アイドル達の反撃
───さて、場所をスタジアム内に戻そう。
リーダーからの指示で、巡回をしていた武装集団の者たちが各々数人ずつ選んだ人質が、引っ張られるようにしてステージ上に連れてこられた。
もしもの時のため、すぐ手の届く場所に置いておきたい……ということだろうか。
「なして……」
偶然、ボスもそこに選ばれてしまった。
悪の秘密結社のボスとは思えない醜態でとぼとぼ歩く姿は、実に悲壮感を感じさせる。
集められた人質代表は計十人。
アイドルとは距離を取らせた上でまとめて座らされた。
「………」
近くに寄って初めて分かったが、このリーダーの男……確実に鍛え抜かれた歴戦の猛者だ。
立ち振る舞いが場馴れしすぎている。
手に持つ銃火器の扱いも、節々からまるで軍隊のような洗練された動作を感じる。
(う〜ん……もしかして同業さんか?)
それも結構ガチで過激なタイプの。
しかしそれにしては、リーダー以外のメンツがパッとしない。
中には動きからして素人に毛が生えた程度な奴も紛れ込んでいるくらいだ。
寄せ集めと言われても驚かない。
(……ま、ステージに連れてこられたのは、ある意味で良かったかもな)
ここならば容易に全体を見渡せる。
あとは準備が整うのを待ち、行動を起こすのみ………とは言え。
なんか格好付かないなぁ……と、自分の状態を俯瞰して内心咽び泣くボスであった。
「……ん?」
しくしくと哀愁漂う猫背に左右の人質さんから視線が集まる中、ボスは違和感を感じてふとアイドル達に目を向けた。
先程からずっと黙り続けていた七人だが、今しがた、どこかピリッとした雰囲気を纏い始めたのをボスは見逃さなかった。
喋ってはいないが、密かに視線を合わせて頷き合っている。
………行動を起こすつもりか。
ボスが目を細めながらそう判断した瞬間。
「……あん?何してんだ、大人しく座ってろって言っただろうが」
静かに青髪ショートの女の子が立ち上がった。
確か"嫉妬"担当のミルちゃんだったか……。
唇が引き結び、視線は恐怖で僅かに揺れている。
しかしマイクを持った瞬間に、それらの感情はグッと押し込まれた。
「〜〜♪」
ゆっくりと、悲しげなメロディが彼女から紡がれた。
最初はアカペラだったはずが、いつからかどこからともなくBGMが聞こえてきた。
音響担当も拘束されているため、音楽など流せるはずもない。
「お、こりゃあ……」
リーダーの男がニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
待ってましたと言わんばかりの喜びようだ。
もちろん武装集団が歌を止めさせようと銃を構えるが、引き金を引く直前に驚愕して自分の腕を見下ろした。
なんと全くもって動かなくなってしまったのだ。
痙攣するだけで、ちっとも思い通りに動かない。
挙句の果てには膝をつき、苦しそうに銃を落とした。
「なるほどねぇ……おっと!」
顎に手を当てて頷いていたリーダーの男が、軽い調子でひょいっと身を躱す。
ハイキックを空ぶったルーシィの口から舌打ちが漏れた。
バックステップで距離を取る最中、リーダーの男は素早く視線を巡らせて、他のアイドル達も制圧に動いていることを確認した。
素早く、そして的確な動きに思わず「ヒュ〜!」と口笛で賞賛を送る。
「やるじゃねぇか」
ルーシィの指パッチンで、突如としてリーダーの男が持ったマシンガンが燃え上がった。
凄まじい反射神経でそれを投げ捨てると、ステージ上空で猛烈な爆発が巻き起こった。
火花が降り注ぐ中、さらに一歩踏み込んだルーシィが格闘戦を仕掛ける。
「イカすねぇ〜!」
ボボッ!と激しく燃え上がる炎を纏った蹴りが連続で繰り出され、リーダーの男をステージ端へと強制的に追いやる。
しかし男は余裕そうに素早いバックステップで間合いを空けると、懐から取り出したダガーを投擲。
的確にルーシィの急所を狙い撃つ………が。
「マジかっ!」
スケート選手?
バレリーナ?
そこら辺を彷彿とさせる柔軟な動きでしなるように回避し、ルーシィは渾身のかかと蹴りを振り下ろした。
クロスでガードした男の腕がギシッ……!と悲鳴を上げる。
「アイドルだからって舐めてると、痛い目に遭うよ!」
かろうじて受け流されたためステージの床を粉砕しながら、ルーシィはさらに踏み込み、反対の足で男の顎を蹴り上げる。
「ぐっ!?」
思わず男の動きが一瞬だけ硬直。
ルーシィはその隙を逃さなかった。
花のように開いた両手の平を男の腹部に密着させ、最大火力をぶっぱなす。
「ごはァ……!?」
至近距離で灼熱の炎が爆発し、男の肉を一気に焦がす。
衣服など無いも同然だ。
ジジッ……!と腹部に大きな焦げ穴を焼き付けられた男が、激しく後退しつつ頭を仰け反らせて血を吐いた。
観客席から歓声に混じって、「やったか!?」とお決まりのフラグが聞こえてくる。
だいたいこの場合、やれていないのがテンプレなもので……。
ルーシィはスポットライトに照らされた血濡れの口元が、静かに口角を吊り上げるのを目撃した。
三日月のように裂けたその笑みは背筋が震えるほどに冷たく、彼女の本能に警鐘を鳴らせるのには充分だった。
───そして、気付いた時には眼前にダガーが迫っていた。
「ッ!?」
驚くべき投擲速度である。
そもそも投擲の瞬間すら見抜けなかった事に驚愕しつつ、ルーシィはギリギリでダガーを回避。
しかし体勢を崩すのは避けられず、苦い表情で片手を地面についた。
「効いたぜェ〜!……たァだし!」
「うっ!?」
パァンッ!と乾いた破裂音。
焼けるような痛みと乾いた金属音がほぼ同時にルーシィの感覚を刺激し、思考を一瞬だけ染め上げる。
撃たれたのだ。
鮮血がじわじわと破れた真っ白なタイツに侵食する。
「ふっ……。能力頼りはよろしくねぇぜ、お嬢ちゃん」
銃口から立ち上る白煙を吹いて飛ばした男が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて銃をホルダーに戻す。
「お前ら、ヒーローとしても活動してるんだろ?公然の場で自分の手の内を晒してる訳だ。おかげで予測しやすかったぜ〜?」
咄嗟に指先から放たれた炎の弾丸を余裕で避け、助走をつけたサッカーキックで容赦なく女の子の腹を蹴り上げた。
「げうっ!?」
何も守るものの無い鳩尾を思いっきり蹴飛ばされたのだ。
アイドルらしからぬ悲鳴で転がった後、蹲ったまま動くことすら出来ない様子。
「ルーシィ!」
既に制圧を完了させていた金髪の美少女が悲鳴じみた声色で名前を叫ぶ。
他のメンバーも目の色を変えてすぐさま助けに入ろうとするが、漏れなく頭に突きつけられた冷たい金属の感触で反射的に動きを止めた。
ゴリッ……と押し付けられたその正体が、銃口であることはたとえ視界に入らずとも簡単に理解出来た。
分からないのは、自分達に銃を向けているのが、先程まで助けるべきと認識していた観客達だということだ。
「あ、あんたら……!」
金髪の美少女───"強欲"担当のシャルルは歯軋りをして睨むが、正面に立つ男の冷酷な瞳に呑まれて言葉を詰まらせた。
まるで何の感情も感じさせない、泥沼のように底の見えない暗い瞳。
感情が無いロボットとは決定的に違う狂気に、本能的に萎縮してしまったのだ。
他のメンバーも残らず同じような感じである。
「げほっ……」
「おいおい、まだやるのかよ。懲りないねぇ」
吐瀉物に顔を顰めたかと思えば、重い足取りで距離を取りつつ炎の弾丸を撃とうとするルーシィ。
しかし、構えた右側の肩にダガーが突き刺さって未然に防がれてしまった。
仰向けに倒れ込んだルーシィが反撃しないよう、男は無事だった左脚をショットガンで撃ち抜いた上で、無造作に広げられていた左腕を踏んで地面に縫い付ける。
それなりの力を込めているらしく、ミシッ……!と骨が軋む音がしてルーシィの表情が苦悶に歪む。
「……よぉ〜し!見てたな、お前らァ!抵抗しようとしても無駄だ、俺達は強い!」
ボロボロのルーシィの頭にショットガンの銃口を突き付け、男は観客達に言い聞かせるように叫んだ。
抵抗は無駄だと。
そして暗に伝えた、そのような素振りを見せればどうなるかと、具体例を添えて。
「良いことを教えてやろう。お前らん中にも、あと十人俺達の仲間が紛れ込んでるぜ……もしかしたら、隣のやつがそうかもなぁ!」
息を呑む気配がした。
猿ぐつわのせいで話すことは出来ないが、間違いなく混乱と疑いが蔓延しているのを男は感じ取り、満足気な笑みを浮かべる。
「……」
「あん?」
「………な、何が……目的、なの……?」
浅い呼吸を繰り返しながらの問いに、男は嘲笑しながら答えた。
「"ショー"って言ったろ?これは俺達にとって遊びなのさ。楽しむ以外の目的があってどうするよ」
男の指がショットガンの引き金にかかる。
「……正直な話、俺達にとって人質に人質の価値はねぇんだ。一人くらい見せしめに殺したところで、一切合切何も困らねぇ」
彼の言うことが本心であるというのは、その瞳を見ればよく分かった。
そして、この男は人を殺すことに対して何も思っていない。
絶望的なまでに躊躇いがない。
まるで足元のアリを、知らず知らずのうちに潰してしまうかのように。
「外のヒーロー共が、もう少し強硬手段に出ると思ってたんだがなぁ………世間体、ってやつか?まぁ何にせよ、良い暇潰しにはなったぜ」
あまりに自然に、あまりに躊躇いなく。
さながら世間話の最中に差し込まれた一動作かのように、ショットガンの引き金が引かれた。
ズドォンッ!!と特有の重々しい発砲音が静寂を貫き、皆がうら若き少女の頭蓋がぶちまけられる、凄惨な描写を想像した。
───しかし、現実にそれが起こることは無かった。
「………ほ〜う?」
何が起きたか分かるはずもない観客達を置き去りにして、粗く削れたステージの穴を凝視していた男が再び凶悪な笑みを浮かべた。
「お前、ナニモンだ?」
ショットガンを担いで男が見つめる先には。
「……さて、反撃の狼煙を上げるとしようか」
パリッ……!と青い稲妻を迸らせ、漆黒のロングコートをたなびかせるボスの姿があった。
彼の腕の中には、お姫様抱っこで助けられたルーシィが、キョトンとした顔で収まっていた。
ついにボスが主人公っぽいことしてくれましたね!次回、ボス頑張ります!
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