互助会からの頼み事
ゼロからの依頼を受けたボスとウルフちゃんは、メールで送られてきた集合場所に向かっていた。
「──そう。なんか向こうも忙しいらしくてさぁ……せっかくの機会だし、色んな体験をさせてあげたいんだって」
「へぇ〜……」
ぴょんと白線のみを踏むように、軽いステップで横断歩道を渡っていたウルフちゃんは、歩道にたどり着いてから遅れてやって来るボスの方を振り返る。
尻尾をぶんぶんと振ってボスが追いつくのを待ち、道を確認する傍らで頭を撫でてもらうと、それはもうちぎれんばかりに狼耳と尻尾を荒ぶらせた。
「……こっちか」
今回指定された集合場所は、港近くの廃コンテナの一角。
そこで互助会所属の新人ヴィランちゃん……"チェッキー・チェリー"と合流する手筈になっていた。
ゼロからの依頼内容は、この新人ヴィランちゃんの面倒を今日一日見ること。
建前としては外部研修ということになっている。
どうもこの新人ちゃん、互助会内でとある問題行動が目立つらしく、外部研修を通じて少しでもそれを自粛させたいと。
そういうのは自分のとこでやれよ……と思わん事でもないボスだったが、まぁ友達からの頼みなので、仕方なく引き受けることにした。
ちなみに報酬はフリマアプリに出品されていた、パレットちゃん1/7スケールフィギュア・バニーver.(未開封)で手を打った。
かなりお高いが、別件との兼ね合いもありゼロは泣く泣く了承したらしい。
「わあ〜!とっても綺麗ですぅ!」
「そういやもうじき夏か……。だいぶ暑くなってきたし、今度みんなで海に遊びに行くか」
「やったぁ、ですぅ!」
なだらかな斜面を超えた先に広がっていたのは、地平線の彼方まで広がる青々とした美しい大海原だった。
快晴の空模様がそのまま水面に写し返されており、キラキラと太陽の光を反射して輝いている。
港にはチラホラと漁船が停泊していて、左方奥にはビーチがあるらしく、米粒のように小さな人が大勢見えた。
とても煌びやかな光景に目を奪われるものの、残念ながら今日の目的地は反対側。
堤防を挟んで右にある漁港の、さらに奥。
既に誰も使うことの無い寂れた廃コンテナの群れである。
今度は緩やかな斜面を錆び付いたガードレールに沿って降り、漁港で仕事をする人々の目を盗んで廃コンテナのエリアに侵入した。
一応、場所が場所かつ、正体がヴィランなので。
不審に思われて警察やヒーローに通報でもされたら、それこそたまったもんじゃない。
ステテ〜、っと姿を隠しながらも足早にコンテナの間を進む。
「ここかな?」
「みたいですぅ」
メールに記載された場所と相違ないことを確認し、全開になっている入口から中に入る。
廃コンテナらしく明かりはどこにも無いようで、入口から入る光だけが無骨な鉄筋をささやかに照らしていた。
「う〜ん……まだ来てないのかな?」
「奥の方がちょっと見えづらいですねぇ〜」
パッと見渡した感じ、まだ集合場所のコンテナ内には誰も居なかった。
ウルフちゃんが真っ暗な奥の方を気にして目を細めているが、いかんせん明かりがなくてぼんやりと物の輪郭が見える程度だ。
「新人ちゃんが来るまでは待ちかな」
そこら辺で見つけたドラム缶を椅子代わりに座ったボスが、手持ち無沙汰なウルフちゃんを手招きする。
嬉々としてボスのお膝にダイブしようとしたウルフちゃんだが……。
不意に何かを察知したようで、ズザッ……!と寸前で動きを止め、狼耳をピクピクッと動かした。
暗闇を見つめるその表情は真剣そのものだ。
すぐさま異変を察知したボスも腰を上げてウルフちゃんの隣に移動する。
「どうかした?」
「……あっちから、何が聞こえますぅ」
「行ってみようか」
「はいです」
ばっちり真面目スイッチを入れて、ボスとウルフちゃんは慎重にコンテナの奥へと進んでいく。
ウルフちゃんが聞き取ったのは、人の耳では判別できないほど微弱な衣擦れの音らしきものだったという……。
非常時用のポケットライトで無造作に転がるドラム缶やコンクリートの残骸を避けつつ進むが、程なくして錆び付いた赤胴色の壁にたどり着いた。
少し離れた場所で足元や天井、周囲を照らしてみるが特に何も見当たらない。
「……ボスさん、こっちですぅ」
スンスン……と鼻を鳴らしたウルフちゃんがボスを先導して、山積みにされた廃材の奥に向かった。
そこにはなんと意図的に区画されたであろう小さなスペースがあり、真ん中に立った鉄骨の根元には────。
「……!〜〜っ!」
ピンク髪ツインテールの子供が縛り付けられていた。
口には白い布と黒の何かが猿轡の代わりに咥えさせられており、それのせいで声がまともに発せない様子。
体は鉄骨にしっかりと縛られていて女児の力ではピクリとも動かせないようで、女児は涙ぐみながら必死に視線で何かを伝えようとしている。
「もしかして、この子が……?」
「うん、待ち合わせしてた新人ちゃん。これは一大事だな」
見るからに小学生くらいの女児にしか見えないピンク髪ツインテの女の子だが、ボスの言う通り互助会所属の問題児とは正真正銘彼女のことだった。
事前に送られてきた写真を見ていたボスは、間違いないと頷く。
問題は一体どうしてこんな目に遭っているのかだ。
「───ッ、ボスさん!」
「どわっ!?」
突如、鋭い視線を背後に送ったウルフちゃんがボスを担いで瞬時に飛び退く。
遅れてボスが目撃したのは、落としたライトで引き伸ばされた自分の影からどろりと這い出た何者か。
黒い液体じみた何かが体の輪郭を滑り落ちて判明したのは、その何者かの頭上にはウルフちゃんと似た獣の耳が存在していることだった。
影から音もなく出現した刺客が腕を振るうと、それに合わせて鋭い三本の斬撃が飛び、新人ちゃんが磔にされた鉄骨をスパスパと豆腐のように切り裂いた。
「〜〜〜っ!?」
これには新人ちゃん、涙目である。
ガラガラと目の前に降り注ぐ鉄骨の残骸にビビってジタバタするが、拘束が嫌がらせのようにがっちりしているせいで目を逸らすことすら出来ない。
一方、安全地帯でボスを降ろしたウルフちゃんは、拳の手加減用の狼グローブを外してニヤリと笑みを浮かべた。
「これは久しぶりに……闘いがいのある相手っぽいですねぇ」
「……」
しなやかな動きで新人ちゃんの前に立ち塞がった襲撃者が、無言のままポケットから何かを取り出し、数秒手で弄んだ後に天井向けて投げ飛ばした。
ウルフちゃんが飛び出すと同時に、それは天井付近でカチッ……と音を鳴らして作動。
太陽の光にも負けない鮮やかな閃光を解き放った。
「これは……!?」
ボスが驚愕するのも無理はない。
何せこのアイテムはただの閃光弾ではないのだから。
人の目を眩ます閃光弾にしては光が弱すぎるのは、瞬間的な発光よりも持続性を優先したためだ。
なんでそんな事を知っているのかって?
それはこのアイテムが、過去にソアレが開発した装備の試作品だからである。
名を"ホルス・エナジー"。
太陽光または電気を動力源とし、最大で三十分間の広範囲照明として機能する優れもの。
最大出力でも人体に与える影響は少なく、どちらかと言うと戦闘よりも非常時に役立つアイテムだ。
次元アンカーシステムで空中に固定された"ホルス・エナジー"が、コンテナ内の暗闇を瞬時に駆逐する。
そうして白日の元に晒された襲撃者の正体。
ウルフちゃんとほぼ同時に飛び出していたらしく、パタパタと揺れるケモ耳と二又の細い尻尾は猫を彷彿とさせるものであった。
まだら模様の猫の怪人だ。
八重歯を剥き出しにした鋭い表情でウルフちゃんを睨んでいる。
「にゃああっ!」
ウルフちゃんの拳を避け懐に入り込んだ猫の怪人が爪で引っ掻くと、先程のように三本の斬撃が後を追従。
がら空きの胴体に命中した。
しかしさすがと言うべきか、剥き出しの腹筋に力を込めただけで容易くそれを打ち砕き、カウンターの回し蹴りを繰り出す。
……が、こちらも空振り。
猫の怪人の姿が一瞬で影の中に消えてしまったのだ。
直後、美しいフォームで蹴り抜いたウルフちゃんの背後から猫の怪人が姿を現す。
今度は背後に伸びた影から飛び出して、だ。
足払いをしつつ顔面を切り裂こうとする殺意の高さ。
ウルフちゃんはむしろ自分から開脚で崩れに行くことで難なくそれを回避。
ブレイクダンスのような足さばきで猫の怪人を蹴り飛ばした。
素晴らしい体幹と柔軟で体勢を立て直したウルフちゃんの横にボスも並ぶ。
「何者か知らないけど……お痛が過ぎたね!」
悪者らしくロングコートを翻してボスはかっこつける。
ちょっと香しいポーズとなっているが、今回はボスと並んでタッグの悪役ムーブっぽいことを出来てウルフちゃんもご満悦。
嬉々として左右対称のポーズで応戦している。
シリアスさを全力でぶっ壊しにかかる秘密結社Xの一味を前に、新人ヴィランちゃんの目は危うく死にかけていた。
(誰か早く助けて……)
そんな、彼女の切実な心の声が聞こえた気がした。
チェリーちゃんの存在感が空気に……。
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