ボスの反撃
ルーシィが返り討ちに遭い、制圧に動いていた他のメンバー達も、全員が観客に紛れていた奴らの仲間に捕まってしまった。
流れる雰囲気は悲愴で、リーダーの男の発言によって疑心暗鬼が満ちている最悪な状況だ。
まさにルーシィがトドメを刺されそうになった瞬間、不意にボスの影がゆらりと僅かに揺らいだ。
ステージ上に視線が集中していて、ボス以外の誰も気付かない。
それは、ボスが待ち望んでいた起死回生の合図だった。
コツコツ……とつま先で影を叩いて指示を飛ばし、ボスは深く息を吐き出した。
───直後、重々しい銃声が静寂を切り裂く。
しかしその時には既に、ボスは青い稲妻を迸らせて動き始めていた。
「お前、ナニモンだ?」
ルーシィをお姫様抱っこで救い出したボスの背中に、武装集団のリーダーが楽しそうに問いかける。
ボスのただならぬ雰囲気から強者であることを一瞬で見抜いたのだろう。
ショットガンを肩に担いだ男の口角は上がりっぱなしである。
「……秘密結社Xのボス、ファントムさ」
「ファントム……?ファントムってぇと………ははっ!こりゃあとんだ大物が釣れたなぁ!」
ショットガンを投げ捨て、男は腰のホルダーからダガーを抜き出し二刀流スタイルで構える。
一応これでも、ヴィラン社会でそれなりに名の知れた組織のボスなのだ。
正体を知った男はボスに並々ならぬ殺意をぶつける。
それは先程までの戦いがいかにお遊びであったかを少女達に思い知らせ、心の底から震え上がらせた。
「……二号君、この子の応急処置は任せるよ」
「あ、はい!」
頑張ってステージによじ登ってきた二号君にルーシィを預け、壁際まで避難させる。
どうやって拘束から抜けたのか?
そんな野暮なことはどうでも良いと言わんばかりに、男はボスから視線を外さない。
「思う存分楽しもうぜぇ、ファントムさんよォ!!」
吠えた男が、ステージの床が凹むほどの踏み込みで瞬時にボスの懐に入り込む。
逆手に持ったダガーが舐めるようにして、ボスの首と脇腹を狙うが……。
「───ッ、ぐああっ!?」
バヂィッ!!と猛烈なスパークが生じ、寸前のところで男は激しく弾き飛ばされた。
青い稲光が、半径三メートル程の範囲で空間に複雑な亀裂を発生させ───。
男がそれを認識した瞬間、反転した視界が勢いよく引き伸ばされる。
腹部と背部の衝撃はほぼ同時だった。
床がバキバキと陥没するほどに叩き付けられ、バウンドした男は内臓の痛みを感じると共に吐血した。
カポエラを彷彿とさせる動きで何とかボスを寄せ付けず、バックステップで距離を取ろうとする。
しかし。
「うおっ……!?」
体が………正確に言うと胴体が思いっきり引っ張られているような感覚に陥った。
凄まじい力だ。
まるで敵わない。
ところが男は見事な観察眼で、自分ではなくベストが引っ張られていることを発見。
すぐさま脱ぎ捨て小型ナイフと共に、真上に手をかざしたボスに投擲した。
自分のイメージよりも遥かに速くボスの元にたどり着いたナイフを見て、男は確信した。
「───磁力か!」
もちろんナイフがボスに刺さることはなく、直前で不自然なまでに失速。
体から数cm離れた場所で完全に停止し、向きを変え上空の塊に吸い込まれてしまった。
ボスが掲げた手のひらの上でメキメキと音を立てて肥大化していくその塊は、よく見ると銃やナイフ………中には観客席に散乱していたペンライトなども含まれていた。
ボスが軽く指を曲げると、それに従って巨大な鉄の塊が男に向けて落下する。
「うおおおおっ!?」
ドゴォンッ!!と地を揺るがす振動と共に飛び散った残骸が宙を舞う。
誰もが息を呑んだ。
普通、こんなものに潰されればひとたまりもない。
だがボスの仮面の下には余裕がまだ無かった。
粉塵に混じって舞い上がった黒い霧のようなもの………それがボスの背後で急速に凝結し、目を爛々と光らせた男の姿を形取る。
「そう来なくっちゃなぁ!!」
逆手ダガーの一振りが、身を躱したボスの前髪をほんの少しだけ切り落とす。
ボスが繰り出した上段蹴りをするりと受け流し、グンと近くなった距離で、男は仮面の奥で細められたボスの瞳と視線を交差させる。
「シャアッ!」
クロスした斬撃がボスのワイシャツを切り裂き、その下の肌に薄皮一枚程度ではあるが傷を付けた。
しかしそれもつかの間、ボスが放った竜巻が男を呑み込んだ。
四肢が千切れんばかりの凄まじい風に、男は腕力と踏ん張りの力のみで対抗しようとする。
だが相殺までは出来なかったようで、隙を見つけて脱出すると共に、受け身を取りながら傍らのガトリングを回収。
ドルルルルッ!!と殺意の嵐が咆哮する。
「……」
それすら、ボスが無言で正面に手のひらを差し出すと、その直前で強制的に動きを止められる。
ボスが手を返しつつ上に向けて指を振るえば、まるで指揮に忠実に従うかのようにして滑らかに向きを逸らし、スタジアムの天井に細かな風穴を空けた。
間髪入れず、砂鉄の刀を作り出したボスは刀身に光を纏わせて振り下ろす。
「うっそだろ……!?」
刀身をなぞるようにして極光が解き放たれ、凄まじい規模の光を帯びた斬撃がステージを両断した。
ステージ全体を覆い隠す程の粉塵に紛れて、滑らかに忍び寄った男が音も立てずにダガーを閃かせる。
だが、ボスには丸分かりだ。
視線だけ向けて、とある物体をダガーが通るであろう道筋に置いた。
異変には気が付いたが、もはや男が腕を止めるには遅すぎた。
ダガーはボスの首ではなく何かの袋を易々と切り裂く。
「ああ!?小麦粉だァ!?」
片目だけはかろうじて死守した男だが、目の前をヒラヒラと落ちていった袋の残骸に印刷されていた文字を見て、思わず素っ頓狂な声で反応してしまった。
その隙に間合いに踏み込んだボスの軸足から、不可解な半透明のブロックが出現しボスと男のみを取り込んで、直径五メートル程にまで膨れ上がる。
「────おいおい待て待て待て……!!」
男の表情が初めて引き攣った。
小麦粉が充満した密閉空間にも関わらず、構えたボスの拳には、激しく燃え上がる紫の焔が揺らめいていたからだ。
「"震天"ッ!!」
男の腹にぶち込まれた拳が、空間を砕いた。
ビキビキッ……!と四方八方に細かな亀裂が広がり、それを修復しようとする強制力と合わさって凄まじい衝撃が男の腹を貫く。
同時に巻き起こるのは、紫の焔が小麦粉に引火することで生じた粉塵爆発。
それは筆舌に尽くし難い光景だった。
凄まじい爆炎が紫のブロックの中でのみ荒れ狂い、どこまでも広がろうと空間を軋ませる。
あまりの衝撃に、この世のどんな物質よりも頑丈なはずのブロックに亀裂が生じた。
原理は分からないが、とにかくあのブロックが壊れれば自分達の命も危ない。
この場に居た全員がそれを感じ取っただろう。
しかし彼らの想像に反して、紫のブロックは完全に崩壊する前にボスの指示で自壊。
解き放たれた爆炎は一瞬だけ僅かな膨張を見せたかと思えば、急速に渦を巻いて中心部に吸引されていく。極小の竜巻がブラックホールのように吸い込んでいるのだ。
露になったボスの姿は粉塵爆発の影響でかなりボロボロではあるものの、それはロングコートなど衣類だけのようで、本体へのダメージはほとんど無いように思われる。
少なくとも見た目はそうだ。
「……よし、これでOKっ」
完全に爆炎を竜巻に収めると、ボスは何を思ったのかそれを野球ボールのように掴んで天井向けて放り投げた。
ナイスコントロール。
天井に少し届かない高さで失速したのを確認すると、ボスはトリガーを引いた。
途端に竜巻の威力に上乗せされて解き放たれた爆炎。
いとも簡単にスタジアムの天井は、土手っ腹に巨大な風穴を空けられてしまった。
「きたねぇ花火だ……」
ボス、渾身のキメ顔でそう言い放った。
何故か仮面の上からでも分かるほどのドヤ顔である。
観客席は突然の破壊行為に漏れなく騒然としていたが。
「………いや〜。さすがの強さやなぁ、ファントムはん」
「どうもどうも。……そっちも終わったみたいだね」
誰も動けずに居た中、通信機器をどっさりと担いだテンパライがステージの上にやって来た。
彼はボスが戦闘中、観客に紛れていた武装集団の仲間達の制圧に当たっていたのだ。
通信機器は全て制圧した奴らから回収した物である。
「ボス、リーダーの男は逃げちゃったんですか?」
「ああ。とんでもなく逃げ足の早い奴だった」
まさかあのブロックからも逃げられるとは……かなり厄介な相手だ。
しかもあの技と粉塵爆発に巻き込まれて、まだ生きているとは。
瀕死とは言わずとも、それなりのダメージは与えただろうが……。
「おんどりゃあ………ルーシィたんをあんだけ嬲っておいて逃げるとは!いい度胸してますなぁ……!!」
「ホントやねぇ。今度会うたら、玉潰すだけじゃ許しまへんで」
「おぉう……」
推しグループが酷い目に合わされた事でブチ切れたファンがここに二名。
二号君は般若の形相で覆面を歪ませ、テンパライはポーカーフェイスなものの、内心では恐ろしい蛇がとぐろを巻いている。
ブチ切れたドルオタ、こわぁ……。
ボスは内心で震え上がった。
我らがボスもちゃんとしてれば強いんですよ……。さすボス。
・「きたねぇ花火だ」………『ドラゴンボール』より、ベジータのセリフ
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