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黒の碁石

黒の碁石 (お題 優しい女、碁石、逆プラシーボ効果)


 田口小児病院に若い女が子どもを抱えて駆け込んできた。女は秋山といった。

「弘毅の弘毅の様子が変なんです」

 秋山は受付の看護師に必死の形相で訴えた。腕の中で二歳くらいの子が青ざめた表情で苦しんでいた。看護師は優先して診察室に二人を通した。

「ああ、何か気管に詰まってるみたいですね」

 小児科医の田口は診察台の上に子どもを寝かせると、喉や胸を慣れた手つきで触ってから言った。

「何かって何が詰まってるんですか」

「それは、取り出してみないことには」

 急かすような母親を煩わしく思い、看護師に目配りして診察室から追い出すように促した。それから田口は子どもを半身だけ起き上らせると背中を強く叩いた。数回叩くと小さい黒い塊が口から飛び出した。

「何だ、これは」

 子どもの容態が安定したのを確認してから床に落ちた黒い石の様な物を取り上げた。それは碁石だった。

 田口が碁石を見せると母親は目を丸くした。子どもがどこで碁石を手に入れたのか心当たりが全くなかったのだ。田口は二、三助言をすると母子を帰した。

「気味が悪いな。三日前も碁石詰まらせた子ども来ただろ」

「来ましたね。先月と今月で五人目ですよ」

 田口は卓上カレンダーにバツ印を付けた。

「警察に連絡するか」

 そう言って受話器を手にした。

 その夜田口はバーに寄った。忙しい彼の唯一の楽しみだった。

「いつもの」

「はいよ」

 合言葉のような会話を交わしてから席に着いた。店内を見渡すといつもの顔の中に見かけない顔の女を見つけた。優しげな目元をした品のある女だった。

「あの端に座ってる人、誰」

「私も初めて見るお客さんです。杉山って言ってましたね」

 田口は一杯目を軽く飲み干すと、杉山の隣の席に向かった。

「ここ良いですか」

「ああ、私そういうの苦手だから」

 杉山は嫌な顔をした。

「苦手って何が」

「初対面の男性と話すのは、そう、緊張する」

「別に無理して話さなくても良い。そうだゲームをしよう」

 田口は人差し指を立て、得意げな顔をした。

「職業当てゲーム。お互いに」

「あ、私無職だから」

「それなら財布が大変だろう。一杯奢らせてくれ」

 杉山は一笑してから、初めて田口の顔を見た。

「分かった。それじゃあルールを説明して」

「お互いにヒントを出し合って、先に相手の職業を当てた方が勝ち」

 杉山は深く頷く。

「例えばバーテンダーなら『接客』『お酒』とか。ただし順番毎に回答は一回だけ、負けた方が奢り、それじゃあ僕は後攻で良いよ」

「つまり、あなたは地位の高い職業に就いていて、それを自慢したいってことね」

「別にそうとも限らない。男はみんな自身の仕事に誇りを持ってるものさ」

 図星だった。

「それじゃあ、一つ目のヒントは子ども」

「教師」

 田口は首を横に振った。

「私がヒントを出す番ね。そうね、・・・心」

「心、また難しいヒントだな。CA」

 田口はヒントより容姿から無理やり答えを捻りだした。杉山は納得したように頷いた。

「ああ、そうやって相手を喜ばせるわけだ」

「別にそういうのじゃない。次は免許」

「分かった。小児科医」

 田口は少し渋ってから首を縦に振った。

「僕の負けだ。一杯奢ろう」

「待って、まだ私の職業を当ててないわ」

 杉山は悪戯な笑みを浮かべ、ゲームの続行を促した。

「次のヒントは免許」

 田口は一瞬だけ嫌な顔をした。

「君も医者だな。精神科医だ」

「そう、同業」

 田口は経験上医師免持ちの女性で当たりを引いたことがなかった。

「まあ、私は研究職だけど」

「どういった研究をしてるんだ」

「ノシーボ効果について」

「ノシーボ効果ってプラセボ効果の逆のヤツか」

 杉山は感心した表情をした。田口はその反応がどこか癪に障った。

「例えばアルコール0の飲料でもアルコール入りだと言って飲ませると信じて酔っぱらう人がいるのよ。可笑しいでしょ」

「精神医学ってのは呪いみたいだな」

「そんな非科学的なものじゃないわ。客観性を持った立派な医学よ」

 こういう話し方が鼻につくのだなと田口は思った。

「今日のあなたの仕事はどんな感じだったの」

「いつも通り、いや、喉に異物を詰めた子どもが運ばれてきてね」

「それは大変」

 杉山は目を大きく見開いた。

「命に別状はなかった。それが最近多いんだよ」

「多いって」

 田口は不要なことを口にしたと思ったが、少し間を空けてから話しを続けた。

「それが、喉に詰まってるのが必ず碁石なんだ。親に訊いても心当たりがない。考えたくないけど誰かが意図的に子どもに飲ませてるんじゃないかって、怖い話だろ」

注文したカクテルがそれぞれ目の前に置かれた。杉山の前に置かれたグラスにはラビットアイ系のブルーベリーが底に沈んでいた。

「うわあ、こう見ると碁石みたいね。今の話聴いた後だと飲みにくい」

 杉山が差し出したグラスを田口は覗きこんだ。確かに底に沈んだラビットアイは屈折で平たく見えた。昼間子どもが吐き出した黒の碁石に見えなくもなかった。二人は乾杯した。グラスの軽やかな音色が重たい空気を払った。

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