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第二話 街の外



「いやー、おれたちが子どもの頃なんか、酷かったぜ? 体罰とか当たり前でさ、街長睨んだだけでどっか連れて行かれてたもんなー。しかもさ、そいつどれだけ経っても帰ってこなかったんだと」

 せっかく綺麗なタイルで舗装されていた歩道が、雑草が生い茂って人工物とは思えないほど馴染んでいる。そのせいでがたがたな道を行くリヤカーの騒音は酷く、雑談もままならない。

 唯一の例外として、アマモの声は鮮明に聞こえる。念話が可能だからということだろうか。

「でな、そいつを探そうと後を追った父親も消えちまった。だがな、悲しむ母親を前に娘は嬉しそうなんだ。『二人分の保険金でいいランドセルが買える』ってな。兄も父親も失ったのに、全くすごい奴もいたもんだ。血も涙もないとか、逆に怖いけど」

 シロマルと僕でリヤカーを引いている。覆いがかけられていて中身はわからないが、リヤカーがとにかく重い。オオルリ姉さんは食糧とかが入っていると言っていた。僕が街長様に名前をもらっていた時に確認したらしい。

「あとは、……ああ、面白いのだとこれがあるな。キャベツの値段をまけてもらいたくて頑張ったお姉さんがいたんだ。で、店先で店員さんと進まないやり取りをしてたら連行された。でもな、そのお姉さんクレジットカードも持ってるわ、なぜか現金十万円持ち歩いてるわ、クーポン系一切持ってないわでおかしかったのさ」

 街の入り口と思しき門をくぐり、外に出た。一気に視界が広がる。

「おおー! あれが海か! おれも見たことなかったな」

 僕たちのいる場所は丘の上のようで、下ってすぐのところから水源が広がっている。果てしないそれは、きっと海なのだろう。皆で立ち止まり、しばらく休憩がてらに景色を楽しむことにした。


「街の外に出たね。私は街の外がどうなってるか、全然わからない。だからこれからどこを目指すのか、全くあてにならないと思う。皆で支え合っていきたいから、よろしくね」

 かつてなく鋭い日差しを浴びながら、今後について話し合う。外の情報について、誰一人知っている者はいないようだ。アマモも知らないと言う。ずっとべらべら無駄口を叩く割に、あてにならない。

「かっ、薫、酷すぎる……!」

 進みすぎるより、拠点を作って探索しようということになり、僕はほっとした。明日の予定は筋肉痛だろうか。

「海って、いろんなものが流れ着くんだよね? シュムツ菌の治療薬とかも流れ着いたりしてそうじゃない?」

 ヤイロの提案を否定しながらも希望がありそうな気がして、明日は海に行ってみることになった。なぜかオオルリ姉さんだけが曇った表情をしていたが、特に反対はされなかった。

 シュムツ菌は恐ろしい菌だ。体内で増殖を始めると、一日以内に血を吐き、高熱を出し、死に至る。吐血してる人がいたら、すぐその場を離れて街長様に言いに行かないといけない。万が一街に菌が入った時、兆候を見逃さないために、街の子どもたちはそうやって教えられた。それでも、知識が豊富な姉さんがいるのだ。きっと雨上がりに安易に動き回らなければ、死ぬこともないはずだ。

 散策の時間になり、僕はさっき通った門の塀を辿ってみた。木でできている塀は少し行ったところから崩れ、跡形もなく自然に還っていた。その向こうには、劣化してもなぜか白いままの大きな箱のような建物が、じっと佇んでいた。

「薫、見ろよ。すごいパネルの数だ。こいつらが中の人の生活を支えるんだな」

 つられて見ると、黒い大量のパネルが整然と並んでいる。街の畑の比ではない。不気味にすら思える、大地を埋め尽くした発電機に今まで生活を支えられていたのだと思うと、何だか気持ちが悪かった。

「……薫? 散策の時間はまだあるけど」

「もう戻る。それにリヤカーの中身も気になるし」

 ほとんどこじつけみたいな理由だったが、強引に門の前に戻った。まだ誰も戻っていないのかと思ったら、近くにあった岩に腰掛けた姉さんがいた。

「あれ、姉さん、いたんだ……」

 驚いて無駄に心拍数が上がる。少し迷って、聞いてみた。

「リヤカーの中身、見てもいい……かな」

 おもむろに顔を上げた姉さんは、どこか疲れているようだった。

「そっか、まだキバシリは見てなかったね。いいよ」

 意気揚々と覆いをとる。だが続いた質問に、顔が引き攣った。

「街長様に呼ばれた時、ずいぶん時間かかったみたいだけど、何か言われたの?」

 リヤカーの中には、確かに水や保存食、そしてテントや着替えがぎっしり詰まっていた。道理で重かったのだと納得がいく。乾パンを見つめて、質問に答えた。

「あ……その、ちょっと、僕のせいでシロマルたちの素行が悪いって、言われて」

「へぇー、言われた通りに言うんだ。まーじめだなぁ」

「わざわざそんなこと……。キバシリのせいじゃないから、気にしないでおいて。大変だったね」

 アマモに掴み掛かりたいが、堪えて姉さんの言葉に頷いた。全く、姉さんにアマモのちょっかいが聞こえたら、僕が嘘吐いたってばれるじゃないか。

「いーや、そこは心配いらない。おれは今、薫にしか聞こえないように話してるから、なっ!」

「えっ?」

「キバシリ、どうかした?」

 しまった。声を出してしまった。名前をもらったことは、秘密にしないといけないのに。

「あっ……いやその、その、姉さんのいる岩の下が光った気がして」

 視線を泳がせていると、たまたま何か見えた。ぎりぎりセーフだ。

「うわー、命拾いしてる……」

 他でもないアマモのせいだ。

「そう? 何だろう……?」

 岩を降りた姉さんと共に、草むらを探す。程なくして、僕は金属製の小さな円盤を見つけた。

「何これ……?」

 二人で覗き込む。影になって、よく見えない。

「重い? 持ち上げられる?」

 重くはなかった。しかしある程度持ち上げると、動かなくなる。チェーンが付いていて、その先が何かに絡まっている。ネックレスのようだ。

「あれ、キバシリ兄ちゃんだー。はやーい」

 ヤイロたちもぞろぞろと戻ってきて、一緒に持ち上げた。何かが折れる重い音と共に、引っ張り上げる。

「ぼろぼろのネックレス……でもこれは、百五十年前な気がしないけど」

 順繰りにネックレスを受け取ってはじっくりと観察する。息を呑む鋭い音がしたのは、シロマルにネックレスが回った時だった。

「八百屋のおばちゃんが、こんなの付けてた。そうそう、裏に何か掘ってあるんだよ。妖精の絵だったか……偶々だと、思うけど」

 僕たちは顔を見合わせた。八百屋のおばちゃんは、数年前にもう亡くなっていたはず。言い知れない、嫌な予感がして、僕はネックレスのあった場所をさらに探った。

 出てきたものを見て、ネックレスを引っ張り上げた時の音が何だったのか理解した。

「……こんなの、あったよ」

 水を打ったように静かになった。僕が持っていたのは、百五十年経たとは思い難い、白骨だ。

「じゃあやっぱり……八百屋のおばちゃんは……!」

 シロマルが真っ青になって震えている。何か、安心させられるようなことを言いたかったけど、僕も怖かった。焦って口走ったせいで、さらに不安にさせてしまった。

「で、でもほら、獣に襲われたみたいな傷があるよ。おばちゃんは老衰で亡くなったんだから、きっと街の外で生き残った人が何かに襲われたんだよ」

 言って、しまったと思った。それはつまり、街の外で一夜を過ごそうものなら食い殺されるかもしれないということ。

「あ……」

「薫はおれがいるから大丈夫さ! どんな敵も怖くない!」

 仮にそうだったとして、ヤイロやシロマル、ノスリは身を守る術がない。

「とりあえず、キバシリ、ヤイロ、シロマル、ノスリ。……皆、聞いて。もうどれだけ頭を下げても、街の中には戻れないの。だから、各々見つけたものを報告して、今後どれだけ安全に過ごせるか話し合おう?」

 街の外で過ごす、初めての長い一日が始まったばかりだった。

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