猫を拾いました
「ええと………ラプラスはん、その子は?」
「拾いました」
部下の問いに端的にそう答えたのは、中性的な容姿をした紫髪の青年───ラプラスだ。
風呂上がりなのか湿った長髪をタオルで巻いていて、渋い柄の甚平を身に纏っている。
薄い布の隙間からチラリと覗く火照った肌が、やけに扇情的に感じるのは気のせいだろうか。
たまたまこの場に居合わせた糸目優イケメンことテンパライは、驚かずには居られなかった。
ラプラスの胸元には、謎の黒猫が抱かれていたのだ。
どうやらラプラスと共に風呂に入ったらしく、毛並みは綺麗に整えられている。
予め言っておくが、"ラプラスの家"の飼い猫ではない。
「拾ったて。そこいらに捨てられてたんか?」
「ええ、道端のダンボールに。雨に濡れて可哀想だったので、つい」
ラプラスの腕に抱かれた黒猫は随分とふてぶてしい表情だ。
曰く、住宅街から外れた並木道を歩いていた時のこと。
道端に、「拾ってください」と書かれたダンボールがあったそうだ。
中にはお気持ち程度の薄い布と新聞紙、そしてこの黒猫の姿が。
行く宛てもなく雨に濡れ佇んでいる姿が可哀想で、見かねたラプラスがそのまま拾ってきたらしい。
急遽買ってきたキャットフードを夢中で食べる黒猫を見つめ、テンパライはやれやれと肩をすくめる。
「ほんま、人間て酷いことしますなぁ」
誰かしら、この黒猫を捨てた者が居るのだ。
わざわざ「拾ってください」と書いたダンボールまで用意して。
そこに良心の呵責があったのかは知らないが、猫の方からしたらたまったもんじゃない。
少しばかり、怒りというか……もはや人間の無責任さに対する呆れしか湧いてこなかった。
「この子、どないするんです?」
答えは分かっているものの、あえてテンパライは聞いた。
返ってきたのは予想通り。
「せっかくの縁ですし、私が引き取りましょう。知っていました?こう見えて、動物には好かれる体質なんですよ」
「ほんまかいな」
テンパライは胡乱げな眼差しを向ける。
「おや、信じてませんね」
「そらな。ラプラスはんが動物に好かれる光景とか、全然イメージ出来へんわ」
「言いますね」
ならば仕方あるまい。
証拠を見せるべく、ラプラスはキャットフードにがっついていた黒猫の脇に手を滑り込ませ、持ち上げる。
ラプラスが何をやろうとしたのかは知らないが、行動を起こす前に黒猫様、クールフェイスで怒涛の引っ掻き攻撃。
ラプラスの美しい中性的な顔に荒々しい縦線が刻まれた。
「ほら」
「待たんかい。今のどこが好かれとんねん」
すかさずテンパライがツッコんだ。
どうしてさも当たり前のように、真顔で「懐いているでしょう?」と言えるのか。
思いっきし拒絶されとるやないかい。
黒猫は再度ラプラスを引っ掻くと、自力で拘束から抜け出して着地。
再びキャットフードを貪る。
おそらく人間は眼中にもない、あのふてぶてしい表情は健在だ。
テンパライは苦笑いを漏らす。
「こら難儀なネコ様やな……。苦労するで?ラプラスはん」
「それもまた醍醐味の一つですよ。今すぐ仲良くなる必要はありません。……彼にとって、ここが居やすい場所であればそれで良いのです」
微笑んだラプラスがしゃがみ込み、黒猫の脇に手を差し込んで自分の方に向ける。
「これからよろしくお願いします。名前は、そうですね………"クロ"でどうでしょう」
「………」
無言で引っ掻かれた。
ガリッと。
感動的なセリフを容赦なくぶった切られたラプラスに、テンパライから同情の視線が送られる。
顔面で爪研ぎされるという恐ろしい目に遭っても手を離さないので、ネコ様は横方向の引っ掻きも混ぜて脅威の連続攻撃をお見舞い。
少し怒ったような態度で猫パンチを眉間にめり込ませてから、知らんぷりしてキャットフードに向き直った。
「ふふっ。人懐っこいですね」
「どこがやねん」
むしろ真反対では?
これだけの仕打ちをされておきながら、未だに微笑が崩れないラプラスさん。
テンパライからある種の戦慄を孕んだ半目が向けられる。
ちょうどその時だ。
「───マイロード。報告があるのですが、少しよろしいでしょうか」
部屋に誰かが入ってきた。
………いや、誰かは明白だ。
この組織において、ラプラスを"ご主人様と呼ぶ人物は一人しか居ない。
目を向けると、そこにはミニスカメイドが立っていた。
腰まで伸びたエメラルドグリーンの髪は透き通るように美しく、オーロラを彷彿とさせるインナーカラーも相まって神聖な雰囲気を醸し出している。
黄金の瞳の中には幾何学模様が浮かび、メイドらしいフリル付きカチューシャの代わりに、純白の翼の髪飾りを側頭部に装備。
細長いアホ毛がそれに被ってみょんみょんと揺れている。
ミニスカメイド服はかなり際どい。
胸元は大胆に開かれ、側面の防御はがら空き。
細いクビレから艶めかしい腰のラインまで全て丸見えで、最後にはおまけ程度のミニスカが絶対領域を覆い隠している。
あえての黒タイツがまたオツだ。
……念のため言っておかねばならないが、これは断じてラプラスの趣味ではない。
メイド本人と作者の趣味である。
要するに、完全無欠な作者の趣味である。
「"エルム"ですか。どうかしましたか?」
ラプラスが問うが、何故かメイドさんは固まったまま動かなかった。
その瞳がラプラスの顔面を……正確に言うと、顔面の傷をじっと捉えて離さない。
直感的にまずいと感じたテンパライがコソコソ逃げ出す準備をする。
しかしテンパライがトンズラするよりも前に、ダンッ!とメイドさんが勢いよく一歩踏み出した。
「猫畜生の分際でロードを傷付けるとは……」
殺意に満ちた狩人の瞳。
おおよそペットに向けるものとは思えない瞳孔ガン開きの鋭い視線で、メイドさんは背を摘んで持ち上げた猫様を睨み付ける。
気迫だけで、今にもみじん切りにされてしまいそうだ。
ところが猫様はどこ吹く風。
呑気に口周りを舌で舐めると、するりと地面に降りて身軽にジャンプ。
あっという間に棚の上まで登ってしまった。
丸まって尻尾をてしてしと動かしながら、優雅な欠伸を一つ。
実にふてぶてしい態度で食後の昼寝を始めた。
「あら♡自ら死地を決めるとは、殊勝な心がけでございますね♡では遠慮なく───」
「待った待った!エルムはん落ち着いてや〜!」
平然と手のひらにエネルギーっぽい何かをチャージし始めたエルムを、テンパライが必死に引き止める。
今それをぶっ放されると、建物がまず無事じゃ済まない。
さすがに生き埋めは御免だ。
「エルム、何か報告があったのではありませんか?」
「───おや、私としたことが……失礼致しました」
ラプラスの一声でやっと冷静さを取り戻したようで。
エルムはニコリと微笑み、ラプラスを別室へと案内する。
一瞬でどっと疲れが押し寄せたテンパライもそれに付き添って、部屋を後にした。
「………」
やっと静かになった室内に、てしっ……と小さな音が響いた。
いつの間にか起きたクロが、棚の上から机に飛び降りた際の音だ。
ふてぶてしい表情で机の上を歩く最中、クロは折り畳まれた新聞を見つけた。
上を向いた面には、『空飛ぶ島!?』という大きな見出しが記載されていた。
もちろん猫に人間の文字が読めるはずもなく、クロはチラッと一瞥しただけでそれをスルーして床に降りた。
用意された寝床を数度ふみふみしてから寝転がり、再び深い眠りの中に意識を委ねていく。
遠くから聞こえていた人間の声も、やがてモヤの中に消えていった。
ミニスカメイドさんは後々メインで登場する予定です。
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