結婚するならどっちがいい?
ゴールデンウィーク最終日、五日目の夜。
前日を含め四日間、何かしら俺の気力と体力を削る出来事が続いていたから今日もさぞとんでもないことが起こると覚悟していたのに、ふたを開けてみれば最高の一日だった。
放置していた学校の課題はすいすい進んで午前には終わったし、姉ちゃんも葵もどっか出かけてたから午後は思う存分百合同人誌を楽しめた。極めつけは晩ごはんもデザートも俺の好物。
特に前日を含めて雲行きの怪しかった連休の総評を見事にひっくり返す、まさしく終わりよければすべてよしを体現する日であったと言っていいだろう。
あとは風呂に入って寝るだけ、という理想の休日の終わりを過ごすべくリビングでテレビを流し見ていると、ふと葵の様子が気になった。
俺がテレビでドラマやらアニメやらを見ていれば興味深げに覗き込んでくるのが常である葵が話しかけてこないのだ。
ちょうどキリのいいところまで見終わったので、飲み物を取りに行くついでに何をしているの確認。
するとあいつはソファに寝っ転がって少女漫画を読んでいた。
特段気にする必要はないものの、普段と違う行動をとっていればそれはそれで気になってしまうもの。
「葵、何読んでんの?」
葵は漫画を持ったままチラリとこっちを見る。
「んーと、最近人気の少女漫画。今日友達の家行ったら面白いからって貸してくれたんだ」
「どんな感じの漫画なんだ? ラブコメ?」
「まあ、そうだね。主人公の高校生の女の子の母親が再婚して義理のお兄さんができるんだけど、それが高校のクラスメイトだったみたいな感じのやつ」
「ふーん。そうか」
「あっ、もしかしておにいちゃん、この漫画気になっちゃった感じ?」
「いや、別に。なんかそういう展開の作品他にもあったけど、そんなシチュエーション現実には起こらないよなーって思っただけ。それ以上でもそれ以下でもない」
葵は「ホントかなー?」とニヤニヤと笑っていたが、漫画を置いて身を起こす。
「でもありえなくもないと思わない? 日本のどこかの兄妹がこういうことになってて、微妙な距離感を保ってる真っ最中かも! それにもしかしたら私とおにいちゃんが義理の兄妹って可能性も……」
「俺とお前が? ないない、絶対ない」
「むー! 分かんないじゃん、そんなの! おにいちゃん、全然メルヘンチックじゃない!」
俺にメルヘンチックを求めるのが間違ってるだろう。
葵はぷくっと頬を膨らませていたが、やがて興味が湧いたのか身を乗り出して聞いてきた。
「でもでも! もし、だよ? もし私とおにいちゃんが義理の兄妹だったら、おにいちゃんはどうする?」
「どうするってどういう意味だ?」
「それはどうぞご自由に解釈してくださいな」
「そう言われてもな……」
現実にはあり得ないものの、もし葵が義理の兄妹だったら、か。
俺は少し考えてみた。しかし答えはすぐに出た。
「別にどうも。血がつながってようがつながってなかろうがお前が俺の妹であることに変わりはないし。今まで通りの生活をするだけだな」
「え、それだけ?」
「ああ。逆になんか変わることとかあるか?」
「いや、だって血がつながってないんだよ? それってつまり異性が一つ屋根の下に住んでるってわけで。意識とかするでしょ絶対!」
「いや、しないだろ」
「するって! だってほら、兄妹じゃできないこともできるようになるんだよ!?」
「兄妹じゃできないことってなんだよ」
尋ねると、葵はひるんだように口をすぼめたあと、ほんのりと頬を赤らめて、
「それは……ほら、あれだよ。手つないだりとか、ハグとかその、キ、……スとか」
「うん? なんて?」
「な、なんでもない! 恋愛とか結婚とかそんな感じ! そんな感じだから!!!」
「お、おお。そうか」
なんかすごい必死に否定しているが、一体どういうことだ?
その慌てっぷりに多少ひっかかりを覚えたものの、まあ別に気にすることでもないだろう。
それよりも、今俺が興味を引かれているのは兄妹での結婚についてのことだ。
葵はどうやら兄妹での恋愛に幻想を抱いているらしいが、現実を教えてやることにしよう。
ここは少女漫画の中じゃないんだからな。
「というか悪いけど兄妹だろうが他人だろうが俺、お前とは結婚したくないんだけど」
「ええ!? な、なんで!?」
驚きに目をむく葵に向かって包み隠さず言ってやった。
「だってお前、めちゃくちゃわがままだし、料理下手だし。結婚したら絶対俺が家事とか全部やることになったり小遣いで色々とブランド物とか買わされそうだからな」
「むむむ、聞き捨てならない! 私、そんなことしないんですけど!」
「いいやするね。絶対する。断言する」
「だ、だったら私もおにいちゃんとなんか結婚したくないんですけど! 料理下手だしパンツ盗むし、虫退治できないし。そんな変態で頼りない旦那さん嫌だし!」
「虫苦手なのはお前もだろ!」
と、二人でギャーギャー言い合いを続けるも溢れ続ける互いの欠点や弱点に結論が出ることはなく。
「私、絶対におにいちゃんとは結婚しない!」
葵はプイッとそっぽを向く。
「それはこっちのセリフだ! お前なんかと結婚するか! 結婚するなら断然姉ちゃんだな! 料理うまいしわがまま言わないし、優しいし。絶対にいい奥さんになってくれそうだもんな。それに俺、姉ちゃんのほうが好きだし?」
「むうう! このポンコツおにいちゃんめ! もう一回言ったら許さないよ!!!」
「何回でも言ってやるよ!」
ムキになってしまった俺は息を大きく吸い込んで、言い放った。
「俺は姉ちゃんが好きなんだよ! だからお前とは結婚しない! 絶対に姉ちゃんと結婚するっ!!!」
「…………へっ?」
葵ではない声が白熱する部屋の空気を凍り付かせた。
視線をスライドさせると、そこにはほんのりと頬を桜色に染めた、パジャマの姉ちゃんの姿があった。
姉ちゃんは視線を左右にうろつかせると、目を伏せて髪をいじりながら恥ずかしそうに、
「は、春人? わ、私たち姉弟だから、ね。その……」
「いや、待ってくれ……。違うんだ、姉ちゃん。これはそういう話じゃなくて……」
「姉弟で結婚とかって、法律的にできないっていうか……そう言ってくれるのはう、嬉しいんだけどね……。でも、その……ごめんなさい」
「…………うん」
なんか普通にフラれた。
呆然自失とする俺と顔を赤らめる姉ちゃん。
二人が生み出す微妙な空気感の中、俺の肩に手が置かれた。
「ドンマイ、お・に・い・ちゃん」
葵のにやけ面がすぐそばにあった。
「いや、だから……なんでこうなるんだよぉぉぉ!!!」
叫ぶ俺、笑う葵、恥ずかしがる姉ちゃん。
ゴールデンウィーク最終日、なんでこんな結末になった? とは思うものの。
いつもの光景を見て、俺はどこか安心感を覚えていた。
これが、これこそが、世界に一つだけの。
小倉家の日常なのだから。




