面倒な人の面倒な悩み
ユウキは悩んでいた。
原因は、この前に起こったハグトーレの一件である。
あの事件は彼に大きな衝撃を与えた。
ユウキはヒーローこそ"正義の味方"であり、市民を守る存在であり、平和の守護者だと考えていた。
彼自身もその心得をしっかりと胸に刻み、"ヒーロー"として恥の無い行動を取ってきたつもりだ。
そこには絶対の自信がある。
しかし……。
そんな"正義の味方"のはずの………しかもヒーロー協会という、正義を大っぴらに掲げた組織の上層部の人間が。
一部とはいえ、ヴィランと断じても否定出来ない程に腐っていたなんて。
事情聴取での映像を見せられた時、ユウキは愕然とした。
ハグトーレの欲にまみれた醜悪な表情。
そして自分は絶対に悪くないと保身に走る醜い足掻き。
ヒーロー協会を支える人間としてはあるまじきその姿は、今もユウキの脳裏から離れてくれない。
ユウキにとってはこの上ない衝撃だった。
同時に、どうしてそんな事をしたのか理解出来なかった。
"ヒーロー"とは………"正義の味方"とは、弱きを助け悪しきを挫く。
そんな存在ではなかったのか?
「………」
確かに、ユウキが考える通りである。
正義の味方とは本来そうあるべきだという意見には、賛成だ。
しかし現実はそう甘くない。
ハグトーレがしたように賄賂や忖度が横行することもあるし、スポンサーと癒着し己の利益だけを求める者も、残念ながら少なくない。
ユウキのヒーロー像はあくまで叶わぬ理想に過ぎないのだ。
この現実と彼の理想のギャップが、ユウキを大いに悩ませていた。
今までならば実に都合の良い解釈で奮起し、さらにヒーロー活動に力を入れていただろう。
ところが、今回はハグトーレの醜態をまざまざと見せ付けられた上、ヴィランであるはずの秘密結社Xが解決に関わっている。
"正義の味方"とは一体何なのだろう。
今まで信じていたものを、ユウキは率直に信じられなくなっていた。
「また随分と、らしくない暗い表情だな」
「………イナズマ……」
休業前最後の出動要請に関する報告を済ませた後、ベンチで沈んだ表情のまましばらく思い悩んでいたユウキの元に、ふと影が差した。
顔を上げると、そこには同僚である迅雷ヒーロー・イナズマが立っていた。
どうやら先程までトレーニングをしていたらしく、珍しいスポーツウェア姿で肩にタオルをかけている。
「ちょっと悩み事さ。……イナズマは、"ヒーロー"って何だと思う?」
「なんだ藪から棒に」
質問の意図が分からず、イナズマは正面の自販機に小銭を投入しながら問う。
ユウキからの返事は無い。
ガコンッ!と落ちてきたスポーツドリンクを手に取り、一口。
無言のまま俯いたユウキを横目に見て、イナズマは目を細めると共に内心で深いため息をついた。
「何故、それを私に聞く?お前の方が"ヒーロー"に対して、強いこだわりと信念を持っているだろう」
「………そうかな。少し、分からなくなったんだ。……"ヒーロー"って何なんだろうな」
どうやら相当な重症らしい。
イナズマの表情が露骨に「面倒臭い……」と歪む。
こういう実直馬鹿なタイプの人間が思い悩んだ時ほど、対応が大変なのだ。
残念ながらそれを許容出来るくらいにユウキとの関係は親しくない。
少なくともイナズマはそう判断した。
……だが、放っておくのも同僚としていかがなものか。
ユウキがこのまま潰れた場合、困るのは同格たる三英傑のイナズマとマッスルマンである。
それだけは御免だった。
「……私は"ヒーロー"という存在を言語化出来るほど賢くない。だが、あえて一つ言えるとするならば────」
イナズマは思考を巡らせるように一瞬だけ天井の蛍光灯に目を向け、改めて視線を下げる。
「───"ヒーロー"は、なりたいと思ってなれるものじゃない。むしろ、なりたいと思った者ほど"ヒーロー"から遠のいていく………私は、そう考えている」
イナズマの言葉を、ユウキは俯いたまま無言で聞いていた。
髪の毛に隠れてその表情は伺えない。
「………ただ、これはあくまで私の解釈だ。お前の抱く"ヒーロー"の認識とは違うだろう?」
「………」
また、ユウキからの返事は無い。
彼の抱く"ヒーロー"という概念の持つ意味が、激しく揺らいでいる何よりの証拠だ。
ハグトーレの一件が彼に大きな影響を与えるであろうことは、イナズマも何となく予想していた。
ご都合主義が服を着たような存在だ。
まるで特撮番組を視聴する子供のように、"ヒーロー"とは曲がることのない、正義を象徴する存在だとでも思い込んでいたに違いない。
現実に、それ程までに高潔な"ヒーロー"は何人居るのだろうか。
イナズマとて紛いなりにも"ヒーロー"と呼ばれてはいるが、自分が"正義"を象徴する存在だなんて思い上がってはいない。
しかし、人によっては現実が見えていないと糾弾されても仕方がない、実に都合の良い解釈を常時展開するユウキにとっては、ハグトーレの一件はさぞ衝撃を受けたことだろう。
まさかヒーロー協会に属する人間が、ヴィラン顔負けの悪行に手を染めていたなんて。
そもそもユウキは、賄賂や忖度をする意味すら理解出来ぬようだったが……。
「はぁ………ヒーローとして迷いがあるならば、ここに行ってこい」
イナズマが放った四つ折りの紙を、ユウキはかろうじてキャッチした。
開いてみると、それは地図だった。
地名から見るに都心部からかなり離れた、とある田舎の山を表しているよう。
その山の頂上付近に、赤いマーカーで小さな点が付けられていた。
突然渡された謎の地図に困惑するユウキ。
「私の師匠が住んでいる場所だ。必ず喝を入れてくれるだろう……腑抜けた心身共に叩き直されてこい」
◇◆◇◆◇◆
遠慮するユウキの尻を蹴飛ばして強制的に出発させた後、ベンチに残ったイナズマは深い……それはもう深いため息をついた。
「まったく、世話を焼かせる……」
ヒーローとは何だ?
正義の味方とは?
そんな解く意味の無い無理難題で、あんなにも悩まされているとは……。
実に困ったものだ。
「───む。どうしたのだ、イナズマ」
「いやなに……厄介なご都合主義の権化と、少し会話しただけだ」
"少し会話しただけ"と言っておきながら、イナズマのゲンナリ具合は、残業させられた挙句に終電で帰宅するOLのような疲労感に満ちていた。
先程まで面倒な奴が面倒な悩み事を引っさげて、そこら辺を歩き回っていたのだ。
そりゃあこんな表情も浮かべるというもの。
たまたま通り掛かっただけのマッスルマンは状況を理解しておらず、不思議そうに首を傾げるのみだ。
イナズマから、かくかくしかじか……が伝えられる。
「ふむ、なるほど。確かにここしばらく、彼は何か思い悩んでいる様子だったが………納得だ」
「気付いていたのか」
さすがだと、イナズマは思わず目を瞬かせる。
残念ながら彼女は他人の顔色を伺うなどの行為が酷く苦手だ。
今回の件においても、あくまでユウキの性格を鑑みて推測を出したに過ぎない。
それに対してマッスルマンは、最近のユウキの異変を"見て"気が付いたのだと言う。
さすがは筋肉狂いを除けば割と常識人な男。
周りへの気配りも完璧だ。
「うむ。ここ最近、彼の上腕二頭筋と菱形筋が特に元気を失っていた。何か彼の根幹を揺るがすような悩み事があったのだろう……」
「………」
イナズマの視線が一気にシラケた。
したり顔で顎に手を当てて頷くマッスルマンに、イナズマの冷めた視線が突き刺さる。
前言撤回。
やはりこいつは筋肉狂いの変態だった。
筋肉の元気って何だよとか、なんで筋肉で心境の変化を把握してんだよとか、色々とツッコミたい箇所はいっぱいある。
だがあまりに多すぎるので、代表して一つだけ良いだろうか。
いや、"菱形筋"ってどこの筋肉やねん……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
誤字脱字報告、感想等やブクマ、評価など、ぜひともよろしくお願いします!!(*^^*)




