大差ないタイミングで、その切っ先が八雲の体に吸い込まれる────かと思いきや。
────ギィイインッ!!
金属同士がぶつかり合ったかのような、耳障りな甲高い音が響き渡った。
なんと、魔王と八咫烏ちゃん。
二人の斬撃が空中で止まっていたのだ。
しかもただ止まっているだけでなく、驚くべきことに何かと鍔迫り合いを繰り広げているかのように、激しい火花が散っていた。
けれどもやはり、八雲は一歩たりとて動いてすらいない。
まるで透明な刃物がそこにあり、二人の斬撃を防いでいるかのようだった。
「……やはりな!」
何かの確信を得たらしい魔王がさらに力を込める。
すると、いきなりガシャアンッ!!とガラスを粉砕した時のような音が響き、漆黒の刀が勢いを取り戻した。
そのまま八雲の脇腹に食いつかんとギラつくが、すんでの所で鞘から途中まで引き抜かれた深い色の刀身に遮られて、またしても未遂に終わってしまった。
「ふむふむ、やはり小手先の技が通用する相手ではござらんなぁ」
八雲氏、随分とまた嬉しそうである。
完全に刀を抜き放ち、魔王と八咫烏ちゃんを後退させる。
露わになったその刀身は、闇夜を彩る夜桜を宿したかのような、妖しくも美しい幻想的な輝きを秘めていた。
「……"気"だな?さっきのは」
軽々と着地した魔王は、確信を得た表情で答え合わせを求める。
もちろん、正解だ。
八雲は刀を下ろしつつ笑みを浮かべた。
「いかにも。いわゆる"無刀"と呼ばれる技術でござる」
無刀。
それは遥か古より、剣士としての腕を極限まで磨き上げた一部の者のみがたどり着くことを許された、剣技の極地。
「練り上げた闘気を刃として振るう……。そう説明すると少し仰々しいでござるが、まぁ簡単に言えば、要するに"気合い"でござる。気合いで見えぬ刀をその身に携え、気合いで存在せぬ刀を操る。言ってみればそれだけでござるよ」
きっとこの感覚を理解出来るか否かが、常人と極地に至った者の差なのだろう。
気合いで物理的に作用する見えない物体が構築出来てたまるかっ!!
というツッコミは大いにおっしゃる通りだ。
けれどこの世界には"気"という概念がある。
魔王軍に所属する綾桜という少女も体得しているが、あれも言い換えれば気合いが成した技だ。
意思の力を原動力に、"気"は発生し現実に干渉する。
原理としては同じなのだろう。
刀を極めし者が、刀を持たずとも同等に研ぎ澄まされた極限の意思を持って、刀と同義の鋭い"気"を放つ。
確かに、言ってしまえば気合い。
けれどそれを実現出来るのは限られた者だけである。
「打ち込んだ手応えはあれど、所詮は気のせいの延長。実際に斬ることは不可能でござる。お恥ずかしながら、あまり実用的ではござらん」
どうやら無刀でも、他者を傷付けることまでは出来ないらしい。
照れくさそうに後頭部をわしわしする八雲。
マイナー寄りのアビリティを育成したコアプレイヤーみたいな反応だが、とんでもない。
仮に傷付けることが出来なかったところで、先程の攻防からも分かる通り、普通に敵の攻撃を防いで何なら弾き返してすらいるのだ。
充分過ぎる破格の性能だ。
(こりゃあ下手したら、ファントム助けに行くどころの話じゃなくなっちまうな……)
魔王は平静を装いつつ、内心で腹を括るのだった。
次の話で戦闘シーンたっぷり書くよ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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