オタクに優しいギャル
「改めて、この前はありがとうございました」
ボスの隣を歩きながら、ルーシィはぺこりと軽く頭を下げた。
「傷はもう大丈夫?骨折もしてたっぽいけど……」
「はい!もうバッチリ完治してます!昨日も大きなライブがあって……そうだ!今度、DVD送りますね!」
「あ、ありがとう」
食い気味にそう提案したルーシィちゃん。
ずいっといきなり距離を詰めてくるものだから、女性耐性ゼロのボスは思わずびっくりしてしまった。
ただでさえ相手は天下の大人気アイドルにして、顔面偏差値のバグってる国宝級ギャル。
これがオタクに優しいギャルか……という謎の感動に胸を打たれつつ、ボスはさりげなく距離を空ける。
が、それを知ってか知らずか、ルーシィちゃんはじりじりとさらにボスとの距離を詰め、ほとんど肩が触れ合いそうな近さでボスを見上げる。
あざとい。
実にあざとい。
「その……ヒーロー協会と一悶着ありましたけど、大丈夫でしたか?私、その時はちょうどライブで、現場に居れなくて……」
ヒーローがヴィランの心配をするなんて、おかしな話だ。
しかしそれ程までに、助けてもらったことに恩を感じているのだろう。
だとしたら申し訳ないなぁ……とボスは内心で独り言ちる。
最終的な結果を見ればボスがルーシィちゃんを助けたことになるが、実際は彼女がボコられている横で、状況が整うまで傍観していたのもまたボスだ。
確実に勝つためであるとは言え、目の前で悲鳴を上げている女の子を放置していたのは事実。
ボスからすれば、むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「大丈夫だよ。特に大きな被害も無かったし……」
「でも、肩を怪我したって聞きました」
「え?ま、まぁそうだけど……」
「無理してないですか?もしまだ万全じゃないなら、荷物持ちだってなんだってしますよ?」
あまりに距離が近くなりすぎたため、ボスの右腕に何やら柔らかいものが押し付けられた。
いつもならば幸福な気持ちに満たされて、仮面の下の頬はだらしなく緩みまくっているだろうが、こと今回に限ってはそうもいかなかった。
何をするにもとにかく、ルーシィちゃんの「アイドル」という属性がチラつくのだ。
オタクたるもの、アイドルとは適切な距離を取らなければならない。
あくまで数多くいるファンの中の一人であることを、肝に銘じなくてはならないのだ。
ボス、鋼の精神で右腕の感覚を遮断。
落ちつけ………落ちつくんだ………「素数」を数えて落ちつくんだ……。
「……ちっ。やっぱ断っとくべきだったかな……私が居れば、ファントムさんに怪我なんてさせなかったのに……」
「え?」
ボスは己の耳を疑った。
今、ルーシィちゃん舌打ちした?
かなり小さな声だったので後半の言葉は聞き取れなかったが、最初の舌打ちだけは鮮明に聞こえた。
ボスはギョッとした様子で横のルーシィちゃんに目を向ける。
しかし、視線が合った彼女はキョトンとした表情で目を瞬かせており、まるで何事も無かったかのようだ。
気のせいだったのだろうか。
周囲の人々も、誰一人として驚いた様子が無いことから、アイドルらしからぬ舌打ちなど聞いた気配もない。
ボスはじっとルーシィちゃんを見つめる。
サングラス越しに、その灰色に近い瞳を。
小ぶりな鼻先や、シャープな頬のラインを。
………顔面が良いッ。
一通り観察しての結論がそれである。
この顔面でさらに歌が上手く、二号君曰く握手会などでのファン対応も実に素晴らしいとのこと。
ギャルらしくとにかく距離感が近く、勘違い系ファンを生み出しやすいとか……。
そりゃあアイドルとして売れるわな……とボスは納得の頷きを繰り返す。
同時に、二号君の解説を思い出して冷静さを取り戻した。
そうだ、彼女の距離感の近さは生来のものなのだ。
別に自分が特別なのではなく、ルーシィちゃんは皆平等にこのような接し方をしている。
危うく勘違い系オタクになりかけてしまったことを、ボスは大いに恥じた。
(これがオタクに優しいギャルの破壊力……恐ろしや………)
ある種の戦慄を覚えたボス。
ルーシィちゃんの猛烈な人気の所以を垣間見た気がした。
────さて、一方でルーシィちゃんは。
(な、なんかめっちゃ見つめられてる………え、私ちゃんとメイクしてきたよね?可愛いよね?え、ブサッて思われたらどうしよう………いやまぁ、ファントムさんがそんなこと言う訳無いと思うけど。……え、待って待って!?目ぇめっちゃ綺麗なんだけど!なにこれ!やばっ!ちょ〜綺麗!写真撮りたい!お願いしたら仮面取ってくれるかな……いやでも仮面付けたファントムさんもカッコイイし…………うぅ〜、どうしよう!ツーショお願いすべき!?むしろプリ行く!?)
見事に気が動転しまくっていた。
言わずもがな、理由は推したる我らがボスに、現在進行形で見つめられているからである。
それはもう熱烈に。
彼女の心臓はかつてないほどのペースで脈打ち、沸騰した血液を全身に巡らせる。
身を焼き尽くさんばかりの熱い想いが、ルーシィの体を満たしていた。
少しでも気を抜けば、だらしない表情で涎を垂らすという、非常にアイドルらしからぬ絵面を晒してもおかしくなかった。
だがそこは、長年鍛えられたポーカーフェイスで何とか己の熱情を抑え込む。
今すぐこの想いを爆発させてボスにアプローチしたい気持ちは一杯だが、物事には必ずステップというものがあるのだ。
確実に成就させるためには、踏まなくてはならない段階がいくつかある。
そのための我慢は惜しまない………そう決めたのだ。
(………喉仏えっろ)
オタクがルーシィちゃんに狂わされたように、ルーシィちゃんもまたボスに狂わされていた。
少なくとも以前のルーシィちゃんは、真顔で(喉仏えっろ……)なんて考えなかっただろう。
そうこうしている内に目的の書店にたどり着いた。
エレベーターで八階に上がると、来店して早々にパレットちゃん等身大パネルがお出迎え。
先程までの葛藤やらを忘れて、ボスは嬉々として写真撮影を開始。
様々な角度でパレットちゃんの御身を撮影したり、ルーシィちゃんの提案でツーショット、及びルーシィちゃんも含めた三人での写真も撮るなどした。
ボス、大満足ッ。
フォルダーは帰ってから整理するとして、ホクホク顔のボスが先行して新刊エリアに向こうと、そこでは大きな陳列棚を占拠して大量に積み重ねられた、『水彩画シリーズ』最新刊が待っていた。
ノボリ広告やポスターの他、設置されたテレビからはアニメ映像が抜粋してループ再生しており、力の入れ具合が充分に伝わってくる。
またショーケースの中には歴代グッズに加えて、イラストレーター様書き下ろしの新規イラストに原作者様のサインが添えられた、この世にたった一枚しかない色紙も展示されていた。
それもしっかりと写真に収めた後、ボスは無事、限定アクリルスタンド付き最新刊を購入。
そして、なんとルーシィちゃんも『水彩画シリーズ』の原作を一気買いした。
計十四巻もあり、新品で買うとそれなりのお値段がするのだが、ルーシィちゃんは
「少しでもファントムさんとお話するキッカケが欲しいんです!」
と言ってカード一括払いでご購入。
心底嬉しそうな顔で大きな紙袋を受け取った。
しかしさすがに書籍が十四冊も重なると死ぬほど重いので、ボスの提案でルーシィちゃんの家の近くまで持って行ってあげることに。
一瞬アイドルの家バレは不味くないか……?と思ったボスだが、紙袋の重さとルーシィちゃんからのお願いもあり、快く引き受けることにした。
結局は都内某所にあるマンションの一室の前まで持って行き、本日はお別れとなった。
実は到着した際に「お茶でもどうですか?」とルーシィちゃんから誘われたのだが、さすがに色々と不味いなと思ったので断り、ボスは早々に帰宅した。
もし仮にここで了承し、ルーシィちゃんの部屋に招き入れられていたら………ボスは、ある意味でかつてない程の恐怖体験を味わっていただろう。
最近の子ってプリクラとか行くんですか……?
・「素数を数えて落ち着くんだ」………『ジョジョの奇妙な冒険』より
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