17話 自分探しの旅
散髪を終えて美容室を出ましたが、何となく家に帰る気にもなれず、その辺をぶらつくことにしました。
気分は自分探しの旅。
親のことを知るということは、自分のルーツを知ることでもあります。実の親については触れないようにと生きてきましたが、一つ知るともっと知りたいという欲求が生まれてきてしまいました。
自分は何者なのか。
あるいは何者かになれるのか。
そんな哲学っぽいことを考える私です。
春風に吹かれながら数時間の散策をした末、この田舎町に昔からある唯一の高校に辿り着きました。
気がつけばもう夕方です。夕陽を浴びたおんぼろ校舎を見上げて、実の両親に思いを馳せます。
私の両親はこの町で育ったそうです。
だから、ここにパパとママも通っていたんだと思います。お母さんも、叔母も、叔父も。そしていつかは私たちもここに通って青春をするのかもしれません。
「パパ、ママ……この町での生活は、この学校での生活は、楽しかったですか?」
私の問いかけに答えてくれる人なんて、いるはずがないと思っていました。
「それはもう誰にも分からない」
いつの間にいたのか、背後から叔父の手が私の頭に乗せられます。
「私、GPSとかつけられてます?」
「ついてるぞ」
「ついてるんですか!?」
「ああ、おまえの脳にチップを埋め込んでいる」
「脳に!?」
今明かされる、衝撃の事実。
道理で小学生にしては大人びているわけです。コーヒーもブラックで飲めるし、性知識も豊富だし。全部脳がいじられてるせいだったんですね……。
「なかなか帰ってこないから心配したぞ」
「あ、この流れぶん投げて、普通に話を続けるんですね」
叔父の言葉に嘘がないことは分かっています。
けれど何故叔父が、叔母が、お母さんが、血の繋がりもない私に愛情を注いでくれるのか、それが分からないのです。
……どうして私のことを心配してくれるんです?
他人なのに。
それを聞く勇気は、私にはまだありませんでした。
「……芽依、おまえの両親を引き合わせたのは俺だ。だからあの二人がいない今、俺はおまえの親と言っても過言じゃない」
私の心の中を見透かしているかのような言葉。
こういうところ、椛は叔父に似たのだと思います。
「それは流石に過言な気もしますけど」
「ま、そうかもな。だが、少なくとも俺はそう思ってるってことだけ覚えておいてくれ」
知りませんでした。
この人に、そんな風に思われていたなんて。
「そんなことよりも家で美紅と椛が喧嘩をして大変なんだ。止めてくれるか?」
「それこそ親の役目だと思いますけど。……ちなみに喧嘩の原因は何なんです?」
「納豆にネギを入れるかどうかで揉めている」
「わー、ドン引きするくらいどうでもいいです」
今日も我が家は平和なようです。
……実の娘の喧嘩を放っておいてまで、私のことを探しにきてくれたんでしょうか。
「ねぇ叔父さん。私のママは、どんな人でしたか?」
今ならママのことを聞いても許される。そんな気がしたので、意を決して質問してみました。
「……人見知りだったな。だが、一度心を許した相手にはとことんべったりになる、そんな奴だったよ」
それはちょっと私っぽいかもしれません。
私のそういうところ、母親譲りなんでしょうか。
そう思うと、何故だか少し嬉しい気持ちになってしまいます。
「さて、もうすぐ夕飯の時間だ。帰るぞ芽依。すぐそこに車を停めてある」
叔父が私の手を引いていきます。
「パパとママが、高校生活楽しかったかはもう分からないですけど」
「ああ」
「叔父さんは、パパやママと過ごした時間は楽しかったですか?」
「……ああ、俺にとっては掛け替えのない、大切な思い出だ」
「だったら、きっとパパとママも同じように思ってたんじゃないですかね」
叔父は少し驚いたように目を丸くしました。
「……ああ、そうだといいな」
私は今日までこの人のことが何となく苦手でした。
どうして他人の私を家に置いてくれてるか分からなかったから。何を考えてるのか分からなかったから。
話していて、気づいたことがあります。
叔父が私に抱いているもの。
それはきっと罪悪感でしょう。
叔父が私のパパとママを出会わせてしまった。その結果として二人は亡くなって、私という子供が一人遺されました。
だから彼は、彼らは、私に優しくしてくれるのです。
長年の疑問が、氷解した瞬間です。
今の気持ちとしては嬉しいとか、悲しいとか、寂しいとか、そのどれとも違っていて。ただ納得だけが心の中にありました。
自分探しの旅の成果としては上々ではないでしょうか。
帰宅すると、もう既に夕食がテーブルに並べられてました。
「芽依ー、芽依は納豆にネギとか入れないよなー」
椛が同意を求めてきます。
そういえば椛はネギが苦手でした。
「私は納豆もネギも嫌いですけど」
「ご飯の準備してるママとあたしはちゃんと栄養のことを考えてるのよ! 二人とも残さないで食べる! ご飯の準備手伝わない奴らに発言権はないの!」
美紅が納豆に刻んだネギをぶち込んで配膳していきます。
「暴君すぎる……ハバネロって呼んでやろうかな……」
「美紅ってよく見るとハバネロみたいな顔してますしね」
「ちょっとぉ! もうこいつら嫌なんだけど! パパからもこいつらに何か言ってやってよ!」
美紅がハバネロのように顔を真っ赤にして怒り、叔父に助けを求めます。
「ん? ああ、椛、好き嫌いしてたら最強になれないぞ」
そ、そんな低学年の男子に言って聞かせるような言葉が椛に効くわけ……。
「……私、食べるよ。最強になるために」
効いてるー! 最強になるって何ですか!? というか、ネギを食べることと最強になることにどんな因果関係が!?
「芽依」
「は、はい」
叔父から何を言われるのかと、思わず身構えてしまいます。
「納豆は美肌とダイエットにいいぞ」
その言葉は私に効果は抜群だ! 急所に当たった!
「食べます。百個ください」
「そりゃ食い過ぎだ。ほどほどにな」
叔父が私の頭をぽんぽんとします。
「あー! 芽依ずるい! あたしもパパに頭ぽんぽんされたい!」
「そんじゃ私もー!」
美紅と椛が引っ付いてきました。
「あら、お父さんモテモテじゃない。妬けるわね」
キッチンから出てきた叔母がそんな私たちを見てくすくすと笑います。
何故でしょうか、今までもこんなことはあったはずなのに。
私は今日、ようやくこの家の一員になれた気がしたのです。




