その力は誰がために
「あの……イリスさん?さすがにこれは酷くないっすかね……」
「何か言い訳でも?」
「うっす。何でもないです」
氷点下を軽く下回る絶対零度のジト目を向けられ、ボスはすっかり萎縮して素直に従うことしか出来ない。
ヴィラン連合の定例会議を終えた帰り道。
スーパーで買い物を済ませて、閑静な住宅街をイリスと並んで歩いていた。
小さなビニール袋を抱えただけのイリスとは裏腹に、ボスは両手にパンパンに膨らんだエコバッグを持っており、かかる負担の差は歴然だった。
こんな仕打ちを受けてもボスが文句を言えないのには、もちろん理由があった。
ヴィラン連合の定例会議にて居眠りをぶちかましてしまったのだ。
前日に夜更かしをして、ソアレとロマンについて語り明かしたのが不味かった。
普通に徹夜、からのそのまま定例会議。
座り心地の良いお高い椅子に腰掛けた途端、会議が始まる前にボスは夢の世界へと旅立った。
結果、イリスが代わりに報告等をする羽目になったのだ。
大事な会議で爆睡する上司。
そりゃあ荷物持ちくらいさせたって誰も怒りはしないだろう。
ちなみに既に雷撃でお仕置済である。
「まったく……ボスはもう少し、"ボス"としての自覚を持つべきでは?」
「えー。でも俺は、何だかんだ言いながら寝かしたままにしてくれるイリスちゃん好きよ?」
「……シバきますよ?」
「何で!?」
若干頬を赤らめつつ、ジト目で稲妻を迸らせるイリスさん。
怒った風に見せながらも、会議が終わるまで寝かせてくれる気遣いは彼女ならではだ。
しかも頼りないボスに代わって仕事もこなす完璧っぷり。
あまりの有能さに全米が惚れた。
「……あ。そう言えばさ、この前───」
思い出したかのようにボスが話を振ろうとした刹那。
彼の言葉を遮って、目の前の民家の外壁が轟音を立てて吹き飛んだ。
ガラガラと砂煙を起こして瓦礫が散乱する光景を、ボスとイリスは唖然と見つめる。
一体何が?
その謎は、直後に砂煙の中から転がり出てきた存在によって、半ばメタい視点から判明する事となった。
「くっ……!」
体にのしかかったブロックの破片を乱暴に退けて、何とか片足立ちで体を起こしたそいつは。
漆黒の輝きを秘めた破壊の戦士───闇堕ちヒーロー仮面・アニマ君だった。
前回あれだけ猛威を振るっていた"デストロイジェム"フォームだというのに、全身が砂埃でくすんでいる所から、今回相手にしている怪人には、かなりの苦戦を強いられているであろうことが容易に想像出来る。
「愚かな……。自暴自棄になったか、アニマよ」
砂煙を裂いて姿を現した怪人は鎧武者のような姿をしていた。
歪な形の鎧は返り血を浴びたかのような鮮血に染まっており、歩を進める度にカチャカチャと硬質な音を奏でる。
鎧の下に見える肌は黒ずんでいて、人間のものとは到底思えない。
兜に覆われた顔は歌舞伎で見るような険しい顔の能面で隠されている。
携えた刀は錆びて朽ちているように見えるのに、放つ雰囲気の異様さは名のある妖刀のそれだ。
無骨な鎧に身を包んだ武者は、ゆっくりと刀を構える。
「今のお前では、某を超えることは出来ん」
「……黙れッ!」
仮面の奥で歯軋りしたアニマが鎧武者に殴りかかる。
一撃一撃の破壊力はお墨付きだ。
しかし、鎧武者の比類なき刀捌きの前では稚児の一撃に等しく、尽くを受け流されてしまう。
「はああっ!」
変身アイテムを乱雑にタップ。
前回も見せた連続攻撃を叩き込む気だ。
助走を付けたパンチで鎧武者の刀を弾き、さらに連続で二度タップ。
勢いを遥かに増した漆黒のエネルギーを唸らせ、渾身のラッシュ攻撃をお見舞いする。
ところが、途中で当たるはずの拳が空振った。
アニマが仮面の奥で目を見開くと同時に、腹部に強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。
地面を転がる最中、アニマの両腕に集束していた漆黒のエネルギーが煙を巻くように霧散する。
「くそっ……!」
起き上がったアニマが力強く変身アイテムを叩く。
一気に三回だ。
右の拳に圧倒的なエネルギーが凝縮され、バチバチッ!とスパークを迸らせる。
けれど結果は変わらなかった。
どれだけ意気込んで、力を込めて殴っても、ひらりと紙一重で躱されて反撃を受ける。
徐々にダメージが蓄積して動きが鈍くなる度に、より余裕を持って回避され、より強力なカウンターをお見舞いされる。
再び鋭い斬撃を受けたアニマが、ふらついた足取りでよろよろと後退した。
不意に肩を揺らして膝を付きそうになったものの、左足を踏み出して何とか堪える。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
蓄積したダメージはすっかり限界を超えており、本来ならば肉体が悲鳴を上げて動作を拒否してしまうはずだ。
けれどアニマは驚異的な執念のみで踏み留まった。
全ては平和のために。
散ってしまった彼女の願いを、この手で叶えるために。
「……世界の平和を脅かすやつは………俺が、砕く!!」
血反吐を吐くような声色でそう宣言すると、アニマは再び変身アイテムを三回強打した。
それだけでは止まらない。
一拍置き、乱暴に二回。
追加でぶっ叩いた。
ゴゴゴゴゴッ……!!と禍々しい漆黒のエネルギーが、アニマの右足に渦を巻いて集束していく。
アニマが力一杯に跳躍した。
「うあ゛あ゛あ゛あああああッ!!!」
全身全霊、渾身の力を込めた必殺技だ。
頂点に達した瞬間、凄まじいエネルギーを伴った片足蹴りが流星のごとく鎧武者の元に降り注ぐ。
「ぬぅ……!!」
アニマのラ〇ダーキックを真正面から受け止めた怪人が、思わずと言った様子で唸る。
人間らしい顔があったのなら、間違いなく眉間に皺を寄せた険しい顔をしていただろう。
それ程までに凄まじい一撃だった。
────だがしかし、鎧武者はその上を行く。
錆びた刀の刀身が、鎧と同じく鮮血に濡れたかのように真っ赤に染まった。
刹那、キックを押し返す力が猛烈に強まり、今度はアニマが目を見開いた。
「"上弦・月光斬り"!!」
刀のたった一振で、漆黒のエネルギーを粉砕。
勢いを失ったアニマの胴体に真一文字の鋭い斬撃が刻まれる。
地面を転げ回ったアニマが仰向けの状態で動きを止めた途端、変身が解けて生身の青年に戻ってしまった。
「───おいっ、ハジメ!無事か!?」
傷だらけのアニマの元に駆けつけたのは、チェック柄の上着を羽織った縮れ毛の青年だった。
"ハジメ"というのがヒーロー仮面・アニマの本名なのだろう。
「くそっ、ここは一時撤退だ……!」
何やら懐からアイテムを取り出し腕の変身アイテムに挿入すると、勢いよく白煙が吹き出し一瞬で縮れ毛の青年とアニマの姿が見えなくなってしまった。
しばらくして煙が晴れると、そこにはもう誰も居なかった。
鎧武者は無言で先程までアニマが横たわっていた場所を見つめた後、流麗な動作で刀を鞘に収めた。
そこで初めて野次馬であるボスとイリスの存在に気が付いたらしい。
ちらりと顔だけ向けて牽制の威圧感を放ってくる。
「こりゃあ次は最終フォームお披露目回かな」
「定石を知らないので何とも……。それより、さっさと帰りますよ、ボス」
しかし、呑気に考察を繰り広げるボスには効果が無かったようだ。
ボスとイリスはそのまま、何事も無かったかのように帰路に着いたのだった。
次回、アニマの新たな力が覚醒───!?
・ライダーキック………『仮面ライダー』シリーズより
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