やっぱり人は欲望に忠実な生き物なんです
今回ちょっと長いです
時間は少し遡る。
イリスがシミュレーションルームに駆け付ける、少し前。
足止めとして立ち塞がったイナズマと戦っていた時のことだ。
「その男達がどんな存在か、あなたは理解しているのですか?」
イナズマの刀を砂鉄の波で受け流しながら、イリスは厳しい眼差しで問うた。
正義の味方とは決して交わるはずのない異端。
経緯は不明だが、もしその正体を知った上で共闘しているのならば、世も末と言わざるを得ない。
加えて………彼らの正体を知る数少ない者として、絶対に晴らしておかなければならない疑念がある。
まるで非難するかのような視線に、イナズマは居心地悪そうに表情を歪めた。
「知らん。知らんが、だからこそ気に食わん」
何に対してかは言及こそしないものの、吐き捨てられた「気に食わん」という言葉には明確な軽蔑が込められていた。
イナズマと入れ替わりに前に出た男二人のうち、メリケンサックを拳にはめた男が砂鉄の盾を粉砕。
強制的に開いた隙間を縫ってダガーを携えた男が間合いに踏み込む。
「………」
凄まじい速度の連続斬り。
小回りの効く武器のためかその攻撃回数は目を見張るものがあり、あっという間にイリスの首筋や太ももなどに浅い切り傷を刻んだ。
カウンターの雷撃で吹き飛ばされた男に代わって、メリケンサックを握り締めた男が独特のステップでイリスに迫る。
「相変わらず、忌々しい精密さです……」
イリスの動きを読み、的確に繰り出された拳が彼女の脇腹を捉えた。
普通ならば血反吐を吐いてもおかしくない威力の拳だが、今回は何層にも覆った砂鉄ガードのおかげでかなり威力が減少。
それなりの痛みを感じる程度にダメージを抑えた。
直後、雷を帯びたハイキックが男の頬に突き刺さり、無表情を大いに歪ませる。
頬骨だか顎の骨だかにヒビが入る感触があった。
ところが、男は痛みに悶えることも無くギョロリと瞳だけイリスに向けた。
ミシミシと悲鳴を上げる首を無視して、男は滑るように蹴りを受け流して再びイリスの懐に入り込んだ。
コンパクトな動きで左拳を突き出す。
「……まぁだからと言って、どうという事はありませんが」
男の拳が空を切った。
同時に、雷速で男の上に回り込んでいたイリスが肢体から稲妻を迸らせ、思いっきり男の背中を踏み付ける。
突如として襲いかかった重圧に耐えきれなかった男が、体を逆くの字に曲げて、ドゴォオオンッ!!と激しく地面にめり込んだ。
メキメキッ……!!と何かが軋む音が鼓膜を打つ。
力無く倒れた四肢が動くことは、もう無かった。
「………」
屈強な背中を遠慮なく両足で踏んだまま、イリスは誰にも気付かれない程度の小さなため息をつく。
そして、チラリと背後に目を向けた。
そこでは……。
「少し眠っていろ」
右足に激しくスパークする雷を纏った、イナズマの渾身の飛び蹴りが男の腹に命中した。
壁が深く凹むほどの威力。
枝分かれする稲光のような亀裂が放射状に広がり、砕けたコンクリートの破片が雷に混じって四方八方に飛び散る。
ぐったりと項垂れた男の手から、するりとダガーが抜け落ちた。
からんっ、と軽い音を立ててダガーが転がり、続けて動かなくなった男もその場に尻餅をついた。
俯いて顔は見えないが、その代わりに真っ赤な血がボタボタと落ちてくる。
「……驚かないのか」
「……ぶっちゃけ、どうでもいいので」
おそらく、いきなり味方を攻撃するという凶行に走った件についてだろう。
しかしイリスはデフォルトのジト目&無表情でスッパリと言い切った。
色々と複雑な事情がありそうなことは、先程の問答からも伺えた。
彼女の性格からしても、男達の正体を知っていれば間違いなく手を貸さないどころか、反旗を翻していてもおかしくないだろう。
それらの考えを全て踏まえた上での、「どうでもいい」である。
確かに三人同時に相手すんのは面倒だなぁ……くらいは思ったし、一人潰してくれたラッキー……くらいは考えた。
だがそれは思考の過程に過ぎない。
結局は全員叩き潰す算段でいた上、ぶっちゃけイナズマの行動なんて、イリスにとっては心底「どうでもいい」のだ。
相変わらずの無関心さに、イナズマからも「やれやれ……」と諦めのため息が漏れる。
「……この際、いちいち事情など追求するつもりはない。付いてこい」
「?」
イナズマがそう言って向かったのは、階段とは真逆の方向だった。
頭上に疑問符を浮かべたイリスの前を通り過ぎると、そのまま窓辺まで移動して大きなガラス窓にぺたりと手を付けた。
「何を……」
「上に行きたいのだろう。良い近道を教えてやる」
不敵な笑みを浮かべたイナズマ。
なんだか妙に嫌な予感がするイリスであった。
────実際、その嫌な予感はある意味当たっていた訳で。
結論から言うと、窓ガラスをぶち破ったイナズマに担がれ、雷速で建物の外側を駆け登る……という貴重体験をさせられた。
もちろん強制的に、だ。
しかも酷いのが、腰を抱えて頭が後方に向く担ぎ方だったので、ぐんぐんと遠くなっていく地上から目を離せないという点。
高所恐怖症のイリスには中々キツかった。
敵に担がれぷるぷる小動物のように震えるしかない屈辱よ。
恨み言の一つでも呟いてやりたかったが、紛うことなき最短ルートを最速で駆け抜けていたので、もはや黙るしか方法が無かった。
ぶすっ……とした不満気な表情は浮かべていたが。
そして目標の階層に到着してから機会を伺っていたイリスの元に、これ以上ないジャストタイミングでお呼びがかかった。
「────イリィイイイス!!」
イリスは即座に半円状に膨らんだ窓ガラスを粉砕。
雷速……文字通り雷の速度で乱入し、瞳を揺らす液体の少女に切迫した。
放つは最高出力最大火力の必殺技。
「蒼華────万雷ッ!!」
一瞬にして、爆発した凄まじい雷撃と轟音、そして稲光がシミュレーションルームを満たした。
………と、ここまでがイリス乱入後までの大まかな流れである。
今回はその続きからご覧いただこう。
具体的にはイリスの"蒼華万雷"が炸裂し、その余波が収まった辺りからの話である。
◇◆◇◆◇◆
「………」
バチバチッ……と淡いスパークを纏った液体少女が、仰向けに倒れ伏していた。
瞳は閉ざされ、どうやら完全に気絶しているようだ。
胸部に見える核はすっかり色褪せており、それに伴って彼女の体は今までの中で最も人間らしさを取り戻していた。
現状はハーフアンドハーフという感じだ。
明確に人肌らしきものが露出しているものの、まるで浜辺に押し寄せては引き下がる波のように、液体部分が見え隠れしている。
「うおおおっ!イリス様ぁ!」
「救いの女神様だぁ!」
「マジで死ぬかと思いましたよぉ……!」
ちなみに、部屋を満たしていた水はイリスの攻撃で崩壊した壁からほとんど流れ出してしまった。
よって、シミュレーションルームには久しく足場が戻ってきていた。
だばだばと駆け寄ったエックス戦闘員達が、救世主たるイリスを囲んで大いに崇め奉る。
「んがぁ〜……ちかれたぁ〜〜………」
「っすねぇ〜……。服もびちょ濡れっす……」
遅れてボスと八咫烏ちゃんも合流した。
エックス戦闘員の面々に労いの言葉をかけていたイリスが、とてとて……とボスの元に歩み寄り、何かを期待するような眼差しを向ける。
その瞳は心なしかキラキラ輝いていた。
どうやらお褒めのなでなでをご所望のようだ。
「さすがイリス、めっっっちゃ助かったよ」
銀髪を撫でると、サラサラした絹のような素晴らしい感触が指の隙間を通り抜けた。
イリスさん、「むふ〜っ」とご満悦の様子である。
あるはずのない犬の尻尾が、激しく左右に揺れている光景が幻視される。
「……そういや、八卦炉はどう?まだ使えそう?」
思い出したのは八咫烏ちゃん強化アイテムの八卦炉である。
ソアレ開発の発明品であるが、あまりに高出力の竜巻と圧縮用のエネルギーとして膨大な太陽光を併用するため、その耐久面には若干の不安要素があった。
案の定、今回の使用で八箇所の宝石のうち半数以上が溶解して、周囲のパーツごと爛れていた。
たった一回でこれか………とボスは渋い顔をする。
まぁ、一撃必殺の奥の手としてはかなり上等だろう。
さらなる改良はソアレにお任せだ。
「───あっ!ボス、ハグトーレの奴が逃げようとしてますよ!」
「ちぃっ……!」
和気あいあいとした秘密結社Xのメンバーの横で、いつの間にかシェルターから脱出していたハグトーレが、コソコソと逃走を図っていた。
発見したのは二号君だ。
よりにもよってパンイチ覆面の二号君に発見されてしまったハグトーレから、忌々しげな舌打ちが聞こえる。
苦虫を百匹噛み潰したかのような苦渋の表情である。
「あっ、こら!」
「逃げるなっすー!」
「くくくっ、何とでも言うがいい!お前達は必ず後悔するぞ!」
ほうほうの体でエレベーターまでたどり着いたハグトーレは、役員権限で扉のロックを解除。
透明な保護ルームの扉が開くのすら待ち切れないといった様子で、急いで中に乗り込もうとする。
このままでは逃げられてしまう。
阻止するべくイリスが雷を、八咫烏ちゃんが竜巻を……と、各自が持てる技を即座に放とうとしたその瞬間。
ハグトーレの前に立ち塞がったのは、思いもよらぬ存在だった。
「───あらぁ〜。負けちゃったのねぇ〜」
上の方から聞こえてきたのんびりとした声色に、ハグトーレは歓喜の色を示す。
見上げるとそこには、魔女衣装に身を包んだほんわか雰囲気の女性が、ホウキに腰かけて浮いていた。
非常にバブみを感じさせる女性───シャイニング・ウィザードはゆっくりと降下して、無様に膝をついたハグトーレを見下ろす。
きっちり整えられていたはずのスーツはすっかりシワだらけで、ギドギドの脂汗が染み込んだ部分が濃い色に染まっている。
その汗のせいか、カツラも若干ズレていた。
彼の頭を見て、「妙ねぇ……」とシャイニング・ウィザードの表情がわざとらしい疑いに染まる。
さながら異変を発見した名探偵ばりの観察眼である。
「シャイニング・ウィザード殿!お助けください!恥ずかしながら、秘密結社Xを相手に苦戦を強いられており……!」
「あらそぉ〜。確かに、ヒーローとして悪者は見逃せないわねぇ〜」
「おおっ、それでは……!」
ハグトーレの表情が希望を見出してぱっと明るくなった。
しかし、それもつかの間。
続くシャイニング・ウィザードの言葉で一気にどん底に叩き落とされた。
「………でもぉ、残念ねぇ〜。今回の悪者はあなたよぉ、ハグトーレ〜」
「………………は?」
何を言っているか信じられない様子だ。
間抜けにもカツラがずるりと落下しツルッパゲを晒しながらも、今はそれにすら構っていられないらしい。
完全に狼狽した表情で、縋るようにシャイニング・ウィザードの足元に擦り寄る。
「いっ、言っていることが分かりませんぞ、シャイニング・ウィザード殿……。私は決して悪者などでは────」
ハグトーレはそこで、思わず口を噤んだ。
口先だけは一丁前な彼のことだ。
決して言い訳が思い付かなかった訳ではあるまい。
ハグトーレが押し黙ってしまった理由は単純明快、ただ一つ。
目の前に相対したシャイニング・ウィザードから放たれる圧に、萎縮してしまっただけである。
「私達が気付いてないとでも思ってるのかしらぁ〜?……あなたの悪事も、今回の黒幕も、全部お見通しよぉ〜」
「なっ、何を………」
言葉を遮って、シャイニング・ウィザードは分厚い紙の束をハグトーレに向けて投げ捨てた。
舞い散るその一枚一枚に、ハグトーレが今まで行ってきた悪行の数々が証拠と共に記載されていた。
賄賂、忖度、スポンサーとの癒着、特定のヒーローへの違法融資など。
数えればキリがない。
全てヒーロー協会役員としての立場を利用し、さらなる権力の集中を図った彼の野心が成した行為。
そしてシャイニング・ウィザードは、そんな彼が目指した"さらなる地位"に関する情報もしっかりと手に入れていた。
「もうお分かり〜?今回の一件は、あなたが秘密裏に取り引きしていた例の組織を炙り出すための陽動に過ぎなかったの〜」
ここまで来ると、ハグトーレの顔色はもはや病人かと見間違うレベルで蒼白になっていた。
全てが明るみに出たのだ。
それを理解して、今後の自分の処遇がどれだけ重くなるか察したのだろう。
表情は絶望一色である。
「残念ながら、連中にはトカゲの尻尾切りで逃げられてしまったけれど……どの道、あなたはもうおしまいよぉ〜。大人しくお縄につきなさぁ〜い?」
光の縄で縛られたハグトーレは、そのまま項垂れて動かなくなってしまった。
どうやらさすがに観念したらしい。
という事で、これにて一件落着。
事件は無事解決………とは残念ながらならないのが、世の常というもの。
何せこの場に残っているのはヒーローとヴィラン諸君。
当然、みすみす見逃してくれるなんて、都合の良い展開には────。
「……うふふ。ちょうど良かったから利用しちゃったけれど………怒らないでね〜?」
「怒りませんて……」
ハグトーレに向けた容赦のない笑みとは違い、ほんわかふんわりとした優しい笑顔を浮かべたシャイニング・ウィザード。
先程までのカリスマはすっかり影を潜め、今こうして見えるのは、あらあらうふふ系ほんわかお姉さんの一面だけだった。
ボスは目を逸らしつつ引き笑いで答える。
……決して恥ずかしがってるとか、そんな可愛らしい理由じゃない。
純粋に至ってシンプルに、苦手なのだ。
ボスは、この女性が。
「なんか知らんけど、無事解決ってことで僕たち帰りますね。お疲れっした〜」
「そう急がずに、ちょっとお話ししましょ〜?せっかく久しぶりに会えたんですものぉ〜」
「いやマジで結構です。遠慮しときます」
ボス、割とガチめの拒絶を見せる。
これでも自称紳士なボスさん、女性に対してはそれなりの態度で接することを心掛けており、頼み事なんかも大抵の場合は引き受ける。
特にお茶やお話しのお誘いなんか、むしろ歓喜して飛び込むくらいの精神だ。
そんなボスにしてはかなり珍しい対応である。
「あらあら……露骨に距離を取られると悲しいわねぇ〜。こっちに来てくれたら、精一杯抱き締めてあげるのに〜……」
「ぜひともよろしくお願いしますっ!」
苦手意識<欲望だった。
実に単純明快な理由で、心持ちも体の向きも180度回転させたボスが、一目散にシャイニング・ウィザードの豊満な胸に飛び込む。
彼女はきちんと発言通りボスを受け止め、抱き締めてくれた。
その顔には欠片の嫌悪感も見られない。
むしろ母親が子に向けるような慈愛に満ちていた。
「うふふ。可愛い子ねぇ〜♡」
ボスは思わず「ママァ!!」と叫びそうになった。
それくらいシャイニング・ウィザードのママみとかバブみが凄かった。
だから彼女の温もりを感じるのに必死で、ボスは微塵も気が付いていなかった。
背中に突き刺さる、100%嫉妬が凝縮された絶対零度の視線。
一瞬だけ視界の端で光った謎のフラッシュ。
全ては、ボスの際限の無い欲望が原因である。
ついに一件落着ですね……。それはそれとして、ボスはそこ代われ!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
誤字脱字報告、感想等やブクマ、評価など、ぜひともよろしくお願いします!!(*^^*)




