今世紀最大の異変……
ある日。
ボスとエックス戦闘員達は買い物帰りに、見るからに面倒臭そうな場面に出くわしてしまった。
「じゃあ、後はお願いします」
「はい。ご協力、感謝します」
敬礼をして去って行ったのは武装した警察官だ。
護送車両の近くには同じく武装した警察官と、手錠を嵌められたパンイチ覆面の男が居る。
先程までブリーフをばらまいて暴れていた野良ヴィランの彼だが、ヒーローに倒された今は死ぬほど大人しくなっていた。
何故か現実に絶望したかのようにズンと沈んだ表情で、ブツブツと言葉にならない怨嗟を呟いている。
おそらく駆け付けたヒーローとギャラリーが原因だろう。
町中に現れたヴィランを、到着したヒーローと警察官が対処する………この世界ではこの上なく日常的な光景だ。
ボス達も見慣れているし、実際に何度も体験している。
面倒の要因はこれでは無かった。
問題は、駆け付けたヒーローである。
「………」
何か考え事でもしているのか、暗い表情でため息をついたヒーローは手元の大剣を小型化。
厳つい鎧姿から制服に戻った青年は、ギャラリーに向けて笑顔とキラキラを振り撒いてその場を後にした。
しかし、いつもに比べてそのキラキラが影を帯びているのをボス達は見逃さなかった。
「はぁ……」
再度、青年はため息をつく。
爽やかイケメンの物憂げな表情は一定の需要があるようで、ため息が聞こえなかったらしいギャラリーから興奮した歓声が飛び交う。
あまりの人気に「結局、顔かぁ……」と三号君がやさぐれ、一号君からも「キラキラ抑えろよクソが。鬱陶しいんじゃボケェ……!」と怒りに満ちたツッコミが入る。
二号君は現代の日本語では形容し難い歪め方がされた顔面で、じっと青年を睨んでいた。
総じて殺意が凄い。
それはボスも同じで、「クソッ、この仮面さえ取れば俺だって……!」と謎の負け惜しみを呟いている。
「ボスの素顔ってああいう爽やか系なんすか?」
「どちらかと言うと、バチコリ整ったクール系イケメンかな。まぁ顔面が整ってることに変わりはないけどねー☆」
「………嘘くさくね?」
「ボスがイケメンだったら俺らが発狂する」
「それな」
「君らね……」
あくまでボスの戯言は誰も信じていないらしい。
「あーまた言ってらぁ」みたいな反応で相手にもされなかった。
ボス、泣きそう。
「───なっ、お前たちは……!」
と、ここで前方から驚愕したような声が飛んでくる。
全員が「やべっ」と思ったがもう遅い。
一斉に視線を転じると、そこには驚愕で目を見開いた青年の姿があった。
制服姿の茶髪の彼────ユウキは、角からトーテムポールのように顔だけ覗かせたボス達を前に、驚きと困惑が入り交じった表情を浮かべていた。
面倒の原因に見つかってしまった。
仕方がないので、ボスとエックス戦闘員達は観念して曲がり角から姿を表し、悪の秘密結社らしく香しいポーズを取る。
「ふっ、また会ったな勇者ヒーロー・ユウキ!ヴィランとしてお前の相手をしてやりたい気持ちは山々だが………今日は特に悪さしてないので、見逃してもらえないでしょうか!!」
香しいポーズで、とんでもないことを提案……もといお願いするボス。
これでもかと両手に持ったエコバッグを見せびらかし、買い物帰り感を醸し出すことに余念が無い。
もちろん無駄だと分かっているのだ。
この正義感が人の形を成したようなイケメンには、仮にどんな状況であってもヴィランを見逃すという選択肢は存在しない。
どれだけヴィラン側に大義名分があったとしても、ご都合主義で思考からそれを弾き飛ばし、正義を執行するのがユウキという男なのだ。
まぁヒーローとしては正しいのかもしれないが、平和主義なヴィランからすればたまったもんじゃない。
どうせ突っかかって来るんだろうなぁ……と諦観していたボスであるが、数秒後に信じられない光景を目にする。
「………そうか。確かにそのバッグの中身から見るに、スーパーに行った帰り道……ってとこかな?分かった、今日は見なかったことにするよ……」
それだけ言って、ユウキは浮かない表情でボス達の横を通り過ぎようとする。
始め、ボス達は自分達にかけられた言葉を理解することが出来なかった。
重度の宇宙猫状態だ。
そろって呆けた表情で虚空を見つめ、脳内でユウキの言葉を無限に反芻させていた。
いち早く我に返ったのはボスだった。
続いて一号二号三号も連続して復帰し、同時に真横を通り過ぎようとしたユウキから慌てて距離を取る。
さながら警戒心剥き出しの猫のよう。
ズザザッ!!と反対側の壁に身を寄せ、あたかも恐ろしい怪異を目撃したかのように身を震わせる。
あまりにも大袈裟な反応に、さすがのユウキも戸惑いを隠しきれず困惑した表情で振り返った。
「み、見逃す……?あのユウキが……?」
「お、おい?どうしたんだ?僕、何かおかしなこと言ったか……?」
「自分の言動のおかしさを理解していない……だと………!?」
「ボス、これはッ……!」
「ああ……」
恐ろしい物を前にしたかのような仕草で一号君が口元を抑え、二号君はユウキの戸惑いにある種のショックを受けたようで愕然とそう呟く。
一方、三号君はとある可能性に行き着いたようで、同じ思考に至ったであろうボスと共に深刻な表情で頷き合っている。
「───こいつは……こいつは、偽物に違いない!あのユウキが、ヴィラン相手に"見逃す"なんて言うもんか!」
「そうだそうだ!ご都合主義の権化たるあのクソイケメンが、俺達を見逃してくれたことなんて、今まで一度も無かったんだぞ!?」
「ちくしょうお前!あのウザったい爽やかイケメンをどこにやった!」
「さっさとボケクソイケメンを返せ…………いや、返さなくて良くね?むしろこっちの方が好都合では?」
「「「確かに」」」
三号君の言葉に全員が漏れなく頷いた。
いつも問答無用で襲いかかってくるご都合主義のイケメンよりも、ある程度の融通が効く今のイケメンの方が良くないか?
キラキラも心なしか控えめだし。
満場一致の意見だった。
さすがに頬がピクつくユウキ君。
見事に引き攣った表情でボス達を睨んでいる。
「僕を一体なんだと思ってるんだ……」
「ご都合主義爽やかクソイケメン」
「憎きキラキラの塊」
「ご都合主義が服着て歩いてる系イケメン勇者」
「異世界転生モノだと確実に噛ませ役な人」
「本当に僕をなんだと思ってるんだ!」
ユウキが憤慨した様子でボス達に詰め寄る。
最初から壁際まで退避していたため、これ以上逃げ場がないボス一行。
あまりの不気味さに鳥肌が立った。
「ぼっ、ぼぼ、ボス!何とかしてくださいよ!」
「いや無茶言うなって!」
おそらくかつて類を見ない程、秘密結社Xの面々を追い詰めているだろう。
ついこの前に戦った393号よりも善戦しているかもしれない。
少なくともボス達の戦意を挫くという意味では、確実にユウキの方が勝っていた。
喜ぶに喜べない事実だ。
「僕は偽物なんがじゃなくて、本物のユウキさ。この聖剣が何よりの証拠じゃないか」
「ほ、本物……だと………!?」
「じゃ、じゃあ、あれっすか。なんか変なもの食べたとか、記憶喪失とか……」
「至って健康体なんだけど……」
「嘘をつけ!」
「嘘じゃないんだけどなぁ!?」
一体何を言ったら信じてくれるのだろうか。
大仰な仕草でズビシッ!!と指を差してくるボスに、思わず青筋が浮かぶユウキ君。
仕方がないので正直に話すことにした。
「………悩み事があるんだよ。それが片付くまで、ちょっと休業を申請したんだ。だから今の僕には、君達を捕まえなきゃいけない理由は無いんだ」
渋々といった様子でユウキは本音を口にした。
まさかヴィラン相手に弱みを見せるような真似をするなんて……。
ユウキはそんな思いから顔を顰めているが、肝心のそれを受け止めたボス達の捉え方は違ったらしい。
「悩み事…………ナヤミゴト!?あの勇者がナヤミゴト!!?」
「メディーーック!!メディーーック!!」
「ここに重症者が一名いまーーーす!!誰か救急車をーーー!!」
「もうダメだ………おしまいだぁ……」
本当に好き放題言いやがるなこいつら……みたいな視線がユウキ君から注がれる。
しかし彼は重要なことに気付いていない。
それは自分の発言だ。
通常時のユウキならば、仮に何かを悩んでいたとしても、休暇中であっても。
ヴィランを見つけたなら、何よりも優先して正義の味方として動くはずだ。
自分の悩み事など全て後回し。
そんな事よりも、ヒーローとして悪を征伐することが最重要。
正義のヒーローとして恥の無い立ち振る舞いを!
最も優先すべきは市民の平和である!
そう断言し行動してきたのがユウキという男だ。
そんな己の信念すら無意識とは言え曲げてしまった彼は、本当に何か深刻な悩みを抱えているのかもしれない。
ユウキの横顔から僅かに感じ取れる影のような物を、やはりボスだけが微かに勘付いていた。
???「ボスサン!!ナズェミデルンディス!!」
・「もうだめたぁ……おしまいだぁ………」……『ドラゴンボール』より
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