動き出した陰謀
「シャイニング・ウィザードさん!突入準備、完了致しました!」
「了解よぉ〜」
若い男性のヒーローが報告を済ませ、配置に移動する。
それに対して場に似合わぬのほほんとした口調で返事をするのは、魔女帽を被りホウキを携えた妙齢の女性。
ヒーロー協会が誇るNo.2ヒーロー、シャイニング・ウィザードである。
彼女を筆頭にこの場に集まったのは22名の協会所属ヒーローだ。
現在地は、都市部近郊にある過疎地域の隅っこ。
ここは以前、巨大なヴィラン組織が占拠していた時期があり、現在もその名残から人口が著しく減少している。
特にこの森林地帯は人が来ることが皆無で、怖いくらいに閑散としていた。
あまりに静かで、少しの話し声でも遠くまで響いてしまう。
目の前にそびえる建物は、間違いなくそのような場所には似つかわしくないだろう。
「さて、皆〜?気を付けて行くわよぉ〜」
「「「はいっ!」」」
防御面に優れたヒーローが先導し、シャイニング・ウィザード達はその建物に足を踏み入れた。
森の中に佇む、近未来的な銀色の光を反射する建物に。
見た目の大きさは学校の校舎くらいだろうか。
入口を静かに破壊して中に入ると、眼前には十メートル程の真っ直ぐの通路が続いていた。
左右の壁は何の装飾も見られず、人が三人ほど横に並んで歩ける広さの床には、真っ白の正方形タイルがきっちり敷き詰められている。
「……」
シャイニング・ウィザードの横に立っていたヒーローが、バイザーの奥の瞳を細めつつ、二本指でピッ!と正面の扉を差した。
どうやらこの通路に罠は仕掛けられていないようだ。
迅速に通路を抜ける。
別のヒーローが扉に手を当てソナーを送っている間に、シャイニング・ウィザードは通路の方を振り返った。
自分達がまさに通り抜けたばかりの道。
罠は無し。
監視カメラも無し。
一見するとただの玄関口でしかないが、本当にそれで良いのだろうか。
建物の外観といい、あまりにも隠す気が無いように感じて仕方がない。
こんな雑な設備で大丈夫なのか?
重要な施設だろうに……。
言語化出来ない違和感がシャイニング・ウィザードの脳裏を駆け巡る。
「……センサーに反応した生物は五名。うち三体は姿形から、覚醒個体かそれに準ずる存在だと考えられます」
五名?
思いのほか少ない。
それに秘匿施設を守る人員が、たかが覚醒個体三〜五体……?
おかしな話だ。
出入口のガバガバセキュリティを含め、まるで初めから守る気が無いかのような───。
刹那、シャイニング・ウィザードの脳内に稲妻が走った。
まさか。
シャイニング・ウィザードはすぐさまヒーロー達の間をすり抜け、扉の前に立つ。
控えたヒーロー達が頭上に疑問符を浮かべた次の瞬間。
なんとシャイニング・ウィザードは、光の魔術で豪快にも扉を破壊してしまった。
轟音が響き渡り、焼け爛れた壁面がドロリと溶け落ちる。
「……あらあら」
突然の奇行に驚く間もなく、ヒーロー達は扉の向こうに広がっていた光景に息を飲んだ。
簡単に言えば研究室。
しかし陳列する物体は一般的な"研究室"にイメージされるような物とはかけ離れており、建物の外観に相応しい近未来的な様相となっていた。
ズラリと並んだ縦長のポット。
中には薄緑の液体が満ちていて、いくつかには人型をした"何か"が静かに沈んでいる。
ポットの前に設置された液晶に表示された数値は細すぎて、ここからではよく見えない。
地面を這うように絡んだ管や配線は一体どこに繋がっているのだろう。
机の上には書類や本が乱雑に散らばっており、整理されないまま放置状態。
中央の怪しいパソコンの画面には細かいヒビが入っていた。
驚くべきことに、ここにはまともな人間が一人も居なかった。
ポットの影や段差の下から現れたのは、いずれも異形の覚醒個体。
先程ヒーローが探知した数とも合致していた。
「もう用済みって事かしらねぇ〜……」
困ったようにシャイニング・ウィザードは微笑んだ。
きっと短期的な拠点だったのだろう。
見つかる前提で施設を構え、スピーディに生産を行った。
そしてヒーロー達が訪れる前に手を引いたと見える。
「シャイニング・ウィザードさん、これは……」
「囮ねぇ〜。まったく、面倒なことしてくれるわ〜」
襲いかかってきたトカゲ男の顔面に光のビームを直撃させつつ、シャイニング・ウィザードは愚痴を零す。
次々と突っ込んでくる覚醒個体を前に他のヒーロー達も戦闘態勢に入った。
さすがは選りすぐりのヒーロー達とでも言うべきか……。
複数の覚醒個体相手に、見事な連携プレーで優勢に立っていた。
「"シャイニング・バレッド"〜」
光の雨が降り注ぎ、覚醒個体をまとめて弾き飛ばす。
偽の拠点と分かった今、ここに期待していたような価値は既に無くなった。
おそらく放置されたこれらの書類も大したものではないだろう。
敵が重要な書類はそこら辺に放置して帰る馬鹿じゃなければ、の話だが。
それでも万が一の可能性があるので、戦闘向けじゃないヒーロー達がせっせと散らばった書類をまとめて持ち帰る準備をする。
シャイニング・ウィザードも戦闘の援護をしつつその中に加わった。
真っ先に触れたのは、あの意味深なノートパソコンだ。
数回電源ボタンを押してみたが、一向に光が灯る気配は感じられない。
「シャイニング・ウィザードさん、これ……」
「……あらぁ〜?」
バイザーを上げたヒーローが持ってきたのは、ホチキスで閉じられた書類の束だった。
受け取ったシャイニング・ウィザードは、その表紙に貼り付けられた白黒の写真を見て首を傾げた。
何故なら、そこに写った人物と面識があったからだ。
「あらあら、ファントムちゃんじゃない〜。これってもしかして〜……」
ペラペラと捲ると、続いてボスだけでなく秘密結社Xの幹部についても色々と調べてあることが分かった。
シャイニング・ウィザードは、のほほんとした瞳の奥で冷静に考えを巡らせる。
斥候を務めたヒーローによると、この研究施設を利用していたのは金髪オールバックの男だったらしい。
特徴的なモノクルと黒マントを装備した長身で、顔立ちからするに外国人。
人当たりのよさそうな微笑を絶えず浮かべておきながら、醸し出される雰囲気はとても近寄り難い……。
まぁ十中八九で彼だろう。
この書類を見るに、未だに感情を拗らせているようだ。
「シャイニング・ウィザードさん、覚醒個体の拘束をお願いします!」
「うふふ、今行くわ〜」
どうやらヒーロー達は覚醒個体の鎮圧に成功したらしい。
とは言えリミッターが外れた彼らは死ぬまで暴れるので拘束が必要だ。
それもとびっきり頑丈な。
この中で有効なのはシャイニング・ウィザードくらいだろう。
ひとまず秘密結社Xについてまとめられた書類は後で読むとして、先にこちらを片付けよう。
シャイニング・ウィザードが書類の山に背を向けたその時だ。
突如として、バッテリー切れしたはずのノートパソコンに文字が映し出された。
『おめでとう』
シャイニング・ウィザードは、横目でしっかりとその文字を捉えた。
いつものふんわりとした雰囲気が消えた瞳。
パッと切り替わった次の言葉を目にした瞬間、考えるまでもなく脊髄反射で行動を開始していた。
『君達は"観測者"だ』
刹那、ズラリと並んでいたポットが一斉に眩い光を放つ。
誰もが呆然として動けぬ中、凄まじい爆炎が烈火のごとく膨れ上がった。
───ドゴォオオオオオオオンッ!!!
爆ぜる轟音。
爆裂する業火。
噴火のように噴き上がった黒煙混じりの衝撃波が建物を軽々と吹き飛ばし、天高く咆哮を上げる。
あまりの威力に周囲の木々すら尽く薙ぎ倒され、飛び散った爆炎が燃え移り大規模な火災へと変化した。
ゴウゴウと燃え盛る炎を、シャイニング・ウィザードを含むヒーロー達は遥か上空から眺めていた。
「た、助かりました……」
「間一髪だったわねぇ〜」
冷や汗ダラダラのヒーローに対して、シャイニング・ウィザードはのほほんと返す。
爆発の直前、シャイニング・ウィザードが光の魔術によってヒーロー達を救い出したのだ。
おかげさまでヒーローは全員無事。
しかし、見ての通り施設は全壊してしまった。
書類やポットもほとんどが原型を留めぬほど破壊し尽くされ、残っているのは秘密結社Xについて調べた例の書類だけだった。
「残念ねぇ〜……」
崩壊した偽基地を見下ろしてシャイニング・ウィザードは呟いた。
彼女らの本日の業務は、敵情視察から山火事の鎮火に変更を余儀なくされたのだった。
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