VS執事リュオーン
「やあやあ初めまして、僕の名前はリュオーン。優雅な英国紳士さ」
美しい野原のど真ん中に設置された、白いパラソルの下。
シンプルなデザインの椅子に腰掛けた執事服の青年が、ニコリと爽やかな笑みを浮かべてこちらに手を振っている。
反対の手にはオシャレなソーサーを持っており、カップからは仄かな湯気が立ち昇っているのが見える。
傍らのテーブルにはティーポットやクッキーなどが並べられ、こんな切迫した状況下にふさわしくない呑気な光景となっていた。
侵入者を前にして優雅に紅茶を嗜むとは、大した度胸である。
「なんだか最近は物騒だね。……時にお嬢さん方、少し僕とお茶でもしないかい?」
どこか遠くで行われているであろう微弱な戦闘音を聞き流しつつ、リュオーンと名乗った執事は口元でカップを傾け、そしてお茶のお誘いまでしてきた。
当然、返ってくる言葉が好意的なはずもなく。
「興味無いです」
「悪いけど、キザな男は嫌いなの」
二人からはすっぱり断られてしまった。
前者が魔王軍所属のチャイナ娘・綾桜のセリフで、後者が暴風ヒーロー・テンペストのセリフである。
どうやら本気で関心が皆無らしく、世にも珍しい綾桜の真顔ガチ拒絶にて断られてしまったリュオーン氏。
魔王がこれを知ったのなら、「この世に綾桜を真顔にさせる人間が勇者以外に存在したとは……」と一種の戦慄を覚えさせられたことだろう。
まぁ彼女らが直面している状況を加味すれば、断られるのは当然としか言えまい。
現在進行形でシリアスなお話の最中なのだ。
……ところが、そのシリアスの中でも己の欲求にとても忠実な者が居た。
それも残念ながら我ら秘密結社Xの幹部、ソアレさんである。
「ふむ……些か興味があると言わざるを得ないね」
マッドサイエンティスト特有の邪悪な笑みを浮かべながら、ソアレはギラついた瞳でリュオーンを見つめている。
もちろんお茶会に興味を引かれたのではない。
リュオーン自身────と言うよりも、この規模も勢力も何もかもが違う天空都市に暮らす住民に対する、科学者故の知的好奇心と表現するべきか。
何にせよ、一瞬だけボス救出のミッションすら忘れて、リュオーンの提案に乗りそうになった。
ボスは泣いても良いと思う。
「……ソアレさん?」
けれど、テンペストの「嘘でしょ?」とでも言いたげな声でハッと我に返ったようで。
面倒そうに後頭部を掻いて気を取り直した。
大丈夫かこの人……みたいな視線が綾桜とテンペストから注がれる。
「えっと……私たち、そこ通りたいんですけど……見逃してくれたりしませんか?」
「ごめんね。"ガルハラ"から任されちゃってさ……。ちゃんと仕事しないと、後で怒られちゃうんだ」
リュオーンは困ったような仕草で肩をすくませる。
もちろん彼にとってガルハラから怒られることは、別にそこまでの問題じゃない。
説教なんて、適当に聞き流していればいずれ終わるからだ。
しかし重要なのは、その罰としてしばらく外出禁止にされてしまうこと。
外出が禁止となれば、暇を持て余した際に適当に通りかかった街に降り立ち、たまたま見つけたお嬢さんとの楽しいお茶会を開くことも出来なくなってしまう。
それだけは御免だった。
特に今回は主であるミューラの悲願に直結する事案なので、リュオーン本人としても決してサボる訳にはいかなかった。
「僕らの目的は足止めだからさ。出来れば、無駄に傷つけ合うことなく、お茶に付き合ってくれるとありがたいんだけど……」
リュオーンがした再度の誘いに、テンペストは竜巻を放つことで答えた。
凄まじい暴風が渦を巻いて、パラソルごとお茶会セットを呑み込む。
バキバキッ……!と木製のそれらが無惨に砕ける音がした。
「おっと……」
半円状にえぐれた地面の横にシュタッと着地したリュオーン。
彼の手元には暴風が命中する直前に救出されたティーポットとカップがあり、ついでに持ち出した黒いアタッシュケースも左肘にぶら下げていた。
「えー、もしかして強行突破するつもりかい?」
「あなたが邪魔をするならね」
「怪我したくなかったら通してください!」
「困ったなぁ……」
とぽぽ……と、どっかの刑事ドラマで見たことがある、ダイナミックかつ優雅な紅茶の注ぎ方でカップを満たすリュオーン。
そんな彼にエメラルドの反り刃が襲いかかる。
テンペストの得意技、"風の刃"だ。
「っと」
紅茶を零さないよう細心の注意を払ったコンパクトな回避で、リュオーンは見事に風の刃を避けていく。
そこに綾桜も乱入。
拳法を組み込んだ多彩な近接戦でリュオーンを追い立てる。
拳を突き出す度に、脚を振り払う度に、凝縮した"気"が凄まじい鋭さを持ってリュオーンのシャープな頬のラインを掠った。
心なしか、顔面ばかり狙っているように見えるのは気のせいだろうか。
紅茶片手に、リュオーンは冷や汗を流す。
さすがに舐めプで足止め出来るような相手ではないらしい。
仕方が無いので、カップに残った紅茶を一気に流し込んで空に。
綾桜の回し蹴りを片手バク転で回避して距離を取り、比較的安全そうな盛土の上にカップとティーポットを置いた。
上空から風の刃が迫る中、リュオーンは黒のアタッシュケースの持ち手を握り締める。
すると驚くべきことに、アタッシュケースはあっという間に形を変えてコンバットナイフ二本に変形した。
「……ナノマシンか」
「そうだよ。よく知ってるね」
風の刃を弾き、リュオーンは左手のナイフをクルクル回して弄びつつ答えた。
以前、ボスの仮面や戦闘用メイド服を制作する際にソアレも活用していた、馴染み深い構造体だ。
リュオーンはコンバットナイフで風の刃を捌きつつ、綾桜との格闘戦もそつなくこなしている。
隙を見抜いての発勁も、ナイフを縦長のシールドに変形させて難なく防がれてしまった。
パキパキッ……!と音を立ててシールドがアタッシュケースに形を戻す。
「あれ、厄介ね……」
「あいつおちゃらけてますけど、本人も普通に強いですよ。迂闊に踏み込めません」
相手が攻撃に転じていないからこそ、ここまで好き勝手に打ち込めているのだろう。
見事に足止めされてしまって、綾桜は構えを崩しながら苦い顔をする。
「僕はなるべく、お嬢さん達を傷付けたくないんだ。せめてことが済むまで、ここで一緒にお茶して時間を潰してくれると助かるんだけど……」
自分はお茶しながら時間を潰せるし、お嬢さん達は無駄に傷付かなくて済む。
まさにウィンウィンの関係だろう?と、リュオーンは改めて三人を誘う。
女性を傷付けたくないというのは、おそらく本心なのだろう。
先程から綾桜と殴り合った際も、実際は拳や蹴りを受け流すばかりで自分から攻めてくることは無かった。
だが、彼の提案は根本から間違っていると言わざるを得ない。
この状況において、互いに得をするウィンウィンの関係というのは、そもそも成り立つはずが無いのだ。
目的が相反している時点で。
「そんなに紅茶が好きなら、一人で飲んでいたまえ」
リュオーンの誘いを突き放し、ソアレは起動させた兵器を彼に差し向ける。
クレーンゲームのアームのようにも見える物体を装備したファン〇ルが自在に空を飛び回り、リュオーンを取り囲む。
ファン〇ルの正面に付属されたアームが閉じると、そこにギュワアアッ……!!と眩い光が凝縮。
太陽光を圧縮した熱線が解き放たれた。
「くっ……!?」
熱線が咄嗟に展開されたシールドに衝突し、バチバチと激しい唸り声を上げる。
これが一つならば大したことは無いのだが、周囲を飛び回るファン〇ルは合計で四つ……。
「集中砲火されたらやばそうだな」
他のファン〇ルのチャージが終わる前に、頬を引き攣らせたリュオーンは慌ててその場から離脱した。
直後、凝縮された太陽光熱線が野原に風穴を空ける。
爆風に押しのけられたものの、見事な受け身で転がって体勢を立て直したリュオーンは、アタッシュケースを変形させて二丁のリボルバーに。
空気を劈くかのような破裂音が響き渡り、リュオーンを追っていたファン〇ルが僅かに揺れた。
「硬いな……」
リュオーンが撃った弾丸は正確にファン〇ルに命中した。
しかし、装甲が硬すぎて僅かな擦り傷を与えるのが精一杯だったのだ。
「てぇええいっ!!」
「おっと」
流星のように落下してきた綾桜のキックが地面を陥没させ、バキバキッ!!と周囲に亀裂を広げる。
足場が不安定になったタイミングで背後から迫ったエメラルドの刃をかろうじて躱し、リュオーンは華麗なバク転で距離を取る。
そして、頬を伝う冷や汗を手の甲で拭うと。
「う〜ん、困ったな……」
分かり合えないことを理解したのだろう。
かと言って、やはり女性を傷付けるのは中々気分が進まない。
しかし手加減していては、思わぬ油断が生まれ足止めに失敗してしまうかもしれない。
実に迷いどころな板挟みの状況だった。
さて、困った困った……。
拳銃を再びコンバットナイフに変形させ、リュオーンは物騒なお嬢さん方と向き合うのであった。
自称英国紳士ことリュオーン君ですが、外面はとにかくキザな仕草や言動が目立ついけ好かない男といった感じ。けれど主であるミューラに対する忠誠心は絶対的で、女遊びも全くしたことがありません。せいぜい楽しくお茶する程度です。同じく執事を務めている"ガルハラ"という名の同僚とは、昔からの腐れ縁なのだとか……。
・ファンネル………『機動戦士ガンダム』シリーズより
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