14話 美紅と筋トレ
美紅は女子力が高いです。
家事スキルが高く、ファッションも気にかけて、毎日のスキンケアも欠かしません。
私や椛はその辺ずぼらなので、服は美紅が選んでくれたものを着て、化粧水やら乳液やらも言われるがままに使っています。
「ブルベとかイエベとかよく分かりませんけど、私って何べでしたっけ? 跡部?」
「あんたはブルベ冬よ、アホ」
美紅が小中学生向けのファッション誌をめくりながら答えてくれます。
「何でイエローとブルーだけなんですか? レッドとかグリーンとかパープルとかあっても良くないですか?」
「…………」
美紅は今度は答えてくれませんでした。無視。
「英語は難しかったですか? レッドっていうのは赤で、グリーンっていうのは緑のことなんですけど……」
「それくらい分かるわアホ!」
「じゃあ無視することないじゃないですか」
「うるっさいわねー、じゃあ勝手にレドべとかグリべとか名乗ってればいいじゃない」
「え、嫌ですよ、なんか語呂悪いし……」
「殴ったろか」
美紅はファッション誌を閉じると、おもむろに腕立て伏せを始めました。
神谷姉妹は割と脳筋で、暇になると筋トレをしたりします。その鍛えた筋肉で私を殴ったりしてくるのです。
ふっ、ふっ、という美紅の息遣いが聞こえてきます。
目を閉じて聴くと、何だかいかがわしい感じがしますね。
「美紅の筋トレしてるときの音声を録って学校の男子に売ってもいいですか?」
「誰が買うのよ、そんなもん」
「エロに精通していて精通しているような男子なら千円くらいは払うと思いますよ」
「何で同じ言葉を二回言った?」
「言葉のあやです」
精通には二つの意味があるからですよ、と言ったらギリギリアウトになる気がしましたので、誤魔化します。
「しかし椛も美紅もそんな筋トレばっかりして、ボディビルダーにでもなるんですか?」
「あたしは単に体型維持のためにやってるだけで、そんなムキムキになる気はないわよ。椛は知らないけど」
美紅は体勢を変えて、腹筋を鍛える上体起こしを始めました。
「よっ! 三十九番キレてるよ! 腹筋6LDKかーい!」
「変な掛け声しないでよ!?」
「三十九番、でかい! 大胸筋でかいよ! 破裂寸前!」
「やめろ!」
丸めたファッション誌でスパーンと頭を叩かれました。
「せっかく筋トレのモチベーションを高めてあげようと思ったのに……」
「ダダ下がりしたわ」
「大胸筋、そんなでかくないですしね」
「チョキで顔面殴って目をつぶしてやろうか」
「チョキで顔面殴って目をつぶしてやろうか!?」
言葉の暴力があまりにも強すぎて、思わずオウム返しをしてしまいました。
「ていうか、本来ならあんたこそ筋トレすべきなのよ。最近デブってきてるじゃない」
「う……いいんですよ、私は……元が可愛すぎるから、多少ぽよってても許されるはずですよ……」
「ぽよじゃなくてデブよ」
言葉のナイフが鋭利すぎる。
「いい? 自己研鑽を怠る人間はただの肉塊よ」
「小六なのにバリキャリ女子なみに意識が高すぎる」
「というわけで! やるわよ!」
美紅が私を押し倒して、足首をがっしりと掴んできます。
「いやー! 犯されるー! 誰か助けてー!」
「腹筋十回よ!」
「そんなにやったら腹筋6LDKになっちゃいますよ!」
「これくらいでそんなならんわ!」
今、家には私と美紅以外には誰もいません。
助けは来なそうなので、覚悟を決めて上体起こしをしようとしますが、全身がぷるぷると震えるだけで私の上体はぴくりとも上がらないのでした。
「何なの? あんたの体には脂肪しかないわけ?」
「はぁ、はぁ……めっちゃ腹筋にキてる……これは明日絶対筋肉痛ですよ……」
「まだ一回もできてないのに終わった感出してるんじゃないわよ」
「もう無理……許してください……」
「一回だけ! 一回だけでいいから頑張りなさい!」
「嘘だー! 一回やったら今度はもう一回って絶対言うじゃないですかー!」
「よく分かってるじゃない」
鬼すぎる。
「せめて、なんかもっとモチベーションが上がるような掛け声してくれませんか? デブとかそういうのじゃなくて」
「例えばどんなのよ?」
「こう、褒めて伸ばす的なやつを……」
「…………」
美紅が私の顔をじっと真顔で見つめてきます。何か考え込んでいるようです。
「今一生懸命考えたけど、褒めるところがないわね……」
「こんなに可愛いのに!? 褒めるところがない!?」
「ほら、一回だけでも腹筋できたら褒めてあげるから! 頑張んなさい!」
私がどうにか一回だけ体を持ち上げ、そして力尽きたのは、それから三十分後のことでした。
案の定、腹筋は筋肉痛になり、しばらく苦しむ日々が続きましたとさ。




