互助会からの頼み事②
「何者か知らないけど……お痛が過ぎたね!」
ちょっと香しいポーズで悪者らしくロングコートを翻し、カッコつけたボス。
嬉々として左右対称のポーズをするウルフちゃんと合わせて、とびきりの悪役ムーブをかませて大満足の様子だ。
「うにゃあ〜〜〜っ……!!」
それに対して、猫の怪人は何故か異常なまでの怒りを瞳に滲ませた。
悔しくて悔しくて堪らないといった憤怒の表情で地団駄を踏み、目尻から涙を零しながらウルフちゃんを睨む。
握り締められた拳は、怒りのあまりふるふると震えていた。
「このっ───泥棒猫!絶対許さないにゃあ!!」
怒りと決意が込められた迫真のセリフに、猫の怪人を除く三人の頭上に疑問符が浮かび上がった。
漏れなくピンと来ていない様子に………というか、主にボスの間抜けな表情にショックを受けたらしい猫の怪人。
衝撃のあまり、ガーンッ!と頭上から岩でも落とされたかのようなリアクションだ。
表情がみるみるうちに絶望に染まっていく。
「そ、そんにゃ………あんなに激しく抱きしめて、愛を囁いてくれたのに……あれは嘘だったのにゃ!?」
「えっ!?」
「ちょっと待たれい」
初耳なんですけど!?と勢いよくボスの方を向いたウルフちゃん。
その視線に失望などは無く、純粋な驚き故の反応であることは明白だ。
しかしボスも言いたい、こっちこそ初耳なんですけど!?と。
何度も言っているようにボスは非モテ陰キャ童貞男である。
悲しいことに………非常に悲しいことに、童貞歴=年齢を日々更新し続ける漢の中の漢だ。
考えてみて欲しい。
異性と手を繋ぐだけで緊張してしまうようなチェリーボーイが、あんなにも可愛い猫耳美少女を強く抱擁し、挙句の果てに熱い愛の言葉など囁けるだろうか?
言うまでもない。
答えは十中八九、無理に決まっている。
他の答えが入り込む余地は無い。
「ずっ、ずるいですぅ!ボスさん、私にもお願いします!」
「違う違う、そうじゃない」
興奮で瞳をギラギラさせたウルフちゃんが、胸の前でむんっ、と拳を握りしめボスにおねだりする。
可愛い。
すっごく可愛いが、今はそうじゃないのだ。
新人ちゃんがこちらに向ける視線が死んでいる。
あたかも女の敵とでも言うような、軽薄ですぐに手を出すクズ男に向けるような軽蔑の視線がボスに突き刺さる。
女児からの軽蔑は………なんと言うかその、本当に人間失格なんだなと思えて、とても嫌だ。
……あかん、身に覚えがないのに泣きたくなってきた………とボス。
早急に彼女の誤解を解かなくてはならない。
「え〜っと……すまへん、たぶん人違いだと思うんだ」
「はにゃ……!ひ、酷いにゃ……じゃ、じゃあ、胸やお腹に顔を埋めて最高って言ってたのも………一緒にお風呂に入って洗いっこしたのも………全部忘れちゃったのにゃ!?そんなのあんまりにゃあ!」
「もうやめて!とっくにボスのライフはゼロよ!」
ボスから割と本気の懇願が出た。
新人ちゃんからの視線は無事に氷点下を下回り、対照的にウルフちゃんは自分も自分も、とアピールを怠らない。
一言で言うとカオスな空間だった。
もしこの猫の怪人の目的がボスの評判を落とすことなら、その作戦は大成功だと言えよう。
………しかし、先程からの言動を見るにこの少女が嘘を言っているようには到底思えない。
人違いにしろ何にしろ、彼女が言ったような行動をした張本人が存在するのは間違いないだろう。
ボスは改めて、絶望の縁に立たされショボンとした猫耳少女を観察する。
まだら模様の猫耳と尻尾。
片耳は小さな生物に齧られたかのように欠けていて……ん?
片耳が欠けていて……?
その瞬間、ボスの全身にぶわっと冷や汗が浮かび上がった。
仮面とロングコートでばっちり隠されているため、周囲のメンバーにはバレていないようだが……。
「………こうにゃったら……こうにゃったら、その体に思い出させてやるにゃ!」
「むっ!ボスさん、抱くなら私もお願いしますよ!それもとびっきり熱烈で激しいやつですぅ!」
「却下!」
くわっ!と食い気味に断ったボスの顔面からは凄みを感じた。
絶対に全年齢版で乗り切るという圧倒的決意の凄みだ。
再び凄まじい近接戦闘を繰り広げる二人を視線で追いながら、ボスは目まぐるしい速度で脳をフル回転していた。
果たしてこんな事象は有り得るのだろうか?
前例が無い訳ではない。
強い感情が起因し怪人化、または怪獣化することは珍しくはあるが、この世界では充分に起こりうる事である。
何せビーチで騒ぐリア充に怒りを募らせたボッチが、突如としてリア充撲滅を掲げるサメの怪人に変質するような世界観だ。
ボスは改めて現実に意識を戻し、猫の怪人を頭の上から足の先までしっかりと見定める。
そして尻尾に括り付けられた古びた鈴を見つけ、疑念はついに確信へと変化した。
「……………"ミケ"?」
「───っ!」
激しい近接戦を繰り広げていた猫耳少女がピクリと反応を示した。
その隙をついたウルフちゃんの一撃をギリギリで受け流して、距離を取った猫耳少女は廃材を足場にして新人ちゃんの前に降り立つ。
「ミケ……だよな?」
「………気付くのが遅いにゃ、ご主人様」
ミケと呼ばれた猫耳少女は僅かに嬉しさを滲ませつつ、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
余程忘れられていた事に対してご立腹らしい。
いや、決してボスは忘れていた訳ではないのだ。
むしろ誰だって気付けなくて当然と言うべきか……。
「いやだって……昔は普通の猫だったじゃないか」
「にゃ?でも匂いは同じにゃ」
「いや分かるかぁ!」
ボス、渾身のツッコミである。
あのね、人って君達みたいに嗅覚鋭くないんですよ……と。
これで誤解を証明出来ることが確定したボスは、仮面の奥で安堵のため息をつくが、その一方でミケのことを考えるとどうしても申し訳なくて仕方がない。
ボスは未だにツンツンして寄ろうともしないミケの元に歩み寄り、そっと抱きしめた。
「ごめん。……無事で良かった、帰って来てくれて本当にありがとう」
「…………にゃ〜。しょうがにゃいにゃ〜、ご主人様は」
せめて自分が味わった絶望をお返ししてやろうと、最初は頬を赤らめつつ知らんぷりしていたミケだが、すぐに我慢出来なくなったようでボスの首筋を舐めて、許してやると言外に伝える。
そして、ポンッと煙のエフェクトが起こった。
「にゃ〜。やっぱりこっちの方が落ち着くにゃ〜」
そこに猫耳少女の姿は無く、代わりにボスの懐にすらっとした美しい三毛猫が収まっていた。
これこそまさにボスが気付けなかった最大の要因である。
◇◆◇◆◇◆
五年ほど前。
ウルフちゃんが加入するよりも少し前の秘密結社Xには、皆から愛されるマスコットが居た。
それが三毛猫のミケである。
ボスがたまたま捨てられて衰弱していたミケを拾ったことから始まり、ボスに懐いたミケは元気になってからもアジトに居座るようになった。
「ミケは頭が良くてさ。色んなことを学んで、秘密結社の一員として任務をこなせるにまで成長したんだ」
ボスのお膝がお気に入りな有能マスコットとして、みんなから愛されていた。
しかし事件は起きた。
とある計画の実行中、有能が故に無茶な独断行動を行ってしまい、結果としてミケは行方不明になってしまった。
もちろんボスや団員はあらゆる手を使ってミケの行方を探したが、首輪のGPSは破損。
手がかりはなく捜索は困難を極めた。
ちなみに総力をかけてもミケが見つからなかったのは、互助会が密かに匿っていたためである。
作品の失敗で己の力不足を実感したミケが、ボスに会いたい、ボスみたいになりたいと強く願った結果、ミケは怪人化し人の姿を得た。
しかしこのままでは帰れない。
せめて皆と戦えるくらい強くなって、そしてもう一度秘密結社Xに迎えてもらうのだ。
そうでないと帰る資格なんて自分にはない。
「人になった時、チャンスだと思ったにゃ」
保護してくれた互助会───もといゼロに頼み込み、数年をかけて修行。
〈影猫〉の能力を得て戦闘員として申し分ない強さを得た。
だが、さぁボスに会いに行こう!となったところで、話題の新人ちゃんが一足先にボスに相手してもらう、という話を知ったミケ。
珍しく口をへの字に曲げて嫉妬全開!
ご主人様に相手してもらうのはミケの方にゃんだけど!?と言わんばかりに新人ちゃんを襲撃。
生け捕りにした上で、ボスとの感動の再会を果たそうとしたら………まさかの本人は忘れているときた。
ミケ、それはもう大ショックである。
結果的には勘違いだったとは言え、軽くトラウマになるくらいには精神的ダメージを受けた。
まぁ最初に言わなかったミケが悪いと言えばその通りなのだが。
以上の説明を、ウルフちゃんは和解したボスとミケから聞かされた。
ボスも互助会で修行していたなんて知る由もなかったので、今度報酬を受け取るついでに尋問してやろう……と決意を固めた。
「えへへ。じゃあ同じ獣人仲間で、仲良くしましょうね!」
「……」
さすが秘密結社Xの陽キャ代表。
恋敵と分かってもなお、仲間として……いやなんなら一緒に抱いてもらいます?なんて話しながら握手を交わそうとする。
だがしかし。
ウルフちゃんの手は、無慈悲な猫パンチで叩き落とされてしまった。
ピシッとウルフちゃんが固まる。
「……ふんっ。ご主人様のペットはミケ一人で充分にゃ」
ポンッと人型に戻ったミケは、お膝に収まりながらボスの首に手を回して抱きしめ、見せつけるように頬を何度も舐める。
猫のしっとりとした独占欲が遺憾無く発揮され、あのウルフちゃんの頬を見事に引き攣らせた。
「………良いじゃないですか、皆でまとめて抱いてもらえば!私はミケさんが加わっても大歓迎ですよぅ!」
「ミケは嫌にゃ!ご主人様はミケのものにゃ〜!」
当の本人の意志をガン無視したキャットファイトが始まった。
別に誰を抱くとも言ってないんだけどなぁ……と、悟りを開いたかのような表情で呟くボス。
しかしミケごとボスに抱きつこうとするウルフちゃんと、それを阻止しようと頬をムギュムギュ押し返すミケは一切聞いていない。
ボスの目が死んだ。
先生、ハーレムは男のロマンって言ったじゃないですか……。
「うぅ……ざぁ〜こざぁ〜こ♡私ってば一方的に捕まっちゃって、ほんとざぁこ♡」
「こっちはこっちでどうしたよ……」
三角座りでガチ凹みしながらメスガキムーブをかましているのは、やっとこさ解放されたピンク髪ツインテールの新人ヴィランちゃんである。
メスガキって自分にも向くことあるんだ……とはボスの心の声だ。
ちなみに新人ヴィランちゃんが互助会内で起こした問題行動もこれである。
彼女───チェッキー・チェリーはいわゆる"メスガキ"であった。
もちろんただメスガキなだけで困るほど互助会の心は狭くない。
問題は、メスガキムーブの被害者達の中に、なんかこう……そっち系の扉を開いてしまった者達が少なからず存在したのだ。
………いやどうしようもねぇな、とボス。
「え〜っと……大丈夫?」
「ザコのお兄さん……」
「ちょっと待て誰がザコのお兄さんだ」
誠に遺憾。
決して馬鹿にしている訳ではなく、ナチュラルなトーンで呼ばれたのがより腹立たしい。
「ザコのお兄さん、私決めた!」
「だから呼び方の改善を……いやこの際もう良いや。で、何を決めたって?」
「私、ウルフさんに弟子入りする!」
「はい?」
どうしてそうなる。
ボスの胡乱気な視線が仮面を通してチェリーちゃんに注がれる。
「私、思ったんだ………弱いままじゃダメだって。このままじゃ、皆にざぁこ♡って言えなくなっちゃう」
「いやどんなモチベーションやねん」
ボスが関西弁でツッコむがチェリーちゃんの決意は揺らがない。
「いつかザコのお兄さんにも、ざぁこ♡って言えるくらい強くなるから………だから、私をウルフさんの弟子にしてください!お願いします!」
「それ聞いてOK出せるとでも?」
ここで許可したら、まるで女児から罵倒されたい願望のある、特殊な性癖をお持ちの方になってしまうではないか。
俺まで新たな扉を開いてたまるかと、ボスは断固反対の姿勢を崩さない。
「その意気や良し!分かりました、一緒に頑張りましょうね!」
「やったぁ!」
ボスは四つん這いに崩れ落ちた。
あれ、俺って秘密結社のボスなんだよな……?と自分の立場を見失いつつあるようだ。
本人直々の許可を貰ったチェリーちゃんは、子供らしく身軽に飛び跳ねて全身で喜びを露わにする。
「ふふっ。お兄さんってば………ほんと、ざぁ〜こ♡」
チェリーちゃんはメスガキさを存分に感じさせる得意げな笑みを浮かべ、ボスの耳元でそう囁いた。
果たしてチェリーちゃんは、正面からボスに「ざぁこ♡」出来る日は来るのだろうか……。
絶対に来て欲しくないと強く願うボスであった。
ウルフちゃんは「ボス大好き」を前提として、ボスを大好きな仲間達も大好きです。なので多少の独占欲はありますが、それよりも皆でボスに侍ることの方が幸せだと思っています。本人曰く、「嫁の数は男の甲斐性」とのこと。ちなみにウルフちゃんは相手が男でも女でもイケるタイプです。
・「〇〇のライフはもうゼロよ!」………『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』より
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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