底無しの強欲
助走を付けて跳び上がった細身の男───489号の右腕が、細かいブロック状の群れに崩壊。
正方形の数々が渦巻いたかと思えば、ギュルッ!と何とも言えない音がして新たな腕を作り上げた。
到底人間のものには見えない、鋭い四本指を備えた巨大な腕だ。
ボスの胴体を丸ごと握れてしまいそうな大きな手のひらが、爪を立てて思いっきり振り下ろされる。
「あぶねっ」
かろうじて身を躱したボスを追って489号は次々と腕を振り回すものの、寸前のところで攻撃は当たらず空振るばかり。
ボスは体を逸らして攻撃を避け、流れるように彼の懐に潜り込んだ。
滑らかな動きで489号の胸ぐらと腕を掴み、実に華麗な一本背負い。
投げる途中で手を離すことで、489号を空中に放り出した。
「……!」
相変わらずの無表情でこちらを見つめる489号に向けて、紫の炎を放つ。
しかし、ゴォッ!!と激しく燃え盛って解き放たれた紫炎は、寸前で割り込んできた目隠し少女によって防がれてしまった。
それも予想外の形で。
「……ばくっ」
「あ、そういう感じ……?」
ボスの頬が引き攣る。
なんと目隠し少女は、腹に空いた化け物のような凶悪な口で、ボスの放った紫炎をばくっと食べてしまったのだ。
微塵も熱がることなく、腹の口は咀嚼を繰り返し紫炎を平らげてしまう。
862号……彼女の腹は随分と悪食のようだ。
「さァて、ファントムちゃ〜ん!!俺とも遊ぼうぜぇーーっ!!」
地を踏み砕く程の力強い踏み込みによって、ブレンの姿が一瞬で掻き消えた。
直後、ガギィインッ!!という耳障りな音に加えて、ボスが掲げた腕に凄まじい衝撃が走る。
衝突したナイフと手甲の周りに火花が散る。
ググッと押し込まれそうになったナイフを、ボスは力任せに振り払い、同時にバックステップで距離を取る。
ボスがその場を離れた途端に、頭上から降ってきた489号。
今度は右足をドラゴンのような鱗に覆われた野太い脚に変化させており、踏み砕かれた地面にバキバキと深い亀裂が走る。
飛び散った瓦礫に混じって正面から黒霧が吹き抜けたかと思えば、背後から叩き付けられる鋭い殺気。
身を捻って屈めると、眼前をナイフの切っ先が横切った。
「ひゅ〜っ!今のを躱すかよっ!後ろに目ん玉でもついてんのか!?」
嬉々として驚愕した表情をさらけ出すブレン。
さりげなくボスが繰り出した蹴りもガードしており、抜け目がない。
不安定な体勢を晒したボスを襲ったのは、唾液にまみれた凶悪な牙だ。
862号の腹の口が、ガバッ!と大きく開いてボスの胴体に食い付いた。
思わず目を見開くほどの、凄まじい咬合力。
肉に牙がくい込み、血を滴らせると同時に骨がメキッ……!と悲鳴を上げる。
目前に迫って初めて前髪の隙間から露わになった少女の瞳は、やはり他の個体と同様に光が失われていた。
どこまでも続く深い闇に、ボスは堪らず歯軋りをする。
それは痛みからか、それとも果てしない憤りからか……。
「んのっ……!」
コピペ能力を駆使し、構築した鉄骨。
862号の口に突っ込む形で生成し、鉄骨が伸びる勢いを利用して強制的に引き剥がす。
「いてて……!女の子からの熱烈なアプローチはいつでもウェルカムだけど、物理的なのは遠慮したいなぁ!」
ワイシャツの穴から広がる真っ赤なシミに顔を顰めつつ、ボスは素早い動きで攻撃を受け流しカウンターの蹴りを489号の顔面にぶち込む。
そして今度こそ紫炎を489号に喰らわせ、よろけた彼の横を駆け抜けた。
「よっとォ!」
「……ぺっ!」
ナイフの振り下ろしと、鉄骨を吐き出した862号の噛みつきを両手の手甲で防御。
上手く防いだと思ったのだが……しかし。
「うそんっ!?」
どうやら862号の悪食を舐めていたらしい。
かぶりついた金属製の手甲をガジガジと齧り、貪り食っているではないか。
すぐに壊される様子はないものの、モタモタしていたら完全に餌と化すのは時間の問題だ。
一瞬だけ862号に気を取られたボスの胸に、隙を逃さず手痛い反撃が加えられる。
袈裟斬りに振り下ろされたナイフがワイシャツを切り裂き、ボスの胸に斜めの斬撃を刻んだのだった。
ナイフの切っ先から鮮血の粒が飛び散る様子を、ブレンは恍惚とした狂気の笑みで愉しんでいる。
「っと、ごめんねっ!」
まず予め、謝罪を一つ。
いくら明確な敵であっても、さすがに女の子に手を上げるのは憚られるというもの……。
腕にがっついた862号をそのまま地面に叩き付け、一瞬だけ噛みつきが緩んだ隙に腕を抜き取る。
その代償に土手っ腹にぶち込まれたサッカーキックは甘んじて受け入れ、ボスは思いっきり蹴飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がり、難なく体勢を立て直す。
「いいねぇ、そう来なくっちゃな……!簡単に殺せるようじゃつまらねぇぜ!」
ナイフの峰で肩をトントンと叩き、ブレンはハイテンションにそう叫ぶ。
彼の左右には復帰した489号と862号が戻ってきており、しかし何故かボスを襲う気配は見られなかった。
衣服に付着した砂埃や焦げ付いた痕を気にする様子もない。
ただそこに佇んでいるだけだ。
それを疑問に思ったボスが警戒心を強める中、ブレンはくつくつと笑みを漏らしながらボスに問うた。
「なぁ、こいつらの能力知ってるか?」
「……いや、知らんけど」
いきなりどうした?と眉を顰めるボスはさておき、ブレンは話を続ける。
「こっち……489号の能力は〈再構築〉。言わば肉体を粒子単位で作り替える能力だな。んで、こっちの862号が〈悪食〉。文字通り腹の口で何でも食っちまうんだ」
「……それを教えられて、どうしろと?」
どちらも、聞かされようが大して意味のない能力だ。
もちろん"対策の仕様がない"、という意味で。
どうして、ブレンはいきなり連れの能力を暴露したのだろう。
まさか読者に向けた説明パートという訳ではあるまい。
……え?いや、違うよね……?
若干自信が無くなったのか、ボスは微妙な表情を浮かべている。
「いやいや、そういや俺の能力を教えてなかったなと思ってよ。俺ばっかりファントムちゃんの情報を持ってるのは不公平だろ?S〇Xとは違って、戦いは己の全てをさらけ出すに限るからなぁ」
「ごめん本当に何の話?」
童貞に対する精神的マウントか何かなの?
ボスは危うく血涙を流しそうになった。
もしこれがブレンの精神攻撃ならば、見事に成功したと言えよう。
ボスの心は完全に乱されてしまったのだから。
……まぁそんなはず無いのだが。
真面目モードに中々至れず、やはりボスは微妙な表情でブレンを睨む。
「見てな。俺の力は───」
そこまで言うと、ブレンは何を思ったのか肩叩きとして活用していたナイフを振り上げ、そして。
いとも簡単に、489号と862号を切り捨てた。
「なっ……!?」
ボスが驚愕したのもつかの間。
それぞれの傷口から大量出血して膝から崩れ落ちた二人の体から、漆黒の霧のようなものが立ち上り、ブレンの体へと吸収されていく。
「俺の力は〈強欲〉!殺した相手の力を奪う能力さ……!」
彼にとって、デモンストレーションのようなものだったのだろう。
地面に伏した489号と862号はピクリとも動かない。
頸動脈を両断する首の傷が致命傷となり、息絶えたようだ。
覚醒個体にしてはあまりにもあっさりと殺されたため、何かブレンの持つ能力によって即死させられたのかもしれない。
ブレンの左腕が細かいブロック状に変換され、渦巻いて新しく構築されたのは、樹木を圧縮したかのような乾いた野太い腕だった。
バサバサと揺れる外套を振り払って、掲げた腕がメキメキと大きさを増していく。
溢れ出した黒霧がブレンの顔の半分を覆い隠し、その表面に不規則に揺蕩う不気味な瞳を映し出した。
それはまるで夜空に浮かぶ黄金の月のようだ。
「───さあ、こっからが第2Rだ!!楽しんでいこーーぜぇ!!」
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