第九話 お花畑への帰還方法
街の外に出て、三日目。たった三日だとは思えないほど、僕たちは色々な経験をしている気がする。
ヤイロはゆっくり休んで回復したようで、朝食を勢いよく頬張っている。
「キバシリどうしたの? 顔色が悪いよ」
ウトウが作ってくれた朝食をありがたくいただきながら、オオルリ姉さんが聞いてきた。当然だ。ウトウの裏の顔を見てしまったいま、僕はどうなってしまうんだろうと怯えている。
「や……。その、寝れなかったんだ」
「睡眠薬……。いる?」
「あ、うん。ありがとう」
姉さんから錠剤を受け取ったものの、飲むつもりはなかった。シートから出さずそのままポケットにしまい、ちょうど食べ終わってキッチンへ向かったばかりのウトウを追う。
「ウトウ、ご飯ありがとう。美味しかったよ」
キッチンに入ったウトウが振り返り、空の食器を持った僕を見て微笑んだ。昨日より優しげな笑みで、怖すぎる。
「お、助かるね。ありがとう、ここに置いておいて」
「あれー? このおっさんなんか今日機嫌いいな」
何も知らないアマモが途端に羨ましくなった。いますぐこの立ち位置を代わってくれないかとすら思う。が、そんなことは叶うわけがなかった。
「ねえウトウ。……僕たちは、どうなるんだろう。というか、どうしたらいいんだろう」
ウトウは僕たちを、どうするつもりなのか。情報を引き出すと言っていた。その答えを期待して見上げた。青い瞳は一度瞬きする。
「…………キバシリは、どうしたい?」
僕が何を聞きたいか、知っているくせに。はぐらかされてしまった。肩のアマモは耳がかゆいらしい。どうでもいいと言わんばかりの顔だ。
「僕は……、皆を助けたい」
「皆って?」
「皆、いま一緒にいる姉さんやシロマルたちと、あとお母さんお父さんと、あとは……」
小さい頃お遣いで財布をなくして、一緒に探してくれた惣菜屋の店主。風邪を引いたらお見舞いに来てくれた近所の友達。あのあと風邪をうつして申し訳なかったけど、心配してくれてすごく嬉しかったのを覚えている。
「街の皆、全員を助けたい。街長様は……悪い人なのか、わからないけど。それでも今までいっぱい助けてもらった」
僕はウトウをまっすぐ見つめた。ウトウは微笑んだりせず、真面目な顔だった。もしかしたら、今ならはぐらかしたりしないかも知れないと、僕は期待した。
「ねえウトウ、なんで昨日のことを隠したいのかな。僕たちはウトウの仲間だよ。ウトウは僕たちの仲間だ。話してくれたら協力だって出来るのに。……確かに出会って二日やそこらで信頼はないかもしれないけど」
昨日の電話で、ウトウは僕たちから情報を引き出す趣旨のことを言っていた。街の外に、僕たちの情報を欲しがる人がいるのか?
「それとも、そんなに話せないこと……? もしかして、ウトウがクマとグルで、僕たちを観察して食べる機会を窺ってるとか……?」
「キバシリ、それはっ」
固い表情で放った声は、しかし遮られた。
「ご馳走様でした! すごく美味しかったです。……お皿、四人分重ねてしまいました」
「…………」
僕とウトウはオオルリ姉さんを見て、それから顔を見合わせた。
どこまで聞かれたんだろうか? キッチンで話すんじゃなかった。視線で何となく会話してしまう。
「……あれ? キバシリもしかして、ウトウと何か話してた? ごめんね」
聞かれていなかったみたいだ。ほっと胸を撫でおろす。恐らくウトウも同じ心境だ。
「あっ、いや、もう終わってたから大丈夫! 今後の話するよね、すぐ行くね!」
「僕もすぐ行く。君たちがどうするのか、聞いて出来るだけ手伝いたいからね」
ウトウとの話は、終わっているわけがなかった。邪魔が入ったから強制終了になってしまっただけだった。
アマモは難しい顔をして、僕の肩にずっと座っていた。何を考えているのか、珍しく終始無言だった。
「私から、皆に聞きたいことがあるんだけど……ね、皆は、また街に帰りたい?」
客間に各々座り、話し合いが始まる。
この先もしこの家で暮らすとしても、避けては通れない問題。だが、答えは一つしかないような気がした。
「当然戻りたいでしょって思うかもしれないけど、もし、この中に戻りたくない人がいたら、ちゃんと知っておきたい」
「僕は戻りたい。本当のことも知りたいし、ウトウの話が本当なら、早く皆を助けたい」
「わ……私も。街長様だって、悪い人じゃないはず。だって、私が何回病気になったって、呆れたりなんかせずに根気よく治してくれた」
珍しくヤイロが僕に続いた。シロマルも頭を掻きつつ言う。
「まー……。大人たちには、不倫するぐらい元気でいてもらわないと、俺のネタがなくなって困る」
な、ノスリ、と言われ、肩を叩かれたノスリはそっぽを向いた。ふん、と小さく鼻を鳴らす。
「俺は帰りたくない。あんなお花畑でバカみたいに生きるのは二度とごめんだね」
この場を静まり返らせるには、十分すぎる一言だった。
「ありゃあ、ひねくれた坊ちゃんがいたもんだ」
アマモは肩をすくめている。どうすればいいんだ、こんな時。
「暴力に走るしか能のないバカが親で、まだ十五にもならないうちに親と離れたのは俺だけ。誰も苦労を知らないくせに珍しがるなよ。太陽の代わりに無数の電球、雨の代わりにスプリンクラー、風は送風機、そしていくらでも湧いて出る電気は街の外からと来た。街の中で自給自足、とか言ってるくせに、街の外がなきゃ何も出来ないんだろ。十三歳でもこれくらいわかる。俺は追い出してくれた街長様に感謝して、一生街の外で生きる。街中なんか思い出しただけで吐き気がする」
そこまで一気に捲し立てて、我に返ってばつが悪くなったといったふうに立ち上がった。部屋を出る前に一度だけ止まる。
「もし街に戻るって言うなら好きにして。俺は協力しないから」
振り返ったノスリの目は少し赤く、涙が滲んでいた。
「ノスリ! 待って!」
姉さんが後を追うが、思いのほかノスリの足が速かったようで、程なくして姉さんだけが戻ってきた。
「私……。ノスリがそんな思い抱えてたって知らなかった」
ぽつりとこぼす。僕は立ち上がった。
「姉さん、ノスリがどこに向かったかわかる?」
「え? 庭……の方、だったと思う」
「わかった。じゃあ行ってくる」
僕は小走りに部屋を出た。




