ソアレの燃え尽き症候群
皆さんは覚えているだろうか、秘密結社Xが掲げる目標を。
そう、世界征服である。
日頃のギャグ漫画じみた体たらくから、残念ながら忘れてしまった人も多かろう。
けれど彼らとて、おふざけでその目標を掲げているのではない。
実際にそれを象徴するものとして、秘密結社Xには侵略行為に関するちょっとした決まり事があるのだ。
その名も『一週間一侵略』。
字面の通り、一週間に一回は侵略に着手しましょうね、というルールである。
まぁぶっちゃけ限りなく形骸化した目標なので、今では成功も失敗も関係なく、とりあえず何かしてみよう程度のお約束だ。
緩い文化部の活動目標を思い浮かべて欲しい。
だいたいあんな感じ。
「いやぁ、日差しがキツいねぇ……。日傘でも持ってくるべきだったかな……」
汗をダラダラ流しながら、おぼつかない足取りで住宅街を闊歩する白衣を纏った女性。
気だるげな呻き声を上げるのは、我らが秘密結社Xのマッドサイエンティスト、ソアレ氏であった。
久しぶりの外出なためか、常人以上に太陽光によるダメージが高いらしく、歩くペースがいつもより格段に遅い。
「ソアレ様、水飲みます?」
「タオル変えますよ」
「すまないね、君たち……」
傍にはエックス戦闘員の面々が付き添っており、彼らに支えられながら、何とか真夏の炎天下をやり過ごしていた。
さて、今日の主役はこのソアレ氏である。
冒頭で確認した『一週間一侵略』というルールはもちろん彼女にも適用される。
ソアレの場合は科学者なので、発明品の開発や研究成果の報告が侵略行為に該当するのだが。
今週、ソアレは驚くほど何もしていなかった。
いまひとつ面白いアイディアが湧かなかったのだ。
稀に見るバーンアウト期間。
そのため、今回はこうして実地での侵略行為でノルマを達成しようとしている訳だ。
当然、ボスに聞けば「別にいいんでね?」と軽々おサボりを許可してくれるだろう。
ソアレがそれをしなかったのは、たまには外に出ていつもとは違った空気を取り込むためだった。
「それで、どうするんですか?」
「ふ〜む。どうしようかねぇ」
正直、計画性はゼロだ。
とりあえず外に出てきたは良いものの、これと言って特に侵略のアイディアがある訳でもない。
ソアレは顎に指を添えて思案し、ふと何かを思い付いたのか手のひらをパンッと合わせた。
「そこら辺の建物の自動ドアを、全て手動にするのはどうだい?しかも無駄に重くて厄介な押すタイプのドアだ」
「大胆かつ驚きの犯行内容っすね」
「あの、ドッキリじゃないんですから……」
「ふむ。じゃあ自動販売機の中身を全て"つめた〜い"から"ぬる〜い"に変えてみようか。利用者の何とも言えない微妙な表情が目に浮かぶね」
「これまた地味に嫌なことを……」
ソアレのアイディアは尽く、エックス戦闘員から不評だった。
悪の秘密結社がやるにしては酷くショボい行為かつ、労力の割に効果があまりにも世界征服からかけ離れているからだ。
どうやら彼女の発想力が一時的にダウンしているのは本当らしい。
「いやぁ、困ったね。何か良い刺激を与えてくれる、非日常的な体験でも出来れば良いのだが……」
「平穏な住宅街じゃ中々巡り会えませんよね、そんなの」
三号君の言葉に全員が漏れなく頷いた。
ここは閑静な住宅街だ。
時間帯的にも人通りはあまり多くなく、小鳥の鳴き声や風に揺られる木の葉のざわめきなどが通り抜ける、平穏な町そのもの。
ここにマッドサイエンティストたるソアレに刺激を与えるような異物なんて、絶対に居るはずが────。
「キャーーーッ!!」
どこからともなく、女性の悲鳴が聞こえてきた。
かなり近くだ。
変質者でも出たのか?
それとも新手のヴィランだろうか。
一号君と二号君を筆頭に、悲鳴が聞こえた路地に向かう。
「───なっ、あれは……!」
最初に到着した一号君が、ズザッ!とかっこよく曲がり角から姿を現して視線を向ける。
なんと、そこには。
『ギチチッ!』
巨大な蝙蝠が羽ばたいていた。
ちょうど成人男性くらいのサイズだ。
思わず身構えてしまう不気味さを兼ね備えており、一号君からも「うわぁ……」とドン引きの声が聞こえる。
造形があまりにもリアル寄りなのだ。
一ミリもデフォルメされていないガチの蝙蝠が、そのまま拡大されているイメージ。
ちょっと……いや、かなり怖い。
突然変異の怪獣だろうか。
蝙蝠の近くには女性が一人倒れており、動かない様子から見るに気を失っているようだ。
「げっ!なんだあいつ!?」
「うわっ!?」
遅れてやって来た二号君と三号君も、あまりの不気味さに思わず身を引いた。
『ギギッ!』
どうやら蝙蝠怪獣の方もエックス戦闘員の存在に気が付いたらしい。
ギョロリと小さな目を彼らに向けて、翼を広げ襲いかかってきた。
「おわぁっ!?ちょ、ヘルプミー!」
「「ご愁傷さま!」」
「おいこら!助けろや!」
二号君が捕まった。
腕をぶんぶん振って必死に助けを求めるが、一号君と三号君は即行で背を向け逃げ出した。
間近で見たらやっぱり怖かったらしい。
蝙蝠の手は小さいとは言え、成人男性サイズまで巨大化した目の前の個体からすれば些細なもので、がっちりと二号君の肩を抑えて離さない。
小さく鋭い牙の並ぶ蝙蝠怪獣の口が開かれた。
「うおおおっ!?口臭っ!?誰か助けてぇーー!」
二号君、涙目である。
滂沱の涙を流しながら、もう誰でもいいから今すぐ助けてくれと懇願する。
直後、二号君の首筋を狙っていた蝙蝠怪獣の牙がガチンッ!と空を切った。
本来感じるはずの感触がなく、蝙蝠怪獣は頭上に疑問符を浮かべながら辺りを見回す。
「やれやれ……面白そうな怪獣が居るじゃないか」
「ソアレ様ぁ!!」
感謝感激雨あられ。
金属アームによって間一髪で救出された二号君は、腰を掴まれたまま全力でソアレを崇め奉る。
「大丈夫か、二号!」
「無事で良かった!」
「お前ら………普通に見捨てたの忘れないからな?」
「「ちょっと何言ってるか分からない」」
平然と心配してましたよ感を醸し出して寄ってきた二人に、二号君の頬が盛大に引き攣る。
ギャーギャーと騒ぎ始めた三人はさておき、ソアレは無言のまま素早く状況を観察する。
蝙蝠怪獣の背後で倒れている女性……ここからでは詳しく分からないものの、首筋に赤黒い斑点が並んで見える。
おそらく、吸血された痕だろう。
かなりの量を吸い取ったのか女性の顔色は優れない。
二号君も、あのままだったら干からびるまで吸血されていたかもしれない。
対して蝙蝠怪獣はせっかくの食事を邪魔されたことで頭に来たらしく、怒りで羽を荒ぶらせソアレを睨んでいる。
戦意は満々と言った表情だ。
ところが、前のめりで今にもソアレにがっつきそうだった蝙蝠怪獣が、不意に動きを止めた。
それは他でもない。
捕食対象としか見ていなかったソアレから放たれた異質な気配に、本能が警鐘を鳴らしたからだ。
「実に興味深いね。骨格からして、一般的に認知されている個体とは全く異なる生物のようだ。新種なのかな?……いや、そんな簡単な話ではない。これは………いやいや、ここで結論を出すのは早計か。持ち帰ってゆっくりと解剖するとしよう」
本来、人間とは自分を恐れる存在ではなかったのか。
今までの経験則から逸脱したソアレの反応に、蝙蝠怪獣は戸惑いを隠せない様子だ。
ソアレの歪んだ笑みを視界に捉えた瞬間、蝙蝠怪獣は考えるよりも速く飛び立っていた。
本能的に湧き上がる恐怖心。
それに忠実に従い、迷う間もなく逃げを選択したのだ。
怪獣ですら恐怖で逃げ出す、ソアレのマッドサイエンティストオーラ。
実に恐ろしい。
「せっかくのサンプルをみすみす逃がすと思うかい?」
得体の知れないアームやら銃型の兵器が白衣の隙間から展開されて、蝙蝠怪獣を捉えようと独自の動きを見せる。
『ギッ、ギャアギャアッ!!』
蝙蝠怪獣、必死の抵抗を試みる。
狩る側と狩られる側、すっかりその立場は逆転した。
あまりの狂気っぷりに、いつしかエックス戦闘員達もドン引きの表情で逃げ回る蝙蝠怪獣を見上げていた。
あれだけ恐ろしかったリアル寄りの画風が、今ではほんの少しだけ可哀想に変化したように感じる。
『ッ、ギィイイイッ!!』
「おや?」
蝙蝠怪獣の超音波攻撃だ。
激しい耳鳴りに関してはどうという事はないのだが、アームの動きが鈍くなったことで蝙蝠怪獣を取り逃してしまった。
あっという間に蝙蝠怪獣は空の彼方に消えてしまい、ソアレはあからさまに残念そうな表情でため息をついた。
せっかく新鮮なインスピレーションが湯水のように湧いて出たのに……と。
「あ、あいつ、何だったんですかね……」
「さぁね。ただ、今度はお仲間でも連れて戻ってきてくれると、非常にありがたいのだが……」
「たぶんあの感じ、トラウマ植え付けちゃったんじゃないですか?」
地面でもがいていたエックス戦闘員達が、かろうじて復帰したようで耳を抑えながら苦い顔で言葉を交わす。
さりげなく多くのサンプルを手に入れようとしているソアレに向けられる視線は、相変わらずのドン引きが大いに含まれている。
やっぱりこの人怖くない?
怖い怖い。
超怖い。
「さて───良い刺激を貰ったし、今日は帰るとしようか。なんだか無性にモチベーションが湧いてウズウズしてきたよ」
どうやら失っていたやる気を取り戻したらしい。
なお、この後アジトに戻ったソアレが爆速で作り上げた新作アイテムは、性能の割にコストが重すぎて普通に没となった。
ついでに、ボスとエックス戦闘員は爆発に巻き込まれて緊急搬送された。
◇◆◇◆◇◆
『ギッ、ギィッ』
ソアレの元から逃げ帰った蝙蝠怪獣は、迅速に主の待つ本拠地に戻ってきた。
地上で出会った異質な存在を主に報告するためだ。
成人男性サイズの体を通常の蝙蝠くらいにまで縮めて、大急ぎで主の元に向かう。
どこか不気味な雰囲気を醸し出す西洋風のお城。
見張り役どころか人の気配すら希薄な城門を超えてガラス張りの窓から中に入り、最短ルートで玉座の間を目指す。
たどり着いたのは、とてつもなく広い一室。
しかし広さとは裏腹に、装飾などは最低限で豪奢な様子はどこにも見受けられない。
床には真っ赤なレッドカーペットが敷かれ、奥の壇上には禍々しいデザインの玉座が鎮座していた。
背後のステンドグラスから差し込む僅かな光に照らされるそこには、何者かが足を組んでふんぞり返っている。
蝙蝠怪獣がその人物の肩に止まると、まるで風に攫われる灰のようにサラサラと体が崩れ、あっさりと消滅してしまった。
その代わりに、謎の人物が差し出した手のひらに灰が渦巻いて収束し、赤黒い結石を構築した。
飴玉サイズのそれを、謎の人物は舌を出し、ゆっくりと口内に受け入れる。
コクンと細い喉が動いた。
じわじわと内から広がるものを感じ、それを充分に味わってから謎の人物はゆっくりと瞼を持ち上げた。
薄暗い闇の中で、深紅の瞳がギラリと輝く。
「……ふふっ、面白い。次はあの町に行ってみるのだ!」
かつてない程の脅威が、密かに秘密結社Xに迫るのであった。
爆破オチなんてサイテー!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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