"百鬼夜行"
ヒーロー協会では、平和維持のため多くの市区町村に所属ヒーローを割り振ってパトロールを行っている。もちろん常にヒーローがそこら辺をウロウロしている訳では無いが、それでもヴィランに対する抑止力としての効果は絶大だ。
とは言え最近ではヒーローの人材不足も無視出来ない問題となっており、パトロールの頻度や実施地区が狭まりつつあるそうで。
何とも世知辛い世の中である。
「───さあ、急ごう!きっと皆、怯えてしまっているに違いない!」
「………はぁ……」
勝手に一人で熱くなり、拳を握りしめ決意を固めている相方にイナズマは大きなため息をついた。
もちろん大いに呆れの籠ったため息である。
彼女の本心はただ一つ。
こいつ、めんどくせぇ……である。
「ユウキ、気合を入れるのは勝手だが、あまり先走るなよ。今回は相手が相手だ。何をしてくるか分からんぞ」
「大丈夫さ!僕とイナズマが居れば、絶対に悪には屈服しない!」
「………」
やっぱりダメだこいつ……という諦めの視線が、ズンズン一人で先に進むユウキの背中に突き刺さる。
勇者ヒーロー"ユウキ"と、迅雷ヒーロー"イナズマ"───共に三英傑と呼ばれる、ヒーロー協会でもトップレベルのプロヒーローだ。
人材不足の話をしたにも関わらず、そんな立場の二人が行動を共にしているのには理由があった。
二人が今回言い渡された任務は、とある街に蔓延る極悪ヴィラン組織の拿捕。
この極悪ヴィラン組織───"乱極會"とやらが、それはもう本当に極悪で。
違法薬物やら現在では特に規制の厳しくなっている銃火器の大量所持、それを用いた金儲けなど。
一つの街を養分に日本……いや世界にすら進出しつつあり、もはや裏社会でもそれなりに名が知れているらしい。
今の時代では珍しいステレオタイプなヴィラン組織なのだ。
やってる事がもうほぼ893。
規模がそれなりに大きいのがまたタチが悪い。
ある意味立派なヴィランっぷり、どこぞの平和ボケした秘密結社とは大違いである。
……話を戻すが、そんなヴィラン組織に裏から支配されたのがこの街。
よって治安もそれなりに終わっており、先程から通る道全てに、ペンキやらスプレー等で品のない落書きがされていたり。
ゴミがそこら辺に散らばっていたり。
妙にすす汚れた一角があったり……。
本当に現代日本なのか疑いたくなるような光景が広がっていた。
これだけ荒れているのだ、人の気配はほとんど感じない。
「聞いたところによると、人民は皆、北部のまだ治安がマシな地区に移動しているらしい」
「つまり、ここはもう廃墟同然ってことか……クソッ、許せない!」
こればっかりはイナズマも同意だと目を伏せる。
もちろん、うるっせぇなぁ……とも思ったが。
辺りが静かな分、ユウキの大きな声量が余計に耳に響くのだ。
もはや、続くユウキのセリフは右から左に受け流して無視していたイナズマであるが、不意にどこからともなく現れた二つの気配を敏感に察知して足を止めた。
こちらの様子を伺うような、怪しい気配の動き方。
片方は特に気配を紛れさせるのが上手く、イナズマですら追うことに苦労して驚かされる。
おそらくユウキは気付いてすらいないだろう。
ただでさえ薄かった気配の主が、煙に溶けるかのようにふわりと形を無くす。
「おい」
「?どうしたんだイナズマ、それよりも向こうから───」
やはりだ。
正面を不規則に移動する気配に気を取られて、薄い方の気配に気付いていない。
もう本当に気が進まないけど仕方がないので、イナズマは問答無用で掴んだユウキの肩をグイッと引く。
体勢を崩したユウキが思わず文句の一つでも言ってやろうと振り返るが、それよりも前に先程までユウキが居た位置にギャリンッ!と火花が散った。
唖然と出かかった声を引っ込めたユウキが目を向けると、そこには三本の鋭い傷を刻まれたコンクリートの姿が。
自然とユウキの頬が引き攣る。
「おやまぁ……わっちの気配を察知するとは、さすがと言うべきでありんすねぇ」
ふわりと体重を感じさせない軽やかさで着地したのは、紫色ベースに金糸や雲の刺繍が施された美しいチーパオ……いわゆるチャイナ服に身を包んだ白髪の美少女だった。
それもただの美少女ではない。
狐と思しきケモ耳と五つの丸みを帯びた尾を持った、悪魔的な美貌の少女。
そっと微笑むだけで男も女も関係になく虜にしてしまいそうな、妖しい美しさを秘めた少女は、くすくす……と鈴の音を鳴らすような可愛らしい笑い声を漏らす。
まともな男なら一目惚れ間違いなしだろう。
「不意打ちとは、卑怯な!」
だがまぁ、この男はある意味ブレないので安心である。
狐少女の美貌に少しは惹かれたかもしれないが、すぐさま卑怯な不意打ちに考えをシフトし怒りを露にする。
これを素でやってのけるのだから一周回って尊敬だ。
ほら、狐美少女もきょとんと目を丸くしているではないか。
イナズマは激しい頭痛を感じて思わずこめかみを抑える。
「ふふっ。不意打ちが"卑怯"……でありんすか」
「だってそうだろう?相手の不意を突いて先手を取るなんて、フェアじゃない。きちんと正々堂々、戦うべきだ」
「……………ぷ、くくっ。あはははっ!」
「なっ、何がおかしい!」
愉快で仕方がないと言った様子で狐美少女に笑われ、ユウキは思わず憤慨して突っかかろうとする。
笑われて当然の発言である。
しかし、彼にはそれが分からないらしい。
イナズマの頭痛が天元突破しそうだ。
「なるほどなるほど、ある意味ヒーローらしい男でありんすねぇ」
頭痛に耐えながら、イナズマは狐美少女を観察する。
完全にユウキを嘲笑の対象としているらしく、その嘲りには一切の手心もない。
心から見下しているのがよく分かる。
それに関しては激しく同意なのでどうでも良いとして、問題はチャイナ服の深いスリッドから覗く彼女の生足……そこに刻まれた、タトゥーのような紋様だ。
雲の模様は頬にもあるが、それとは別にとある組織のシンボルが描かれていた。
あれは───。
「"百鬼夜行"の者か」
「……ふふっ、そちらさんは随分とまた物騒な目でありんすなぁ」
大正解と言わんばかりに狐美少女は笑みを零した。
彼女が紋様のある左側の髪の毛を耳にかける仕草に合わせて、上空から凄まじい勢いで何かが落下してきた。
ドゴォンッ!!とコンクリートが陥没し、激しい衝撃波が辺りに散る。
姿を表したのは、なんと体長二メートルはありそうな厳ついガタイをしたライオンの怪人だった。
「わっちは"百鬼夜行"第三席、幻狐でありんす。よろしゅう」
「同じく百鬼夜行にて、側近を務めているライオネルだ」
───百鬼夜行。
主に能力の発現によって獣人となった者や、異形に変化してしまった者達を集めて結成された大型ヴィラン組織だ。
その規模は最大手の"ヴィラン互助会"に迫るほどであり、層の厚さは間違いなくトップレベル。
彼らを束ねる長の存在も踏まえて、ヒーロー協会内部でも特に危険と名高い組織である。
その側近……言わば実質的なNo.2と、No.3がまとめて立ち塞がったのだ。
これは随分とまたキナ臭い。
「私達の侵入を拒むということは、つまり乱獄會とグルということか?」
「それは早とちりでありんすよ。わっちらは、あくまで姉さんの指示で動いているだけでありんす」
幻狐の言葉に、ライオネル親分も腕を組み頷く。
"姉さん"……百鬼夜行が恐れられる最も大きな要因である彼女らの長が、直々にヒーローの足止めを命令したらしい。
本人達はグルではないと言っているが、何かを隠していることは間違いないだろう。
「……通してもらうぞ」
「いけずでありんすなぁ。せっかくの機会、楽しんでおくんなんし」
◇◆◇◆◇◆
ユウキが変身を完了すると同時に、幻狐の体から霧のようなものが大量に噴出し、瞬く間に彼女の姿は見えなくなってしまった。
すぐさま幻狐を追いかけて斬撃を繰り出すユウキだが、ふわりと霧が揺らぐだけで手応えはちっとも無い。
そうこうしている内に落書きの描かれた廃墟の塀や、近くにあったはずのカーブミラーさえ呑み込まれてしまい、一寸先すら見通せない濃い霧に包まれた。
自然ではそうそう出会うことのないであろう規模の濃霧に、ユウキが飲み込んだ生唾の音が嫌に鮮明に聞こえる。
「くすくす」
「ッ!」
鈴を転がすような綺麗な笑い声につられてバッと目を向けると、ユウキから向かって斜め右上空に幻狐の姿があった。
彼女の周りだけほんの少し濃霧が晴れており、廃墟の屋根に腰掛けていることがかろうじて分かった。
「さぁ、鬼さんこちら♪」
袖で口元を隠しているにも関わらず、目元から凄まじく相手を小馬鹿にした表情であることは容易に想像できた。
カチンと来たユウキは力いっぱいに跳躍して幻狐に迫る。
しかし、お望み通り鬼を征伐してやろうと放たれた斬撃は、またしても何の感触もなく霧に巻かれてしまった。
「なっ!?」
先程まで確かに幻狐の姿を形取っていた"それ"は、聖剣に斬り裂かれた勢いで呆気なく宙を舞う。
屋根に着地したユウキは、この得も言えぬ心地の悪い手応えに自分の目を疑った。
……そう、幻狐は確かにそこに居た。
気配と言葉を発し、こちらを挑発するヴィランの姿がそこにあったのだ。
絶対に。
ユウキは初め、上手く避けられたのだと思った。
「ほぅら、こっちでありんすよ」
手招きをする幻狐に光を帯びた袈裟斬りを喰らわせる。
が、やはりするりと溶けて濃霧が左右に散るだけ。
「残念。ハズレでありんす」
背後に姿を表した瞬間、驚異的な反射神経ですぐさま斬撃を飛ばすが、散るのは鮮血ではなくただの濃霧。
霧散する寸前にニヤリと幻狐の口角が上がった気がした。
「くっ、どうなっているんだ……!」
再び現れた幻狐を斬るが、やはりハズレ。
まるで初めからそこに居なかったかのように霧散してしまう。
先程からずっと、避けの動作は一切見られなかった。
幻狐が霧になって逃げた……という突拍子も無い話よりも、そもそも本体ではない、という方が信じられる。
霧を媒介にした分身を操る能力、それがユウキが弾き出した幻狐の力の考察だ。
もしそれが合っているとすると、実は本体はずっと霧の外に居て、動揺する自分を眺めてほくそ笑んでいるのではないか。
そんな考えがユウキの頭を過ぎる。
「クソッ、足止めには最適の能力という訳か……!」
幻狐の幻影と仮定した濃霧の塊を斬り捨て、ユウキは歯ぎしりする。
このまま霧に囚われていたら、それこそ幻狐の思うがままだ。
しかしどうやって脱出したら良いのか……。
真っ先に思いつく方法は濃霧の外まで走り抜けること。
先程から度々、見覚えのある建物の一角や標識が見え隠れしているため、決して別次元に閉じ込められたとか、そんな抗いようのない危機的状況ではないと考えられる。
それを踏まえた上で、能力の有効範囲外まで一気に駆け抜ける、というのが脱出案の一つだ。
何故だか知らないが、幻狐は一方的に煽りはするものの一切物理攻撃を加えてこない。
実体を持たない分身だからかもしれない。
ならば善は急げ、だ。
一刻も早くこの濃霧を抜け出して、百鬼夜行と乱獄會を止めなければならない。
もしもの時に対応するため聖剣は握りつつ、ユウキは壁で背中を守って体を沈める。
直後、常人離れした肉体スペックにものを言わせた強烈な踏み込みで、周囲の濃霧を散らしユウキは駆け出した───。
えっちなケモ耳お姉さんだ!うひょー!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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