私がやりました……
「ぐぅ……」
静かな寝息を立てる、我らがボス。
乾いたそよ風が彼の頬を撫で髪を揺らす。
時刻はお昼過ぎ。
暖かな日差しが降り注ぐアジトの廃墟前で、ボスはハンモックに揺られ昼寝をしていた。
この少し涼しいくらいの気温と食後の血糖値スパイクが原因である。
腹には薄い毛布がかけられており、その上に開きっぱなしの本が乗っかっている。
「まったく……」
「まぁ、たまには良いじゃないか」
少し離れた場所でため息をつく、クール系有能秘書ことイリスさん。
食後すぐ寝るのは良くないとか、他にもやる事があるのでは?とか。
色々とツッコミたい事はあった。
しかし、横で何やら機械を弄りながら肩をすくめたソアレの言葉もあり、今回は黙って見逃すことにした。
もちろんソアレの発言が無かったとしても、何だかんだそっと見守ってくれるのが我らのイリスさんである。
「……それは?」
「ちょっとした趣味さ。別に大したものじゃないよ」
ソアレの手元を覗き込み、イリスが疑問符を浮かべる。
正直に言ってイリスはこっち方面の知識が皆無に近かった。
そのためこのラジカセっぽい物体が何なのか、何をどう改良しているのかなど。
皆目見当もつかなかった。
使っている工具の名前すら定かじゃない。
一応、ソアレにとってこれは趣味の範疇らしい。
いつものように色んな意味でぶっ飛んだ発明品ではないそうだ。
「う〜ん、これじゃあボスさんの寝顔が見られないですぅ……」
小声でそう呟くのは、ハンモックに揺られるボスの傍でジッと気配を殺して寄り添う獣人少女。
中々に際どい民族衣装のようなものに身を包んだ秘密結社Xのフィジカルモンスター、ウルフちゃんだ。
眠りこけるボスの顔を覗き込み、何やら葛藤している。
どうやら仮面に邪魔されて大好きなボスの寝顔が見られないらしい。
勝手に仮面を取ることは別に禁止されていないので構わないのだが、それはそうと何かの拍子に起こしてしまう可能性は拭いきれない。
それではせっかくのチャンスを台無しにしてしまう。
だが、かと言って、このまま無機質な仮面を眺め続けるのもいかがなものだろう……。
「むむむっ……!」としばらく仮面とにらめっこしたウルフちゃんは、ついに決心した。
そっとボスの仮面を外そう、と。
"ボスの寝顔"という吊り下げられた餌を前に、自制心が勝てなかったようだ。
細心の注意を払い、ウルフちゃんはそ〜っと仮面に指を近付ける。
その時だ。
「っ!」
不意におかしな気配を察知したウルフちゃんがピクリと反応し、硬直。
次の瞬間にはバッ!と勢いよく街へと続く細い道に目を向けた。
ほぼ同時にソアレも似たような反応を見せていた。
工具を動かす指が動きを止め、おもむろに顔を上げたソアレはウルフちゃんと同じ方向に横目を向ける。
「どうしました?」
「……侵入者だね。人避けが破壊された」
キョトンとしていたイリスの表情が一気に鋭さを帯びた。
"人避け"とは、アジト郊外に設置したソアレの発明品のことである。
文字通り人を遠ざけて寄らせない性質を持つ設置型のアイテムで、アジトの存在を隠すため初期からずっとお世話になっている。
未だに秘密結社Xのアジトが発見されていない要因の一つだ。
それが壊された。
どうやら今回の侵入者は敵意満々らしい。
ウルフちゃんが警戒心を露わにし、眠るボスを守護するように立ち塞がる。
……と、そこに。
上空から影が差した。
────ドォオオオンッ!!
落ちてきたのは大木である。
半ばからへし折られており、荒々しい断面を晒しながらウルフちゃんの脇に転がっていく。
「うぇえっ!?なっ、なにっ、何事っ!?……いってぇ!?」
その轟音と衝撃でボスが起きた。
慌てたように体を起こし辺りを見回す。
その際に自分がハンモックで爆睡してたのを失念したらしく、地面に手を付こうとしてそのままひっくり返った。
ぐわんぐわんと揺れるハンモックの下で、変な体勢で着地したボスが身悶えする。
どうやら思いっきり腰を打ったらしい。
情けない動きで地面に伏している。
「ぼ、ボス!何事ですか!?」
慌てた様子で廃墟からドタバタ出てきたのはエックス戦闘員達だ。
内部に居た彼らにも今の轟音が聞こえていたようで、遅れて八咫烏ちゃんもやって来た。
「えっと……大丈夫っすか?」
「こ、腰……腰が……」
寝起きなので若干呂律が回っていない。
未だに状況把握すら済んでいないボスは、八咫烏ちゃんとウルフちゃんに助けられ起き上がりつつ、改めて周囲を見回す。
真っ先に視界に入り込んだ違和感は、やはり傍らに横たわる折れた大木であった。
「どったの、これ……。もしかしてウルフちゃん?」
「ち、違いますぅ!さすがの私も加減くらい出来ますよぉ!」
違う違う、そうじゃない。
まるで加減しなければこれくらい造作もない、みたいな言い方だ。
いやまぁ実際、簡単に出来てしまうのだろうが。
とにかくそうじゃないだろう。
明確なフリをしておきながら、予想の斜め上を行く回答に乾いた笑みを浮かべるボス。
「ボス、お客様ですよ」
「え〜……。絶対これロクな展開じゃないじゃん。丁重にお帰り頂きたいんだけど……」
「残念だけれど、向こうは相当乗り気なようだね」
「えぇ〜……」
心底嫌そうに顔を顰めるボス。
まず間違いなく、相手はヒーローではないだろう。
天下の正義の味方がこんな粗暴な行動をするはずがない。
というかしないで欲しい。
そんじゃあ何者だという話になるが、ヴィランの敵はなにもヒーローだけではない。
他のヴィランもまた、目的や思想の違いで敵と成りうるのだ。
今回の場合はそっちだろう。
しばらくすると再び大木が飛んできた。
廃墟の横に転がったそれを視線で追っていると、次第に足音らしきものが聞こえてきた。
かなりの大人数だ。
ついに敵さんとのご対面である。
「───初めまして、秘密結社Xの皆様。……まぁ、中には"初めまして"では無い方もいらっしゃるようですが……」
胡散臭い微笑みを浮かべ、モノクルを付けたオールバックの男が姿を現した。
きちっとしたスーツに漆黒のマントを羽織っており、そのビジュアルはどこか知り合いの某魔王を彷彿とさせる。
細身な反面、身長はかなり高く、かと言って"もやし"のようなヒョロヒョロとした印象は全く見受けられない。
むしろ体格は良い方だろう。
金髪はオールバックで整えられ、モノクル越しの瞳は一見すると敵意のような感情を孕んでいない。
人当たりの良さそうな微笑みだ。
だが、全てがあまりにも胡散臭い。
絶対に裏切るであろう糸目の味方キャラくらい胡散臭い。
「げっ……」
ボスが苦虫を噛み潰したような表情で声を絞り出した。
男の背後には、少なくとも10を軽く超える人数が付き従っていたのだ。
しかも見える範囲は全て覚醒個体である。
覚醒個体を引き連れているということはつまり、このオールバックの男は、例の組織Zが寄越した刺客という訳だ。
マジかー、こう来たかー……と果てしなく嫌そうな表情を隠そうともしないボス。
「……それで、何用ですか?」
いつも通りのジト目に極寒の殺意を込めたイリスの問いに、オールバックの男は胡散臭い笑みを浮かべたままこう答えた。
「いえね、今回は宣戦布告に……というのは建前で。あくまで私的な用で訪れました。あ、道中で破壊したアイテムに関しては謝罪しましょう。これだけの大所帯なので、長時間右往左往する訳にも行かず……」
一応謝ってはいるが、きっと微塵も悪いとは思っていないのだろう。
ここまで心が籠ってない謝罪は初めてだ。
……しかし、それよりも気になるのが"宣戦布告"という言葉だ。
「"Z"……相変わらず忌々しい」
「……私からすれば、貴女も似たようなものですよ」
片や殺気を帯びた無表情、片や見た目だけは穏やかな微笑みと。
対照的な二者による壮絶な舌戦が繰り広げられる中、何故かボスは気まずそうに視線を逸らして、すすっ……とウルフちゃんの背後に隠れていた。
それを疑問に思った一号君と二号君が首を傾げる。
「どうしたんすか?」
「いやその……えっと……」
両手の人差し指をツンツンして気まずそうに視線を逸らすボス。
明らかに何かを隠している。
「男のそれ需要ないっすよ」
「ひどっ!?」
「茶番はもう良いんで、さっさと吐いてください。何か心当たりあるんでしょ?」
「そうだけどさぁ!なんか扱い雑じゃない!?」
「「話進まないんで」」
「くっそぅ、作者の奴隷め!」
息ぴったりな二人にボスは愚痴を零す。
グダグダ先延ばしにしてたら話が進まない。
それはそう。
それはそうなのだが……!
どこか釈然としない様子で、ボスは人差し指をツンツン。
「その……知り合いっていうかなんていうか……」
「誰が?」
「あのオールバックの胡散臭い人……」
「どんな関係なんすか」
「えっと……退社したブラックな会社の元部下的な……」
「あ、そんな感じなんですか!?」
別の組織に在籍していた頃のボスの元部下が、なんやかんやあって組織Zに属し、何故かボスの元にやって来た……と言うことだろうか。
まぁ"何故か"というか、この物々しい雰囲気からして要件は知れてるが。
「ちょっとボス、一体あの人に何したんすか……」
「これ相当恨み買ってません?殺意が尋常じゃないですよ」
「えっとその…………退職ついでにブラックな上司と社長ぶっ飛ばして、職場を物理的に崩壊させました……」
「「いや本当に何してんすか!?」」
物理的、これ大事。
つまり雰囲気とか経営体制的な話じゃなくて、ということだ。
そりゃあ元部下から怒りを買っても仕方がない。
元部下からしたら上司のせいで職場を失っただけなのだから。
「あっはっは!あの話をそこまでしょうもないスケールで話せるのは、たぶん君だけじゃないかい?」
何かがツボにハマったらしい。
珍しく声を上げて笑うソアレ。
真横から呆れを多大に含んだジト目が注がれた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
感想等々、何かしらのリアクションをいただけると、作者は大変喜びます。狂喜乱舞です。ぜひともお願いいたします!( ^ω^ )




