ヒーロー会議
───ヒーロー協会本部。
日々、市民の日常と町の平和を守るために奔走する、正義の味方の総本山。
楕円形のドーム状の建物を中心にいくつもの高低差があるビルが集まっており、相当の金がかけられていることは外見からも想像にかたくない。
本日、そのヒーロー協会本部の一角にて、緊急で会議が開かれていた。
主催者は上層役員の一人、ハグトーレ。
ワイロ疑惑など様々な黒い噂が絶えないものの、確固たる証拠が無いために、未だに役員の席に居座っているヒーロー協会の嫌われ者だ。
他の役員からだけでなくヒーローからの信頼も薄い。
しかし、それでもきちんと一定の成果だけは上げ、ヒーロー協会に貢献している………というのがこのハグトーレの厄介なところだ。
彼が私的に雇いヒーローとなった者達の活躍は目を見張るものがある。
それだけに、悪事の疑惑だけで追放とは、中々難しいというのが現実だった。
……さて、そんなハグトーレの求めで行われたこの緊急会議。
議題は、参加者のほとんどが驚愕せざるを得ないものだった。
「……今、なんと?」
横長の机に座った役員の一人が、眉間に皺を寄せながら再度問う。
それに対して、スクリーンの前に立ったハグトーレからの返答は至ってシンプル。
「秘密結社Xに対し、宣戦布告を行う………その許可をいただきたい」
「何を馬鹿なことを……!」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
他の役員たちもザワザワと小声で話し合っているが、概ね懐疑的で賛成派は見当たらない。
その現実に、ハグトーレは心底残念そうな様子であからさまなため息をついた。
会議室の空気がピリッと張り詰める。
「我々は市民を守れていると、本当にそう思っているのですか?」
「なに?」
「確かにヒーロー協会があることで、多くの市民は安堵を得ているでしょう。その存在自体がヴィランへの抑止力になる。……しかし、反対もしかりなのです」
ハグトーレが合図をすると、スクリーンに映像が投影された。
何かの組織図のようだった。
上部に書かれているのは………『ヴィラン連合』の文字。
「ヴィラン連合の存在は、市民にえも言えぬ恐怖を常に与え続けている。しかし我々は、その邪悪を諦観するだけで、打倒しようなど考えてもいない」
「……当然だ。奴らと本格的にことを構えてみろ、戦争なんて甘っちょろい言葉では済まないぞ」
「そうだ。それに、相手はヴィラン連合だけではないのだ。奴らにかかりっきりになれば、野良ヴィランへの対処が遅れてしまう」
確かに、それらも正論だ。
だがハグトーレは断じる。
「それは現実逃避に過ぎない。怯えている市民から目を背け、現在の均衡に甘んじている人間の戯言だ」
数人の役員とヒーローからバッシングされるが、ハグトーレは意にも返さない。
そこに、上層役員の一人が静かに挙手して発言する。
「君の言いたいことは分かった。しかし、勝機はあるのかね?仮にヴィラン連合と本格的に衝突が起これば、君の言う"怯えた市民達"もまた巻き添えになるだろう………彼らの安全はどう保証するのだ?」
「心配には及ばない。……まず、"ヴィラン連合との衝突"というのが間違いだ」
「と言うと?」
「奴らは徒党を組んでいるが、所詮は我々の真似事に過ぎない。組織同士の仲は良いとは言えず、仮に秘密結社Xが我々と全面戦争したとしても、介入してくる可能性は低いだろう」
「ふむ……」
一理あるのは確かだ。
実際、魔王軍と互助会の仲は良くないと聞く。
百鬼夜行は良くも悪くも九尾のワンマンで他組織との繋がりが希薄、ラプラスの家は理由は不明だが基本的に不介入だ。
もちろんヒーロー側の情報だけで断定するのは危ないが、お世辞にも互いに助け合うような連合だとは思えない。
「そして市民の安全だが……私に秘策がある。少なくとも最優先事項として、念頭に置いてあることだけは断言しよう」
スクリーンの映像が切り替わり、秘密結社Xについての情報が映し出された。
「ユウキ君。君は秘密結社Xのボス……ファントムと何度も戦っていると聞くが、彼は手強かったかな?」
「えっと……はい」
ハグトーレの対角に当たる席で勇者ヒーロー・ユウキがこくりと頷く。
「彼の能力は未だに謎が多いが………私はその実態を掴むことに成功した」
「なんだと……!?」
会議室がざわめきで満たされる。
彗星のように突如として現れ、ぐんぐんと名を上げた秘密結社Xのボス。
彼の力は長らく不明とされてきた。
竜巻を発生させただとか、とんでもない怪力を持つとか、噂は絶えなかった。
人によって相対した際の印象、使った能力の違いなどヒーロー側が取得する情報は錯綜していた。
それ故に付いたヴィランネームが、"ファントム"。
「奴の能力は〈コピー〉。あらゆる能力を模倣する力だ」
騒然とした雰囲気が会議室を満たす。
あらゆる能力の模倣……なんて反則級な力なのだろう。
秘密結社Xへの宣戦布告を少しは前向きに検討していた役員でさえ、無謀ではと思い始める始末。
小声での会話が少し騒がしいくらいに変化する中、腕を組み、ずっと憮然とした表情でハグトーレを睨んでいた女性───イナズマは、とある違和感を覚えていた。
(〈コピー〉だと……?)
原因はこの前起こった、アイドルグループ"デモンソウルズ"を人質にしたスタジアムでの立てこもり事件だ。
事情聴取で得た情報からも、"あらゆる能力を模倣する力"という話には納得出来る点が多い。
……しかし、果たして本当にそれだけなのだろうか。
目撃者によれば、ファントムは何も無かったはずの場所に小麦粉を出現させたりと、コピーだけでは説明の出来ない現象を引き起こしていた。
あれもコピーした〈小麦粉を出す能力〉だったのだろうか?
もしくはたまたま懐に小麦粉を忍ばせていた?
……いや、そんな馬鹿な話はあるまい。
イナズマはチラリと視線を転じた。
一番奥の窓際の席に座るのは、がっしりとした体つきの壮年の男性だ。
白髪混じりの短髪はしっかりとセットされ、穏やかな表情を浮かべているものの纏う雰囲気は歴戦の猛者。
強者の余裕というやつだろうか。
一切隙の無い身のこなしは、トップヒーローであるはずのイナズマですら活路が見出だせない程に、洗練されていた。
彼こそ現ヒーロー協会会長、"シュヴォルテ"である。
「……その情報に、確実性はあるのかね?」
シュヴォルテが静かに問う。
それに対して、ハグトーレは自信満々に答えた。
「とある情報筋から仕入れたのですが………まず間違いないでしょう。奴と戦ったことのあるヒーローならば、心当たりがあるはずです」
ハグトーレの視線はイナズマやユウキの方に移った。
ユウキは納得したように頷きキラキラを振り撒いているが、イナズマの表情は無機質なままピクリとも動かない。
「随分と規格外な力だが……それでも勝てると?」
一番重要なのは結局、そこだった。
自分達から宣戦布告しておいて、負けるなど言語道断。
ヒーロー側から仕掛けるのだから尚更だ。
シュヴォルテの問いに、ハグトーレはニヤリと笑みを浮かべる。
「私が個人的に育てていた人材が居りまして……その者の能力は対ファントムにおいて、絶大なる力を発揮致します。まず敗北など有り得ません」
彼の視線につられて皆が会議室の入口近くに目を向けると、そこには小柄な少女がじっと佇んでいた。
ハグトーレが入室した際に同行しており、それからずっとピクリとも動いていなかった。
彼女の濁った瞳に、イナズマは嫌な気配を感じていた。
ハグトーレを信用出来ない理由の一つがアレだった。
あまりにも得体がしれない。
役員の面々は、そもそも彼女の違和感に気付いていないようだが……。
「ふぅむ……」
場を満たすのは重々しい沈黙だ。
ハグトーレの言うことには一理あり、そして勝つための準備もしてきたであろう事は、今までの会話から容易に想像される。
が、そうは言ってもやはりヴィラン組織の中でも特に未知数な秘密結社Xとことを構えるという話に対して、中々前向きになれないのは当然だった。
ヴィラン連合への懸念も、やはり現段階で断定するのは厳しいだろう。
仮に寄せ集めだとしても連合は連合だ。
統率が取られていない、という話には理解出来る根拠があるが、それでも協力して戦う可能性が無いとは言いきれない。
彼らへの疑念が晴れない限り全力で支持する者は現れないだろう。
……そう思われた矢先。
「む?」
シュヴォルテが片眉を上げた。
誰もその意図が分からなかったが、僅かに遅れてイナズマと招集されたヒーローの一人も、何かを察知してピクリとそれぞれの反応を示した。
円卓の上空に淡い光が集まる。
照明でも太陽光でもない。
「───うふふ、良いじゃない〜。今回の宣戦布告、私が許可するわぁ〜」
光の塊はやがて人の形を成した。
現れたのは、漆黒と純白で彩られた魔女服の女性。
浮かんだホウキの上に足を組んで腰掛けており、色気満載の美しい黄金の瞳はハグトーレ………否、スクリーンに映るファントムに向けられている。
ヒーロー協会所属ヒーロー第2位、シャイニング・ウィザード。
彼女の登場に、騒がしかった役員達が一斉に姿勢を正し押し黙る。
ハグトーレでさえ、予想外の展開に思わず息を呑んだくらいだ。
「よ、よろしいのですか……?」
ヒーローの一人が問うた。
確かにNo.2ヒーローたる彼女が参戦するのならば、勝機はかなりのものと言えよう。
しかし質問をしたヒーローもまた、ハグトーレに対して懐疑的な者の一人。
未だ気持ちは進まぬ様子だ。
「ええ〜。なんだか面白そうだし〜……失敗なんてしないわよね?ハグトーレ」
「は、はい。もちろんですとも」
シャイニング・ウィザードのニコニコした明るい笑みに比べて、ハグトーレの笑顔はどこかぎこちなく引き攣っている。
それでも自分の作戦には絶対の自信があるようで、一歩も引かず成功を誓った。
「……それなら、任せたわ〜♡」
まさに鶴の一声。
シャイニング・ウィザードの決定によって、それぞれの考えはあれどハグトーレの要請は受け入れられることとなった。
「……」
この時、シャイニング・ウィザードとシュヴォルテの間で交わされた意味深な視線に気付いた者は、誰一人として居なかった。
……終始難しい表情を浮かべていた、イナズマただ一人を除いて。
補足:ヴィラン連合は別に、公然と「私たちヒーロー協会に対抗するために集まりました!」と宣言した訳では無いので、協会としてもその実状を測りかねています。あくまで名高いヴィラン組織がヒーロー協会と対立するようにして連合を作ったため、現在広く分布する世間的な対立構図が出来上がりました。そのため、一部を除きヴィラン連合がただの仲良し集団だと知る者はほとんど居ません。
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