イケメンは解釈違い?
────ザンッ!!
生々しい肉の感触を貫き、飛び散る鮮血。
切り落とされたブレンの左腕が宙を舞い、軽い音を立てて地面に落ちる。
力無く横たわる歪な形の左腕は、そのまま紫の炎が引火し灰すら残さず焼失してしまった。
「ちっ……!」
舌打ちをしたのはどちらだろう。
もしかしたら二人共だったかもしれない。
ブレンは短くなった腕の切り口から血を零しながら、尖った金属片を空中でキャッチし振り払う。
かろうじてボスはそれを回避したものの、頬には一筋の切り傷が刻まれており、そこから薄く血が滴り落ちた。
ボスがバックステップで距離を取る傍ら、ブレンは露骨につまらなそうな顔をした。
そして血をダバダバと零す己の左腕に視線を向ける。
九尾の炎によって傷口を焼かれており、出血はこれでも最低限に抑えられているようだ。
もちろん、止血に伴う激痛は相当のものだが。
しかしその痛みすら何処吹く風で受け流したブレンは、やれやれと肩をすくませながらため息をついた。
「ちっ……ここまでか」
すっかり萎えてしまったのだろう。
声のトーンは明らかに沈んでいて、残ったナイフの柄を投げ捨てる仕草はどこか乱暴だった。
雑に後頭部をガリガリ掻き毟る。
「逃げる気か?」
「おうよ。悪いな、ファントムちゃん……これも依頼主の意向でよぉ。俺だって本当は、どっちかが死ぬまで殺り合いたかったんだぜ?」
心底残念そうにそう言ったブレンの体から、じわじわと黒霧が溢れ出す。
本人が言った通り、このまま撤退するつもりなのだろう。
そうはさせまいとボスが力強く踏み込んだ。
再び片手剣に光が宿る。
「じゃあなファントムちゃん!次こそは思う存分、殺し合おうぜェ!!」
邪悪に笑うブレンの体から、勢いよく黒霧が噴出した。
その勢いは暴風にも匹敵し、ボスは不覚にも動きを僅かに遮られてしまった。
結果、剣を振るのがワンテンポ遅れた。
光を帯びた片手剣を振り払った時には、もはや返ってくる手応えは何も無かった。
剣圧で黒霧を弾き飛ばしたボスは、無言のまま能力を解除し片手剣を光の粒子に還元する。
「……」
特製フィールドの外郭を未だに維持する黒霧を見つめるボスの表情は、どこか腑に落ちないようだった。
何を隠そう、先程まで確かにここに居たはずのブレンの気配が、一瞬にしてはるか遠くに消えてしまったのだ。
それこそ転移したかのように。
これもブレンが奪った能力の一つなのだろうか。
離脱用の隠し手札……。
「いやはや、困ったなぁ……」
ともかく、ここで仕留めきれなかったのは大きな失態だ。
今後について考えたボスは、頭痛を感じて思わず眉間を押さえた。
きっと次に奴が現れる時は、今回よりも遥かに厄介な存在となっているだろう。
そう思うだけでもう頭痛がする。
筋肉ムキムキマッチョマンの変態に目を付けられて、良いことなど欠けらも無いのだから。
「……お?」
ボスが色々と考えを巡らせていると、不意に周囲の黒霧が薄くなっていくのを感じた。
しばらくすると、完全に紅葉の木に囲まれた元の空間が露わになった。
どうやら外での戦闘もちょうど一段落ついたようで……。
「ぷはっ……!し、死ぬかと思った………って、ええっ!?だ、誰このイケメン!?」
顔面から地面に突き刺さり犬〇家していた一号君。
顔を引っこ抜くなり、目の前で憂い気な横顔を晒していたイケメン(ボス)に度肝を抜かした。
ボスは得意げなドヤ顔で顎に手を当てる。
「誰って……君らのボスですが?」
「嘘だ!俺らのボスがこんなイケメンなはずない!」
「そうだそうだ!ボスがイケメンだったら、僕らの立場どうなるんすか!」
「主人公はとりあえず顔面強くしとこうみたいな風潮反対!」
まさかのエックス戦闘員総出で暴動が起きた。
余程ボスがイケメンだという事実を認めたくないらしい。
「クソがっ!あのセクハラもあのセクハラも、全てはボスがイケメンだから許されてたと言うのか……!?」
「横暴だ!こんなのルッキズムの縮図だぁ!」
「別にセクハラを許可した覚えは無いのですが……」
微妙な顔でツッコむのは、セクハラ被害者筆頭のイリスさんだ。
当然ながら、ボスの顔面がお強いから何だかんだセクハラを許していた訳ではない。
そこは名誉のために断言しておこう。
「君が仮面を取るなんて、随分と久々だね」
「いやまぁ、たまにはこうしてボスの威厳を示しておかないとね」
渾身のキメ顔でドヤるボス。
エックス戦闘員からのブーイングは非常に激しいが、事情を知っているソアレには言葉を用いずともその真意がしっかりと伝わっている。
「ま、冗談は置いておいて……そっちは大丈夫だった?なんか覚醒個体いっぱい居たと思うけど」
「ああ、特に問題は無かったよ。開始数分でウルフ君が一体ぶっ飛ばしたからね」
「はいですぅ!」
「えぇ……」
ボス、ドン引き。
マッスルポーズで自慢げに胸を張るウルフちゃんは、洋服が砂埃にまみれているものの、目立ったダメージはミニスカの裾に切れ目が入っているくらいだった。
ソアレからの話を聞くに、ウルフちゃんが相手をしていたあの首から下が強靭な肉体を持つ異形の怪物。
腕に彫られていた刺青から"915号"と呼称する。
915号は、どうやら受けた物理ダメージを吸収し己の打撃の威力に上乗せする能力を持っていたらしい。
まぁ物理主体のウルフちゃんからすれば天敵みたいな相手だろう。
しかしウルフちゃんは殴り合っている間に、一発あたりの吸収出来る威力には限度があることを発見したそうで。
そこで思い付いたのだ。
ならば、吸収限度+915号の素の打撃威力を超える破壊力の打撃を連打すれば、押し切れるのではないか……と。
うん、ちょっと何言ってるか分からない。
……いや、正確には言ってることは分かる。
分かるのだが……。
「え、それでオラオララッシュしてゴリ押したの?」
「はいですぅ!いやぁ、かなり手強い相手でした!」
何それ、怖ぁ……。
純粋無垢な笑顔でそう答えたウルフちゃんに、ボスは軽い恐怖を覚えた。
理論的には分かる。
かなり脳筋だが、理論的にはその通りなのだ。
それを実践するために必要なパワーが人外なことを除けば。
何だこの最高に頭の悪い方程式……。
「ははっ……つまり力こそパワーってことね……」
「気持ちは察するよ。何だろうね、この無力感」
科学者として色々と思うところがあるらしく、ソアレの目は若干死んでいた。
圧倒的フィジカルの前では、科学だの論理だの難しい分野が出る幕は無いのだ。
このようにして開始数分で手が空いたウルフちゃんが他のメンバーに加勢し、割と安定して覚醒個体には勝てたそうだ。
う〜ん、さすがフィジカルモンスター。
「さて、後は……」
コピペ能力で仮面を複製し、いつも通りの見た目に戻ったボスは改めて現実を直視する。
本来ならば見て見ぬフリをしたいところだが、今回はそうもいくまい。
「これ、どうしよっか……」
目の前には、無惨に荒れ果てた空間が広がっていた。
落ち葉の絨毯は完全に巻き上げられて地形すら変わっており、数は少ないが倒れた木々も視界の端に見える。
この悲惨な状況をどうするか。
それが、秘密結社Xの面々に残された最後の課題だった。
・犬神家………『犬神家の一族』より
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