思い出は鮮明に
「ここにアジトを作ろうと思ってるんだよね〜。とびっきり大きなやつを」
「随分とまた辺境の地を選んだね」
「そりゃあ一応悪党ですから」
並んで立ったファントムと白衣の女性。
彼らの目の前には、大変立派な廃墟が佇んでいた。
雨風に晒されすっかり風化してしまった二階建て住居は今にも崩れそうで、見た目からして中々入りたいとは思えない。
ファントムは、ここにアジトを作りたいそうだ。
もちろん廃墟そのものをどうにかするのではない。
廃墟の地下に、巨大な悪の巣窟を作ろうとしているのだ。
それは実に壮大な計画と言えよう。
「これに関しては君の協力が不可欠でさ。もちろん、報酬として研究室の間取りは好きにしていいよ」
「それはありがたいが……いくら私でも、建築は専門外だ。せいぜい地下にアクセスするシステムを作るのが関の山だよ?」
白衣の女性の言葉に、ファントムはニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「アジト作りの外郭は俺に任せな。このコピペ能力が火を吹くぜっ!」
調子付いた軽薄な雰囲気とは裏腹に、目の前で起こった論理を無視した凄まじい現象。
白衣の女性はその光景を……自分を魅了したその背中を、生涯忘れることはないだろう。
「ふむ……悪くないね」
新しく与えられた研究室を前に、白衣の女性が発した第一声だ。
広さはそこそこ。
けれど豊富な実験材料に、底を気にしなくて良い資金など。
ここで得られる利点を考えれば、前の研究室よりも快適度は確実に上だろう。
何よりも新たに発見した研究対象を間近で観察出来るのだ。
それに勝る利点などあるはずがない。
「……さて、何からやろうか」
色々とやりたいことは山積みだが……。
とにかく状況を整えなければ満足に研究は出来まい。
まずは持ち歩いていたアタッシュケースを置いて、その中身を整理することから始めた。
「おああああっ!?」
ファントムの悲鳴が響く。
新しい発明品の試用を頼んだのだが、物の見事に爆破オチしてしまったのだ。
黒焦げのクッキー状態になったファントムが瓦礫の中で体を起こす。
「……却下で」
「だろうね」
同じく白衣を焦がして起き上がった女性もまた、ボサボサの髪を掻きながら微笑んだ。
優しさの欠けらも無いマッドな微笑みである。
きっと脳内ではさらにえげつない改良の計画を立てているに違いない。
「……あの、これ」
「おや。わざわざすまないね」
初対面の時より少し成長した銀髪の少女が、綺麗にまとめられたA4用紙の報告書を持ってきた。
とても真面目で優秀な子だ。
下手したらボスであるファントムよりも仕事が出来るかもしれない。
「……今度は何を作ってるんですか?」
「ん?ああ、これかい?これはちょっとした認証システムさ。今は出入口がガバガバセキュリティで、発見すれば誰だって入れるだろう?悪の組織としてそれは如何なものかと思ってね」
「確かに……」
妙に真面目な表情で頷く少女。
小さな見学者を横に、白衣の女性はスムーズに出入口に設置するための認証システムを完成させた。
「君ね……"世界征服"を掲げた秘密結社のボスがそれで良いのかい?」
「だって今日死ぬほど暑いじゃん……さすがにこの中で外出とか無理でしょ……」
先んじてクーラーが設置された研究室に入り浸ったファントムが、小さなソファに寝転がりながらのんびりと呟く。
正直居ても居なくても研究の邪魔にはならないのでどうでも良いのだが、あまりに平和ボケした顔面をしていたので、白衣の女性はツッコまざるを得なかった。
まぁこの気楽な雰囲気こそが、秘密結社Xの味とも言えるのだが……。
三人という少人数の組織……しかも出来たてホヤホヤの新興組織で、ボスのやる気がこれ。
色々と先行きが心配になるのも仕方がない。
何せ現在の研究資金は、全てファントムのポケットマネーから賄われているのだから。
それが途切れて割を食うのは御免だった。
「大丈夫大丈夫。最近バイト始めたし」
「正気かい?」
悪の秘密結社のボスがバイト?
そんな質素な悪役なんて聞いたことが無い。
「君の経歴でよく雇ってくれたね」
「ちょいと偽造したからね。……あ、これ内緒よ?」
「……それをやる勇気があるのなら、銀行強盗でもした方が色々と早いだろうに」
「おいおい、さすがに犯罪はいかんでしょう」
「どの口が言ってるんだい」
正義に仇なす悪の組織のボス、経歴詐称、違法建築などなど。
掘り返してみれば犯罪行為のオンパレードだった。
本当にどの口が言っているのか。
真顔で「犯罪ダメ絶対」と宣うファントムに、大いに呆れを含んだ視線が注がれる。
「ウルフガールですぅ!よろしくお願いします!」
新たに加入した獣人の少女。
どうやらファントムに心底惚れているらしく、言動の節々から愛が溢れ出している。
しかし白衣の女性が何よりも気になったのは、その肉体の異常性であった。
「筋肉量が常軌を逸しているね……どうやら彼女は特異体質のようだ。フィジカルが尋常じゃない。パワーだけなら、暴走状態のブ〇リーが目の前に居るのと同義さ」
「怖すぎる……」
見た目の可愛さはピカイチだ。
けれどあの肉感のある魅惑の体に秘められたパワーは、完全に人類の常識が通用しない。
フィジカルモンスターとはよく言ったもので……。
まさに彼女の肉体は化け物そのものなのだ。
神に造形された最高傑作の肉体と言っても過言では無い。
「ふふっ、唆るね……」
この世の理から完全に外れた未知の肉体。
それは格好の研究対象と言えよう。
研究室にて、上裸で寝っ転がっていたファントムは体を起こした。
施術用のベッドに腰掛けたファントムは近くにかけてあったワイシャツを取り、雑に羽織る。
「……まったく、残念で仕方がないよ。もっと早く君に出会いたかった」
「それは熱烈なラブコールと受け取ってよろしいか」
「当たらずとも遠からずかな。少なくとも、君の体に興味があるのは本当さ」
「いやん、まさかの体狙い?」
自らの体を抱きしめて、わざとらしく頬を赤らめるファントム。
白衣の女性は呆れを滲ませた瞳を向け、ため息をつく。
「君の体は完璧に近かった。どうしてそれを捨てたんだい?」
「ん〜……。まぁ普通に生きるなら、普通の体で充分だからね」
ファントムは何でもないように笑った。
その選択は、彼にとって文字通り人生を一変させるものであったはずだ。
けれど、彼の言葉には後悔は一ミリも含まれていなかった。
「……ボス、少しよろしいですか?」
「もち。なんかあったの?」
「ああいえ、そういう訳では。ただ、一つ確認したいことがありまして───」
やって来たのは、すっかり大人な見た目になった銀髪の少女だった。
もはや少女ではなく、"女性"と言うべきお年頃だろう。
────もし、あと少し早く出会えていたのなら。
二人のやり取りを静かに見守っていた白衣の女性。
彼女の内心で、ふとそんな考えが気泡のように浮かび上がってくる。
だが、そんな事を考えていても意味はあるまい。
時間の流れは一方的で、決して過去に戻ることなど出来ないのだから。
◇◆◇◆◇◆
「───レ。───てください、ソアレ」
朧気な意識が徐々に浮上すると共に、聞き覚えのある声が途切れ途切れに聞こえてきた。
段々と声が鮮明になる中、自らの意思で沈んだ意識を引き上げ、ゆっくりと覚醒に至る。
視界は真っ暗。
……いや、注意して見てみると、何やら黒と白が入り交じっているのが分かる。
鼻腔をくすぐるのは特有の紙の匂い。
口内がかなり乾いている。
思ったより長時間寝てしまっていたらしい。
アイマスク代わりに顔に乗っけていた本を持ち上げ、パタンと閉じる。
「まったく……そんな所で寝ていたら体を痛めますよ」
呆れを孕んだデフォルトのジト目を向けるのは、美しい銀髪と青い瞳を持つ女性────我らが秘密結社Xの美人秘書ことイリスさんだ。
わざわざ散らばった書類を拾い、整理までしてくれている。
「ねぇねぇ、アレ完成した!?」
ひょっこりと顔を覗かせた、仮面にロングコート姿といういかにも怪しい風体の青年。
我らがボスの期待に満ちた視線を受け、シワシワの白衣を身に纏った女性───秘密結社Xのマッドサイエンティスト、ソアレは笑みを浮かべた。
非常にマッドな悪どい笑みである。
「もちろんさ。今から試し撃ちをしに行くけど……当然、君も来るだろう?」
「あたぼうよ!」
元気の良い返事だ。
興奮した様子でせっせと準備を手伝うボスを横目に、ソアレは薄っすらと夢に見た景色を思い返していた。
秘密結社Xも、随分とまた大所帯になった。
けれども創設当初から何も変わってはいない。
特に研究対象としての"ファントム"という男は、未だに味わい尽くせていなかった。
噛めば噛むほど旨みが出てくるスルメのような男だ。
「……やはり、君と居ると退屈しないね」
ソアレはポツリとそう呟いた。
ほんの僅かに口角を上げるだけのその笑みは。
いつものマッドな笑みとは違い、ソアレという人間の本質を、ちょっぴりだけ表に出したかのようであった。
エモエモのエモな話を書きたかった……。実際に書けたかは見ての通り……。
・ブロリー………『ドラゴンボール』シリーズより
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