ネットオークションも程々に
「ボス、これは?」
「パレットちゃんの限定フィギュアでございます……」
イリスさんの問いに、ピシッと背筋を伸ばして正座したボスは項垂れて答えた。
ボスの顔面は冷や汗まみれで、心なしか仮面までもが下の素顔に引っ張られて人当たりの良さそうな笑顔に変化している。
まるで、無害だよ!やましい事は何も無いよ!と言外に訴えかけているかのようだ。
だがしかし、対するイリスさんから注がれる絶対零度の視線が緩むことはない。
「……このフィギュア、相場を調べさせていただきました」
「!?」
ボスが極端な反応でガバッ!と顔を上げる。
明らかに仮面の奥の瞳は動揺していた。
その眼差しを見据えて、イリスはニコリと寒々しい笑顔で続ける。
「どのサイトを見ても、最低でも3万は超えるようで」
「いやぁ、それはその……場合によりけりかと………」
「はい?」
「うっす。何でもないです」
イリスさん、無言の圧。
どうして笑顔なのに、こんなにも根源的な恐怖を感じるのだろう。
ボスの体は生まれたての小鹿のように震えている。
まさに蛇に睨まれた蛙だ。
「さて、問題はここからです。添付されたこの伝票を見てみますと……おや?おかしいですね」
笑顔から一転。
すん……と真顔に戻って、凄まじい圧を含んだ極寒の視線がボスをじっと捉えて離さない。
ボスはそっと目を逸らした。
イリスさん、無言で詰め寄る。
「落札額、4万2500円?随分と高くつきましたね」
「いやあのその………少し入札が白熱してしまいまして……」
目を逸らしたまま、今にも消え入りそうな声で言い訳が垂れ流される。
ボス曰く、元々は3万ちょいで落札出来そうだったのだが、オークション終了間際にやって来た参加者が怒涛の入札。
そこからしばらく入札合戦が続き、気付けば相場よりもかなり高い金額になってしまったそうだ。
もちろん状態によっては軽く4万を越す代物もあるので、未開封でこの金額ならば、ボスとしてはギリ耐えの範囲内と言えよう。
しかしだ。
それはあくまで"ボスからすれば"の話であって、他人から見た時にどう思われるかはまた別の話だ。
「……団の金銭的困窮が根深いにも関わらず、貴重な資金を注ぎ込んで散財ですか、そうですか」
イリスさんの視線が凄く痛い。
何かと金銭面で色々と工夫を凝らし、ギリギリのところで秘密結社Xを支えてくれているのは、何を隠そうこのイリスさんだ。
彼女に無断で資金(バイト代)を使い込んだだけでなく、それを隠蔽しようと画策したのだ。
そりゃあ激おこされても文句は言えまい。
「もし彼らへの給料が未払いになったら、どうするおつもりですか?まさか秘密結社のボスが労基に摘発されて逮捕だなんて、そんな無様な真似を晒すと?」
「うす。返す言葉もありません……」
イリスさんがすんごく怖いので、素直に謝罪の言葉を口にするボス。
背筋が丸まってすっかり縮こまってしまった彼を見かねたのか、外野からさりげなくフォローが入った。
「だ、大丈夫っすよ!私としては楽しい同好会って感じっすし……しばらく給料が貰えなくても、問題ないっす!」
「そ、そうですよ!僕らも好きでやってるんで……」
「そうそう!」
上から八咫烏ちゃん、二号君、三号君である。
部下達の優しい気遣いにボスの涙腺が緩むが、肝心のイリスさんはそれらをにべもなく、きっぱりと遮断した。
「ダメです。ここで甘やかしてしまえば……ボスのことです。きっとまた同じことを繰り返すでしょう」
「否定出来ない自分が憎いっ!」
「なので。これは一旦、私が預かります」
「そんなぁ!?」
「世界征服が進めば、そのご褒美としてお渡ししましょう。それまではお預けです」
「ちくせう!」
ボスは四つん這いに崩れ落ちた。
オタクの悲痛な慟哭が響き渡る。
だが100%イリスさんが正しいので、欠片の文句も言えなかった。
いつもご迷惑をおかけしております……。
落ち込んだボスの元に、気を利かせたウルフちゃんがやって来た。
「ボスさんボスさん!私の耳や尻尾モフって元気出してください!」
「うぅ……モフモフだぁ……」
素晴らしいケモ耳とケモ尻尾をモフモフさせてもらい、涙目ながら僅かに心が安らいだボス。
やはりケモっ娘。
ケモっ娘は万病を癒す。
ウルフちゃんは物理だけでなく、癒し枠としても最強だった。
「ご主人様、ミケも撫でてにゃ!」
そして、ここに他人の事情など知ったことかとミケが乱入。
三毛猫の姿から人型に変化し、ボスのお膝を独占しようとする。
もちろん直前でウルフちゃんが無言のブロック。
───順番ですよ?
───知らんにゃ。
……久しぶりのキャットファイトが始まった。
ボスの眼前でモフモフとモフモフが押し合い圧し合いしている。
これはこれで癒される。
「やあやあ、ボス。落ち込んでいるところ悪いけど、ちょっと新作の実験台になってくれないかな?」
「絶対やだ!」
バンッ!と勢いよく扉を開けてやって来たソアレさん。
手には何やら見覚えのない発明品が握られており、彼女のキラキラしたマッドな表情から素晴らしい傑作であることは容易に想像出来る。
普段ならば、好奇心からも少し考えるくらいはしただろうが……今はウルフちゃんとミケをモフるので忙しいのだ。
爆破オチほぼ確定の発明品になど構っている暇はない。
「そう言わずにほら、先っぽだけ!先っぽだけで良いからさ!」
「なんか言い方が嫌なんだけど!?」
先っぽだけでどうするつもりなのか。
興奮した様子でズンズンと距離を詰めてくるソアレに、ボスは恐怖のあまり思わず後ずさる。
しかし膝の上で二匹がキャットファイトを繰り広げているため、あまり上手くは動けない。
キラキラ……ギラギラ?
とにかく危なそうな怪しい光を瞳に秘めたソアレの顔面が、ずいっと間近に迫る。
ちょうどその時だ。
────ズズゥンッ!!
アジト全体が激しく揺れた。
しかし地震ではない。
近くで爆発が起きたかのような、空気の振動を感じたのだ。
揺れはしばらく続き、ソアレも興奮を引っ込めて天井に視線を向ける。
数秒程で揺れは収まった。
思わず顔を見合わせるボスとウルフちゃん。
全員の無事を確認してから、急いで外の様子を見に行くことに。
隠しエレベーターに向かう途中でチェリーちゃんや一号君とも合流し、地上へと移動する。
廃墟から出て何事かと辺りを見回したボスは、正面────つまり町の方向に浮かぶその物体を目にして、硬直してしまった。
それは皆も同じことだ。
漏れなく衝撃の光景に固まる中、ソアレだけが嬉々として早口で独自の考察を展開している。
そう、なんとそこには────。
「し、島ぁ……!?」
途方もないほど巨大な島が浮かんでいた。
ネットオークションって変に熱が入りがちだよね……。
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