厄介事のたらい回し、やめません?
「ぜぇ……ぜぇ…………な、何なんだこの山は……」
翌日。
イナズマから貰った地図を頼りに、ユウキは都心部からいくつもの県を跨いだ場所にある大きな山へとやって来た。
麓に住んでいた住人の案内で山道に突入したのが、午前十時の事。
それから約四時間ほど経った。
休憩無しのぶっ続けで登山を続けていたユウキは、もうぶっ倒れる寸前だった。
「いや休憩しろよ」というツッコミは尤もだ。
しかし、ユウキは休憩を取らなかったのではない。
取れなかったのだ。
「うわっ!?」
突如として、何かに足を取られたユウキが鈍臭い動きで転倒する。
直後、ヒュッ!と飛んできた何かが彼の頭上を掠めて背後の木に突き刺さった。
「………」
青い顔で振り返ると、そこには木の幹に深々と突き刺さった三本の弓矢が。
ゴクリと生唾を飲み込み足元に視線を転じれば、蜘蛛の糸のようなものが足に絡まっている。
触れてみると、それはプラスチック製なのか硬質感があり、スベスベとした肌触りだった。
これこそ、ユウキが一秒たりとも休憩が出来ていない原因だった。
この山。
入ってしばらく登ると、このような殺意マシマシの罠が至る所に設置してあったのだ。
弓矢などはまだマシな方で、時には極太の丸太が転がり落ちて来たり、草木が一瞬で枯れ落ちてしまうような謎の劇薬だったり。
四方八方から刃物の弾幕が襲いかかってきたり……。
人の気配を一切感じなかったことから、全てが同様の罠によって作動していたのだと思われる。
一般人なら間違いなく何回かお亡くなりになっていただろう。
ユウキとて、既に心身諸共ボロボロである。
「でも……もう少しで、目的地のはずなんだ……!」
聖剣を杖代わりにして何とか立ち上がり、ユウキは必死に地図に書いてある目的地を目指す。
正直言って、イナズマの師匠に会ったところでこの悩みがどうにかなるなんて保証はどこにもない。
むしろ、にべもなく突き返されたって仕方がないだろう。
だがユウキは、これ以上じっと悩み続ける訳にはいかなかった。
これ以上、謎の焦燥感に駆られ続けるのは嫌だった。
だから何がなんでも行動する必要がある。
もし断られたとしても、何度でも頭を下げ頼み込むのだ。
自分の信じていた"ヒーロー"という存在を見つめ直すために。
「はぁ……はぁ………」
山道にしては比較的なだらかな斜面を登り切ると、左右を常に隔てていた草木の群れが突如として途切れた。
代わりに目の前には、伐採された切り株の並ぶ開けた空間が広がっていた。
野生味を感じさせる山道とは違い、ほどよく自然を残しつつ開拓されたこのエリアには一軒の小屋が建てられており、煙突からは薄っすらと湯気が立ち上っている。
一際大きな切り株の上には四等分された薪と、その傍らに小さなサイズの斧が突き刺さっているのが見えた。
ユウキは改めて地図と現在地を照らし合わせてみる。
「……ここ………なのか……?」
深呼吸を繰り返し息を整えながら、ユウキは視線を巡らせる。
小屋に隣接する屋根ありの倉庫らしき場所には、大量の薪やら農具っぽいものが敷き詰められており、その横には……井戸だろうか。
石を組み立てて作られた歪な筒状の物が見える。
どうやら裏手には畑でもあるらしく、まだ土が付着したままの大根や人参などが、井戸の横に敷いた藁の上に並べられていた。
ユウキは地図をバッグにしまい、恐る恐るといった様子で近づいて行く。
気分は戦々恐々。
一体どんな人物が出てくるのだろう。
恐ろしく厳しい熱血タイプ?
それとも気分屋な直感タイプ?
意外にも天然っぽいタイプかも……。
そもそも男女どちらなのだろう。
………いやいや、そんな事はこの際、どうでも良いのだ。
肝心なのは、この気持ちを晴らすために自分がどう行動するか。
相手がどんな人物であろうと、言ってしまえば関係ないのだ。
ユウキはあっちこっちに彷徨いがちな思考を呼び戻すためブンブンと頭を振り、パチンッ!と自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。
そして、意を決して扉をノックしようと────。
「───ッ!?」
刹那、素早く抜剣した聖剣が閃く。
居合の要領で抜き放たれた聖剣が捉えたのは………鎌であった。
念のため言っておくが、よく死神が持っているでお馴染みの禍々しい大鎌ではなく、草刈りとかで使うような小さな鎌だ。
しかしよく研ぎ澄まされているようで、滑らかに光を反射する刃の輝きは鋭利な刀を彷彿とさせる。
一体何故、鎌が。
罠を踏んだ気配は無かった。
ならば───。
「ッ!くそっ!」
ユウキの思考が纏まらない内に、次々と何かが飛んでくる気配がした。
鎌に引き続き杭やスコップ、挙句の果てには斧や鍬まで飛んできた。
いや本当に何このラインナップ。
おまけにどれも豪速球で、受けるのがまぁ大変。
斧などは特に重たく、聖剣を通じて伝わった衝撃がビリビリとユウキの腕を痺れさせた。
すっかり投擲物を受け流すのに必死だったせいで、ユウキは己の上空から迫りつつある謎の影に気付くことが出来なかった。
「なっ……!?」
不意にユウキの視界が暗闇に閉ざされた。
………否。
暗闇と言うほどのものではなく、所々に隙間があり、そこから太陽の光が差し込む網目の何か。
色は茶色に近い。
これは───。
「こんな場所まで空き巣に来るとは、中々根性ある盗っ人じゃあないか」
気付いた時には地面に倒されていて、あっという間に拘束されてしまった。
ユウキの背中に柔らかい感触と僅かな重みが乗っかり、関節技で腕を封じてくる。
聞こえてきた声は凛々しい女性のものだった。
「ご、誤解だ!僕は盗っ人なんかじゃない!」
ユウキは慌てて否定する。
顔面が触れて初めて、視界を覆うこれは竹編みか何かの籠なのだと分かった。
視線を可能な限り後ろに向け、隙間から背後の人物を盗み見る。
黒髪の女性だ。
ポニーテールだろうか。
服装は甚平にも見える。
表情は分からない。
けれど、ユウキを信用するつもりは無いらしく、拘束が解ける気配は欠片も感じられない。
「僕はヒーローをしているものです。名前はユウキ。同僚のイナズマという女性に勧められて、弟子入りに来ました。貴方が"刃"さんでしょうか……」
「………いかにも。私が刃だが……そうか、弟子入り希望者だったか。すまんすまん」
以外にも、刃と呼ばれた女性はあっさりとユウキの拘束を解いてくれた。
お気持ち程度の重さと柔らかさが背中から消えたかと思えば、軽々と上体を起こされ、被っていた籠を取り外してくれた。
突然増量した直射日光に思わずユウキは目を細める。
「いやぁ、悪い事をしたな。留守中に家の周りをウロウロしてたものだから、てっきり空き巣かと」
「ここまで来て空き巣する人は、中々居ないと思いますけどね……」
道中を思い出し、引き攣った表情でそう返すユウキ。
あれだけ罠だらけの山道を突き進んでまで空き巣をするとか、間違いなくその根性を他のことに活かした方が良い。
「それで、弟子入りだったか。良いだろう。ちょっとついてこい」
「え、そんなあっさりで良いんですか……?もうちょっとこう、実力を試すとか……」
「うちは基本的に来る者拒まずだからな。それに、ここまで来れた時点で最低限の実力はあるだろう」
ユウキはハッとした。
道中の罠は単なる嫌がらせではなく、ここまで来るに値するかの明確な品定めの過程だったのだ。
かろうじてとは言え、一人でここまでたどり着いたことで多少なりとも評価してもらえたのだろう。
思いがけずトントン拍子で話が進んだ。
「一つ聞いておきたいんだが……」
ユウキにそこら辺に散らばった鎌や斧などを拾わせながら、切り株に腰掛けた刃がふと聞いてきた。
「お前はどうして弟子入りに来た?えっと、何だったか………三英傑?なんだろう?お前は。充分に強いじゃないか」
「………自分にとっての"ヒーロー"が分からなくなったんです」
「うん?」
「僕は"正義の味方"のつもりだった。でも、ヒーローを名乗っておきながら、悪事を働いた人が居たんです。僕には理解出来ない。どうして正義の味方が悪い事をするんだろう……って」
ここまで聞いて刃は早々に察した。
あ、これ面倒臭いやつだ………と。
そして同時に弟子の意図も察した。
視線が呆れを帯びたジト目に変わる。
面倒事を丸投げしやがったなアイツ……と。
本人から詳しい話を聞かないと断言は出来ないものの、「ヒーロー=正義の味方」という固定化された価値観をさも当然のように語っている時点で、だいぶ怪しい雰囲気がある。
この世に曇り無き正義しか存在しないなど、ありえない。
ある程度大人になり世間を知れば、そのうち否が応でも思い知らされる現実だ。
この青年も見た目からするに、充分に知っていておかしくない高校生くらいの年齢だと思われる。
なのに主張している内容は、まるで特撮番組に感化された小学生くらいの少年を彷彿とさせる。
どうせ悩みの原因はそのギャップに違いない。
「はぁ……」
これにはため息が出ても仕方あるまい。
先程は「来る者拒まず」とカッコつけたが、断っておけば良かったかな……と今更ながらの後悔が頭の隅を過ぎる。
しかし一度承諾してしまったものを、「やっぱごめん」と取り消すのは大人として如何なものだろう。
本当に、イナズマは厄介な事を押し付けてくれたものだ。
「これで全部かと……」
「ご苦労」
ユウキが回収した鎌などを全て小屋横の倉庫に放り込んだ後、刃は改めてユウキに向き直る。
色々と始める前にちゃんとした自己紹介をしなくては。
「ここで鍛冶師をしている、"刃"という者だ。改めて、歓迎しよう」
どこ行っても厄介者扱いなユウキ君に涙を禁じ得ない……。
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