っぱ狐耳お姉さんよ
「──のぅ?ファントム……お主ならば、妾を選ぶに決まっておろう?」
「──もちろん、わっちを選ぶでありんすよね?主さん……」
両耳に別々の囁き声がぶち込まれる。
右方にて腕を谷間に押し込んで抱きしめ、想い人の体をしっかりと包み込むのは、九つの狐色の尻尾を持つ着物美女───九尾だ。
持ち前の色気を全開にして、チロチロと艶めかしく舌を覗かせながら熱の篭った吐息を吐き出す。
彼女の囁きは、聖人君主にさえ間違いを起こさせてしまいそうなほど妖しく、そして生々しい。
対する左方からぴとりと想い人に寄り添い、腕や脚を絡めて全力で甘えるチャイナ服の人物は、五つの真っ白な尻尾を携えた大和美人───幻狐である。
彼女の囁きはしっとりと濡れっ気を含んでおり、ニギニギと恋人繋ぎで弄ばれる指や生太ももの言語化不可能な感触が、人を完全に狂わせる。
そして、何故か"百鬼夜行"のトップとNo.3に挟まれて囁きASMRされているのが、我らが秘密結社Xのボス、ファントムさんなのであった。
うらやま死!!
どこからともなく「そこ代われやボケェ!!」と聞こえてきそうだ。
「あばばばば……」
だがしかし、当の本人。
双方からの多大な誘惑のせいで、クソ雑魚精神がハートブレイク寸前なようで。
グルグルと目を回して、しかし呂律は回らないままビクンビクンしていた。
そんなボスを面白がって、九尾と幻狐はさらに苛烈でとんでもない行為をし始める。
もはや思考がほぼ停止してしまったボスは、まるで走馬灯かのように、こうなるに至った経緯を思い出していた。
────二時間前。
「へへ〜っ、色々買えたなぁ〜!」
黒ロングコートに仮面姿という、見るからに怪しい風貌のボスは、種類の違う袋を両手に持ちながら帰路に着いた。
気分はまるでスキップでもしそうなくらい舞い上がっている。
その理由は、左手に持った赤いロゴの紙袋だ。
お手頃価格で庶民から圧倒的な人気を誇る服飾店のロゴなのだが、なんと本日、駅ビル内の支店にて大型ワゴンセールが開催されていたのだ。
事前にその情報をキャッチしていたボスは朝早くから店前に並び、主婦層との壮絶な争いを制して見事にお買い得品を大量に手に入れた。
あれは正しく"戦場"と言うにふさわしい状況だった。
歴戦の猛者(自称)であるはずのボスが、主婦さん方の凄まじい攻防と目利き能力に呑まれかけたのだ。
まさに荒れ狂う大海そのもの。
油断すれば全てを呑み込み無に返す、恐ろしい"天災"であった。
彼のボロボロ具合からしてその恐ろしさを少し想像出来るだろう。
ちなみに右手に持つのは、普通にスーパーで買った野菜やお肉などだ。
そろそろアジトの冷蔵庫が空になりそうだったので、特にお肉を中心に大量購入したため、それなりの重さになっている。
何せ秘密結社Xには常人の数倍をペロリと平らげる大食らい、ウルフちゃんが健在。
トレーニング量に比例して吸収するエネルギーも多く必要なのか、その細い体のどこに入るんだと言いたくなるような量が毎食消えていく。
たぶん胃袋にブラックホールを飼っているに違いない。
もちろん女の子に我慢させるなんてナンセンスなことボスが許さず、どんどん食えと許可したことでさらにウルフちゃんの爆食に拍車がかかり、毎月の食費はもはや洒落にならないレベルで膨れ上がっていた。
ボスはひっそりと、バイトのシフトをちょっと増やしてもらった。
そんな訳で、三つに分けてもなおパンパンのビニール袋と二つに分かれた紙袋を両手に持ち、ご機嫌な様子で帰路に着いたボス。
呑気に鼻歌を歌いながら、すれ違った散歩中のおば様や玄関先の落ち葉を掃除するおじいちゃんに挨拶をする。
なんて平和な朝なのだろうかと、ちょうどボスが思い始めていた頃合い。
不意に、彼の足元を薄い霧が撫でた。
しかしボスはテンションが上がっていて気付かない。
もしここで気付いていたら、直後の不意打ちにも少しは反応出来たかもしれないのに……。
「随分とご機嫌でありんすねぇ、主さん?」
「おおぅっ!?」
突然耳元で囁かれた微笑ましさを含んだ言葉。
耳を吐息が撫で、ゾクゾクと身を震わせたボスは思わず変な声を出してしまう。
慌てて振り返り、クスクスと鈴の音を転がすような笑い声を漏らす少女を見つけたボスは、若干羞恥で頬が熱くなるのを感じながら彼女の名前を呼ぶ。
「幻狐さんや、それ心臓に悪いっすよ……」
「くすくす。本当に良い反応をしてくれるでありんすねぇ、主さんは」
狐耳をピコピコさせて満足気に微笑む幻狐。
以前にも同じことが何回かあったのだが、どうやらその時のボスの反応がお気に召したらしい。
最近では出会う度にやられているような……とボスの目が若干遠くなる。
………まぁ笑顔可愛いしチャイナ服えっちぃしで、役得でしかないんですけどね!とボス。
ボスは一度オタクに刺された方が良いと思うんだ。
「で、幻狐は何でここに?」
「たまたまでありんすよ。気分転換の散歩中、この子達が好きな匂いを見つけたと、わっちを案内したのでありんす」
幻狐の足元で濃霧が渦巻いたかと思えば、そこにはいつの間にか何匹かの真っ白な小狐が身を寄せて居た。
霧が晴れると共に、一目散にモフモフの大群がボスに群がった。
幻狐の眷属、白狐の幼体である。
可愛い鳴き声を発しながらボスの懐に飛び付いたり、足に体を擦り付けたり、嬉々として周りを駆け回ったりと反応は多種多様だ。
しかし一様にボスに懐いていると言うことだけは伝わってくる。
モフモフ天国だ。
たまらず紙袋を置いて、懐に飛び込んできた子から撫でくりまわしてやる。
真っ白で滑らかな肌触りの毛並みだ。
モフモフ。
ものっそいモフモフである。
最高。
「………」
さて、最初はその光景を微笑ましく見守っていた幻狐であるが、ふとある計画を思いついて、ニヤリと口角が妖しく歪む。
不吉な視線を感じてビクリと肩を震わせるボスだが、時すでにおすし。
……間違えた、時すでに遅し。
白狐の隙間を縫ってするりと空いたボスの左腕を抱き締めた幻狐が、蠱惑的な仕草でボスの顎をクイッと自分の方に寄せる。
まさかの往来で顎クイ。
せめてもの抵抗として視線を逸らそうとするボスだが、間近で爛々と輝く紫の瞳に吸い込まれて、一ミリたりとも引き剥がせない。
「ここで会えたのも何かの縁……せっかくでありすし、デートと洒落込みんしょうか♡」
「………あの、見ての通り荷物がありまして……」
「安心しておくんなんし。この子達がしっかりと、アジトまで送ってくれるでありんすよ」
決死の抵抗を試みるがボス、秒で撃沈。
あの幻狐がそう簡単に帰してくれるはずがない……分かってはいたのだ。
山盛りの荷物は小狐達が預かり霧に巻かれて消え、ボスは見事に拘束。
ご機嫌な幻狐に連行されてしまった。
◇◆◇◆◇◆
……という訳で、やって来ました百鬼夜行の総本山。
「いや、なんでやねん……」
思わずボスの口から慣れない関西弁のツッコミが出るのも致し方ない。
何故あの流れで?と思う方も多いだろう。
しかし当然、幻狐がボスをここに連れてきたのには明確な理由がある。
まずそもそも、百鬼夜行の"総本山"とは一つの町そのものなのである。
……何を言っているか分からないって?
いや、そのまんま。
百鬼夜行が独自に自治する町がこの国にはあり、その町こそ百鬼夜行の総本山なのである。
外観は京都みたいな感じ。
古き良き日本の建物が多く並び、住民も大半が着物などを着用しており、古の風景が丸々現代に蘇ったかのような気分だ。
もちろんそれは決して強制されているものではないので、中には現代人と遜色のない格好の者もチラホラ見える。
しかし建物だけは、統一して京都を彷彿とさせるもののみだった。
広さにして東京ドーム五個分+α。
隣町との間には軽い検問のみが敷かれ、出入りはほぼ自由。
ヒーローすら拒まず招き入れるヴィランの町……そのど真ん中には、百鬼夜行の本拠地である大きな城が聳え立っている。
ヴィランが街を自治するなんていう前代未聞の所業が許されるのは、ひとえにあの城に巣食う最強の妖怪、"九尾"の持つ力が、国という機関で対処出来る範疇を超えているからに他ならない。
まぁ城下町の治安が都心部よりも圧倒的に良いのは、もはや皮肉としか言いようがないが。
「規模の差よ」
ボス、四つん這いで嘆く。
改めて直面した組織としての格の違いに色々と感じるものがあったらしい。
そりゃあ一国一城の主と、バイトで何とか団員を養っているボスじゃ、格が違うどころの話ではあるまい。
「泣きそう……」
「あら♡泣くなら、わっちの胸を貸してあげんしょうか?」
「それは泣く時関係なく借りたいです」
こんな時でも欲望だだ漏れのボスはある意味尊敬する。
スンと涙を引っ込めて真顔でお願いするボス。
さすがの幻狐も一瞬キョトンとした顔を晒したが、すぐに面白くて仕方がないと言った様子で笑い声を上げる。
そして、目を細めてすっ……と軽く両手を差し出した。
招いているのだ、存分に甘えろと。
なんて悪魔的なお誘いなのだろうか。
こんな魅惑の誘い、断れば男が廃るというもの。
漢ファントム、行きます!───と、ボスが決心したその時。
「ちょっっっっと待つのじゃあああ!!」
陽の光を遮り、何者かがドォオオオンッ!!と大きな音を立てて降ってきた。
………いやもう、何者かなんて分かりきってるが。
その人物は九つの尻尾で巻き上がった砂埃を払い、ビシッと幻狐を指差す。
「何しとるんじゃあああ!!幻狐お主っ、妾に内緒でファントムを誑かしおって……!!ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!!」
「誤解でありんすよぉ〜。わっちはただ……姉さんと山分けするために、わざわざ主さんをここまで連れてきたんでありんすから♡」
「エッ」
これに驚愕したのはボスである。
バッ!と抱きつく幻狐を見て「聞いてないんですけど?」と訴えるが、当の本人はしっとりした雰囲気を多大に含ませつつ舌舐りをするだけで、肝心なところは何も答えてくれなかった。
確かに言われてみれば、デートの地をわざわざ百鬼夜行の総本山にする必要など皆無。
もちろん観光名所や食べ歩きスポットも多いので、舞台としては素晴らしいことこの上ないのだが……。
しかし九尾に隠したいなら最も避けるべき場所だ。
何せ総本山なだけあって主人の情報網は惜しげも無く張り巡らされており、異常があった場合はすぐに知らされる。
ボスを連れている=数秒後に爆発する時限爆弾を大事に抱えている……そう解釈しても過言では無い。
側近たる幻狐はそれをよく理解している。
そのため、もし幻狐に独占する意図があったのなら間違いなくここに来る必要がない。
それらの理由から瞬時に幻狐の意図を察したらしい九尾は、彼女と視線だけで通じ合うと、一旦落ち着くために深く息を吐き出した。
「───よぅし、デートじゃデート!この前の定例会議ではちっとも構ってくれんかったからのぅ!今日は幻狐と共に徹底的に構ってもらうのじゃ!」
「お〜♡」
恐ろしく速い手のひら返し……俺でなきゃ見逃しちゃうね。
ボスの左腕を谷間で包み込み、しっかりと体を寄せつつグイグイと引っ張る九尾。
幻狐もそれに便乗し小さく手を挙げてボスの腕を引く。
両手に花状態にも関わらず、ボスの気は中々進まなかった。
気分は刑事に捕まった宇宙人のあれだ。
「ほれ、ファントム!ボサッとしておらんで行くぞ!」
「ふふっ♡楽しみでありんすねぇ」
幻狐が指を絡めて耳元で息を吹きかけ、九尾がその豊満な胸を存分に押し付けつつ、万人があまりの美しさに直視出来ないであろう国宝級の顔面で迫る。
ボスの理性は死んだ。
もうどうにでもなれの精神で、全てを委ねることにした。
せっかくの極楽体験なのだ……楽しまなきゃ損である。
個人的に九尾が推しです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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