秘密結社Xの力
『ちっ!関係ありません、このまま制圧しなさい!393号!』
苛立ちを含んだハグトーレの命令により、液体少女が水中にいくつもの巨大な渦を発生させた。
凄まじい吸引力に抗うことが出来ず、秘密結社Xの面々は次々と水中に引きずり込まれていく。
しかし今までと違うのは、半数がわざとその流れに身を委ねた、ということだ。
渦の流れに乗り、むしろ自分からその方向に泳ぐことでより速く深いところに達したのは、二号君だった。
遅れて八咫烏ちゃんも彼を追う。
ある程度まで潜ると、二号君は振り返り視線で八咫烏ちゃんに合図をする。
互いにコクリと頷いた。
二号君はズボンのポケットから肌色の球体を取り出して、真ん中のスイッチをポチッとな。
手のひらで押して水中に放り出した。
それは渦に引っ張られて素早く底の方に落ちていく。
およそ三秒程。
その光景を見つめていると、突如として肌色の球体が爆ぜ、二号君の視界を染め上げた。
『なっ、何だこれは……!?』
スピーカーを通してハグトーレの驚愕が伝わってくる。
彼を守るシェルターも、一瞬にして視界が肌色に染まりさぞ混乱していることだろう。
こちらもソアレ開発・"超膨張するクッション材"。
かつて、ボスをお空の彼方にぶっ飛ばしたソアレの発明品だ。
その凄まじすぎる膨張率と膨張速度が災いして、ボスが痛い目を見せられたのもつい最近のことである。
………さて、その"超膨張するクッション材"の性能は水中でも遺憾無く発揮され、瞬く間に大膨張して部屋に満ちていた水を力強く押し退けた。
『………!』
水中の異常には驚きを見せなかった液体少女であるが、ほぼ同時に水面から飛び出した漆黒の物体には僅かな驚愕を覚えたようで、それを視線で追う。
クッション材の勢いを利用して空中に飛び出したのは、楕円形の漆黒の物体。
よく見るとそれは折り畳んだ翼で構築されていた。
次の瞬間、畳んでいた翼が全力で展開され、滴る液体が礫となって水面や壁を強打する。
立派な翼で羽ばたき、滞空するのは当然ながら八咫烏ちゃんだ。
細かく纏った風の渦で飛行補助と水気飛ばしを両立しているらしい。
「───八咫烏ちゃん!真下!真下にあるよ!」
「了解っす!」
彼女の腰にヒシッとしがみついた一号君が、サングラス越しに見抜いた情報を即座に八咫烏ちゃんに伝える。
『………!!』
液体少女の表情は相変わらず変わらない。
けれど、八咫烏ちゃんが両手で構えるアイテムには少なからず危機感を覚えたようで、瞳が若干眇められた。
ほんの少しの、些細な変化だ。
しかし今までに無い初めての違いと言える。
それ程までに、あのアイテムは危険であると判断したのだ。
「出力全開ッ!」
八咫烏ちゃんが構えた八角形のアイテム。
その角に一つずつはめ込まれた極小の宝石が光り輝き、中央のエネルギー高炉に凄まじい密度の竜巻が凝縮されていく。
ソアレ開発の八咫烏ちゃん強化アイテム、"陽光・八卦炉"。
その能力は超圧縮・超放出である。
「───【グランド・テンペスト】ーーーッ!!」
圧縮された太陽光と最高出力の竜巻が混ざり合い、まるで天から降り注ぐ光柱と見紛う程のエネルギーが、真っ直ぐに水面に直撃する。
液体少女が掲げた腕などお飾りも良いところだ。
あたかも初めから何も無かったかのように引き裂かれ、蒸発した。
ゴウッ!!と凄まじい爆風を吹き荒らして視界が染まる。
『………ッ!!』
胴の大半が消し飛んだ液体少女の巨体が、制御を失ったかのように瓦解し、水の塊となって押し寄せる。
露になった光景は、筆舌に尽くし難いほど凄まじかった。
部屋に満ちていた水。
そこに半径五メートル程の穴がぽっかりと空き、すっかり荒れ果てた床が丸見えになっていた。
まるでモーゼの海割りだ。
しかし最も注目すべきはそこではない。
ぽっかりと空いた穴の中心部。
先程まで水があったはずのそこには、野球ボールサイズの青色の何かが浮かんでいた。
あれこそ、液体少女の核なのである。
かろうじて近場に残っていた水分が渦を巻いて集まり、すぐに元のサイズの液体少女の形になった。
けれどかなり無理をしているようで、完全な液体ではなく、本体のような物が液体の奥に薄っすらと浮かび上がっていた。
おかげで、最初よりも人間味が増して見える。
『………ッ!!』
彼女の瞳は憎々しげに歪んでいた。
確かに、明確に。
これまで感情を見せなかったのとは裏腹に、今は彼女の気持ちが手に取るように分かる。
そんな液体少女の元に影が差した。
無論、我らがボス───ファントムである。
「三号君!」
「あいあいさー!」
背負っていた三号君をまさかの全力投球。
覆面にパンイチという明らかに通報案件な見た目の三号君は、両手でピコピコハンマーを握っていた。
咄嗟に液体少女が振るった水の触手と、ピコピコハンマーが触れた瞬間。
『───ッ!?』
ドゴォンッ!!と、小規模の爆発が巻き起こった。
威力に比べて視界を遮る黒煙の量に液体少女は戸惑いを隠せない。
ちぎれた腕を再生しつつ、瞳に憤りを滲ませた液体少女が振り返る。
「んシャッターーチャ〜〜〜ンスッ!!」
そこには、天と地が逆転した体勢で謎のカメラを構えるボスが居た。
見た目はどこにでも売っているような安物のカメラ。
だが液体少女の脳裏に過ぎったのは、何度も使用された奇想天外なアイテムの数々。
もしかしたら、このカメラも何かしらの能力を秘めているのかもしれない。
コンマにも満たない時間でそう結論を出した液体少女は、即座にカメラを破壊しにかかる。
『………ッ!!』
それでも僅かな思考の分、行動が遅れた。
シャッターが切られ、目眩しにすらならない程度の淡いフラッシュが液体少女を照らす。
隙とも言えない硬直を挟んでカメラが両断。
直前で逸らしたボスの顔面も捉え、自慢の仮面を斜めに切り落とした。
────何も起こらない。
撮られたのに。
気付いていないだけ?
肉体に変化は───。
不可解。
目的は?
動く。
何を。
その笑みは───。
様々な思考が、一瞬にして液体少女の脳を巡る。
果てに少女は目を見開いた。
今度こそ明確に"驚愕"を含ませた瞳で、露になった男の口元を見つめる。
ニヤリと得意げな笑みを浮かべた、その口元を。
───騙し。
理解するまで時間はかからなかった。
だが、充分すぎる隙だ。
ボスは吠える。
大きく、かつ素早く息を吸い込み。
信頼する側近の名を。
「───イリィイイイス!!」
壁にはめ込まれたガラスが砕ける音と、液体少女が眼前で激しくスパークする膨大な稲光を視認したのは、同時だった。
バチバチバチバチッ!!と凄まじい雷鳴を轟かせて拡散する稲妻が、目を見開いた状態で固まる液体少女を呑み込んだ。
「"蒼華───万雷"ッ!!」
天を揺るがす程の轟音を伴って、大規模な稲妻が解き放たれた。
爆ぜる極光。
とてつもないスパークの嵐が、シミュレーションルームを満たすのだった。
ちなみにボスが激写したのは、液体少女のパンチラ写真です。
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