天空都市エヴァントラス
見慣れた廃墟からの光景に一つだけ、どデカい異物が混じっていた。
それは町に大きな影を落とし、圧倒的存在感で人々の注目を引きつける。
あんな物が実在して良いのか?
未だに夢かと錯覚してしまいそうな光景だが、確かにそれはそこにあった。
どこからともなく、ゴクリと生唾を飲み込む音がした。
誰しもが空に浮かぶその物体の迫力に、目を奪われているのだ。
カラカラに乾いた口を震わせて、ボスがぽつりと呟いた。
「───ラ、ラ〇ュタは本当にあったんだ!!」
目をキラキラと輝かせて、まるで未知を発見した子供かのように。
心なしか絵柄も独特のものに変わっている気がする。
イリスとソアレからは「こんな時に何してんだ……」みたいな呆れの視線を注がれるが、一方でエックス戦闘員達は謎の悔しがりを見せた。
「うわっ、俺もそれ言いたかった!」
「せっかくのチャンスだったのに!ちくしょう先越された……!」
どうやら彼らも日頃から、虎視眈々とこのセリフを言い放つ機会を狙っていたらしい。
どんだけ暇なんだこいつらは…….。
少しだけ張り詰めていた空気が、一気に腑抜けたように感じる。
「「バ〇ス!」」
「「ぐああああっ……!!」」
一号君と二号君が繋いだ手を前に差し出し、合言葉を紡いだ。
すると何も起こっていないにも関わらず、ボスと三号君は示し合わせたかのように手のひらで目を覆い、苦しむ演技をする。
もちろんお決まりの「目が……目がぁ……!」も忘れない。
直前までの緊張感はどこへやら。
女性陣の白い視線すら物ともしない。
「君達ね……特にボス。君は、あれが何か知らないのかい?」
「知らん」
「やれやれ……」
何故か自信満々のドヤ顔で「知らん」と言い切ったボスに、ソアレ氏から呆れの篭ったジト目が向けられる。
……え?なんかこれ知ってないとマズい感じ?と少し心の中で慌てたボス。
露骨に視線が忙しなく泳いでいる。
この様子からして本当に知らないのだろう。
「あれは"エヴァントラス"。人呼んで"旅する空島"さ」
「ほう」
旅する空島こと、天空都市エヴァントラス。
見ての通り一つの島を地殻からごっそりと抜き取り、そのまんま空に浮かべたかのような見た目をしていた。
下面が飾り気のない無骨な土の塊であるのに対して、島の上は緑で満ちており、その中には立派な古城まで垣間見える。
まさにロマンが形を成したと言うべきか。
雲を切り裂いてズンと佇む素晴らしき姿に、ボスとエックス戦闘員の口から再び歓声が溢れる。
「確かに見た目のロマンは否定しないけどね。……でも、問題はあそこに住んでる住人さ」
「あ、やっぱ誰か住んでんだ!お願いしたら上陸とかさせてもらえるかな!?」
「どうだろうね。個人的にはあまりオススメしないな」
「え、何でよ」
珍しく厳しい視線を空に浮かんだ島に向けるソアレ。
ボスはキョトンとした顔で聞き返す。
だが答えが返ってくるよりも先に、その何よりの"証拠"が向こうからやって来た。
不意に、空を漂う島を分割するかのように縦の歪な線が刻まれた。
島にではない。
その手前の空間に、ノイズを彷彿とさせる不気味な亀裂が生まれたのだ。
それがゆっくりと開き、奥から何者かが姿を現した。
「……おっ、居た居た!早速来たぞ、ファントム!」
ボスが目を丸くする。
なんとその謎の人物とは、フリル付きのワンピースに身を包んだ白髪の幼女───ミューラだった。
前と変わらぬ明るい笑みを浮かべながら、軽い調子で地面に降り立つ。
彼女に続いて灰髪のイケおじ執事と金髪のメイドを吐き出すと、謎の亀裂は跡形もなく消えてしまった。
周囲に目を移すことなく、ミューラはボスだけをじっと見つめたまま風でマントをはためかせる。
「迎えに来たのだ!」
にぱっと満開の笑顔を咲かせて、ミューラはそう言った。
「あれ、久しぶり───」
ボスが呑気な表情で近付こうとしたその時。
横から差し出された腕が彼の進行を妨げた。
ソアレだ。
いつになく鋭い視線で、棒立ちのミューラを睨んでいる。
「……彼女と知り合いなのかい?」
「え、うん。まぁ公園で少し遊んだ程度だけど……」
頭上に疑問符を浮かべているのは、ボスだけではない。
相対するミューラでさえハテナマークを携えていた。
もちろん、両者で意味合いはまるで違うのだが。
「なら知っておくといい。彼女こそ、天空都市エヴァントラスの主にして、国際指名手配されている凶悪ヴィラン────ミューラ・ローズブラッドさ」
「………は?」
ボス、唖然呆然。
何を言っているのか理解出来ない様子である。
けれど、頬を冷や汗が伝うソアレの真面目な表情から、タチの悪い冗談でないことは容易に想像出来る。
国際指名手配?
ミューラが?
視線を向けると、そこには無害そうな表情のミューラが立っている。
背後に控えるのは、あの時にも付き従っていたイケおじ執事のガルハラと、初対面のほんわか雰囲気メイドさん。
やはりどうしても信じられなかった。
「どうしたのだ?ファントム、早く血を吸わせて欲しいのだ!」
待ちきれないといった様子で、無邪気に目をキラキラと輝かせるミューラ。
余程、ボスの血の味にご執心らしい。
危うくその可愛さにふら〜っと足が進んでしまいそうになるものの、イリスさんのジト目と軽い雷撃でハッと我に返った。
後頭部がちょっとパーマになったかもしれない。
頼りないボスの代わりに、ソアレとウルフちゃんが前に出る。
「残念だけど、今日のところはお引き取り願おうか」
「そうですぅ!こんな危険な匂いがする人、ボスに近付けられないですぅ!」
手加減用のウルフハンドを外して、ウルフちゃんはすっかり臨戦態勢だ。
ソアレも白衣のポケットに手を突っ込んでいるものの、警戒網は抜かりなく張り巡らされている。
だからこそ信じられなかった。
「……?お前たちの意見は聞いてないのだ」
瞬きの合間。
赤黒い何かが、ソアレとウルフちゃんの間を一瞬で通り抜けた。
目を見開いたウルフちゃんが即座に反応してバッ!と振り向いたが、既にボスの姿はそこに無かった。
やっと何かが起こったことをソアレが理解すると同時に、ウルフちゃんが正面を向くと。
「えちょ、え!?」
混乱した様子のボスが、赤黒い液体の縄に簀巻きにされて捕らえられていた。
なんたる早業。
あの秘密結社Xの物理最強と言わしめるウルフちゃんですら、かろうじて反応出来る程度だ。
赤黒い液体はミューラの血のようだ。
細い腕を見ると細かな切り傷があり、小さな真紅の雫が指を伝って地面に落ちる。
「はあぁ……」
「いっ!?」
艶めかしい息遣いが首筋に吹きかけられ、続いて鋭い痛みが一瞬だけ肌を穿つ。
血を吸われる感覚は前回も味わったが、やはり不思議な気持ちだ。
子供故の体温の高さが触れた胸を通して伝わってくる。
ふわふわした温もりと柔らかい体。
まるで質の良い抱き枕みたいだ。
───って、ミューラの抱き心地を堪能してる場合じゃないんだが!?
我に返った時には既に吸血が終わっていた。
恍惚とした表情のミューラと視線が合う。
ミューラは幼女とは思えぬ色気を醸し出しながら、うっとりと薄く血の滲むボスの首筋を舌で舐めた。
絵面がアカン……!!
危機感とは裏腹に、拘束があまりにもガッチリしているため、ボスはジタバタと陸に釣り上げられた魚のように跳ねることしか出来ない。
非常にかっこ悪い。
秘密結社のボスとは。
しくしくと涙を流すボスを担いで、ミューラはさっさと踵を返す。
いつの間にか彼女の目の前には、来た時と同じ空間の亀裂が生じていた。
ミューラが亀裂の向こう側に足を踏み入れる直前。
「………ッ!!」
地面を砕くほどの凄まじい踏み込みで一瞬にして距離を詰めたウルフちゃんが、野性味を感じさせる鋭い視線で握り締めた拳を今にも繰り出そうとしていた。
同時に、雷速で回り込んだイリスの手のひらで、凝縮された蒼雷がバチバチと猛烈な雄叫びを上げる。
上に目を向ければ、見た事もないような細長い円錐の機械が四本、ミューラに向いてエネルギーをチャージしている。
ソアレの発明品だ。
秘密結社Xの幹部達による総攻撃。
通常のヴィランならばひとたまりもないだろう。
あくまで"通常の"ヴィランならば、の話だが。
振り返ったミューラが流れるような動作で空いた左腕を差し出す。
すると────。
「【薔薇の棘】」
血管を割いて飛び出した深紅の茨が、瞬く間に駆け巡る。
抵抗する隙すら無かった。
幹部を含む全員が、あっという間に無力化されてしまったのだ。
空中で動きを封じられ、引きちぎろうにもビクともしない深紅の茨にイリスは思わず歯軋りする。
「ふんぬあっ!!」
唯一、ウルフちゃんだけが茨を粉砕して、そのままミューラに襲いかかった。
「おおっ!?」
さすがのミューラもこれには驚いたようだ。
素っ頓狂な声が漏れる。
「ボスさんっ!!」
ウルフちゃんは必死に呼びかける。
けれど、大切な人に手が届くことは無かった。
ガルハラが何かを握るような仕草をした途端、不自然に体が真横に引っ張られ、適当に放り投げられてしまった。
何とか受身を取って体勢を立て直した時には、既に空間の亀裂は閉じかけていた。
「───ボスさんっ!ボスさぁん!!」
もう一度叫ぶ。
しかし返事が来ることはなく、そのまま空間の亀裂は修復されてしまった。
まるで最初からそこには何も無かったかのように。
前代未聞。
秘密結社のボスが誘拐された瞬間だった。
ちなみにこの章におけるボスの活躍はこれでほぼ終わりです。
・ラピュタ………『天空の城ラピュタ』より
・バルス………『天空の城ラピュタ』より
・「目が……目がぁ……!」………『天空の城ラピュタ』より
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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