エピローグ②
ヴィラン連合の定例会議にて。
「────という感じで、最終的には逃げられちゃった」
ブレンによる襲撃について報告を終えたボスは、改めてお高い椅子に腰を下ろした。
覚醒個体と共に行動をしていたこと。
度を超えた好戦的な性格。
狂気の能力〈強欲〉。
次会う時はさらなる力を身に付けてくるであろう。
しかし彼自体の危険度もさることながら、さらにヴィラン連合の頭を悩ませていたのは"覚醒個体"であった。
具体的に言うと彼らの背後にある"組織"が原因なのだが……。
「もうあちらさんも隠す気無いのかねー……」
机に顎を乗せたゼロが面倒そうに呟く。
彼の言う通り、ここまで露骨に覚醒個体を出してきたからには隠す気などサラサラ無いだろう。
むしろ自分達の存在をアピールしているようにすら思える。
「ああ、これで疑う余地は無いな。アイツは生きていた。そしてまた同じ過ちを繰り返そうとしてる」
魔王は呆れたようにそう言った。
人間、たった一度の痛い目じゃそう簡単には更生しないらしい。
「"Z"の復活……これは厄介ですね」
ラプラスもまた状況を深刻に見ているようだ。
以前とは違い、ブレンのような外部の人間すら取り入れて勢力を拡大している。
今はまだ表舞台に目立って出しゃばる気配は見られないが、大人しくしているのも時間の問題だろう。
「封印はどうなっておった?エルムグラムの奴が手を施しておったじゃろう。あやつの力はそう簡単には破れまい」
「つい先日確認しましたが、既に……。おそらくコードナンバーシリーズも復活を果たしているでしょう」
「マジか」
何故かちょっと嬉しそうな九尾の横で、ボスは心底ゲンナリとした表情を浮かべる。
敵方の戦力は順調に整ってきた訳だ。
「近々大きな動きがあるかもしれません。皆さん、心の準備だけはしておいてください」
「ああ」
「はいよー」
「うむ」
「へーい……」
ご覧のように、いつも以上に引き締まった雰囲気で定例会議は幕を閉じた。
◇◆◇◆◇◆
「───って話を、先週の会議でしたはずなんだけどなー……」
ぽつりとそう呟いたのはゼロだ。
木陰の下に引いたシートに腰を下ろし、手には淡い桃色のデザインの缶が握られていた。
そして彼の眼前では……。
「んくっ、んくっ………ぷはぁっ!かーーっ、最高じゃのぅ!!絶景絶景!」
「絶景絶景!」
大きな盃を一瞬で空にした九尾が、降りしきる紅葉を前にカラカラと笑い声を上げた。
アルコールが入ったことで火照った体は非常に艶めかしく、いつも以上にはだけた着物の隙間から覗く肌は火傷しそうな程の熱を帯びていた。
左腕には愛しのファントムをしかと抱き締めており、自慢のおっぺぇにぐにぐにと押し付けては、気分良さげに尻尾を揺らしている。
そして、どうやらアルコールが入っているのはボスも同じようだ。
九尾と同様に若干赤みがかった頬で、陽気な笑い声を上げながら豊満な胸に埋まっている。
表情がちょっと気持ち悪かった。
きっと九尾とボスで口にした「絶景」の意味合いは違うのだろう。
「羨ま死……!!」
ギリギリと歯を食いしばり恨み辛みを怨嗟のごとく吐き出すゼロ。
握り締めたチューハイの缶がメキョッ……!と潰れる。
もはや血涙を流す勢いだ。
「俺もおっぺぇに埋まりたい!よしよしされたい!助けて剛鬼ちゃん!」
「うぅむ、反応に困るのだが……」
通常サイズの盃に注がれた日本酒を嗜みつつ、絶妙な表情で答える剛鬼ちゃん。
頼られるのは嬉しいが、頼られた理由が理由なだけに素直に喜べないのだ。
「ちくせうっ!どうしてファントムだけ許されるんだ!こんなのおかしいだろっ……!!」
男の悲痛な叫びが木霊する。
どうして友人のセクハラは許されて、自分は白い目を向けられなければいけないのか。
こんなのあって良いはずがない。
自分とファントムの何が違うというのか。
納得出来ないゼロは血涙を流し訴えかける。
それに答えたのは、他の誰でもないヴィラン連合を代表するハーレムの主だった。
「相手を選んでるからじゃないか?」
「それじゃあまるで、僕が無差別にセクハラないしナンパをしてる糞野郎みたいじゃないですか」
「その通りだが?」
「ぐふっ」
愛しの青薔薇姫ことシルヴィア様を侍らせてやって来た魔王様の鋭く的確なツッコミに、ゼロは撃沈せざるを得なかった。
ファントムはセクハラする相手を選んでいる。
例えば好意全開の九尾に対してであったり、長年の付き合いがあるイリスにであったり……。
しかしゼロはいわゆる一号君や二号君と同じタイプ。
結果を焦るあまり、手当たり次第にナンパして逆に嫌われてしまうタイプだった。
認めたくない現実を突き付けられ、ゼロは吐血して動かなくなった。
「哀れ……」
「主君が申し訳ない……」
シルヴィアの憐れみを帯びたジト目。
苦笑いしつつ、剛鬼は悲しき男の死体を端っこに寄せる。
「しかし……良いのだろうか。こんなに楽観的で」
目の前の光景を眺め、剛鬼は困ったように微笑む。
ゼロと同様に剛鬼もまた気にしていた。
先週の会議では"組織Z"の復活を問題視し、各々で気を引き締めることを呼びかけた。
けれど……。
翌週になった途端、これなのだ。
「宴会自体は好きなのだが……」
「まぁ、良いんじゃないか?どうせ敵のアジトが見つけられてない現状、出来ることなんて限られてるしな」
「ん。悩んでも仕方ない」
甘々の桃色空間を形成しながらも、きちんとレスポンスはしてくれる魔王夫妻。
あまりの甘ったるさに剛鬼は居心地が悪くなった。
一般人ならば間違いなく砂糖を吐き出すマーライオンと化していただろう。
「ウルフちゃんって、もうお酒飲める歳やったんやねぇ……。てっきりまだ未成年かと思うてたわ」
「そう言うテンパライさんはジュースなんですねぇ……。お酒、苦手ですぅ?」
「こう見えて下戸なんやわぁ、僕。さすがに皆が居る場所で、ベロンベロンになる訳にはいかないやろ?」
一方で、向かい側にある大樹の元には大勢のヴィランが集っていた。
その中には我らがウルフちゃんの姿もあり、手にはオレンジのチューハイが握られていた。
先程までボスと共にラッパ飲みする勢いで日本酒をガバガバ飲んでいたため、さすがのフィジカルモンスターも呂律が回らなくなってきたようだ。
「ソアレ様、これ何です?」
「気持ち良くなる粉だよ」
「……一応聞きますけど、合法ですよね……?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「ははっ、冗談だよ」
いつもと変わらぬマッドな笑みを浮かべるソアレ氏。
しかしアルコールが回った分テンションも微量ながら上がっているようで、ボケがいつにも増して雑かつオーバーだ。
ちなみにソアレ調合の"気持ち良くなる粉"を吸うと、何故か酔いが促進され快楽ホルモンが分泌されるらしい。
これを適当に持ち合わせた物体Xで作り上げたのだから恐ろしい。
……果たして恐ろしいのはアルコールなのかソアレの奇才なのか。
「マイロード、お酌を……」
「おや、ありがとうございます」
一番平和なのはここだろう。
楚々とボトルを携えて寄り添ったエルムが、空になったラプラスの盃に透明な液体を注ぐ。
言葉は少ないものの、大人な晩酌といった様子でとてもエモい。
紅葉が似合うのもこの二人の周りだけだろう。
「へぇ、そんな事が……。それでそれで、その後どうなったっすか!?」
興味津々な様子で八咫烏ちゃんは身を乗り出す。
酔ったイリスが始めた思い出話に、思いのほかのめり込んだらしい。
イリスもまた、昔を懐かしむように話していると、知らず知らずのうちに言葉が止まらなくなっていた。
「何も面白いことはありませんよ?ただ……」
面白いことはないと言っておきながら、それを話すイリスの表情はどこか嬉しそうだった。
嫉妬に駆られたボスが決行した秘密結社XでのBBQは、巡りに巡って何故かヴィラン連合総出での大宴会に姿を変えた。
各自で自慢の料理を寄せ集め、酒を持ち込み、昼間っからどんちゃん騒ぎ。
これぞ世間に縛られないヴィラン達の醍醐味とでも言うべきか……。
一通り九尾のおっぺぇ……じゃなくて百鬼夜行産の日本酒を楽しんだボスは、酔い覚ましのために宴会の舞台から少し外れた小さな木陰にやって来た。
頼りになる幹に背を預け、ボスは満足そうなため息をつく。
文字通り酒池肉林のド派手な宴会だ。
最高に楽しいに決まってる。
まさか自分の計画したBBQがここまで大規模な宴会に変化するとは……。
一時はどうなるかと思ったが、これはこれで楽しいので結果オーライと言うべきだろう。
「食った食った……もう腹に入らんわ」
コピペ能力でそよ風を生成して涼んでいたボスの元に、腹を擦りながら九尾がやって来た。
あれだけ大量のお稲荷さんが全てこの腹に収まったと考えると……胃にブラックホールでも飼っているのだろうか。
(……なんか腹擦る仕草ってエロくね?)
酔ったボスの思考にブレーキは無いらしい。
眼前に晒された、零れ落ちそうなおっぺぇに視線が吸い寄せられる。
胸をガン見するその視線に気が付いたのか、何も言わずボスの隣に腰を下ろした九尾はわざわざ自身の胸を強調してボスの肩を抱き寄せる。
うひょーっ!
「えっっっど時代すぎんだろ……」
危うく江戸時代の解説を始めるところだった。
いいんですかこんなの!?
こんな……うひょーっ!
最高かよ!
「……のぅ、ファントム」
「なんでしょう」
耳元で囁かれ、思わず姿勢を正して返事するボス。
あっ、そんな……!耳元でそんな……!おっふ!ゾクゾクしますぞ!
「ふむ……いつもよりちと反応が鈍いの。何か余計な考え事でもしておるのか?」
「いや判断基準よ」
下半身を見るんじゃあない。
反応ってそっちかよ。
そっちを反応させた覚えは一回も無い。
人を一体何だと思っているのだろう。
さすがにそこまで節操のない男じゃないんだが?
いやまぁ、お世話していただけるのであれば大喜びで飛び込みますけど……と、内心で早口になるボス。
「まぁ言うてみぃ。こういうのは一度ぶちまけた方が楽じゃぞ?ちなみに妾はファントムのピー(自主規制)をピー(自主規制)にぶちまけて、ピー(自主規制)をピー(自主規制)して────」
「これ読者には何が何だか分からないだろ……」
ほとんど伏字だ。
察しが良い割にこういうセンシティブをいきなりぶっ込んでくるもんだから、本気なのか冗談なのかいつも測りかねる。
「ほれほれ」
「分かった分かった。……別に、ちょっと思っただけだよ。俺、あの頃から変われたかなぁ〜って」
ブレンと戦った時。
覚醒個体を前にして、ふと昔を思い出したのだ。
あの頃から自分は変われたのだろうか。
それを聞いた九尾は「何を言ってるんだ」と呆れたようにため息をつく。
「いや変わりすぎじゃろ。むしろ、どうやったらここまで激変するのか知りたいわ」
真顔でツッコまれた。
でしょうね。
「それは九尾が一番よく知ってるでしょ。逆光源氏しようとした張本人なんだから」
「これを妾の教育の結果だと言われるのは誠に遺憾じゃ」
だってそれ以外にどうとも言えないし……。
心底不服そうだが、何をどう頑張っても現実はそうとしか言えないのだ。
「まぁ、大丈夫だよ。九尾のおっぺぇに癒されたし。究極のおっぺぇって最強だな。触れてるだけで悩みとかどうでも良くなってくるわ」
「ふむ……本当に胸だけで良いのかの?妾を全身で堪能してはみんか?」
「全面にモザイクかかるからNGで」
最後のラインだけは絶対に譲らない。
いつまでも変わらないボスであった。
エモに寄せきれなかった……。
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