第三話 悪夢を見て
八百屋のおばちゃんの付けていた物にそっくりなネックレスと、白骨。
それは置いておいて、それぞれ見たものを報告する。
「まず私からするね。軽く丘を降りてみたら、海に続く道が残っていた。海までは少し離れているみたいだけど、行けそうだよ」
年齢順に報告するので、次は十七歳の僕だ。
「僕は、街の山側の塀に沿って歩いた。塀は途中からなくて、街から塀を挟んだ向こうには、大量のソーラーパネルがあった。あれで今までの電気も賄っていたみたいだ。……あとは、そのネックレス、とかを見つけた」
次がヤイロ。まっすぐ進んだが、草木が茂っていただけだったと言う。
シロマルはまっすぐ山に向かって歩き、鳶の死体を見つけたと言って誇らしげに実物を掲げていたので、離れたところに捨てさせた。
「俺は家を見つけた。斜めに山側に進んだところに、入り口がないけど住めそうな家がある」
今日の夜を凌ぐ貴重な場所になりそうなので、皆で見に行くことになった。
ノスリが見つけた家は、街の中にはなかったような大きく古い木造建築だった。図鑑で見るような伝統のものに形が似ており、戸口は何かがぶつかったか事故があったかで崩れかかっていたが、丈夫なようで他は無傷だった。
中も特段雨漏りとかはしておらず、奇跡的に家具が残っている。ここを拠点にすることになり、リヤカーも大きくひしゃげた戸口に入れた。
「大丈夫だから。なっ、薫、猛獣が来ても、おれが一発でばーん! だからな」
アマモの話は、今後もスルーした方が良さそうだ。
寝袋は全員分、圧縮して入っていた。皆で居間に広げる。この家を離れる時に荷物のボリュームが増えるなと少しため息を吐きながら、寝袋に潜り込む。
夢を見た。
僕の十五歳の誕生日を最後に、会えなくなった両親が、この家に来た。
最初は僕を見て、成長を誉めてくれていた。
『身長も、あの頃から十センチは伸びた? すごいじゃない』
『いっぱい本を読んで、賢くなったんだもんなぁ』
だが、僕がこれは夢なのかと少し疑って、寝ている皆に目をやった途端、両親は豹変した。
『…………!』
瞬く間に肌がずるりと落ちた。何かに切り裂かれたかのように。そして崩れ落ち、なおも足掻いて僕に何かを叫ぶ両親は見えないものに踏みつけられ、抉られ、血が吹き出して——。
「う……、かあさ……!」
あっという間に地獄絵図が出来上がった。
「とお、さ……? た、たすけないと。お医者さん、そうだ、街長様に見てもらわないと」
立ち上がりたいのに、力が入らなくてただ震えるばかり。僕の服は、血を吸い始めていた。
(…………る……)
「だ……誰か、誰か誰か、助けを呼ばないと」
僕の裾を掴んだまま、血の気を失っていく両親。
(ぉる、かおる、……かーおーるっ!)
「薫! 他の奴の安眠を妨害するなんてサイテーだ! 現におれが起きたぞ!」
「アマモ、ごめん……」
目を開けると、アマモが僕の頰を蹴り付けていた。身を起こして周りを見る。幸い、アマモ以外は起きなかったようだ。
ふと、先ほどの光景が重なってぞっとした。まだ服に血が染みている気がして、慌てて寝袋から出る。しかし、何ひとつ服には汚れはなく、ほっと息を吐く。
「悪夢か? 薫が悪夢を見るイメージなかったけど、そんなこともあるんだな」
「イメージで人を決めつけないでよ……」
再び寝袋に潜り込み、アマモを膝に乗せた。
「確かに悪い夢だったけど、所詮夢だよ。……というか、そんなに心配なんだ。出会って一日も経ってないのに」
アマモは僕の手から逃れ、右手首に乗った。程よい重さだが、指が食い込んで痛い。
「そりゃあ薫にとっては、精霊が見えるようになってたった一日だろうさ。でもおれはずっと見てきた」
僕が泣いていても頑張っていても、ずっと見ていたのだという。
「だから、街長が名前を付けるって言ったとき、おれを最初の友達にしろって言ったんだ。結果はこのとおり! おれは薫の親友になったさ!」
「え……僕のことずっと見てたの。引くなぁ……」
「ややっ、ちが、おれはストーカーじゃない! 見てたってのは、その、保護者の目線でな……」
翼をそわそわと浮つかせて否定するアマモを見ていると、なんだか夢に怯えた自分が滑稽な気がした。笑いながらも話すことにする。
「ふふっ……。さっきの夢はね、お母さんとお父さんが出て来たんだよ。ふふふ、それで……」
「悪夢だろ? なんで笑ってんだ」
「だって、まだ翼が浮ついてるよ?それにそんな足もたしたしやらなくたっていいし。ふふふ」
気まずそうに、緩く爪先でリズムを刻んでいた足が止まった。翼はさらに浮いた。
「翼? 誰の?」
「アマモだよ。他にいないでしょ」
「ああ……うん……。だってストーカーとか……言われると思わなかったし…………」
ようやく翼が収まった。二、三回居心地悪そうに動かして、ようやくだ。ついでにきちんと座り直す。
「じゃあ薫、続きをお願いします」
「うん。お母さんたちが夢に出てくることなんて、今までなかったから嬉しかったんだ。でも」
続けられなかった。さっき見たばかりの惨状とつんざいた悲鳴、そして鉄臭すぎる血の匂いを思い出してしまった。
「薫、どした? 顔青いじゃないか」
「目の前で……。二人とも、何かに殺されて……」
そうだ。二人とも僕の裾を掴んで、何か言ってた。必死に何度も、身体が動かなくなるまで。
「犯人は見えなかったのか? 凶器とか」
「見えなかった。空気の塊に踏みつけられて引き裂かれたみたいだった」
アマモが嘴を翼で覆っている。妙に人間じみた精霊だ。
「引き裂かれた? でも空気の塊に牙も鋭い爪もないよな」
「そこじゃな……あっ」
「えっ?」
視界の隅でアマモがこちらを見た。いちいち翼を仕舞うためにごそごそとやっている。羽が手に当たって、少し痒い。
アマモが言った通り、多分空気に牙も爪もないんだろう。夢の中の敵は、きっと見えないだけで実態のある何か。
「ねぇ、引き裂かれたときの傷、よく似たものを今日見たよ」
「はあ? そんなことあるか?」
「でも夢って経験とかに影響されるんでしょ? なら僕が似たものを見ていても不思議じゃないと思うんだけど」
言っておきながら、自分の仮説を肯定するのが怖い。夢だからと笑って片付けられないほど、あの夢はリアルで怖かった。
「で? 何見たっけ。そんなんあったか?」
「ほら……骨の傷だよ。岩の影に落ちていた、ネックレスの付いた骨。あれに付いてた大きな傷が、まさに夢の中で、お母さんとお父さんに付けられて……それで……」
「薫っ、もういい、もういいから。わかった、辛かったな。でも今の君には俺が付いてるから、そんな怪物なんざイチコロだ。寝られそうか?」
「う……うん。ありがとう、その」
「静かにっ」
アマモが居間の入り口を見ている。程なくして僕も物音を聴いた。必死に息を殺し聞き耳を立てていると、床の軋む音と共に、声が近付いてきた。
「…………誰か、居そうなんだけどなあ……。……まぁ…………くか……」
しばらくその足音は歩き回り、そして遠ざかっていった。
「なあ……あれ、人間だよな……」
(そんな……僕たちの他にもいるなんて。シュムツ菌で絶滅したんじゃなかったのかな……)
「明日、オオルリたちに話すか?」
(そうだね。向こうがもし人間じゃなくて敵視されても怖いし。……足のある幽霊、とか?)
「そんなまさか。でもそんなこと考えてて寝不足になっても困るから、早く寝ろ」
「うん。ありがとうアマモ」
そう言って寝袋に入ったものの、寝付けずに朝になった。




