シンプルに不審者でござる
「「………」」
ボスとウルフちゃんはそろって凄く微妙な表情を浮かべていた。
どうツッコめば良いのか悩みに悩んでいる顔だ。
下手なヴィランやヒーローに遭遇した時よりも困っているかもしれない。
「……うん、見なかったことにしよう」
「ですねぇ」
結局、無視が一番という結論に行き着いた。
まるで何事も無かったかのような良い笑顔でクルッと踵を返す二人。
ところが、足早にその場を離れようとした二人の背中に、それを制止する声がかかった。
「……ん待てえぃ」
実に渋い声だ。
無駄にビブラートを含んでいる渋かっこいいボイスだ。
間違いなく声優として大成するであろうポテンシャルを秘めていると言える。
しかしボスとウルフちゃんは歩みを止めたものの、背を向けたまま微動だにしなかった。
あれだけ輝いて見えた黄金のカブトムシ。
今は薄汚れたハリボテの煌めきにしか感じられない。
「せめて起き上がらせてから帰れやぁ……。それが礼儀ってもんだろォ〜?」
滲み出る字面のヤクザ感。
実際は渋ボイスで奏でられる無駄にかっこいい言葉なのだが、状況が相まってシュールさを隠し切れていない。
しばらくの沈黙が続いた後、ボスはため息をついて振り返った。
仮面の奥の瞳はえらく据わっている。
ちょっと不機嫌なのは、黄金のカブトムシで盛り上がった時との落差があるからだろう。
「こんな所で何してんの、おっさん。もしかしてそういうプレイ?そういうプレイなの?」
「やァかましい。この渋かっこいいおっちゃんが、面倒な性癖持て余した異常者にでも見えんのかァ〜?」
「自覚あんじゃん」
「その通り過ぎて言葉も出ないですぅ」
くすんだ黄金のカブトムシをひっくり返すと、腹部にはおっさんの顔が付いていた。
……いやその、何を言っているのか分からないとは思うのだが。
無駄にリアルに再現されたカブトムシの腹部には円形の穴が空いており、そこからものっそい渋い顔のおっさんが顔を覗かせているのだ。
それも、日本人には珍しいくらい彫りが深いタイプのおっさんが。
たぶんローマ人と言われても疑いようがない系統のおっさんだ。
よく見てみると下部から人間の足っぽい物が二本生えており、おっさんがモゾモゾ動く合間に、塗装されていない腕もカブトムシの胸から飛び出してきた。
しかし、着ぐるみが大きすぎるせいか自力で起き上がることは出来ず、ひっくり返された亀のように虚しくもがいている。
哀れなおっさんの姿を、ボスとウルフちゃんは据わった目で見下ろす。
「とりあえず起こしてちょ。話はそれからだァ〜」
「……どうします?」
「放置で」
「了解ですぅ」
ボス、あっさりとおっさんを見捨てる。
いやだって、問答無用の不審者だし……。
わざわざ助けてあげる義理もあるまい。
というか本音を言えばいち早くこの場を離れたかった。
もちろん女の子だったら余裕で助けたが。
「だから待てェい。若造、おっちゃん助けてくれたらこの島の秘密を教えてやろォ〜う……。お前さんらも、海賊の財宝が目当てなんだろォ?」
おっさんの言葉に、ボスとウルフちゃんは足を止めて顔を見合わせた。
初めて地図以外に財宝に関する情報が提示されたからだ。
どうやらこの不気味なおっさんは、大昔の海賊が残した財宝について何か知っているらしい。
貴重な情報源だ。
だがしかし、いくつか確認したいことがある。
「……どうして俺達が財宝を狙ってるって分かったの?」
「もしかして、おじさんもそうなんですぅ?トレジャーハンターとか」
「いや、違う。おっちゃんはしがない釣り人よォ〜……。だァがその地図を持った奴には何回かあったことがあるぜ……おっちゃんこの島の常連だからよォう」
ボスが入手した地図は複製されていたのだろうか。
それとも、前の持ち主が何らかの理由で手放したのだろうか。
真相は分からないが、ともかくこのおっさんはボスが持つ宝の地図を、以前に見かけたことがあったそうだ。
それでボス達の目的が分かったと。
ボスは「ふむ……」と顎に手を添えて考える。
「どする?」
「気は乗りませんけど、話くらいは聞いておきます?気は乗りませんけど」
大事なことなので二回言いました。
ウルフちゃんと相談の上、ボスは仕方なくおっさんを助けることにした。
二人で力を合わせ、ひっくり返ったおっさんをうつ伏せに倒す。
すると、おっさんは短い手足を上手く活用して起き上がり、やれやれと額の汗を拭った。
……手が届かないので、仕草だけだが。
「助かったぜェ〜い。……おっと、自己紹介がまだだったな。おっちゃんの名前は万次郎……気軽に万じぃって呼んでちょ」
「それで、おっさんが知ってるこの島の秘密って?」
「早く言わないとまたひっくり返しますよ?」
ボスとウルフちゃんはガン無視。
何故ならば反応したら負けだから。
ウルフちゃんの真顔ガン詰めという珍しい行動もさることながら、ボスの雑な対応もまた中々見れるものではない。
肝心のおっさんは、若者のせっかち具合にやれやれと肩をすくめる。
「もうちょっとおっちゃんに興味持とうぜェ?おっちゃん寂しくて泣いちゃうぞォ?なんで金色のカブトムシのぬいぐるみ着てんのとか、質問いっぱいあんだろォ〜」
「興味無いですぅ」
「じゃ、おっちゃんも話すことなぁ〜んもねェ」
「ボスさんこの人すっごい面倒くさいですぅ!」
「どうどう」
物理的に手が出そうになったウルフちゃんを羽交い締めにして抑えつつ、荒ぶる狼耳や尻尾をひたすらにモフって落ち着かせる。
「まぁまぁ。それで、おっさんはなんでその……着ぐるみ?着てんの?」
「特に意味はねェ」
「ぶっ飛ばすぞ」
ボスがブチ切れた。
自分から聞かせておいて特に意味はないんかいっ。
今度はウルフちゃんが荒ぶるボスを羽交い締めして抑える。
頬を撫でるモフモフと、背中に押し付けられた柔らかい感触によって、ボスはすぐさま正気を取り戻した。
「ま冗談はここらで終わりにして……。おっちゃんさっき、釣り人だって言ったろォ?」
「そうね」
「おっちゃんの狙いは、この奥にある大きな湖に住み着いた"主"なのよォ。そんで、その"主"が財宝に繋がる鍵を持ってるんだと」
「……それはどこ情報?」
「前にその地図持って探検に来たトレジャーハンターさァ〜。そいつはどうも財宝の在処を掴んだっぽいんだが、"主"に見つかって一呑みよォ」
「へぇ〜。湖の主って巨大なんですね」
「あたぼうよォ〜。おっちゃんも一度しかお目にかかってないが、ありゃあバケモンだぜェ」
渋い顔でおっさんが唸る。
とてつもなくシュールだが、凄腕のトレジャーハンターが喰われている辺り、その"主"とやらは海獣にも匹敵する激ヤバな生物なのだろう。
そいつが財宝への鍵を握ってるとか嫌すぎる。
……ボスはそっと隣のウルフちゃんを横目で見た。
「湖の主……燃えてきたですぅ!」
なんか、大丈夫かもしれない。
うちの戦闘狂がいたく琴線を刺激されたようで、拳を打ち合わせて狼耳を荒ぶらせていた。
「助けてくれたお礼に、おっちゃんが湖まで案内してやろォう。まその地図持ってんなら、案内なんて要らねェだろうがよ〜」
見てみると、確かに地図のドクロマークの近くに大きな湖が描かれていた。
わざわざ変なおっさんと行動を共にする理由は無い訳だ。
しかし……。
財宝への手がかりを持つ主を釣り上げるとなった場合、釣り人であるこのおっさんが居た方が何かと楽にはなりそうで。
積極的に別行動する理由もまた無かった。
まぁウルフちゃんなら素潜りで仕留めてきてもなんら驚かないが……敵の強さが測れない以上、あまり安全とは言いきれない。
ここは知識もあり、いざと言う時の肉壁にもなるおっさんと一緒に行った方が安牌だろう。
「それ脱がないの?」
「今んとこ、おっちゃんの数少ないアイデンティティだからなァ〜」
メタい。
おっさんに導かれ、ボスとウルフちゃんは主が住むという湖に向かった。
そして、歩くこと十数分。
目的の湖に到着した。
鬱蒼と茂っていた草木が唐突に無くなり、広がっていたのは一面の草原だ。
ここだけ木の葉の傘が存在しておらず、日光が直接降り注いでいた。
草原の真ん中に佇む湖はかなり広く、25mプールが何面も収まりそうだ。
苔の生えた岩や折れた木が僅かに散乱する他、見たことがない色の小さな鳥が枝に止まり、心地よくさえずっている。
しかしそれ以外に音はなく、静寂と水面をキラキラと反射した光だけが空間には満ちていた。
どこか神秘的な空間だが、どうやら先客が居たようだ。
湖のヘリに腰掛け、淡々と水面を見つめる袴姿の女性。
焦げ茶の髪はポニーテールに纏められ、手には木の枝で作られた安価な釣竿が握られている。
あまりに静かすぎて、本当にそこに居るのかと疑問に思ってしまう程だ。
景色の神秘さの一部は、彼女の雰囲気が担っていると言っても過言ではあるまい。
ゴクリと生唾を呑み込んだボスとウルフちゃん。
しかしさすがと言うべきか、おっさんは腕を組んだ状態で欠片も驚いていなかった。
「……はて?」
どうやら袴の人物もこちらの気配に気が付いたらしい。
ピクリと正した背筋を反応させ、こちらを振り返る。
ボスとウルフちゃん、そしてその横に立つおっさんを視界に収めると───。
「うぇえええっ!?ふっ、不審者でござるーーっ!?」
ごもっとも。
一ミリも否定出来ない絶叫が神秘的な空間に響き渡った。
ちなみにおっさんが金色カブトムシの着ぐるみ着てる意味は本当にありません。今後伏線として回収されることもありません。
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