いいぞ、もっとやれ!
パラソルの下でくつろいでいたソアレの元に、全身をぐっしょり濡らしたウルフちゃんがやって来た。
先程までイリスと泳ぎ勝負をしており、ビーチを一時騒然とさせていたウルフちゃんだ。
気持ち良さそうに伸びをしてから、バッグの中をまさぐりタオルを取り出す。
「勝負はついたかい?」
「ギリ勝ちました!」
ウルフちゃんは嬉しそうにピースでビクトリーを表した。
「ふふ、さすが我が団の物理最強だ。さしものイリス君も、今回は完敗だったね」
「……フィジカルモンスターと比較されるのは……心外です………」
ぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら、遅れて戻ってきたイリスはかろうじて反応を示す。
今にも倒れ込んでしまいそうな顔色でペットボトルを掴むと、息を整えつつ一気に流し込んだ。
確かに彼女の言う通り、フィジカルモンスターたるウルフちゃんにスポーツで勝とうなど夢のまた夢。
むしろ少しでも食らいついたことを褒めて欲しいくらいだ。
やっとこさ息切れが治ってきたらしいイリスさんは、首にかけたタオルで顔を拭う。
ちょっと色っぽいその仕草に、遠巻きに眺めていた観光客達から「おお……」と感嘆の声が漏れた。
よくよく考えてみれば、ここにそろった秘密結社Xの幹部達は皆、他に類を見ないような美女・美少女ばかり。
視線を集めるのも当然と言えよう。
しかし中々、声をかけようと近付いてくる不遜な輩は見当たらない。
きっと海に投げ捨てられたチャラ男達が良い判断材料となったのだろう。
下手に声をかければどうなるか。
「……そう言えば、ボスはどこに?」
「一号君と二号君と共に釣りに行ってくるそうだよ。部下の励ましだとか何とか言ってたね」
「?一号さんと二号さん、何かあったんですか?」
「いや?普通にナンパ失敗しただけ、だとさ」
「………あの二人らしいですね」
イリスさんから呆れの表情を頂戴した。
常日頃から"彼女"という存在を、喉から手が出る程に欲して止まない一号君と二号君。
彼らの執念はしっかりと団員の間にも知れ渡っており、ビーチという絶好のシチュエーションを逃すことなく行動に移したのは、ある意味、最も「らしい」と言うべきか。
さすがにウルフちゃんも何とも言えない苦笑いを浮かべている。
「大物を釣ってくると息巻いていたけれど、そろそろ何か釣れただろうか───」
ソアレが、ボス達の向かった防波堤の方に視線をスライドさせようとした、その時。
────ドパァアンッ!!
と、突如として海の方から、銃声と聞き間違う程の破裂音が響いてきた。
なんだなんだと人々からの視線が一斉に海岸に向く。
ただならぬ事態にイリスも目を細め、一方ウルフちゃんとソアレは好奇の視線を波打ち際に送った。
直後、三人の近くを影が横切った。
「ぐっはぁ!?」
見るからに痛そうなうつ伏せで砂浜に着弾したのは、なんと我らが秘密結社Xのボスであった。
打ちどころが悪かったのか、ビクンビクンッと細かな痙攣を繰り返し顔面を砂に埋めている。
「のあああっ!?」
「おぶぅ!?」
続けて二発の弾丸がボスの周囲に着弾。
片や顔面ブレーキで砂浜をガリガリと削り、片やダーツのように犬〇家し、海パンだけ晒した状態で痙攣している。
前者が一号君で、後者が(たぶん)二号君だった。
「あっぶねぇ三途の川見えた!二号君しっかり!」
一番最初に復帰したのはボスだ。
砂まみれの仮面で左右を見渡し、慌てた様子で犬〇家した二号君の足を引っ張る。
「何事ですか、ボス……」
イリスさんは、少しはしゃぎ過ぎだと咎めるような視線をボスに向ける。
いや違うんですよ、これが。
「ダイナミックなお帰りだね。大物は釣れたのかい?」
「え?いやまぁ、うん………大物は釣れた……かな?」
ボスの歯切れの悪い返答に、ソアレの頭上には疑問符が浮かぶ。
二号君がやっとすっぽ抜けた。
目を回す二号君が介護される中、同時に海面でも異常が発生していた。
とてつもない大きさの魚影が現れたかと思えば、ずもももも……と海面が盛り上がり、人やヨットを押しのけてそれが姿を現した。
唖然呆然。
人々の言葉にならない悲鳴が響き渡る。
『キシャアアアアアッ!!』
海面に突如として出現したその正体は、なんと巨大なイカだった。
白く濁った光沢のある体。
ギョロリと動く縦割れの瞳は理性を感じさせず、蠢く触手の数は一般的なイカの倍はあるように見える。
そして驚くべきはその大きさだ。
見えている範囲だけでも、大型ビルと同等かそれ以上ある。
中々お目にかかることの無い超大型怪獣だ。
仮に「クラーケン」とでも呼ぼうか。
クラーケンは触手をウネウネと動かしながら、鋭い牙の並ぶ円形の口を大きく開いて威嚇している。
「これは随分とまた立派なイカを釣ったねぇ」
「いや立派過ぎるでしょう……」
「食べ甲斐がありそうですぅ!」
三分の二が的外れな感想を口にする。
ウルフちゃん?さすがにこれは食べれないと思うの……とボス。
「食べるなら活け締めを忘れないようにね。あと、墨を抜かないと後々面倒だから、それもよろしく頼むよ」
「ガッテンですぅ!」
ウルフちゃんが拳を打ち鳴らして、ズンズンとクラーケンに向かっていく。
どうやら今日の昼食のメインディッシュが決まったらしい。
既にウルフちゃんの瞳は捕食者のそれになっていた。
『ッ、キシャアアアアアッ!!』
クラーケンも自分が獲物として見られていることを感じ取ったのだろう。
敵意を剥き出しにして雄叫びを上げる。
しかし残念ながら、ウルフちゃんにとってはそよ風も良いところだ。
砂浜をガンダッシュで駆け抜け、そのままの勢いで水面を走る。
「………うん、もうなんか……これくらいの事で驚かなくなった自分が恐ろしい」
「ウルフ様ならやるんだろうなぁ……っていう圧倒的信頼感」
ボスと一号君はさほど驚いていないものの、先程まで逃げ惑っていた観光客達の間には別の意味で衝撃が走った。
浅瀬ならまだ分かる。
"そう見える"で片付けられるのだから。
しかし突如として海を駆けた少女は、平然と泳ぐ人の横を素通りして走っているのだ。
少なくとも人が泳げる深さのある場所を、さも陸地かのように平然と走り抜けている。
己の目を疑った者も少なくない。
『シャアアアアアッ!!』
クラーケンが触手を振るう。
幾重にも交差した縦横無尽の触手がムチのように迫るが、ウルフちゃんは軽い跳躍を繰り返してそれを躱し、一気に間合いに踏み込んだ。
クラーケンは胴体で海面を盛り上げてウルフちゃんに襲いかかる。
「どっせい!ですぅ!!」
ところが案の定、ウルフちゃんの前では意味を成さなかった。
盾としてかざされた触手をぶち抜き、クラーケンの眉間に凄まじい威力の拳をめり込ませる。
『キシャアアアアアッ!?』
大きく仰け反ったクラーケンが悲鳴を上げてのたうち回る。
触手が無軌道に荒ぶり、ウルフちゃんはその勢いを利用して波打ち際まで後退した。
着地と共にパシャパシャッ……!と海水が飛び散り、砂の柔らかい感触が足裏にピタリと張り付くのを感じた。
ボスと一号君、復活した二号君もその横に駆けつける。
「うわっ、ちぎれた触手が再生してますよ!」
二号君が指差した先では、ウルフちゃんにぶっ飛ばされグロテスクな断面を晒していた触手が、ズリュンッ!と非常に気持ち悪い音を立てて再生していた。
驚くべきはその速度だ。
ピッ〇ロさんを彷彿とさせる。
力む隙が無い分、さらに厄介と言えよう。
怒り心頭な様子のクラーケンが頭部を仰け反らせ、思いっきり墨を吐いた。
ビル並の巨体から放たれるそれは、もはや津波だ。
ボス達が大慌ての中、しかしそれが命中することはなかった。
突如として展開された風のバリアが、墨の行く手を遮ったのだ。
引いた波に紛れてボタボタと落ちた黒い液体が海へと戻って行く。
「っと!危なかったっすね〜!」
「八咫烏ちゃーん!」
黒ビキニの救世主がボスの前に降り立った。
漆黒の翼を折りたたみ、同時に放った風の刃で迫る触手を切り刻む。
だが再生に限度が無いのか、切り刻まれた傍から再生して構わず突っ込んでくる。
八咫烏ちゃんとウルフちゃんが応戦。
漆黒の羽で構築された刀と素の拳が乱舞し、一切の触手をビーチに寄せ付けない。
さすがにクラーケンも業を煮やしたようだ。
『キシャアアアアアッ!!』
触手の動きが一時的に止まったかと思えば、謎の薄緑の液体を分泌し再度振り下ろしてきた。
咄嗟に切り払った八咫烏ちゃんが、その驚くべき感触に目を見開く。
「はぇっ!?」
可愛らしい驚愕の声が飛び出した。
斬れないのだ。
グニョグニョと折れ曲がるだけで、先程までのように軽々と両断することが出来なかった。
弾性が増した……と言うよりも、粘性のある液体のせいで刃が通らない、と言う方が正確だろう。
かろうじて弾くのが限界だった。
折れ曲がった触手から薄緑の液体が飛び散る。
かなり厄介なシロモノだが、液体自体に何か特殊な成分が含まれているということは無いらしい。
頭から被った二号君も、「最悪だ……」と顔を顰める以外に異常は見られなかった。
「うへぇ……気持ち悪いですぅ……」
そのまま問答無用で粉砕していたウルフちゃんも、弾けた触手が撒き散らした薄緑の液体を浴びて嫌そうな表情を浮かべていた。
………なんと言うかその、絵面が非常によろしくない。
二号君のようにギャグみたいな被り方ではなく、体の所々に少しずつ液体が付着しているのだが……。
一言で言うとエロ同人の表紙みたいだった。
特に谷間に付着した液体が非常にエロティックでファンタスティック!
ありがとうございますっ!!
「───はっ!」
ボスは凄まじい衝撃を受けた。
まるで雷に打たれたかのようだ。
触手、ネバネバの体液、美少女────。
ボスの脳みそがかつて無いほど凄まじい速度でフル回転し、膨大な知識を総動員してとある結論を弾き出した。
「こいつを利用すれば、イリスやソアレのムフフなあられもない姿さえも────!!」
これが組織の長の姿か?
ボスは興奮した様子で渾身のガッツポーズをキメている。
世紀の大発見みたいな面構えだが、普通にセクハラである。
知識を総動員して弾き出した結果がこれなんて、ボスは恥ずかしくないのだろうか。
いいぞもっとやれ!
「レッツ触手プレぁばっばばばばばっ!!?」
とんでもないことを口走る前に、雷撃が迸りボスは強制的に黙らされた。
ぷすぷすとくすんだ色の煙を立ち上らせながら、海面に浮かんだボスが波に攫われて流されていく。
「土深く……いえ、海深くに沈めますよ?」
ボスを背後から雷撃で沈めたイリスさん。
蔑みの視線が、うつ伏せに浮かぶボスの背中に突き刺さる。
あかん、これガチの声色だ……。
ゴゴゴゴゴッ……!!とラスボスみたいなオーラを放つイリスさんを前に、一号君と二号君はそっと距離を取った。
『キシャアアアアアッ!!』
クラーケンが威勢よく雄叫びを上げる。
だがしかし、今回ばかりは相手が悪かった。
この後ボスが気絶している間に、イリスさんとウルフちゃんの手によって、超大型怪獣クラーケンは瞬殺されたそうな。
─────オマケ─────
「………意外と美味いな」
「美味いっすね」
串焼きにしたクラーケンの触手を頬張りつつ、ボスと八咫烏ちゃんは微妙な表情で呟く。
気持ち悪さを体感した後にそれを食べるというのは、さすがにちょっと抵抗があったのだ。
普通に美味しいのが、またちょっと複雑な気持ちになる。
「やっぱり食材は採れたてが一番ですぅ!」
ウルフちゃんは全く気にしていないようだが。
仕留めるに当たって一番活躍したウルフちゃんが、一番ガツガツとクラーケンを食していた。
クラーケン、良くやった。
・犬神家………『犬神家の一族』より
・ピッコロさん………『ドラゴンボール』より
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