"百鬼夜行"②
常人離れした肉体スペックにものを言わせた強烈な踏み込みで、周囲の濃霧を散らし、ユウキは駆け出した───。
「ぐはぁ!?」
秒で、壁に激突した。
思いっきり顔面からめり込み、壁の一部と化したユウキ。
すぐさま衝突の衝撃に耐えきれなかった壁が崩壊し、クソダサポーズで固まっていたユウキも地面に投げ出された。
「いっ、てて……」
どうやらすんごい勢いで鼻を強打してしまったらしい。
すっかり赤くなった顔面を擦りながら、ユウキは涙目で腕をつく。
「ど、どうしてこんな所に壁が……?」
いくらユウキと言えど、きちんと分かっていた。
この濃霧の中で爆走すれば、障害物を見分けるのは困難だと。
だから勇者の察知能力をフル活用し、シビアなタイミングにはなるが、絶対に障害物を見逃さないよう感覚を研ぎ澄ませていた。
いつもの調子を見ていると忘れがちだが、これでもヒーロー協会所属のトップヒーローである。
それを出来るだけの実力はあった。
だが、実際には壁という分かりやすい障害物すら見抜けなかった。
マヌケも良いところだ。
「くすくす」
さすがに、今のはちょっと恥ずかしかったらしい。
幻狐の笑い声で僅かに赤面している。
しかし頭を振って羞恥心を追い出した勇者君は、聖剣を杖代わりにして何とか体を起こし、歯を食いしばって顔を上げる。
立ち止まっている暇は無いのだ。
ヴィラン共のせいで悲しみを背負わされてしまった人々のために。
なんて正義感に満ちたヒーローなのだろうか。
しかし無情にも、既に一杯一杯な状況のユウキをさらに追い詰める出来事が起こった。
「無駄な足掻きでありんす」
「さて、本物のわっちはどこでありんしょう」
「くすくす……」
「主さんに見抜けるかいな?」
「コンコン、でありんす〜♪」
塀の上に、建物の屋根の上に、計五体の幻狐が現れた。
その全てが本物を精巧に再現しており、どれが偽物でどれが本物なのか。
そもそも本物はここに居るのか。
ユウキの頭には何通りもの可能性が浮かび上がっては、確証のないまま沈んでいく。
疑心暗鬼の局地みたいな心理状況だ。
目の前の光景が何も信じられず、どうして良いのかも分からない。
……だが、かと言ってユウキは迷わない。
「───俺は、俺は負けない!信じてくれる皆のために!助けを待っている皆のために!正義のヒーローとして……負ける訳にはいかないんだっ!!」
聖剣を握り締めたユウキが力強く立ち上がる。
ユウキの心に呼応して聖剣が激しい光を放った。
「はあああっ!"天翔煌刃"!!」
ググッと下に構えた聖剣が、凄まじいエネルギーを放出しながら、全身を使った回転斬りの要領でぶん回された。
全方位に物理的な圧を持った光が撒き散らされ、周囲を照らす。
螺旋状に天に昇る斬撃は一気に幻狐五人を屠ると共に、立ち込めていた濃霧をも圧倒的輝きで切り裂いた。
あれだけ厄介だった霧がさっぱり押しのけられ、周囲の風景が鮮明になると同時に、本物の幻狐も姿を現した。
優位な状況が崩されたにも関わらず、足元に流れる濃霧の余韻を呑気に指先で弄ぶという余裕っぷりである。
もちろん、戦う気すら見せないのにはそれ相応の理由がある。
端的に言うと、もう勝負は着いているのだ。
「今度こそケリをつける!」と息巻くユウキ相手に、幻狐はしゃがみ込んで霧を手で掬いながら、蠱惑的な笑みを浮かべた。
「……わっちの霧に、長く浸かりすぎんしたね」
手のひらで掬い上げた微かな霧を、幻狐が「ふぅ……」とどこかに飛ばす。
怪訝にそれを眺めていたユウキであるが、不意に指の力が抜けるような感覚に陥り、思わず聖剣を落としてしまった。
指から抜け出した聖剣が、ガランッ!と音を立てて地面を転がる。
慌てて拾おうとするが、そこで腕が……いや、全身が思うように動かない事に気が付いた。
痺れのような、筋弛緩にも思える複雑な感覚。
「こ、これ……は……!」
「脱出に手こずっていたご様子……おかげさまで、わっちの霧が隅々まで浸透したようでありんすねぇ」
ゆっくりと歩み寄った幻狐は、くすくす嘲笑を浮かべながらユウキの背後に回る。
幻狐の能力はユウキが予想した内容と大差ない。
己の妖力を変換した濃霧を発生させ、それを媒介に分身術を行ったり幻覚を見せたりする、トリッキーなタイプ。
だが彼女が厄介なのは、その濃霧に副次的効果が盛り沢山だというところだろう。
人間に馴染みの無い妖力という力で変換された幻狐の濃霧は、人体に対して強力な麻痺や幻覚、平衡感覚の欠如、三半規管の弱化等の非常に厄介なデバフを与える。
その効果は人体がそれを吸収するほど大きくなる。
もう分かった人も居るかもしれない。
そう、ユウキは濃霧に包まれている間、何気ない呼吸の中で大量の霧を体内に流し込んだ。
人体に侵入した濃霧は血管や神経を通って全身に行き渡り、徐々に効果を発揮する。
先程ユウキが意図せず壁に突っ込んだのも、濃霧の効果で自分の思った方向に進めなかったが故に起きた悲劇である。
幻狐の言った通り、脱出に時間をかけすぎた結果、致命的なデバフを受ける羽目になったのだ。
それにしても………何とも凶悪な能力なのだろうか。
クソギミックにも程がある。
そんな訳で、指一本すら使わずユウキを無力化して見せた幻狐は、背後からユウキの耳元に顔を寄せ、能力の効果を強めてこう呟いた。
「おすわり♡」
ユウキは無様にも濃霧のデバフ効果に屈し、膝から崩れ落ちた。
◇◆◇◆◇◆
「……ちっ、ユウキ!」
バックステップで距離を取る傍ら、膝から崩れ落ちて細かな痙攣を繰り返す勇者の姿に、イナズマは若干の苛立ちを含めて名前を叫ぶ。
三英傑だなんだと持ち上げられておきながら、一矢報いるどころか、指一本すら触れずに負けるだなんて。
恥さらしも良いところだ。
……まぁ現状、自分もそれに近しいのであまり文句を言えた立場では無いのだが……。
イナズマは心の中でそう自責する。
実際、ライオネル親分にタックルをかまされ強制的にユウキと引き剥がされてからは、明確なダメージと言えるものをこの男には与えられていなかった。
厄介なのは───。
「"紫電一閃"」
超スピードでの斬撃をお見舞いするが、ガギィンッ!!と金属同士がぶつかり合ったかのような音がした。
(硬い……)
厄介なのは、その硬さだった。
もちろん自前の筋肉はさることながら、おそらくその筋肉、もしくは体毛を鋼鉄化する能力……そんなところだろう。
体長は二メートルくらいだと予測されるが、体格のせいでそれを遥かに上回る威圧感を放つライオンの怪人、ライオネル親分。
紫電一閃が命中したはずの脇腹を軽く叩くと、流派も何も感じさせない構えでイナズマの懐に飛び込み、無造作に拳を振り下ろす。
イナズマの姿が掻き消えたかと思えば、身代わりにコンクリートが砕かれ、あまりの衝撃に小さな地響きが起こった。
入れ替わりで、再びライオネル親分の首筋に神速の剣閃が刻まれる。
「ったく速ぇな、こっちの攻撃が当たりゃしねぇ……」
何でもないように、ライオネル親分はたてがみをわっしわっしと掻く。
やはり彼の首筋には微かな痕が付いただけで、傷と言うには程遠かった。
愚痴を零したいのはイナズマも同じだった。
不意に、ズキンと数日前の戦いで負傷した内蔵が痛む。
まだイリスとの戦いでのダメージが完治していなかったのだ。
「……ちっ」
不意に己の刀を視界に収めて、イナズマは思わず舌打ちをした。
もはや使い物にならないほど刃が欠けてしまっていた。
刀を収め、代わりに取り出したクナイを投げ付ける。
「お?こりゃあ───」
ギンッ!とやはり人体に当たったと思えない音で跳ね返されたクナイが宙を舞う。
もちろんイナズマとて、投擲したクナイで傷すら付かないのは分かっている。
狙いはこっちだ。
クナイを避雷針に、局所的に強めた紫の雷を撃ち込む。
バチチッ!!と小規模のスパークを巻き起こし、ライオネル親分が雷に撃たれた。
放出系の技はあまり得意ではないイナズマだが、こういう手を使えばいくらでもやりようはある。
……とは言え。
「おおおっ!!」
「ちっ」
それが相手に効くかどうかはまた別問題、ということだ。
蚊が刺した程度のダメージで、ライオネル親分が白煙を退かしながら突っ込んできた。
握り拳がイナズマの持ったクナイを掠ってコンクリートを砕く。
バックステップで何とか避けたが……。
「諦めな、お嬢ちゃん。あんたの攻撃じゃ、俺を傷付けることは出来んのよ」
パワーに欠ける。
それはプロヒーローであるイナズマに突き付けられた決定的な課題だった。
もちろん彼女にパワーが無い訳じゃない。
むしろ、神速で切り込んで無傷なライオネル親分がおかしいだけで。
それでも、今のままではダメだ。
ストイックな彼女は即座にそう考えた。
ならばどうすれば良いか。
傷付いたこの体で、己の限界以上の力を引き出すためには、どうすれば良いのか。
彼女の手札の中に、それは既に潜んでいた。
ここで使うのは些か躊躇われるが……仕方あるまい。
イナズマは無言で、予備の刀を取り出して鞘を腰に巻き付けた。
腰を沈め、柄に指を這わせる。
纏う空気が一瞬にしてピリッと変わった。
構えたイナズマはピクリとも動かない。
その鋭い眼光が、ライオネル親分の動きをたてがみの揺れ一つすら見逃さんと───。
「……はい、そこまででありんす」
パンパンッ、と手を叩いて間に割って入ったのは、なんと幻狐であった。
ライオネル親分は目を瞬かせ、鬼気迫る気迫を見せていたイナズマも何事かと姿勢はそのまま睨み付ける。
「姉さんから伝達でありんす。"よくやった、撤退せよ"……と」
「お。もう終わったのか、意外と早かったな……奴らの拠点はどうなった?」
「ほぼ壊滅状態でありんす。主要な建物は軒並み瓦礫の山、構成員達は……まぁ、モザイク処理が必須でありんしょうねぇ……」
「おお……。連中の所業からして同情するつもりはねぇが、何とも哀れな結末だな」
とにかく飛び交う言葉が物騒すぎるのは置いておいて。
撤退と聞いたイナズマは、その判断を不可思議に思いさらに警戒を強めた。
「これを受け取っておけ、ヒーロー」
ライオネル親分が放り投げた小さな何かは、ナイスコントロールでイナズマの元に降ってきたので、仕方なくキャッチ。
見てみると、それは黒いUSBメモリだった。
「………これは?」
「奴ら───乱獄會の連中が行っていた、悪事の全容が記録されたメモリでありんす。どうか有効活用しておくんなんし♡」
それだけ言い残すと、幻狐から濃霧が溢れ出し二人の姿を覆い隠していく。
「っ、待て!結局、お前達の目的は何だったんだ!」
既に戦闘態勢は解いているものの、やはり今回の騒動に百鬼夜行が介入してきた意図が図れず、イナズマは問うた。
それに対して、幻狐は。
「姉さんが望んだ……ただ、それだけでありんす」
その声が濃霧に反響して聞こえる頃には、二人の姿は跡形もなく消えてしまった。
濃霧が徐々に風に流されるその空間に取り残されたイナズマは、手の内のメモリをしばし見つめ、諦めて腰のポケットに納めた。
これの解析はヒーロー協会本部の連中にやらせれば良い。
イナズマは、未だに倒れて動けないユウキを叩き起すべく彼の元に向かいながら、先程の幻狐の言葉を思い返した。
「"姉さんが望んだだけ"……か」
部下を動かすためにご大層な理由は要らず、部下もまた従うに理由を求めていない。
ただその人がその人であるが故に、嬉々として従い行動しているのだ。
凄まじいカリスマ性と実力の持ち主。
ヴィラン連合の中で最も古く、最も恐れられた組織、百鬼夜行。
束ねる王の名は───"九尾"。
幻狐ちゃんはケモ耳美少女、ライオネル親分は二足歩行のムキムキライオンみたいなイメージ。
はたして九尾はどっち寄りなんでしょうね……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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