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第十話 出会い



 庭の大きな石に隠れるようにしゃがんだノスリを見つけて駆け寄った。

「ノスリ。部屋に戻ろう」

「戻るわけないじゃんばーか」

 ぷいっと顔を逸らされた。涙を拭いたのか、袖が少し濡れている。僕はノスリの横にしゃがんだ。アマモが慰めるかのようにノスリの肩に舞い降りる。

「ねえノスリ、ウトウの話が本当なら、街の人は少しずつクマに食べられているんだよね」

 ノスリは答えない。膝の向こうの地面を見つめていた。視線の先に蟻はいなかった。

「もし、もしだよ? その話が本当なら、君の親はもう、殺されてしまって、街にはいないんじゃないかな…………?」

 薄々、思っていた。昨日、クマの話を聞いた時から。あの街で誰か死ぬと、『神様のところへ行った』と言うのだ。そして、誰かが死んだところを見た人も、「手を尽くしたけど駄目だった」と嘆く人もほとんどいない。誰も病と戦わず、事故の要因も少ない。なのに死者はいる。

 『神様』の協力者が、定期的に人を殺める。或いは捧げている。そんな考え方も出来るはずだ。

 そして何でもない人より、罪のある人の方が殺しやすい。当然の罰だと皆が納得して、いつしか忘れる。そっちの方が協力者もやりやすいだろう。

「え……? 死ぬ? あいつらが」

 ノスリの目がきらりと光った。あまり人の死は喜ばしくないけど、ずっと望んできたのだ。思い描いて、その時をずっと待っていた。無理もないだろう。

「もし死んでなかったら、その……。報復して、いいんじゃないかな。正義なんて絵空事は、おはなしの中のつまらないハッピーエンド、でしょ? 世の中はそんなに甘くないって、思い知らせてあげたらいいよ」

 表情が明るくなる。堪えきれなくなったように涙が溢れた。

「言ったな……? たまにはいいこと言う、キバシリ兄ちゃん!」

「薫はたまにしかいいこと言わないのかー。もっと頻度上げたらいいやつかもねぇ」

 アマモはやはり余計なことを言う。迷わずスルーだ。ノスリにはちょっとサービスで、肩車をして部屋に戻った。入り口で屈むのがなかなかにキツかったので、危うく腰を痛めるところだった。

「あ、ノスリ。気分は落ち着いた?」

 オオルリ姉さんの心配した声音に、ノスリは元気いっぱいに頷いた。

「もちろんだ! キバシリ兄ちゃんが俺は強いって教えてくれた!」

 そう言って空を殴る仕草をするものだから、僕はとんでもないことを言ったのではないかと後悔した。しかしノスリも街に行く気になったようで一安心だ。

 皆が街に帰りたいという方向にまとまった今、求められるのは街へ帰る計画だ。両親や友達を洗脳から救わなければならない。

「クマを倒そうぜ! うしろから近寄って……。グサーって! 楽勝だろ!」

 忍び寄り、背後から急所を狙う真似をするノスリに、そう簡単にはいかないとウトウが言った。

「クマは人間より大きいし、力も強いんだ。爪で引っ掻かれただけで、致命傷になるかもしれない。しかも、普通のクマよりも賢いと来たら、緻密な作戦が必要だ。それを今から話し合うんだ。……君たちには、特別に僕の持ち物を貸してあげる」

 ちょっと待ってて、と言って彼は部屋から出ていった。五分ほどして戻ってきた時には、大きな黒光りする、銃を抱えている。

「銃……。もしかして、中尾さんの持ち物?」

「そう。中尾さんは猟師だったから、こういう用具がいっぱい揃ってるんだ」

 そう言いながら床に銃を置く。ライフル銃が二丁と散弾銃、そして拳銃が一丁ずつ。

「え……? でも拳銃って……」

 本当に小さく呟いただけだった。しかしその瞬間、ウトウが僕を鋭く睨んで、僕は言いかけで黙った。夜中に聞いた聞きなれない名前と、ウトウの恐ろしい笑みが脳裏によぎる。

「絶対中尾の持ち物じゃない拳銃だよなー」

 アマモが言った言葉に、僕は激しく同意だ。

「すごい! これさえあればクマなんかイチコロじゃないか!」

 シロマルとノスリがはしゃいで銃に手を伸ばすが、さりげなく出されたウトウの手によって阻まれた。

「危ないからね。見るだけにしておこう」

 これなら触っていいよ、と皆にプラスチック製の玩具の銃(BB弾)が配られた。

「銃使って、自分や友達が怪我をしたら意味がないから、これで練習しよっか」

「……あの」

 遠慮がちに手を挙げたのは、オオルリ姉さんだ。

「ウトウは、誰かに銃の使い方を教えてもらった……のかな?」

 一拍、不自然に間が空いて、何でもなかったかのようににこりと笑ってウトウは話す。

「ああ、中尾さんはおじいちゃんの友達だから、おじいちゃんも当然猟師だったんだ。だから僕は、おじいちゃんとお父さんに教えてもらったよ。最初に狩ったのはイノシシだった」

 僕はふと、不安に襲われた。もしこれが嘘だとしたら、彼は何者なんだろうか。何もわからない。彼に聞いても答えてくれないし、手がかりもない。どうしたらいいんだろう。

 ウトウが庭を見て陽が傾き始めているのに気付き、慌てた。

「まずい。今日は友達が来るんだった……!」

 すると崩れた玄関から声がした。あまりのタイミングの良さに、僕たちは一斉に黙った。ウトウ以外の人が友好的とは限らない。僕たちはウトウと仲良くしているからウトウにかばってもらえるかもしれないけど、あまりあてにしてはいけないのだ。

「やほー、きーたよ。今日はそこにいたか……ん?」

「ウトウ、彼女いたのか?」

 声は高かった。顔を青くして腰を浮かせたウトウを、アマモが訝しげに見つめている。

 とたとたという足音に続いて、ひょこりと客間に女性が顔を出した。金髪を雑に縛ったポニーテールに、小麦色に焼けた肌。ワンピースの上にシアー素材の上着を羽織り、涼しげな格好だ。まだ初夏だから、少し寒いくらいかもしれない。

「ばーん」

「ばーん」

 入ってきたばかりの女性とウトウが、とりあえず手で作った銃の撃ち合いをしている。最初に会った時のウトウもしていたが、もしかして意味のある行為なのかもしれない。そう思っていると、女性が僕たちの方にその手を向けた。しかしウトウが手首を掴んで下ろさせた。

「……ねえ、何でこんな子どもたちを家にあげたの? ていうかどこから来た子たち? 雀街の一丁目に住んでいるのはうちらぐらいだよね?」

「それはー……。その」

 ウトウが質問攻めにされて目が泳いでいる。でも僕たちも、女性について大体同じようなことが聞きたかった。

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