逆転の兆し
巨大化した液体少女が無造作に腕を上げ、固まって浮かぶボス達に向けて振り下ろす。
「どわあああっ!?」
たったそれだけで大惨事だ。
凄まじい質量が真上からのしかかり、水面は大きく弛み嵐の時の海のように荒れ狂う。
水中に押し込まれたボス達はめちゃくちゃに揉まれ、上下左右すら分からない状況でゴバッ……!と肺の空気を吐き出した。
気泡にまみれながらも、何とか復帰したボスと八咫烏ちゃんがエックス戦闘員を拾い上げて水面に上がる。
「───ぷはっ!」
「───けほっ……もしも〜し、無事かいな」
「ギリ無事です……」
背中を叩かれた一号君がかろうじてそう答えた。
しかし表情はぐったりしており、先程の攻撃の理不尽さを良く物語っていた。
「あっ、ボス───」
何かに気付いた二号君が慌てる様子を見せる。
その視線はどうもボスの背後に向いているようで、一号君とボスが同時にそちらを向いた。
見つけたのは、水面から生えた捻れた渦。
竜巻のように渦を巻きつつその首をもたげている。
合計で五つ。
「んなっ────どおおおおおっ!?」
逃げようとしたボスの左足に何かが絡み付いた。
振り払う間もなく、力強く持ち上げられたボスは水を滴らせながら思いっきし投げ飛ばされた。
さながら人間水切りである。
数回水面をバウンドしたボスと一号君は捻れ渦の群れのど真ん中に放り出され、そのままタコ殴りに。
あまりに容赦の無い光景にドン引きする八咫烏ちゃん達の元にも、蛇を彷彿とさせる滑るような動きで三つの渦が迫る。
「っ、舐めんなっす!」
さすが八咫烏ちゃん。
咄嗟に放った竜巻が渦を二つも相殺し、激しい雨に変化させた。
しかし残り一つの渦がその雨ごと二号君と三号君を薙ぎ払う。
「二号さんっ、三号さんっ!」
思わず気を取られてしまった八咫烏ちゃんだが、まずは自分の心配をするべきだった。
ボスと同じように何かが足に巻き付き、そのまま水中に引きずり込まれた。
(………っ!!)
ゴプッ……!と僅かに空気を吐き出しつつ、八咫烏ちゃんが目撃したのは水で構築された触手のようなものだった。
当然、水なので透明感があり完全に大量の水と一体化しているのだが、目を凝らすとぼんやりとその輪郭だけは何とか視認出来た。
それでもしっかりと注視していなければ気付けないレベルだ。
かなり深くまで引きずり込まれ、さすがに酸素が足りなくなってきた。
風を放とうにも酸素不足と焦りで上手く発動せず、ますます窮地に追い込まれていく。
(………っ!)
しかし、そこはさすが我らがボス。
部下のピンチに颯爽と駆けつけ、触手を切り落として即行で水面に逃げていく。
成人男性、本気のバタ足だ。
死に物狂いで足をバタバタさせた甲斐もあり、一人女の子を担いだ状態でも難なく水面に復帰することが出来た。
「───ぷはっ!……はっ………はっ………あ、危なかったっす……」
「いやほんと、マジでやばいなコイツ……」
息を整えてから、八咫烏ちゃんはボスに感謝を述べる。
液体少女の強さは想像を超えていた。
この水中フィールドがもたらす彼女への恩恵も凄まじい。
言うなれば、まさに敵の手のひらの上での戦いなのだ。
やりづらいことこの上ない。
「反撃しようにも、デカすぎてダメージ入ってんのかすら分かんないし……てか本体どこよ。まさかこの液体全部?」
「くそっ、完全無欠すぎんだろ……!」
「弱点が分かればいいんっすけどねぇ〜」
「弱点という弱点あるんですかね……」
一号君と二号君が悔しそうに歯ぎしりし、半分諦めの含まれた達観した声色で三号君と八咫烏ちゃんが遠い目をする。
直後、ボスも含めて全員仲良くぶっ飛ばされた。
ギャグ漫画みたいな絵面で吹き飛んだ一同が、これまたギャグみたいにドボンッ!と入水。
普通に死ねる。
この作品の世界線にギャグ風味が含まれていなかったら、間違いなく一人くらいは既に欠けていたことだろう。
「二号ーーっ!」
「逆にそれどうなってんだよ!」
唯一、着水に失敗したらしい二号君が壁にぶっ刺さっていた。
慌てた一号と三号によって即座に救出。
直後に津波が彼らを襲い、再び揉みくちゃにされて激しく打ち上げられる。
『ははは!手も足も出まい!』
わざわざスピーカー越しに煽ってくるハグトーレに、エックス戦闘員の額にビキッと青筋が浮かんだ。
「てめェ出てこいやゴラァ!」やら「一人だけ安地に籠りやがって!このチキンが!」とか散々な言われようだが、水に沈んだシェルターの中の張本人はどこ吹く風。
むしろ小馬鹿にしたような笑みを浮かべているくらいだ。
エックス戦闘員達は「ムキーッ!」と言語化出来ない怒りに悶えている。
「───はーーっはっはっはっ!!」
しかし、そんな彼らの怒りに満ちた罵詈雑言を遮るようにして、たっぷりとノリにノッた悪役らしい笑い声が響き渡る。
他の誰でもない、我らがボスが発した笑い声だ。
この場の全員の注目が集まる中、ボスは不敵に微笑み、仮面の奥でその深紅の瞳を爛々と輝かせた。
「手も足も出ない?───それはどうかな!?」
ボスはロングコートの内ポケットに素早く手を突っ込み、取り出した何かを投擲。
放り投げられたそれは、見事なコントロールで一号君の目元にすっぽり収まった。
「これは……!」
目を瞬かせる一号君。
装着したそのアイテムには見覚えがあった。
「ソアレ開発・"全て見抜くぜサングラス"!任せたぞ一号君!」
「ラジャー!」
ピシッと敬礼で答える一号君。
彼の視界には今、三つの薄緑のウィンドウと解析した情報が細かな文字でひたすらに羅列していた。
無駄な情報はすぐさま圧縮されて一つのウィンドウに放り込まれ、抽出した重要な物だけが別のウィンドウに表示されていく。
一号君は素早くあらゆる場所に視線を巡らせた。
見ないことには、サングラスの能力が全くもって発揮されないからだ。
そして。
「───っ!ボス、"核"です!こいつ、核を媒介に液体を操ってるみたいですよ!それを攻撃すれば、一時的に能力が使えなくなるみたいです!」
「んナイスッ!それさえ分かれば───」
何度目かも分からない液体少女の薙ぎ払いによって、全員漏れなく水中を激しく彷徨う。
必死にもがいて何とか水面に戻り、改めて集まったのを確認してから、ボスはもう一度ニヤリと笑みを浮かべ宣言する。
「そんじゃ、反撃と行きましょうか!!」
ハグトーレが痛い目見るのを願って、また次回会いましょう。
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