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芳醇な罠 その1

 GW3日目の夜。


 スーパーまでダッシュで行ったことに加え、インパクトチャージ連続使用の代償からの疲れでベッドに倒れ込んでいた俺のもとにある人物からメッセージが届いた。


 内容はこんなもの。


『春斗君こんばんは』


『先ほど次の即売会に出す予定の新作の同人誌が完成したですが』


『客観的な感想をいただきたくて』


『せっかくですのでファンと仰ってくれた春斗君に一番に読んでいただきたいのです』


『明日、私の家で鑑賞会を開きたいと思うのですがいかがでしょうか?』


『もちろん、突然のお話なのでご予定がおありでしたら大丈夫なのですが』


『行きます! 絶対に行きます!!!』


 トキさんからのメッセージに二つ返事でそう返し、迎えた当日(つまり今日)。


 痛む両足を引きずりながら家から電車で三十分ほどの場所にある高級住宅街にやってきた。


 トキさん宅はどうやらこの住宅街の中にあるらしい。


 振る舞いとかからもにじみ出てたけど、やっぱりあの人相当お金持ちなんだな。


 ならトキさんの家もこの辺の住宅と同じで西欧風の別荘みたいな家なのか。


 トキさん宅の想像をしながら住宅が立ち並ぶ道を進むこと、十分ほど。


 送られてきた住所に到着したのだが、俺は絶句するほかなかった。


「……でっか」


 そこには他の家の数十倍は下らないほど豪邸と敷地、そして塀が佇んでいたからである。


 住所を見間違えたかと何度もスマホと睨めっこしてみるが、やはりここで間違いないらしい。


 え、トキさんの家族って昔世界でも救ったのか?


 そんな素っ頓狂な感想しか出てこないほどの立派な大豪邸の前に立ち尽くしていた俺であったが、とりあえずインターホンを探すことにする。


 まずインターホン庶民的なもの設置されているのか、と塀の端から歩いていくと入り口っぽい門が見えてきた。


 表札(白夜と書いてある)の下にはちゃんとインターホンがある。


 押してから少し待つと若い女性の声で応答があった。


『はい』


「すみません。僕、小倉春斗という者なんですけど、今日白夜トキさんから本の鑑賞会をするとのことでご自宅に招待されまして。その……白夜トキさんはいらっしゃいますか?」


『はい。お待ちしておりました、小倉様。どうぞお入りください』


 音声が途絶えた瞬間、ガチャと音がして重厚な音とともに門の扉が開かれる。


 豪邸というよりもはや城じゃん。


 門をくぐり、ヨーロッパの庭園にありそうな噴水やら、手入れされた庭木が生えている中庭を歩いて三分ほど、やっと家の玄関に辿り着くことができた。


 玄関前には女性の人影が。


 彼女は俺の姿を視認すると、懇切丁寧なお辞儀をしてきた。


「小倉春斗様ですね? お待ちしておりました。私、トキお嬢様の専属メイドをさせていただいております、洗足せんぞくメイと申します。以後お見知りおきを」


 メイド!?


 今の言葉に俺は固まってしまって、そのメイドさんを見つめることしかできない。


 格好はいわゆるヴィクトリアンメイドのそれで、一目でメイドさんだと分かるものだ。


 こんなメイド喫茶でしか見ることがないような身なりをしている洗足さんであるが、彼女の身長(俺と同じくらい)とどこか外国風の顔立ちが恐ろしいくらいぴったりとメイド服にマッチしている。


 そしてなんといっても彼女の肩まで届くほどの長い金髪が俺の中にある理想のメイド像に限りなく近いもので、本物のメイドに会えたという嬉しさと何を言えばいいのか分からないという緊張で口を動かすことができない。


「…………」


 と、その時、目の前から強い視線を感じる。


 洗足さんが俺のことをじっと見つめているのだ。


 ヤバッ、無意識に見すぎたか?


「えっと……どうかされましたか?」


「……いえ。お嬢様からお話は聞いております。どうぞ、お入りください」


 洗足さんは無表情を貫きつつ俺に背を向けたが、彼女の声のトーンが心なしか低くなっていたような……?


 そんなことを思いつつも洗足さんに続いてトキさん宅におじゃますると、そんな疑問など一瞬にして吹っ飛ぶような立派な大理石の階段が現れた。


 床には一面に高級感あふれるカーペットが敷かれていて、壁にはどこかの風景をえがいた油絵が飾られている。


 しかしそれらは派手に内装を飾り付けているというわけではなく、あくまで生活空間に些細な彩りを加えているという風に見える。


 シンプルだが至って平凡な小倉家との格の違いをまざまざと感じさせる、そんなインテリアが広がっていた。


 お金持ちの家ってなんか派手そうな感じがしていたが、真の金持ちってこんな感じの家なのだろうか?


 正直その辺の事情には全く詳しくないので、一旦置いておくことにする。


 でないとメイドがいるという事実も呑み込めていないのに、そこに新たな疑問を加えてしまえば俺の凡庸なる脳みその処理能力が限界を迎えてしまうからな。


 俺の家とは似ても似つかない内装を見回していると、洗足さんが声をかけてきた。


「お嬢様は二階のテラスでお待ちです。ご案内いたします」


「は、はい」


 そこから洗足さんに案内されるがまま家の中を歩いていたのだが、いかんせん広すぎる。


 豪邸あるあるだが、掃除とか大変なんじゃないか?


 この広さを一人で掃除しているわけでもあるまいし、他にもメイドさんとかお手伝いさん的な人がいるのだろうか?

 

 と、そんな俺が心配しなくてもいいようなことを考え続けていると、ようやく洗足さんの足が止まった。


 彼女が高級感あふれるドアをノックすると、中から聞き慣れた声がした。


『どうぞ、入ってください』


 重厚感漂う木製のドアの先に広がっていたのは、陽光の差し込むサロンだった。


 内装はやはりシンプル。


 椅子とテーブルが部屋の中央にあるくらいで金の装飾品とかそんなものは一切ないが、絶対にあの椅子とテーブル高いやつじゃん。


 そのうちの一脚にトキさんは腰かけていた。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたよ、春斗君」


 トキさんは立ち上がり優雅に一礼。


 こういう時、なんて言えばいいんだったか。


 確かこの間見たアニメでは……。


「えっと……今日はお招きいただきありがとうございます?」


 なんか貴族っぽく見様見真似で一礼してみると、トキさんがほのかに微笑む。


「フフフ、今のは軽い挨拶です。今日はただの鑑賞会ですからそんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。気軽に楽しみましょう」


「え、そうなんですか? てっきりちゃんとした作法をしなければと思って焦っていたんですけど……まあ、そんなの知らないんですが」


「フフ、やはり春斗君は面白いですね。さて、立ち話もなんですしどうぞ座ってください」


 そう言うと同時、洗足さんがトキさんの向かいの椅子を引く。


「どうぞ、小倉様」


「あっ、わざわざすみません」


 慣れないもてなしに戸惑いを覚えつつ着席すると同時、トキさんが言う。


「ではメイさん。お茶の準備をお願いしてもいいでしょうか?」


「はい、ただいまお持ちいたします」


 すると洗足さんはすぐにどこからかワゴンのようなものを持ってきて、目の前にお茶菓子を置いてくれる。


 しかもただのスナック菓子とかそんなんじゃなくて、ちゃんとしたケーキスタンドに乗ったいかにもアフタヌーンティーみたいな洋菓子たちだ。


 気楽にって言ってくれたもののやっぱり緊張するな、なんて思っているとさっそくトキさんが切り出してくれた。


「今日は来ていただいてありがとうございます。遠かったでしょう?」


「いえ、そんなことないですよ。電車乗ってただけなので」


「でも少しお疲れのように見えますが。ほら、こことか」


 トキさんは自分の目の下を人差し指でなぞる。


 どうやら俺の目のくまのことを気にしているらしい。


「それはですね……。まあ、昨日も色々疲れることがあったのと、今日の新作が楽しみすぎて夜遅くまでお茶っぱ先生の作品を読み直していたので少し寝不足気味なんです」


「あら、そうでしたか。そうしていただけるのは作家として嬉しいことですけど、無理はなさらないようにしてくださいね」


 トキさんは穏やかに微笑む。


 サロンに取り入れられている陽光と合わさって、トキさんがまるで後光が指している天使みたいに見える。


 前回の洗面所の件で少しヤバい人認定しかけていたが、やっぱり普通にしているとこの人めちゃくちゃ美人なんだよな。


 ヤバい人認定を取り消そうか脳内会議を開催していると、洗足さんが慣れた手つきで芳醇な香りを放つ紅茶を入れて俺の前に出してくれる。


「しかしそういうことならちょうどよかったかもしれません。今日のお茶は先日仕入れたばかりのものでして。高いリラックス効果があるものなんですよ」


「へー、そうなんですね」


 カップを手に取ってみると、確かにかなりいい香りがする。


 鼻から直接脳まで届くようなもので思わずホッと一息ついてしまいたくなる。


「いただいてもいいんですか?」


「もちろんです。どうぞ召し上がってください」


「では、いただきます」


 期待感を胸に俺はカップに口をつけた。


 すると瞬時にその紅茶の豊かな味が口中に広がった。


 雑味は全くなく、純粋な茶葉本来の味わいが楽しめる。


 普段紅茶は飲まないが、そんな俺でも美味しいと思ってしまう品だ。


 余韻を感じつつ、カップをテーブルに置いて感想を言おうとした直後だった。


「……あれ?」


 急に意識が朦朧とし始めた。


「……なんか、眠く……」


 瞼に重りでもついているんじゃないかと思うくらい、目が開かない。


 狭まる視界の中、トキさんは優雅に注がれた紅茶を飲んでいる。


 なんだ、これ……? いったい、どうなって、いる、ん、だ……?


 体が言うことを聞かず、うなだれるように脱力する。


 理解が追い付かないまま、ついに俺は目を閉じてしまう。


 底なし沼のようなまどろみの中、二人の会話がかすかに聞こえた。


「眠ってしまいましたか。ではメイさん、準備をお願いします」


「かしこまりました、お嬢様」

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