第四話 街の民、海の民
朝食は、リヤカーに大量に積んであった乾パンと水。
そして早起きしすぎて家を探索した者の報告。
「書斎って言うんだっけ? 新聞のスクラップ? と本が大量にあったよ。ホコリがやばいから持ってきてない」
報告は僕とシロマルだけだ。
「僕は二階を見て来た。二階にはベッドと小さな机がある部屋が二つ、あと少し大きめの部屋が一つあった。最後の部屋だけベランダがあるみたい」
美味しいパンを食べている子どもたちの機嫌は良さそうだった。一方の僕は昨日の夜のことが引っかかって気分が晴れない。おまけに寝不足だ。オオルリ姉さんも、表情がどこか固かった。
「報告は終わりかな? じゃあ今日の予定を——」
「ま、待って、欲しい、んだけど」
僕は慌てて手を挙げた。
美味しいパンを味わっている皆の気分を悪くしたくなかったけど、言わないといけない。アマモも僕の傍らで重く頷いた。
「キバシリ? どうしたの」
「その、皆に、話さないといけないことが、あって」
皆が一斉に僕を見た。鼓動がはやる。どう伝えるのか考えていなかった。
「さっきの報告以外に?」
「そう……なんだけど。昨日、夜中に……ええっと、この家に人が」
「かーおーる、落ち着け。こういうのは順を追って説明しないと伝わらないって。まず、悪夢を見たって話だろ?」
確かに順を追わないと伝わりづらい。でも、悪夢の部分にそんな重要性はない気がした。
「ちっちっち、悪夢で目が覚めたって話をしないと、どうして足音に気付いたかわからないじゃないか」
(その通りだ……。ありがとう)
「礼には及ばないさ」
「ごめん。言い直すよ。昨日の夜、悪夢を見たんだ。お母さんとお父さんが僕に会いに来て、目の前で見えない何かに殺される夢」
昨日の夜あったことを、全部話した。もちろんアマモについては言わないように気をつけた。
話し終わる頃には、皆のパンを持つ手は完全に止まっていた。
「もう一つ言うと、今日見てきた二階にあった机にほこりはあまり積もっていなかった。僕は僕たち以外にも、誰かいるんじゃないかと思っている。……ごめん、食べている時にこんな話をして。気分悪いよね」
姉さんが首を振った。
「いや、教えてくれてありがとう。今の話を踏まえると、街の外にも人はいて、この家も誰かの持ち物っていう可能性もありそうだね。私からも皆にひとつ、いいかな」
姉さんの発言は、想像もよらないものだった。
「多分あの街で人が暮らすようになったのには、シュムツ菌以外の理由がある。私はあの街にもシュムツ菌はいて、時折人に感染していたんじゃないかと思う。ただ治療薬が作られて軽症化しただけ。……これはまだ、仮説だけど」
「そんな……」
じゃあ僕たちは、何のためにあの街の中で暮らしていたんだ。
「姉さん、それって何か証拠があるんだよね?」
おもむろに頷き、一冊の本を取り出した。あるページを開き、僕たちに見せる。
「わかりやすく言うと、これがシュムツ菌の写真。これと、最近多かった季節性の風邪の菌の特徴が同じだった。それを街長様に報告したら、あっという間に荷物をまとめられて、適当な言いがかりを付けられた君たちと、街を追い出されちゃったの」
「適当な言いがかりって……僕が役立たずなのは本当だし」
「俺も不倫を暴きまくったからお邪魔だったかな! 都合がいいこったー」
シロマルに続き、ノスリも声を上げる。
「俺もだ! ぶらんこで飛んだら向かいの家の窓に突っ込んだりしたし」
急に静かになった。ヤイロだけは何も言わない。俯いて、震えている。
「わた……わたし、身体が弱いから…………。役に、立てなくて……っ」
「ヤイロ、あれは、街長様が酷いだけだ。もしかしたら、街長様がツンデレで、君がオオルリ姉さんに憧れてたからお供にさせようと思っただけ……なのかも」
「ほ、ほんとう? オオルリ姉ちゃんと離れるのはいや! 一緒にいれてよかった」
姉さんに抱きつくヤイロを見てほっとするも、街長様がそんな配慮をすることはない気がした。もし次に街長様に会うことがあれば、ただじゃ済まさない。
「まあ、言いがかりじゃなかったとしても、皆で仲良く旅に出た。これが事実だね」
少し空気が明るくなり、話題は今日行く予定の海の話になった。初めての海なので、皆興奮気味だ。
瓦礫の間を通ると、舗装された道に出た。とはいえアスファルトはひび割れてぼろぼろで、とても綺麗とは言い難い。リヤカーを持って来なくて良かったと心底思った。
初めて見る砂浜はとても綺麗だった。波が寄せては返す様は見ていて飽きることがない。ふと凪いだときに、小魚の鱗が煌めいて、今まで街の中が全てだと思っていたことを後悔した。きっと両親はこの海を見たことはないだろう。この先もずっと。
「わ、冷たい!」
年下の三人が、水を掛け合って遊んでいる。視認されないのにアマモも違和感なく混ざって遊んでいて面白い。
「海の魚かぁ……魚図鑑も持ち出せば良かった」
姉さんも、なんだかんだ楽しそうだ。心配事を打ち明けたからか、表情も心做しか明るそうだ。
その時、誰かが声を上げた。
「おい! 遠くに人がいるみたいだ!」
「えっ? 人がいる?」
瞬時に皆の笑顔が失せた。
「キバシリそれ本当……?」
しまった。声を上げたのはアマモだったのか。必死にアマモの見ている方角に目を凝らす。沿岸の出っ張った部分があるようだ。アマモは遠くがよく見える鳥の目だから見えたのかもしれない。
「あ、いやその、向こうの方の出っ張った陸地に何か見えるなー……って」
アマモはノスリの肩に座って囀っている。僕の苦労などどこ吹く風といった様子だ。
「ほんとだ! 黒い服着た人がいる!」
「おおー背が高いから、大人なのかぁー」
「大人の男性みたいだね。何か持ってる」
ノスリとシロマルに続いて、姉さんまでも。ヤイロは眼鏡をかけていて、それでもそこまで視力は良くないらしく必死に目を凝らし、それでも見えなかったようで何も言わなかった。僕の視力も悪いんだろうな。
「安心しろ薫! おれが薫の目となる!」
やめてくれ。アマモは落ち着きがないから代わりの目になられると困る。




