駄菓子と禁忌 その2
というわけでしばしの間、各々駄菓子屋を物色することになった。
俺は棚に並べられている駄菓子のパッケージに目を向ける。
うめー棒、やっちゃんいか、蒲焼くん次郎、ガブットチュウなど、昔食べた駄菓子たちが今なお変わらずに陳列されている。
小学生の頃は飽きるほど食べていた駄菓子たちだが、最近食べた記憶はなく、最後に食べたのはいつかも分からない。
ふと小学生時代への懐かしさともう戻れないという喪失感がさざ波のように静かに胸に去来する。
俺も高校生だし好みも変わって食べなくなるのは仕方ないが、それでもやっぱり悲しいものだ。
そのまま複雑な感情に身を委ねて店内を見て回っていると、ある商品に目が止まった。
これも懐かしいな。
この駄菓子、高くてあんまり手が出なかったけどうまいんだよなー、なんて思っていると後ろからユウトの声が。
「にいちゃん、見て回れたか?」
「まあ、大方はな。お前らこそ、遠足に持って行くやつ決まったのか?」
「ああ、厳選に厳選を重ねた最高のフルコースが完成したぜ!」
ユウトの手には多種多様な駄菓子の袋が握られていた。
ユウトの後ろに目を向けるとアカリと松下も同様に選び終わったようで、楽しそうに談笑している。
「俺たちは今から買うけど、にいちゃんもなんか買うのか?」
「そうだな……。じゃあせっかくだし、一つ買うか」
言って、俺は先ほど見ていた駄菓子を手に取る。
そして四人で店内奥のレジの方に向かったが、やはりレジには誰もいない。
するとアカリがよく通る呼び声を出した。
「すみませーん、おばあちゃんいますかー?」
しばしの沈黙ののち、上階から小気味いいリズムの足音が聞こえたかと思うと、姿を現したのは中学生くらいの女の子だ。
ちょうど葵と同じくらいの年の子で、長い黒髪をなびかせてレジへとやってきた。
「はい……って、またあんたたちか。よく来るわね」
「はい、今日も来ちゃいました! おばあちゃんいないんですか?」
「さっきスーパーに出かけて行ったの。だから今はいないわ」
今の会話から察するにこの子はこの駄菓子屋を経営している人の孫らしかった。
慣れている感じ、そのおばあちゃんがいない時はこうして接客しているんだろうな。
俺より小さいのに偉いな、なんて思っているとユウトがちょっと不機嫌になった。
「ちぇっ、駄菓子屋のばあちゃんいねえのかよ。駄菓子のねえちゃんがレジだと端数とかおまけしてくれねえから嫌なんだよな」
「ちょっとそこ。今なんか言った?」
「……別に?」
「もう一回なんか言ったら出禁にするから。覚悟しときなさいよ」
「うわっ、マジか! 今のこと、ばあちゃんに言ってやろうっと」
とかなんとか駄菓子屋の子とユウトで小競り合いが始まろうとしたが、三人で静止していると、その子のクリっとした目が俺の両眼を捉えた。
「ねえ、この人誰? もしかして不審者じゃないでしょうね」
めちゃくちゃ失礼だな、おい。
「そんなわけあるか。どう見ても普通の高校生男子だろうが」
「普通の高校生男子は小学生と一緒に駄菓子屋に来ないと思いますけど?」
確かに。
「……まあ、こっちにも色々あるってことで」
その子は「ふーん」と言って訝し気な視線を向けていたが、特に害はないと判断したのか小学生トリオに向き直った。
「ほら、会計してあげるから。お菓子出しなさい」
無事会計を終えたのち。
「ねえ、なに買ったか見せあいっこしない?」
という、アカリの気まぐれな一言で俺たちは店内の丸椅子に座ってテーブルに駄菓子を広げていた。
こういうのは遠足までのお楽しみがセオリーだと思うのだが、どうやら三人とも我慢できなかったらしい。
やっぱりまだこいつらは子どもだということだ。
一通りわちゃわちゃ騒ぎながら各々の手札を論評し合ったのち、ユウトが思い出したかのように言ってきた。
「そういえばにいちゃんもなんか買ってたよな? なに買ったんだ?」
「ふっ、見て驚くんじゃねえぞ?」
俺はまるで新作のカードパックで最高レアリティカードを引き当てた時に友達に見せびらかすように、その駄菓子を懐から取り出した。
その駄菓子とは――。
「そ、それはフライポテト!!?」
ユウト、中々いい反応するじゃないか。
俺が買ったのは駄菓子の中でも特に単価が高い、フライポテトだ。
この駄菓子は薄く円状にカットされたポテトを揚げ、フライドチキン味にしたもので、美味しさと引き換えに一枚当たりの単価が駄菓子の中では破格といってもいいものである。
小学生の頃はこの美味しさと引き換えに他の駄菓子を二つ我慢するかどうか相当に思い悩んだものだが、今の高校生の財力であれば余裕で買えるのだ。
俺がその神々しいパッケージを三人に見せつけるように持っていると、案の定三人はうらやむような目を向けてくる。
「いいなー。私も買いたかったけどそれ高いしなー」
「ああ、あの高くて手が出ないフライポテトをいともたやすく手に入れるなんて……。にいちゃん相当やるな」
「ふはははは、もっと褒めてくれてもいいんだぞ? それに本当にすごいのはここからだぜ?」
俺は羨望の眼差しの中、その袋を開封すると駄菓子を食べられない三人の前で幼き頃から胸に抱いていた野望を実行することにした。
小学生の頃、この駄菓子を手に入れた際には味わうように一枚一枚丁寧にかみしめたものだ。
だがしかし、今の俺にはそんな必要などない。
なくなったら買えばいいのだ!
俺は袋からフライポテト二枚を取り出した。
「ま、まさか――!?」
ユウトの目が驚きに染まる。
「そのまさかだよ!」
そして俺はその二枚に勢いよくかぶりついた。
瞬間、口に広がる濃厚なフライドチキンの風味。
フライポテト二枚まとめ食い!
これが小学生の頃、やってみたくてもできなかったことだ。
それを今、できているなんて信じられないことである。
「おにいさん、ずるいよ! そんな食べ方反則!」
「それはさすがにダメですよー、おにいさん」
「そうだそうだ! にいちゃんは今やっちゃいけないこと、タブーを犯したんだ!」
三人が抗議の声をあげるが、俺は高らかに笑い声をあげた。
「タブー? はっはっは、この際だからお前らにいいことを教えてやろう。タブーってのはな、人が作るものにすぎねえんだよ!!!」
「大人げねえ!!!」
「サイテー!!!」
「本当に高校生ですか?」
「なんとでも言いやがれ! はっはっはっは!!!」
こんな感じで小学生どもに一矢報いることに成功し、残りの二枚を口に放り込もうとした時、奥からドライアイスみたいな冷気が漂ってきた。
奥にいるのはさっき会計をしてくれた駄菓子屋の子。
その両眼は俺を捉えているが、まるでゴミでも見るような色をしている。
そして口がかすかに動いたのを俺は見逃さなかった。
「……ヤバッ」
「…………」
その一言に押し黙ることしかできなかった。
確かに客観的に見れば今の自分は相当にヤバい。
小学生相手にフライポテト見せびらすとか、正直情けないな……。
俺は財布から百円玉三枚取り出すと、三人に一枚ずつ渡した。
「……ていうのは冗談だ。ほら、これでお前らも好きなお菓子買って来い!」
瞬時にして三人の顔に笑みが咲き誇る。
「ホントに!?」
「いいのか!?」
「もちろん、俺のおごりだ!」
「「やったー!!!」」
ユウトとアカリは走り出し、松下も微笑みを浮かべる。
「太っ腹ですね。大丈夫ですか? 無理してませんか?」
「なめんな。松下も行ってこいよ」
「……分かりました。ではお言葉に甘えて。ありがとうございます、おにいさん」
まあ、ぶっちゃけその三百円でコンビニアイスでも買おうと思ってたんだが、背に腹は代えられない。
それからもしばらくはこいつらと最適な駄菓子の組み合わせ等について議論を交わしたりしていたら、もう夕日が傾き始めていた。
「やべっ、そろそろ帰らないと親に怒られる!」
「なら今日はこの辺で解散ということにしようか。バイバイ、おにいさん!」
「またな!」
「さようならー」
「ああ、じゃあな」
そうして三人に見送られながら俺は家路につくことになった。
いやー、今日も散々な目にあったな。
せっかく連休の中日だってのに、小学生たちと時間を潰してしまった。
でも不思議と損をしたという気分はない。
懐かしいことも思い出せたし、駄菓子はうまかったし、そこそこ満足の一日だな、うん。
しかし何か忘れているような気がしないでもないな。
「ただいま」
謎の忘却感に頭をひねりながら家に帰ると、姉ちゃんが出迎えてくれた。
「春斗、おかえりー。遅かったね」
「ん、まあ色々あったからな」
言いつつ、手を洗うべく洗面台に向かおうとしていると姉ちゃんが一言。
「あれ? おつかいで頼んでたものは?」
「…………あっ」
完全に買い忘れてた……。
その後、すぐさまUターンダッシュを決めた俺はスーパーに再度向かう羽目になってしまった。
やっぱりあいつらと関わるとロクなことにならねえな!




