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芳醇な罠 その2

行間の開け方を少し変えてみました。

 自分がすーすーと寝息を立てているのが分かる。

 規則正しくゆっくりと肺が空気を取り込んでは吐き出してを繰り返している。


 これはあれだ、起きる前に入るゾーンみたいなものだ。

 言うなら夢と現実との境にいるような、自分の体なのに客観的にそれを観察しているようなそんな感じ。


 このゾーンに入ったということはどうやら俺は今、起きようとしているらしく、つまりは俺は今眠っているということで。ってあれ?

 俺、なんで寝てるんだ?


 昼寝、とも思ったがそんな記憶はないし、夜にしてはそんなに眠っていないような気もするし……正直全く覚えていない。

 まあ、起きてみれば分かることだろう。


 俺は重い瞼をなんとか持ち上げ、状況把握に努めて――絶句するほかなかった。


「ばあ」


 起床早々目に飛び込んで来たのが、まさかのメイドであったから。

 それもただのメイドではない。

 金髪のヴィクトリアンメイドであり、またトキさんの専属メイドでもある洗足メイさんだった。


「…………は???」


「お目覚めになられましたか、小倉様」


 ベッドの寝っ転がる俺の真横、洗足さんも俺と同じ視線でそう言う。


 なんで洗足さんがここに? なんでベッド? てかなんで俺、この人と寝てんの?


 掘り当てた直後の温泉みたいに次々と疑問が噴出してくるが、ちょっと待て。一旦冷静になれ。

 ええと、まず起きて最初にするべきことと言えば――。


「…………おはようございます」


 うん、多分挨拶ではないことは確かだ。


「はい、おはようございます」


 洗足さんは普通に挨拶を返してくれる。


 目の前の状況はやっとこさ思考スピードを上げ始めた脳にとっては処理負荷が大きすぎるようでまだ何がなんやらよく分かっていない中、やっと一言絞り出すことができた。


「えっと、あの……これ、どういう状況ですか?」


「どういう状況だと思います? これ」


 質問を質問で返さないでほしいのだが……と思っている間にも段々と記憶が断片的に戻って来た。


 確か今日はトキさん家に招待されて、その大きさに感心しながらサロンに足を踏み入れたところまでは覚えている。


 でもそのあとの記憶が曖昧だ。

 トキさんと何か話して、それで……ダメだ、全然覚えていない。


 もしかして寝不足気味だった俺にトキさんが使ってないベッドを貸してくれたとか?


 いや、それだと俺が寝ていた理由にはなっても洗足さんと一緒に寝ていた理由にはならない。


 ならばなぜかと疑問を深めていると先に洗足さんが身を起こした。

 次いで俺も身を起こそうと腹筋に力を込める。


「ん?」


 しかし起き上がることができない。

 何かに体が押さえつけられている。自分の体を見た。

 そこには黒光りする鋼鉄の拘束具があった。


「……?」


 状況が呑み込めないなりにそれを外そうと手を動かそうとする。手が動かない。

 視線を送る。そこにはやはり拘束具。


 足も……動かない。見えないが少し持ち上げれば冷たい感触が足首に伝わる。

 どうやら俺の胴体、両手首、両足首はベッドに備え付けられた拘束具で拘束されているらしかった。


「…………なんじゃこりゃあああ!!?」


「おや、大声を出されてどうされたのですか?」


 慌てふためく俺に対し、洗足さんは至って冷静に俺の姿を見下ろしている。


「いや、だってなんで俺こんなことになってるんですか!? 説明! 説明してください!」


「そうですね。説明しろと言われても……男女が一つのベッドでともに過ごしていた。これだけでもう説明がついているように思うのですが?」


「……それってつまり……」


「そうです。色々とヤッてしまっているのです。私と春斗様で。アウトなことを色々とね」


「…………うそぉん……」


 もう、なんかよく分からな過ぎてそんな言葉しか出てこなかった。


 俺と? 洗足さんが? 拘束具を使って?

 全く記憶にないのだが、一体どんなプレイをしていたのか、なぜ覚えていないのか人生でトップ10には入るくらい後悔……してる場合じゃねえ!


「と、とりあえずこれ外してくださいよ!」


「無理な相談ですね。春斗様は一線を越えるというアウトなことをしてしまったのですから。つまり春(・)斗(・)、ア(・)ウ(・)ト(・)~、ということですね。……フフッ」


「…………………………………………………………へっ?」


 どう反応すればいいのか分からずに絶句する俺。

 洗足さんは楽し気にクスクス笑っていたのに俺の反応を見るや、すんっと無表情になる。

 そしてそばまでやって来て。


「こちょこちょこちょこちょ」


 わき腹をくすぐってきた。


「アハハハハハ! それヤバいです! ヤバいですって!!!」


 強烈なくすぐり攻撃がわき腹に襲い掛かり、笑い声が口から漏れ出る。


「アハハハハ! ちょ、マジ! あああああ!!!」


 くすぐり地獄は一分にも及んだ。息も絶え絶え、目には涙。

 そんな俺に向かって洗足さんは追い打ちをかけるような恐るべき発言をした。


「今のは先ほどの分。ここからが本題です」


「ぜえ、ぜえ……ほ、本題ってなんですか……?」


「今から質問を一つします。それに答えていただけるのでしたら、すぐにでも解放しましょう。しかし答えないとおっしゃるのでしたら……」


 ぞわわわわ、と虫が体を這うような感覚が襲来する。


「うおわああ! 微妙に優しくわき腹なでるのやめてくれません!?」


「おや、すみません。ついやってしまいました」


 洗足さんは「それでは単刀直入に」と前置きしてからこう切り出してきた。


「二週間ほど前、春斗様はご自宅にて美夏様、葵様とともに夕食後、チョコレートを召し上がったはずです。それは覚えていらっしゃいますか?」


「えっ……なんでそれを知ってひんっ!」


 鋭い手刀が腹の横をかすめる。


「覚えているか、覚えていないか。それだけを答えればよいのです」


「覚えてます! 覚えてますから手引っ込めて!」


「よろしい。では質問です。お三方でチョコをお召しになった後……『何か』ありませんでしたか?」


「!!!」


 この瞬間、脳内にある光景がフラッシュバックした。


 忘れ去りたいあの出来事。酔いつぶれた姉妹の口づけ。

 二人の名誉と尊厳を守るため、墓場まで持って行くときめたアレをなぜこの人が……。思い当たる節は一つしかなかった。


「やっぱり……洗足さん! あなた、トキさんとグルだったんですね! 同人誌が完成したからと俺をおびき寄せてこんな真似して、あげくの果てにファンの心をもてあそんで! どこかで聞いてますよね!? 出てきてくださあぁぁアハハハハ!」


「デデーン。春斗、アウト~。聞かれたことに答えなかったのでくすぐりの刑に処します」


 声高に訴える俺にトキさんの攻撃がさく裂する。

 しかし俺もここで引き下がるわけにはいかないのだ!


「はぁ、はぁ……お、俺は! 絶対にあなたたちには屈しない! 話すわけにはいかないんだぁハハハハハ!!!」


 洗足さんが連続攻撃を仕掛けてくるも耐え抜く。

 これは拷問じゃない。小倉家の名誉と尊厳をかけた戦いなのだ!


 覚悟を決め、戦い抜くとそう誓った直後のことだった。

 薄暗い部屋に一筋の光が差し込んだ。


「メイさん、止めてください」


 後光に照らされるようにその人物が部屋へと足を踏み入れてくる。

 俺は涙目になりながらも彼女を睨みつけた。


「ぜえ、はぁ……やっと現れましたか。黒幕が」


「黒幕だなんて随分な言い草ですね、春斗君?」


 ついにトキさんが部屋に姿を現したのだ。

 相変わらずの微笑を浮かべ、その余裕っぷりはまさにラスボスそのもの。


「すみません、お嬢様。この洗足メイ、史上最高のくすぐりをもってしても真実を知ることができませんでした」


「いいんですよ、メイさん。あなたはよくやってくれました。十分です」


「お嬢様……」


 なんかいい感じの主従関係を醸し出しているんだが、俺は遠慮なく二人を睨む。


「おや、春斗君。何か言いたげなご様子ですね」


 視線に気づいたか、トキさんが会話を振ってくる。


「そうです、言いたいことと聞きたいことだらけですよ!」


「そうですか。では全部吐き出してすっきりさせておきましょうか」


 余裕の微笑みを崩さないトキさん。

 そんな彼女に俺は堂々と正論を言ってやった。


「じゃあまず言いますけどね! あなたたちがやってることは犯罪ですよ、犯罪! 分かってるんですか!?」


「バレなきゃ犯罪ではありませんよ?」


「お、大声出せばあなたたちの所業は白日の下にさらされますよ!?」


「安心してください。この部屋は私の家の地下。防音対策はもちろん、セキュリティも指紋認証と虹彩認証付きなので外部から侵入されることはありません。メイさん以外には知らせてもいないので完全犯罪が可能というわけです」


 ぐっ、手ごわい!


「他に聞きたいことは?」


 トキさんは表情一つ崩さないで淡々と告げる。

 それはまるで推定無罪など無視し、有罪が確定している裁判を聞きながす裁判長のようでもあった。

 すなわち俺はどうあがこうが逃れられないということ。

 なら、せめて事の全てを知るまではあがいてやる!


「正直に答えてください。……あの金曜日の晩、姉ちゃんに洋酒入りのチョコを持たせた姉ちゃんの友人は……あなたですね、トキさん」


 トキさんは一拍間を取ってから俺の目を見据えて、言った。


「そうです。私が美夏さんにあのチョコレートを差し上げました」


「なぜ、そんなことを……」


「美夏さんがお酒に弱いことは知っていました。アルコールパッチの話を雑談でしていたので。そして小倉家のお話もね。春斗君と葵さんのお話も、夕食後デザートを食べられることも。そこで閃きました。小倉家とアルコールの化学反応。これを引き起こせばきっと面白いことが起こるであろうと」


 この時、彼女は頬をほころばせ、瞳はキラキラと輝いていた。

 誕生日に、念願だったおもちゃを買ってもらった純粋無垢な子どものように。


「予想通りその面白いことが起こりました。しかし、一つ誤算がありました。肝心の美夏さんが泥酔してしまい記憶が残っていなかったことです。だから以前春斗君にお尋ねしたのですが、あと一歩のところで聞きそびれてしまったので今日、改めてお聞きしようとしたわけです」


 トキさんは犯行の全容を説明するとホッと一息をつくが、俺は最後に一つ聞いた。


「……それだけのために、こんなことまでしたんですか?」


「私にとってはすごく価値のあることですので。それで春斗君、話していただけませんか?」


 それが答えだった。

 ただ面白いから、同人誌のネタになるから。

 そんな理由で俺たちきょうだいの名誉と尊厳を傷つけるなんて――許せない!


「あの!」


 胸に宿っていた感情がついに爆発し、俺が口を開いたその瞬間。


「メイさん、ア(・)レ(・)を」


 トキさんが指示を送ると洗足さんは部屋の隅にあった本棚から一冊の本を取り出してきた。

 俺は驚きのあまり絶句した。


「そ、それはっっ!!!」


 洗足さんが手に持っていたのは、お茶っぱ先生の名作、「きっと君に恋してる」の続編、「ずっと君に恋してる」だったのである。


 トキさんはそれを受け取ると俺によく見せるようにして、 


「話していただければこれを差し上げます」


「!!? ホントですか!?」


「ええ、もちろん。春斗君だから特別に、ですよ?」


「え、マジすか」


「マジです」


 正直言えばめちゃくちゃほしい。

 だって今日、これ読むためにここまで来たんだからな。

 いや、でもさっきあんな大口叩いちゃったし、さすがに姉妹の方が大事だよな、うん……。


「あ、いや……でも、僕にも立場ってものがあってですね、話すわけには……」


「なるほど。ではサイン書きます」


「全部話しまぁす!!!」


 名誉? 尊厳? クソくらえ!!!


 俺はしがらみから解放されたように包み隠さず全てをさらけ出し、君恋続編をゲット! 完全犯罪ルームからの脱出に成功した。


 なんか大事なものを失ったような気がするけど、まあいいか!

 幸せならそれでオッケーだよな!

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