紅葉狩りを楽しむと言ったな。あれは嘘だ。
「う〜ん……おかしいな」
紅葉に彩られた絶景を眺めながら、ボスは「おや?」と首を傾げた。
この山が九尾の支配する領域であることは、前話でちらっと話しただろう。
しかし普段九尾が住んでいる百鬼夜行の本拠地とは少し離れており、九尾が留守の間は別の妖怪が管理を任されているそうで。
今日はその妖怪が顔を見せると聞いていたのだが……。
パッと見た限りまだ来ていないようだった。
「少し早く来てしまったでしょうか……」
「かもね。まぁせっかくだし、そこら辺見て回ろうよ」
チラリとスマホで時間を確認したイリスの横で、ボスは呑気な顔でそう言った。
別に時間に縛られた慌ただしい旅行ではないのだ。
そこら辺を適当に散策していれば、いずれこの山を管理するという妖怪もやって来るだろう。
「うしっ!ウルフちゃん、あそこのコテージまで競走だ!はいよーいドンッ!」
「あっ!?ちょ、ズルいですぅ!」
フィジカルでは勝てないと分かりきっているので。
まくし立てるようなスタートの合図で先手を取るという、非常に姑息な手段を実行したボス。
大人気ない全速力でコテージに向けて爆走するものの、ほんの数秒でウルフちゃんに追い付かれてしまった。
遅れてのスタートなんて何のその。
持ち前のずば抜けたフィジカルに物を言わせ、あっという間にボスを抜き去った。
「ゴーーールっ、ですぅ!!」
右拳を天に掲げ、雄々しく勝利を宣言したウルフちゃん。
スピードを緩めた軽いランニング程度のスピードで息を整えつつ、くるりと振り返って自身の胸にボスを迎え入れる。
「えへへ〜♡捕まえましたよぉ、ボスさん!」
「ぜぇ……ぜぇ……あ、ありがとうございますっ……」
荒い息を繰り返しながらも、ボスは感謝を忘れない。
己の顔面を包み込む柔らかい双丘の感触は、まさに幸福そのもの。
ほのかに香る女の子特有の甘い匂いがボスの鼻腔をくすぐる。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
人類が還るべき場所はここにあったのだ。
セクハラ親父顔負けの顔面で、「ぐへへ……!」とウルフちゃんの胸に顔を埋めるボス。
おいそこ代われ。
「───えっ?」
「……にゃ?」
頼りないボスはさておき。
最初に異変に気が付いたのは、常人よりも遥かに感覚の優れる獣人たるウルフちゃんとミケの二人だった。
今までの幸せムードからハッと我に返り、ウルフちゃんは素早く左方に視線を向けた。
離れた場所では、尻尾の毛を逆立てたミケもまた、唸り声で威嚇しながらウルフちゃんと同じ方向を睨んでいる。
一体どうしたと言うのだろう。
他の者が二人の様子に疑問を持ったその時。
何の変哲もなかった紅葉の森に、突如として目を疑うような異変が巻き起こった。
────ザアアアアッ!!
耳障りな摩擦音。
思わず顔を顰めたウルフちゃんの眼前で、それは思いっきり波打ち視界を染め上げた。
「んなっ、なんじゃこりゃああああ!?」
遅れてボスも異様なその光景を目にして、思わず奇っ怪な悲鳴を上げた。
黒い霧。
紅に染まった木の葉を呑み込み、そして青空さえ覆い尽くさんと流れ込んだ"異変"の正体は、不気味な黒い霧であった。
濁流のように押し寄せ、とてつもないスピードで勢力を広げていく。
明らかに自然現象では無かった。
「ボスさんっ!!」
瞬時にウルフちゃんが叫ぶ。
同時に身を引き自らを盾にした瞬間、黒霧を切り裂いて現れた巨大な拳が勢いよく振り下ろされた。
ズンッ!!と重々しい衝撃がウルフちゃんの左腕を貫き、地面に亀裂が刻まれる。
姿を現したのは、体長2mを軽く超える異形の化け物だった。
圧倒的体格差。
首から下の筋肉が異様に発達しており、腕は丸太のように太くボコボコと血管が浮き出ていた。
しかしウルフちゃんは全く力負けすることなく、ボスを守りつつその怪物を睨み付ける。
甘々の時間を邪魔されてちょっとお怒りらしい。
さすがに真面目モードになったボスが胸元からするりと抜け出すと、ウルフちゃんは今度こそ全力で怪物の腕を押し返し、土手っ腹にキツいパンチを一発ぶち込んだ。
「むっ……」
ところが、だ。
本来ならば軽くぶっ飛ばす程の威力で殴ったはずが、怪物は数歩後ずさっただけでケロッとしていた。
極端に小さな頭を太い指でカリカリと掻き、平然と拳を振り下ろす。
その間にも、黒霧はみるみるうちに開いた空間を呑み込みつつあった。
咄嗟に風の防御壁を展開しようとした八咫烏ちゃんであったが、そんな彼女の元にも一つの影が降ってきた。
「何っすか、こいつ……!?」
そいつは巨大なハンマーを担いでいた。
くせっ毛の隙間から覗く瞳は朧気で、細身の体はどこか頼りなかった。
だが見た目のナヨナヨした雰囲気は一瞬で払拭されることになる。
彼(彼女?)が振り下ろしたハンマーの威力が凄まじかったからだ。
軽々と地面を破壊し、砕けた残骸を散弾のように辺りに撒き散らす。
八咫烏ちゃんとイリス、そして二人と一緒に居た小雪ちゃんが、こいつに動きを拘束されてしまった。
また、一方で……。
「ふむ、面白いね……」
「ミケはちっとも面白くないにゃあ〜〜っ!」
ソアレとミケ、そしてチェリーちゃん&エックス戦闘員達の元では。
全く同じ顔の二人組───ピエロの格好をした双子の襲撃者が、奇妙な踊りを披露していた。
しかもただの滑稽なダンスではない。
二人が大仰な仕草でダンスする度に、マジックのように何も無い空間から剣が現れ、飛んできたり。
布をヒラヒラと揺らせば、大砲が落ちてきたり。
口の中から紐で繋がったダガーがズルズルと這い出してきたり。
奇妙で、どこか恐ろしかった。
ソアレは興味を引かれているようだが、それ以外の面子はそろってドン引きだ。
「おわあああっ!?」
「あぶっ!?ちょ、こいつヤバすぎんだろ……!?」
「うわっ……あれどうやって口の中に……?めっっっちゃ痛そうなんだけど……」
エックス戦闘員達も、それはもうてんやわんや。
爆弾に巻き込まれて犬〇家した一号君の横で、降りしきるトゲの雨から全速力で逃げ回る二号君。
三号君は、口から万国旗のようにお出しされる棘鉄球に顔を青ざめさせている。
今までにないトリッキーな相手に、彼ら彼女らもまた動きを拘束されてしまった。
そして、残るはボスただ一人。
メンバーを分断され抑えられたことで、ボスも薄々敵の目的を勘付いていた。
そのためわざと抵抗せず、そのまま黒霧に呑まれることを選択した。
ブワッと肌寒い仄かな風が頬を撫で、視界が黒霧に覆われる。
方向感覚は一瞬で消え失せた。
だがしかし、肌を突き刺すような熱烈とした殺気は、むしろ黒霧に呑まれる前よりもさらに明瞭に感じられた。
「はっはァッ!!会いたかったぜぇ、ファントムちゃんよぉーーッ!!」
上空の黒霧を切り裂き、何者かがギラリと鈍く輝く物体を携えて落下してきた。
ボスがコピペ能力で素早く手甲を構築すると同時に、振り下ろされた鉈のような骨太のナイフと衝突。
ガギィイインッ!!と鈍い金属音が響き渡る。
「お前は……」
「さあ!!甘い甘い……蕩けるようにスイートな時間を過ごそうぜぇ!!」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる、漆黒の外套に身を包んだ大柄の外国人。
ボスには見覚えがあった。
この男は────。
ここでコイツが再登場……?
・犬神家……『犬神家の一族』より
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