第五話 家と、幽霊と人間の疑惑
この話の最初の方のルビがうまくふれませんでした。すみません、読みにくくなっています
「街長様。随分とお疲れのようですね。もしかして、あの子どもたちを心配してあまり眠れていないですか」
看護師が案じて声をかけるほど、街長の顔には疲労が出ていた。
街長はその心配の気持ちが嬉しかった。思わず君の親を神に捧げたとか余計なことを言ってしまいそうになるほど。だがそれもぐっとこらえ、やっと当たり障りなく返す。シワを取り忘れたポケットに手を入れ、踵をかえす。
「ああ、有能な助手たちには大きな試練を経験してもらっているからね。じきにもっと頼りになるくらい、知識と実力を身につけて帰ってくるよ。しばらく顔を見れないのは寂しいけどね」
「どうする? 逃げちゃ……いけないよね」
水から上がった三人が、僕の後ろに逃げ込んだ。僕は腹を括った。僕の方が姉さんより力は強いし、それにアマモもいる。アマモの発言通り強いのなら、大人ひとりくらいどうってことないはずだ。
「僕が行く。まず人間なのか、言葉は通じるのか、敵意はあるのか確認する」
「おー! キバシリ兄ちゃんがんばれ!」
「いけー!」
「ちょっと待って。私は精霊もいるし、年長者だから私が行ったほうがいいと思うんだけど」
「でも姉さんがいなくなったら、誰かが怪我しても手当てできないんだ。大丈夫、話しかけに行くだけだから」
姉さんは不安げだったが、僕が確認に行くことになった。
僕とアマモは人影に向かった。しばらくすると、さざなみの音の中、向こうもこちらに向かい始めたのがわかる。目を逸らさずに僕は歩いた。
そしてついに、二人は相対して立ち止まった。
「あっ、あの……。あなたは、人間ですか? ……街の外の」
最初に話したのは僕だった。目の前に立つ人は確かに大人の男で、適当な髭と街の中では見ないほど焼けた肌が印象的だ。
しばらく経って、男はおもむろに右手を持ち上げた。僕の額の前で人差し指と中指以外を握る。
「ばーん」
声と共に、その手を跳ね上げた。それ以外に何もしない。
「………………?」
「………………」
聴き飽きない波の音だけがしている。寄せては返し、その繰り返しなのに、どこか興味深いものがある。
男性は僕を舐めまわすかのようにずっと見ていた。僕も男性を観察した。よく見たら瞳が青く煌めいている。とても綺麗だ。
「……街の外、とは?」
唐突に喋り出した。重く低い声だ。言葉が通じたことにまず安堵する。
「シュムツ菌から逃れるために、百五十年前に作られた街です。僕、と……。向こうにいる仲間は、街の中で暮らしてきました」
失礼のないように、丁寧に喋ろうと思った。なんらかの理由で彼を怒らせてしまうと、敵に回してしまうかもしれない。慎重に情報を伝えないと。アマモも沈黙して、男の様子を窺っている。
「なるほど。君たちは雀街一丁目テリトリーから逃げてきた子達か。洗脳を掻い潜って逃げ出せるほど主が弱体化してるなら、討てるかもな」
「へっ?」
「なんだ?」
「ん?」
今、何て言ったんだ? テリトリーとか逃げ出したとか、一体何なんだ。
「あの……。聞き間違えたのだと思いますが、今テリトリーから逃げ出したって言いました?」
言い知れない不安を抱えた僕をよそに、彼は快活に笑って見せた。
「聞き間違えてないじゃん。その通り、テリトリーから君たちは逃げ出した。そうだろう?」
「おいおい。こいつ頭おかしいだろ」
僕もアマモが言った通りにしか思えない。テリトリーといえば動物の縄張りだし、僕たちは逃げたわけでもなく快適な街を追い出されたんだ。
「…………僕、たちは、悪さをして、昨日街を追い出されたんです」
「はあっ!? 洗脳が解けてないのに、街を出て来れただと?」
いやそんなリアクションしなくても。それこそこっちのセリフなんですよ。
「あ、あの、お互いわからないことだらけなんですし、一回僕の仲間と合流しませんか?」
それに、この人は何か重要なことを知っていそうだ。今後も行動を共にした方がいいかもしれない。
「そーれはいいけど……。ひとつだけ確認させて。君たちは、昨日ここを上がってすぐの丘にある、崩れかけの家に泊まった?」
思わず息を呑んだ。あの時の物音。もしかして。
「はい、居間で皆で寝ました。夜中に誰かの話し声が聞こえました」
「なるほど君たちか。今あの家に住んでいるのは僕なんだ。でも昨日帰ったら入り口に大きな荷物があったから、邪魔しないようにしたよ。怒るつもりじゃないから、安心して」
僕はどう反応していいかわからず、とにかく頷いた。あの家が比較的綺麗でいられたのは奇跡なんかじゃなく、人が住んでいたからだったのか。
「じゃあ行こっか。あ、君は名前とかある?」
僕が来た道を引き返す。砂浜を挟んだ向こうで、四人が緊張の面持ちで僕の帰りを待っているのが見える。
「僕はキバシリです。あなたは?」
「僕に名前はなくてね。声かけづらいなら、好きに呼んでくれていいよ」
名前がない。僕も最初はそうだった。街は小さくて、名前を付けなくても良かったのだ。それがいつからか名前を付けてはいけない暗黙のルールになっていたらしい。
仲良くなった子たちと、図鑑を読み漁った。それぞれに似た鳥を見つけ、その名前で呼ぶようになった。
きっと今の僕があるのは、両親と、僕に名前を付けてくれたみんながいるからだ。




